◆ 勇気凛々!番外編 −りべんじ! 伸斗の場合− ◆  よしまんさま



『あっと・らんだむ』の新春企画。ワタクシに進呈してくださるというお言葉から、ねばりにねばって、結局ここまで持ってきてしまいました。この二人、見事に私のツボなんです。



 突然で悪いがよ、俺は清司郎にぞっこんだ。
 一体何の話かって?
 まあ黙って聞けや。これが聞くも涙、語るも涙の話なんだからよ。
 それで、だ。俺はヤツにどうしようもなく惚れてて、おまけに頭が上がらねぇと来ている。
 俺達はいつも喧嘩ばかりしている。喧嘩の理由はいろいろあるが、そのほとんどが俺の手の早さに由来してるもので、その次に多いのが清司郎をからかって墓穴を掘るケースだ。
 で、その付けって言うのが結構きつくて、清司郎の復讐は巧妙且つ、効果絶大だ。
 とことん無視され、冷たくされ、ひどいときには一週間以上一言も口をきいてもらえねぇ。当然エッチなんて夢のまた夢。
 最後はいつも俺がしびれを切らし、平に平に謝り倒して機嫌を直させるのがおきまりのパターンで。
 しかし、だ。俺だってこんなのに甘んじたままでいる気はねぇ。こんな状況は何とかしなくちゃいけねぇって言う思いはいつも持ってる。
 そうさ、俺だって清司郎のヤツをベットの上以外ででもぎゃふんと言わせてみてぇじゃねぇかよ。いつかは俺も清司郎に目にもの見せてやりてぇ。ほら何年かまえに流行ったあれ、リベンジってヤツだ。
 で、だ。そんな俺に絶好のチャンスが訪れたって訳だ。そう、俺もあん時ばかりは完全勝利を確信したもんだったんだが・・・。
 
