いつか晴れた日に-2-



「主演は美帆子の弟に決めてるんだ。小学生なんだけどさ、これが美少年なんだよな」
 自分で言った言葉に「うんうん」と頷いてみせた汐見遼平の脇から、美帆子が「知ーらない」と笑い声をあげた。
「知ーらない。勝手に思い込んじゃって。遼平の見た写真がたまたま映りがよかっただけなのに。実物を見たらがっかりするかもしれないわよ」
 大きなアーモンド型の瞳を半円にして、いたずらっぽく汐見を覗き込む。普段の美帆子には、つんと澄ましたような印象があったから、汐見といる時の彼女は別人のようだと槙は思っていた。
「いいんだよ。フォトジェニックってことだろ。つまりカメラ映えするんだ、ユウセイ少年は」
「ユウセイ?」
 呟いた保科に、美帆子が笑顔を向ける。
「弟の名前。祐成っていうの」
 この映画サークルに入るまで、槙は美帆子がそんなふうに誰かに笑みを見せることすら想像できなかった。
 大学一年の時、槙は同級生の半村に誘われて映画サークルに入った。半村は、美帆子と中学が一緒だったとかで仲が良く、彼女と同じサークルに入りたかったようだ。そして美帆子は映画サークルの三年生、汐見と付き合っていた。それまで槙が時折構内で見かける程度だった美帆子は、いつも唇をきゅっと引き結んだ、いくぶん不機嫌そうな表情でいることが多かった。幼馴染みの半村が声をかけても、二コリともせずに応対するのが常だった。そんな美帆子を槙は幾分敬遠する気持ちでいたのだが、サークルでの彼女は打って変わったように快活で感じがよかった。他愛のない冗談にさえ笑い転げる美帆子を何度も目にするうちに、槙は、もしかしたら普段の態度は美帆子の鎧なのかもしれないと考えるようになった。背が高くはっきりした顔立ちの彼女が誤解を受け易いタイプであることは確かに思えた。非協調的な印象を持つ美帆子は、本当は人一倍脆いのかもしれない。何の根拠もない漠然とした考えであったが、槙は美帆子をそんなふうにとらえていた。
 そうした時に槙は美帆子が心を許す汐見という男に尊敬の目を向けた。美帆子は、高校時代にたまたま訪れた学祭で汐見に声をかけられて付き合い始めたという。美帆子が単純なナンパを受け入れるような女性とは思えないだけに、汐見の魅力というものを考えずにはいられなかった。
 汐見は中背で特別な美形とも言えない容貌だったが、不思議に人を引き寄せる華を持っていた。才気にあふれた汐見にはやや気分屋の面もあったが、気紛れな言動を取っても嫌味のない無邪気さが彼の魅力だった。大学に入学したばかりでまだ何の目標も持たずにいた槙は、自信に満ちた汐見に憧れを抱かずにはいられなかった。
 外見でいえば、むしろ汐見と一緒にいる保科のほうが上背があって見栄えがした。表面の造作だけでなく、保科の落ち着いた声や笑みを絶やさない表情は、周りの人間に好感を与えていた。だが槙の目には、そういう保科のようなハンサムな男を傍らに置いて少しも臆することのない汐見がさらに眩しく映るのだった。汐見の頭上には特別な輝きがあるように感じた。
 その年、汐見は短篇映画の制作を計画していた。制作の中心は汐見と同じく三年生の保科とで、汐見の恋人の美帆子、半村、槙が撮影を手伝うことになった。監督と脚本も担当していた汐見は、美帆子の弟の祐成を映画の主演にすると決めていて、大学の夏期休暇を利用して撮影キャンプを実行することになった。


 大学のある羽富市から車で三時間弱の小浦町にある美帆子の家は、広い庭つきの二階屋だった。七月の終わり、槙たちは汐見と保科の車に分乗してそこに到着した。よく晴れた日でひどく気温が高かった。昼食に寄った空調の効いたファミリーレストランを出るまでに時間がかかって、美帆子の家に着いたのは、日の傾きを感じ始める時刻だった。門の近くに植えられたイチョウの木が、色づく前の葉に夏の陽射しをキラキラと反射させていた。まっすぐに伸びた幹や独特の形をした葉の美しさに、槙はその時初めて気づいた気がした。
 先に着いた汐見の車から美帆子が降りて家に入り、すぐに少年を二人伴って車のほうへ戻ってきた。
「弟。上が喬市で高校二年。下が祐成、まだ小学生よ」
 二人は揃ってペコリと頭を下げた。二人とも美帆子によく似た端正な顔立ちをしていて、伝えられた年齢よりも大人っぽく見えた。よく日に焼けた浅黒い肌は、田舎の素朴さよりも、はっきりと二重を刻んだアーモンド型の目と相まって、むしろ外国の少年のような印象を作っていた。
