ゴールデンクロス -3-旭が先にシャワーを使うのを緊張しながら待って、続いて俺が使った。旭を待つ間に空けた缶ビール一本で、変に酔ったような気分だった。 備え付けの寝巻を着て出て行くと、同じ寝巻を着た旭がベッドの端に腰かけて待っていた。ワンサイズの寝巻の裾から長い脛が見えていた。 近づき、俺を見上げた旭に、腰を屈めてキスをする。そのまま旭の腕が首に回って、引き寄せられるようにベッドの上に倒れ込んだ。 腕で上半身を支えて上から見下ろすと、下になった旭の顔は少し笑っていて、ひどく愛しく感じた。 旭の手が下からすくうように胸に触れてきて、寝巻の布越しの軽い愛撫に俺はあっけなく声を漏らした。 旭の耳の後ろに指先を伸ばして、わずかに湿っている髪を梳く。俺の指に、旭は動物のように目を細めた。 その先は夢中だった。考えるより先に本能的に行動していた。形ばかり身につけていた寝巻と下着を脱がし合って、晒したお互いの欲望を触れ合わせる。 「ああ」 目も眩むような快感に、衝動的に身体が動いた。 「建彦、建彦」 うわ言のように名前を呼んで、けれど、その名を初めて口にしていることに気づいていた。紛れもない男の名前を、ベッドの中で口にしていることに、妙な興奮を覚えた。 「緒川さん」 旭の呼びかけを、「真哉」と訂正する。名前を呼んでほしかった。 旭は素直に従い、上擦った声でくり返した。 「真哉」 俺の名を紡ぐ唇が愛しくて、取り込むように唇を合わせた。吹き込まれた息も何もかも俺のものだと叫び出したいような幸福感があった。 片手で肌を確かめるように愛撫し合いながら、もう一方の手はお互いの欲望に触れていた。手の中に自分のものではない硬くそそり立つ欲望があることが不思議で、それに夢中になった。俺の手の動きに従って旭のあげる声がなまめかしく俺を誘った。 同じように旭の手に委ねた俺のものも快感を与えられていた。骨太な指で確かめるように上下に擦られると、簡単にイってしまいそうになった。 ふいに旭は指先を俺の後ろに回した。 「ここ、いい?」 指の腹を押し付けられて、俺は驚いて身をすくめた。 「ちょっと、何」 旭は俺の頭を抱え込むようにして、髪にキスをしながら囁いた。 「入れていい?」 瞬間、思考が停止した。 「な、何? ……あッ」 マッサージするように強弱をつけて押してくる旭の指が、未知の快感を伝えてきて、流されそうになる。 だけど、入れていい?って、それはつまり俺が下ということなのか? 俺は慌てて、もがくように身体を離した。 「なんで、俺が……俺、そういうふうには考えてなかった」 「え?」 俺に押しのけられた旭は、まったく事態が飲み込めないような表情で、首を傾げてこちらを見ていた。 だって旭のほうが年下だろう。俺は信じられない気分だった。 旭を可愛いと思いこそすれ、俺が旭に抱かれる可能性など想定外だったのだ。 旭は困ったように眉根を寄せて、俺の顎をとらえてキスをした。 「俺、真哉が好きだから、させてほしい」 そう囁いて、腰を押しつけてくる。湿ったそれが触れ合う。 「ちゃんと、真哉が気持ちいいようにするから」 腰に回った手がさらに下へと伝って奥を探ろうとするのを、俺は必死で押しとどめた。 「ダメだってば。……俺、そういう経験ないし」 「えっ、嘘」 旭は驚いたように呟いた。俺は旭の髪に触れ、そのまま頬を指の背で撫でた。 「ごめん。俺、男を相手にこういうことするの、初めてだから。だから、逆にしてくれ。俺に建彦を抱かせてほしい」 たとえ同性でも、旭なら抱くことができると思った。 「本当に?」 旭は疑わしそうに訊き返した。いつのまにか旭のものは反応をなくしていた。 「初めてって、真哉、それ本当?」 