 その日、俺が清司郎の仕事場を訪ねた時、清司郎は月末っつー事もあり、一人でバタバタしてた。
 やけに明るい郵便局のロビーには、先客が4人ほどいる。ちょっとばかし葉の色の悪いベンジャミンの鉢植えの隣には、これまたシケた生け花が飾ってある。
いつも趣味がよくねぇと思うんだが、ここの隣の奥さんがお花のセンセで、生徒に教えた後の花をここに持ってきては飾るんで文句は言えねぇらしい。
 窓口に座ってるのは清司郎一人。もう一人の田代っておばさんは今日は出ているのか、姿が見えない。
 「宮川さん、はい、どうもお待たせしました」
 預金通帳にお金を添えたトレーを差し出しながら、清司郎が特上の笑顔を向ける。向かい側の椅子に腰掛けていた婆さんがその声を聞きつけて立ち上がる。おっと、宮川の婆さん今日は杖を持ってきてねぇのか?なんか足元が危なっかしいぜ。
 「今日は息子さんとご一緒ですか?」
 俺には聞かせたこともないような優しい声で、清司郎がそう声を掛ける。ちょっと高めのハッキリとよく通る声。
 「ああそうだよ。あたしが杖無しでここに来るときは大概そうさ」
   婆さんはよたよたしながらも、清司郎に気色の悪い笑顔を向ける。ババアのくせして一著前に色目を使いやがる。ったく、油断も隙もあったもんじゃねぇ。
 「20万円ですね、よく確かめて下さいね」
 だが当の清司郎は全然気にもならないのか、お得意のスマイルを返す。
 清司郎の笑顔に気をよくした婆さんは、腕に下げていたしおたれたバックをカウンターの上に降ろして、札束を引き寄せた。
 「一・・・二、三・・・」
 おいおい、マジかよ、それじゃ日が暮れちまうぜ婆さんよぉ。思わずロビーに溜息と苦笑が漏れる。
 宮川の婆ちゃんは目が悪い上に、異常なほどのこだわり性。お金を手に取ると後ろで待っている竹下スポーツの奥さんのことなど全く意に介さねぇで、指に唾をつけつけゆっくりとお札を勘定し始める。
 「竹下さん、どうぞ」
 清司郎が気を利かして、宮川の婆さんに気を遣いながらも後ろの竹下の奥さんに笑顔を向ける。宮川の婆さんはちら、と、竹下の奥さんを見やると、スッと脇に移動した。お次、どうぞと言わんばかりだ。そんな気があんならさっさとそこどけよと、つい、突っ込みを入れちまう。
 「あら、ごめんね婆ちゃん」
 恰幅のよい竹下の奥さんは、手にしていた封筒をドサッと清司郎の前に差し出した。簡易保険の集金をしてきた金だ。婦人会の仲間内でサークルを作り、団体扱いの簡易保険の手数料を貯金しているってー寸法だ。
 なんで俺がそんな事知ってるのかって?実家のお袋がその一味だったわけ。昔は何度かくすねようとして、その度にこっぴどくやられた前科があるからな、忘れやしねぇや。
 「いつもご苦労様です」
 手際よくお札を仕分けながら、これまた極上の営業スマイルを忘れない。だがその目を見れば清司郎の目が笑ってないのはすぐに分かる。
 清司郎はとにかく仕事が速い。お札を数える指先に思わず見嵌るお客も少なくない。通帳の中に挟まっている入金用と出金用の伝票を確認しながらも、目線は見事な手さばきで繰られる札束から離れない。通帳をオンラインの機械にはめ込み、軽快にテンキーを入力していく。
 「はい、お返しします。手数料をもう一度確認してくださいね」
 ちゃっちゃと事務処理を済ませた清司郎が、通帳を手渡す。
 「確かめなくてもいいわよ、あたしはあんたを信用してるから。いつ見ても清司郎ちゃんの仕事は速いね。あんたの仕事見てたらなんかこう、スカッとするわよー。あんたがいないとき、局長だけだったりしたら、あたし帰るもの」
 竹下の奥さんはそう言ってケラケラと笑った。奥の席に座っている局長の清川さんも苦笑している。
 ったく、オバタリアンは口性ねぇよな。普通、本人目の前にして言うか?そこまで。
 竹下の奥さんは通帳を無造作にジャージの上着のポケットに突っ込み、丁度金勘定の済んだ宮川の婆さんの手を引いて何やら大声で笑いながらこっちに近づいてきた。
 「あら、誰かと思ったら伸ちゃん。あんたこんな所で何してんの」
 俺に気づいた竹下の奥さんがそう声を掛けてきた。
 「ちょっとな」
 俺はそういうと、宮川の婆ちゃんににーっと笑って見せた。途端に婆さん、顔をしかめてそっぽを向く。なんでぇ、清司郎の時とえれぇ違いじゃねぇかよ。って言う俺も、婆さんから滅茶苦茶嫌われてんの知っててやってるんだけどよ。
 「局長〜、気を付けた方がいいわよ〜、ここに悪事を企んでいる不届き者が来てるわよ〜」
 その声に、ロビーから失笑が漏れてくる。
 「ちょ、ちょっと待てや、それじゃあまるで俺が強盗に来たみてぇじゃねぇか」
 俺の抗議に竹下の奥さんがゲラゲラ笑う。ったく、人を盗人呼ばわりしやがって。
 俺達のやり取りに気づいた清司郎がこっちに視線を延ばす。一瞬、清司郎の眼差しが嬉しそうにほころぶ。だが、すぐに顔を背けクールな表情の奥に隠れて見えなくなってしまう。