少しばかり自尊心が傷つく気がしたが、嘘をつくわけにもいかないので、頷いた。 「うん」 「だって、じゃあ、どうして俺を見ていたの?」 旭が途方にくれた声で訊ねる。俺は「経験がなくて悪かったな」と開き直りたくなってきた。 「それは、……可愛いと思ったから」 他に言い様がなくて、素直に告白した。 「俺、男だよ」 旭はすねたように唇を尖らせて返した。 「知ってるよ。だけど、好きになってしまったら、しかたないだろう」 俺だって同性を好きになるなんて予定外の事態で、どうしていいかわからない。人を好きになるのに理屈なんかあるものか。 「好きって……」 旭は俺の言葉をくり返した。その煮え切らない態度に、俺はだんだん腹が立ってきた。 今まで同性を好きになったことがなくて、初めて好きになったら悪いのか。何にだって最初というものがあるんだ、バカ。 こっちだって、男相手にどうしたらいいかわからなくて、不安な気持ちでいるのに。 「だから、おまえからそういうフェロモンが出てたんだよッ」 俺はやけくそで叫んだ。俺は今まで旭ほど可愛い男に会ったことがなかったんだ。 「おまえが俺をホモにしたんだ」 「……こっちの台詞だよ」 旭は呆れたようなため息をついて、がりがりと髪をかきむしった。 「あんな、誘うような目をしておいて、今さら何言ってんの。誰だって誤解するだろう。この人、俺のこと好きなんかなって、期待するに決まってる」 「誤解じゃないだろ。好きなんだよ。何回も言ってんのに」 俺は悲しい気持ちになって旭の肩に手をかけて訴えた。俺は最初から旭が好きなのだ。 「俺は、旭が好きだ」 素直で一生懸命で、可愛い旭。俺のものにしたかった。この気持ちは本物だ。 見つめる旭の瞳の中に俺の顔が映っていた。 「真哉」 旭はキスをして、俺を強く引き寄せた。 「やっぱり、したい」 耳の中に吹き込むように囁いて、旭は俺を仰向けに押し倒した。 「ちょ……」 抗議の声をさえぎるように再び口付けられる。 旭の手が強引に下肢を割った。 「んあッ」 とっさに喘ぎ、開いた口の中に、旭の舌が入り込む。太腿に当たる旭のものは、確かに一度萎えたはずなのに、勢いを取り戻しているようだった。 旭は俺の腰を抱えあげるようにして、無理に指を中に入れてきた。 「はっ……」 違和感に身体を強張らせる俺の耳元で、旭が湿った声で名をくり返す。 「真哉」 「いやだ」 旭は俺の反応を確かめるように顔を寄せて、少しずつ指を進めた。 「んっ」 痛みと違和感をどうしたらいいかわからなくて、俺は旭の肩にしがみついた。 「真哉」 旭はなだめるように俺の額に唇をつけて、いったん指を抜いた。後にしびれるような痛みが残った。 旭は俺の頭を撫でながら、片手でベッド脇を探って、ローションを取った。俺の身体に腕を回して、背中の方でローションを手に開けたらしかった。ひやりと冷たい感触があって、俺は身をすくめた。 再び旭の指が俺の中に入ってくる。 旭はしっかりと俺の身体を抱え込んで、中を確かめるように指を動かした。その動きに、俺の口からは制御できない喘ぎが漏れてしまう。旭はゆっくりと指を抜き差しし始めた。 「ああっ」 いきなり前立腺をいじられて、悲鳴を上げて反射的に仰け反った俺を、旭は、そのままシーツに押し付けるように仰向けにさせ、自分は俺の脚の間に身体を入れた。 「いやだ」 思わず鼻声で訴えると、旭は「大丈夫だから」と頷いた。 「大丈夫だから、力を抜いて」 半勃ちになった俺のものを刺激しながら、旭は中に入れた指を一本ずつ増やしていった。 「ふ……あ、あっ、んっ」 形容のしがたい声が喉をついて溢れ、俺は腕を上げて顔を覆った。すると旭はその腕を外させ、キスをした。その動きで深くまで指が入り込んで、俺は呻いた。開いた口に旭の舌が入り込んできて蹂躙する。 快感なのか苦痛なのかわからないものに支配されて、涙が溢れ出した。 旭は唇を合わせたまま、俺の下半身を抱え上げて、腰を入れてきた。 「あっ、あっ、あ」 衝撃に唇が外れて、俺は叫び声をあげた。 「やっ、いた……痛い、や」 旭の熱が身体の中に押し入ってくる。耐えきれずに旭の腕を強くつかんだ俺の手を、いったん動きを止めた旭がそっと外した。口元に持っていって指先に軽くキスをする。 「ごめん」 謝る旭の顔もつらそうに見えた。 拡げられたそこが裂けそうな痛みを訴えていて、俺は涙目で抗議した。 「やだ」 「もうちょっとだから。もう少しがまんして」 「こんなん、やだ」 俺は旭を可愛いと思っていただけだった。こんなことまでする覚悟はできていなかった。 自分が今とっている無様な姿態がひどく恥ずかしかった。 「ごめん。そんなに痛い?」 「う…」 痛みと羞恥心とで、俺はだらだらと流れる涙を止めることができなかった。 旭は「ごめん」と謝りながら、痛みに萎えてしまった俺のものを柔らかく丁寧に愛撫した。 「俺のためにもう少しだけがまんして」 「は……。も、やだ、無理」 劣情が再び呼び起こされてくるとますますつらくなってきた。痛みと快感とどちらにも集中できず半端な状態が苦しい。 「真哉」 旭は俺を折り曲げるようにして深く身体を進めてきた。 「あああっ」 身構えるより先に入り込まれて、俺はそのまま気を失いそうになった。 「もう入ったから、大丈夫」 旭の手が、俺の頬を撫でて、目の縁の涙をふき取った。 身体の奥に熱をくわえ込んで、俺は浅く呼吸していた。旭と繋がっているということが、信じられなかった。 「痛い?」 旭は俺の身体の脇に両手をついて、顔を覗きこんできた。 「んっ」 旭の動きに繋がったところが刺激されて声が漏れる。 単純な痛みだけではなく、むずがゆいような不思議な感覚だった。 「動いてもいいかな?」 俺は肯定も拒否もできずに、目をつぶって身をすくめた。 旭は俺の肩に手を置き、その手を肌に沿わせて胸までずらし、軽く乳首をひっかいた。 「う…」 びくりと跳ねれば、下肢に伝わって、締めつけられた旭が声を漏らした。 「好きだ」と前置きのように囁いて、旭は腰を使い始めた。 その先に目指すところは一緒で、呼吸がシンクロしてくる。 「あっ、あっ、あ」 濡れた音に混じって耳の中こだまするその声が自分のものなのか、旭のものなのかさえ定かではなくなって、すべての音は外界ではなく身体の中にあるような感覚に陥って、そうして俺は意識を飛ばした。 気がつくと俺たちは荒い息を吐きながら抱き合っていた。旭のものはまだ俺の中にあった。 「ごめん」 旭は困った顔で俺の額に貼りついた髪をかき上げた。 「中に、出しちゃった」 旭は俺の脚を押さえて、ゆっくりと出ていった。抜かれる感触に思わず吐息が漏れた。旭はそのまま指を中に入れてきた。 「ぐちゃぐちゃになってる」 いやらしい顔で囁かれて、顔に血が集まった。 「バカ」 「ここ、痛い? 大丈夫?」 「あ、あ……」 中に溜まった精液をかき出すつもりなのか、旭の指の不穏な動きに俺は頼りない声を上げた。旭が顔を寄せてきた。 「気持ちいいの?」 「ちが……」 力なく首を振る俺を、旭は、仰向けになった自分の上に抱えあげた。俺の下で、旭のものは存在を主張していたが、それは俺のものも同じだった。旭の手がそれに触れる。 「真哉、まだイッてないでしょ」 確認されても答えられなかった。 「気持ちよくしてあげるから、上に乗って」 旭は上半身を起こさせた俺の腰を抱えて、後ろを指で拡げながら、自分の欲望をあてがった。押し当てられた熱にぞくっと身体が震えた。 