 だがそれでも俺は来た甲斐があったと嬉しくなっちまうのを止められねぇ。悲しいかなあれがあるばっかりに、俺はのこのここんな所まで出て来ちまう。
 俺は清司郎の横顔が堪らなく好きだ。いつ見ても見惚れちまう。スッと通った鼻筋に縁なしの眼鏡がちょこんと乗っかり、クールなイメージを強調していて。
 俺なんかじゃぜってー、手に入れられないような知的なイメージはストイックで清廉潔白で。それを乱してやりたいばっかりにあの手この手でちょっかいを出しちまう。
 大体、局留めの書留の受け取りなんて、事務の真理ちゃんの仕事だっつーのに、つい、帰りに寄ってやるよなんて言いだしちまうのも、全部清司郎の顔見たさにだ。
 以前は俺の知らない間に、清司郎に変な虫が付きはしねぇかと、マジで心配した。
 男の俺が言うのも変だが、清司郎は綺麗だ。男の顔を形容するのに綺麗って言う言葉が適切かどうかは知らねぇが、あいつは本当に綺麗だ。あの顔に特上の笑顔が張り付けば、あんな婆さんまででれっとなっちまうほどなんだから、推して知るべしってやつだ。
 その上、とにかく清司郎はもてる。おばさま連中が用もないのにここに来るのは清司郎と話をしたいだとか、顔を拝みたいだとかの理由なのは見え見えだ。局の目の前にある中学校の女子中学生まで帰りにわざわざロビーに顔を出すのも、当然、清司郎が目当てだ。
 姉貴と結婚した今は随分と落ち着いたが、独身の頃はそれこそ引く手あまた。バレンタインデーなんて壮絶なもんだった。
 ま、かく言う俺もそこそこもてるんだけどな。ただ、さすがに清司郎には敵わねぇ。あいつはとにかく万人受けするタイプだ。本当はどちらかと言えば無口ですましているヤツなんだが、仕事中はとにかく愛想がいい。
 その反動でなのか俺には冷てぇのが悲しいが、誰も知らねぇ清司郎を知ってるのは俺一人って分かってるんで、なんとかそれで我慢してる。
 気の利かない局長がやっと重い腰を上げて清司郎のフォローに回ったおかげで、
ようやくロビーから俺以外の客の姿が消えた。
 俺は他の客が帰るのをじっと待っていた。当然、清司郎にできるだけ近づきたい一心だったわけで。
 「孝からの頼まれもんだ」
 俺はそういって清司郎に書留の通知を手渡した。俺が取りに行くって事は事前に連絡してもらってたんで、本人の確認は省略。清司郎はスッと席を立つと、奥から何やら包みを持ってきた。
 「これに受け取りのサインか、印鑑をくれ」
 受取伝票を郵便物の受け取りカウンターに差し出す。俺は預かってきた印鑑には〜っと息を吹きかけ、ぐいと伝票に押しつけた。
 「孝のヤツ、またエロビデオ買ったな」
 それらしき大きさの包みにニヤ、と、笑いがこぼれた。大体若い独身野郎が局留めで何かを購入するなんて中身が知れている。当然、数日後には俺の所にもしっかり回ってくるのはいつものことだ。
 「頼むからもう借りてくるな。見るんならよそで見てこい」
 清司郎が小声でそう言う。
 後輩の孝の買う裏ビデオは、かなりえげつねぇ。いつぞやは清司郎なんか気分が悪いと言って満達の部屋に逃げていったことがあった。その前は違うヤツから借りたホモビデオで散々な目にあった清司郎だから、身構えるのは当然だろう。
 さっきまで婆さん達に見せていた笑顔なんてどこに行っちまったのやら、露骨に嫌そうな顔で睨まれる。
 俺は視界の片隅で局長が席を立って奥に引っ込むのを確認すると、わざとイヤらしい声で囁いた。
 「なにビビってんだ?ホモビデオん時は萌え萌えだったくせに」
 スッと顔を近づけてそう言う。途端に清司郎の顔がうっすらとピンク色に染まる。自分がどんな痴態を繰り広げたかを思い出したんだろう。滅多に表情を変えない清司郎が恥ずかしがるんだから、どんなに乱れた一夜だったかは勝手に想像してくれや。
 その思いがけない可愛いリアクションに、今まで形を潜めていた俺の悪戯心に火がつく。
 「いい加減にしろ」
 低く小さな声。だが、微かに声が掠れている。
 ちら、と、後ろの局長を気にする仕草がたまらねぇ。困った顔を見るとどうしても突っ込みたくなるのが人情ってもんだろ?弱味にもアソコにも。
 「覚えてるか?ここでもやったよな」
  睫毛の一本一本が見えるほど顔を近づけると、困惑した眼差しが細くなる。
 「隣の空き机の上でも、奥の控え室でも」
 「伸斗、お前・・・」
 「初めて俺の名前を呼んでさ・・・泣きながら俺を受け入れて・・・何度もイって・・・何度も強請って・・・」
 カウンターに身を乗り出し、清司郎の顎につ、と、指を伸ばす。ピクンと体に衝撃が走ったのが指先にも伝わる。整った顔が困惑に頬を染める様は堪らなく色っぽい。
 「止めないか伸斗、調子に・・・乗るな・・・」
 微かに震える眼差しに手応えを感じてほくそ笑む。
 「それも一度や二度じゃねぇ。ここでこうやって・・・」
 そっと目を閉じながら唇を寄せる。
 その次の瞬間。

バッシ〜〜〜〜ン!!!!

 もの凄げぇ音がして、俺は思いっきり頭を叩かれていた。
 「痛ぇぇぇぇぇっっ!!!」
 郵便番号簿の背の部分が、ものの見事に脳天を直撃していた。
 「ナニすんだ、この野郎!」
 一発甘いキッスをなんて目論んでいた俺は、あまりにもヒドイお返しに思わず声を荒げた。
 「バカ野郎!俺が黙ってるからっていい気になって!俺がそんな手になんか乗るとでも思ってるのか、おととい来い、このアホ!」
 キリリと目をつり上げ、清司郎が人間が変わったみたいに食ってかかる。しまったやりすぎたと思ったときにはもう遅かった。
 「じょ、冗談だって、それくれぇ分かんだろーがよぉ!」
 ズキズキする頭をさすりながら反撃に出る。
 「は!お前の言う事がどこからがまともで、どこからが冗談かを理解するには、100年かかったって無理だな!」
 そのあまりな言い様に俺もつい、カッとなる。
 「なんだ、その言い草はよぉ!せっかく気分盛り上げてやってんのによ!」
 無茶苦茶な言い分だと分かっちゃいるが、仕方ねぇ。ちょっかいを出したのは俺の方だ。
 「誰もそんな事やってくれなんて一言も頼んでない!大体お前、ここに何しに来たんだ?」
 眼鏡越しに飛んでくる鋭い視線。顔を真っ赤にしてマジに切れている清司郎。本当は清司郎の顔見たさに来た俺だが、こうまで言われてそんな事死んでも言いたくねぇ。
 「書留取りに寄っただけじゃねぇかよ!」
 「ああそうか。じゃぁ、もう用は済んだよな?だったらさっさと帰れ!」
 その言葉にか〜っと、頭に血が上った。もうこうなったら売り言葉に買い言葉、ぜってー負けるわけにはいかねぇ。
 「なんでぇ、それが客に対する態度かよ?さっきの婆さん達とはえれえ待遇が違うじゃねぇかよ!」
 「当たり前だ!お前以外は大切なお客さんだからな。それにお前ほど破廉恥なお客はここには来ないぞ!」
 「は!最近のお役所は、客によって対応に差をつけんのかよ?そういう風に教育すんのか?」
 俺の言い様にますます清司郎が激怒する。
 「そう言う屁理屈は脳味噌の足りないヤツの台詞だ。俺は忙しいんだ、お前みたいなバカとつき合ってる暇はない!とっとと帰れ!」
 びしっと指先を出口に突きつけ、カウンターから身を乗り出す。
 「畜生、帰ってやらぁ!もう二度と来ねぇぞこんな所!」
 「ああ、お前が来ないと思うだけで清々するよ、二度と来るな!」
 「覚えてろよ、このお返しは・・・」
 そう言いかけた俺は、清司郎の後ろに呆然と立ちつくす清川局長の存在に気づき、途中で言葉を切った。そんな俺に清司郎も体の動きをピタ、と、止めた。
 恐る恐る振り返る清司郎の顔が凍ったように固まる。
 「遠藤君・・・?」
 局長の信じられないものを見るような眼差しに、見る見る顔色が無くなっていく清司郎。思いっきり顔が引きつっている。
 俺はざまぁ見やがれとばかりにチラと、清司郎に視線を延ばした。清司郎が恨めしそうな顔で俺を見る。その目が覚えてろよと言っているのを読みとったが、俺はそれを軽く見て気にもとめなかった。
 「あばよ」
 俺は勝ち誇った声を上げてその場を後にした。とにかく清司郎を負かしたという事実に酔いしれて、自分がどういう立場に陥っているかなど考えもしなかった。
 だが、そんな俺も自分のバカさ加減に気づくのにそう時間はかからなかった。
 

 「伸斗さ〜ん、ヒドイっすよぉ〜。何しに郵便局まで行って来たんですか〜」
 その日の夜、俺は思いっきり孝に泣きつかれてしまった。
 間抜けなことに清司郎と言い合っている内に、俺は肝心要の孝からの頼まれものを忘れて帰ってきてしまってた。喧嘩してあんまし腹が立ってたもんで、ビデオのことなどすっきりきっぱり忘れていたっつー訳で。
 「すまねぇ・・・この通りだ、勘弁してくれ」
 俺は平謝りに謝った。事務所に帰ってきてから気づいたときには、すでに時遅し。そのビデオなら遠藤君が松本さんのお宅に持っていきましたよと、清川局長のにこやかな返事に、嫌な予感のした俺だったが・・・。
 「伸斗さんのおかげで、俺、母ちゃんからこっぴどくやられたんっすよ〜、どうしてくれんですか〜!!」
 泣きべそ半分ですがりつく孝を前にして、俺はどうすることもできなかった。
 なんと、清司郎がよりによってこいつの母ちゃんにビデオを渡しちまって。それが元で孝は、エロビデオを局留めでこっそり買っていたのが母ちゃんにばれてしまったと言う訳で。
 「俺がビデオマニアって事知ってるくせに〜、これじゃぁもうこの手でビデオ買えないじゃないっすか〜」
 俺の脳裏に、例の特上スマイルで孝の母ちゃんにビデオを渡す清司郎の顔が浮かぶ。きっとこうなることを予想して、わざわざ自分で届けたに違いねぇ。俺が孝に恨まれると分かってて。
 「泣くな、おい、泣くなってば、俺が何とかする!!今度から俺の名前で買え!
な!?」
 俺はそういいながら責め続ける後輩を必死でなだめた。なだめながら悟っていた。
 これは間違いなく清司郎の復讐だと。
 そしてやっぱり俺は清司郎には敵わねえと。 
 
 清司郎の、勝利にほくそ笑む顔が見えたような気がした。
 トホホ・・・。

END






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