俺は旭に抗わず、ゆっくりと腰を沈めていった。旭の精で濡れているせいか抵抗は少なくて、最初ほどの痛みもなくそれは中に収まった。上半身を起こしていると空気に晒された肩が寒くて、下肢に集まった熱を意識した。 「ふ」 吐いた息が静かな部屋に予想以上に響いて、俺は恥ずかしくなった。わずかな身じろぎだけで、繋がった箇所からは濡れた音が立つ。 羞恥心に苛まれ旭の顔を見ることができなくて、目を閉じて俯いた俺の唇を、旭の指が下からそっとなぞった。 「真哉、こっちを見て」 「う」 薄目を開けると、旭は俺の耳たぶに触れながら、囁いた。 「俺の名前、呼んで」 「建彦」 「そう」 旭は頷いて、俺のものを手の中に包み込んだ。 「あ」 柔らかく上下に擦られただけで硬く張りつめたものを、旭は丹念に愛撫した。 「あ、あ、あ」 すぐに耐えられなくなって腰を揺らすと、自分の中にある旭のものに責められることになった。 「あっ、やっ」 馴染みの快感と、かつて知ることのなかった苦痛と。混じり合ってどちらがどちらか判然としなくなる。 俺は怖くなって旭の手首をつかんだ。 「駄目。きつい」 訴えても、旭はやめてくれなかった。 「建彦ッ」 泣き声を漏らす俺を、旭は容赦なく下から責め立てる。 「んあッ」 俺は身体を支えていることができなくて、へたり込むように旭に体重を預けた。深い結合に「もういやだ」と力なく首を振る。 高められるだけ高められて、いくことができなかった。 「真哉」 熱に浮かされてグズグズと泣き出した俺に、旭は半身を起こして身体を入れ換えた。ベッドの上で動物のような四つん這いの恰好をさせられ、後ろから挿入された。 旭の手が前に回って、胸元と欲望とを愛撫する。背中や首筋に押し当てられる唇とそこから漏れる熱い息。 それがどちらのリズムなのかわからないまま俺たちは腰を揺らしていた。俺は自分の欲望を包んだ旭の手を導くように、その上に手を重ねた。 「あ、も……建彦、建彦」 絶頂を迎えそうになった俺は、旭の精を搾り取るように締めつけた。 「真哉、すごい、真哉」 うわ言のような囁きが耳を侵す。後ろから回された手に、痛いくらいに胸をつねられて、旭の爆発が近いことを知り、俺は遅れまいと快感を追った。 俺たちはほぼ同時に欲望を吐き出していた。 自分の放った精が旭の手を濡らしたと感じた瞬間、背中に旭の体重がかかって、俺たちは二人してベッドの上に崩れ落ちた。 「世界が変わったかもしれない」 呟いたのは旭だが、それは俺の実感だった。 シャワーを浴びて、どうにか服を身に着けたものの、俺はソファに身を沈めて、容易に立つことができなかった。 「腰が痛くて死にそう」 ぼやく俺の腕を支えて引き上げながら、旭が「ごめん、ごめん」と謝った。そう言いながらも顔にはだらしない笑みを浮かべていて、謝罪の言葉には誠意が感じられなかった。強引に立ち上がらされた俺は、むかついて、旭の胸の辺りを肘で押しのけた。 「ごめんじゃないだろ」 「うん、ごめんね」 毒づく俺の腰に手を回して、旭はキスをしてきた。全然悪いと思っている様子はなくて、ひどく満足そうな旭の態度に、俺は腹を立てた。 「だいたい、なんで俺がおまえにつっこまれなきゃいけないんだよ。旭のほうが年下だろうが」 「そういう問題?」 旭は可愛らしく小首を傾げた。 「知らねーよ。だから、そういうのは自分だけで勝手に決めるなって俺は言いたいんだよ」 はっきり言って、こっちは全然覚悟も何もできてなかったんだから。 「俺ばっかり痛い思いして、損した気分になる」 「痛いだけだった?」 確認された俺は「う」とつまった。そんな単純に定義できるような感覚ではなくて。 「…答えるか、バーカ」 俺は言い捨てて、もう一度ソファに坐り直した。 「つらくって立ってられねー。旭のせいだから、責任持てよ」 本当のところ年下の旭にさんざん喘がされた自分が恥ずかしくもあった。 「うん」 旭は素直に頷き、隣に腰を下ろして俺の肩を抱き寄せた。 「痛い思いさせてごめん。俺はすごい幸せだった」 そう言って抱きついてくる旭はやっぱり可愛くて、俺は簡単にほだされてしまう。 「なんで俺が下なんだよ、もう」 悔し紛れの悪態に、旭は言った。 「西出さんたちの分析だったから」 「はあ?」 いきなり知らない名前を出されて、訊き返した俺の手をなだめるように軽く叩いて、旭は説明した。 「セミナーの講師をしてる女の先輩で、西出さんって人がいるんだけど。真哉も西出さんの講義、何度か聞いてるでしょ」 「あの、美人の人?」 おそるおそる訊ねる俺に、旭が「そう」と頷く。なぜあの美人講師が俺を分析するんだ。 旭は俺の手をいじりながら言葉を続けた。 「ゲイの人は、ネコが多いからきっとそうだって、そっちの可能性のが高いよって言われて、そのつもりになってしまってたから。西出さんだけじゃなく他の先輩も、あれは誘い受けでまちがいなしって保証してくれて」 ゲイって誰が? ネコって、何? 誘い受けって、何? クエスチョンだらけで、どこから訊けばいいのかと迷う俺の頭を撫でて、旭が勝手に話を進めていく。 「俺、真哉のことが気になって、だけど男の人だし、真哉が俺を見てるなんて自意識過剰なだけかもしれないしって、結構悩んでたんだよね」 「まさか、それで相談したとか言うなよ」 おそろしい告白に、俺は青ざめてしまった。 「俺から言ったんじゃないよ。西出さんが先に、真哉が俺のことばっか見てるって言い出したんだもん」 「嘘だろ」 「きっとゲイだと思うって」 「やめてくれ」 俺は頭を抱えた。 「だって、真哉、目立ってたもん。セミナーの受講層にはいないタイプだし」 「……」 確かに、投資セミナーの参加者は、いつも定年前後の中高年らしき年齢層が大半を占めていた。 「西出さんたちはからかいのつもりで言ってただろうけど、俺は、本気になってた。セミナーの度にそんな話をしてたから、俺は余計に真哉が気になって。でも、どうしていいかわからなかった」 ちょっとすねたような顔で俺を見た旭は、目が合うと、軽くキスをして続けた。 「そしたら、西出さんが、買いのサインは出てるわよって。その気があるなら動くしかないよって言ってくれたんです」 「なんだよ、それ」 旭は俺の髪をかき上げ、目元や頬に唇を押しつけながら囁いた。 「人に言われて動くなんて、情けなくってごめん。でも、俺、全然自信なかったんだ。こういうの、経験ないし」 「え」 意外さに声をあげた俺に、旭は唇を尖らせた。 「俺だって、男の人となんて初めてだよ。真哉がそういう目で俺を見てるから、意識しちゃったんだから」 「旭がゲイなんじゃなかったのか」 旭の腕の中で、俺は呆然と呟いた。 「それでよく男なんか抱く気になれたな」 俺なんか、男相手にできるかどうか不安でたまらなかったというのに。しかもこっちが年上なのに。 「だから、真哉のことが好きだからだよ。もう本当にそっちでばかりシミュレーションしてたから、逆でって言われた時はかなりあせった」 旭は子どもっぽい笑顔を見せた。 「西出さんが分析まちがうなんてありえないと思ってたもん」 分析? だいたいシミュレーションって、何をどうシミュレートしたというのだろう。 「あのさ、俺は株式じゃないんだから」 思わず脱力した俺の言葉に、旭は、「うん、知ってる」と頷いた。 「もう誰かに訊いたりしない。俺が真哉のエキスパートになるから。──なれると思う」 力強く断言する旭の自信の元が何かを想像して、俺は勝手に赤面した。 |