「荷物運ぶの手伝ってくれるって」
「明日早くキャンプ場に行くんだから、車に積んだままでもいいんじゃないか?」
 汐見が気に入ったという祐成の写真は、前年のキャンプの時に写されたもので、汐見は背景になっていた山や川をそのまま映画の舞台にしたいと言って、同じキャンプ場を予約していた。
 カメラを趣味にしている兄の喬市が撮って、地元の文化祭にも出品したというが、確かに雰囲気のあるいい写真だった。他にも数葉のスナップを見せられた槙は、遠くに視線を向けた祐成の横顔に、川面からの反射光が映っている一葉を、特に好きだとひそかに思っていた。
 汐見は、喬市にも撮影を手伝ってほしいと声をかけていたが、高校生の喬市はいろいろと忙しいらしく、それは叶わなかった。
「荷物はいいから、まずはカメラテスト」
 そう言って汐見は荷物の中から一眼レフのカメラを取り出し、美帆子と祐成を庭先に並んで立たせた。汐見は、少年と女子大生との淡い交流を台詞なしの短篇映画に仕上げるつもりでいて、祐成の相手役は美帆子が演じる予定だった。そのために美帆子は汐見に言われてショートだった髪を伸ばしていた。
 大げさな身振りでカメラを構えて、レンズを覗き込んだ汐見はなかなかシャッターを切らず、ややあって「うー」と低くうめき出した。
「ダメだ。二人で並んでいるとまるっきり姉弟だよ」
 構えていたカメラを下ろして、汐見は顔をしかめてみせた。
「だって姉弟だもの」
 祐成の肩に手を置いた美帆子が当然とばかりに頷く。色の白い美帆子と日焼けした祐成とでは、一見しただけでは印象はまったくちがっていたが、並べて見較べれば顔立ちが同じだと気づかない者はいないだろう。汐見は、二人の間に恋愛に近い想いを描こうとしていたので、はっきり姉弟とわかるようでは困るのだった。
「あああ、参ったなー。匂わすだけにしても近親相姦じゃヘビーすぎるし。そういうの狙ってないんだよ」
 汐見は傍らの保科にカメラを手渡して、ぐしゃぐしゃと髪を掻き毟った。
「ちょっと似てるかな、くらいがちょうどよかったのに。これなら全然似てないほうがいい。美帆子、誰か代役になるような友だちいないか?」
「そんないきなり」
 本気で悩み始めたらしい汐見に、美帆子も困った顔になって「探してみるけど」と答える。
「いっそ槙にでも女装して演ってもらえば」
 しかめっ面の汐見にレンズを向けてシャッターを切った後で、保科がからかい混じりに提案する。
「ギャグにしろって言ってんのかよ。それにギャグにするんだったら槙よりおまえが女装するほうがインパクト大きいよ、保科」
 むっとした表情で切り返した後で、汐見は気を変えたようだった。
「うー、でもそうだな。恋愛はなしにして槙に代役やってもらうか。ああ、でもどうやって直せばいいんだ? 悪いけど、美帆子、部屋貸して。俺、もう一度話、書き直すから」
 一人で問答を始めた汐見は、美帆子を促してさっさと家の中に入っていってしまった。取り残された五人が唖然としてそれを見送る。
「ったく、汐見の奴。また周りが見えなくなってるよ」
 保科は軽く舌打ちした後で、手にしたカメラを構えてぐるっと周囲を見回してみせた。
「せっかくだから俺たちは記念撮影でもするか?」
 自分の考えに没頭して周りを忘れてしまう汐見を補うのが、温厚な保科の役割のようになっていた。相手が槙たちのような後輩の場合はまだよいが、汐見は同級生どころか先輩や先生に対しても変わらず傍若無人な振る舞いに及んでいたから、険悪な雰囲気になることもたびたびあった。そんな時に素早くフォローを入れるのがいつも汐見と一緒にいる保科だった。
 喬市が保科の許に近づいて「カメラ、見せてもらっていいですか」と声をかける。
「ああ、どうぞ。これは文化部の備品だから結構古いよ」
 展開についていけずにぼんやりとしていた槙は、隣で「ぼく…」と呟いた祐成に気づいて少年に向き直った。
「ぼく、何か悪いことしたのかな」
「そんな」
 軽く俯いた小学生に、槙は慌てた。斜めに射し込む強い陽射しの中で、伏せた睫毛が日に焼けた頬に影を落としていた。
「全然ちがうよ。汐見さんは君に期待してるんだから。考えてたこととズレちゃったからちょっとだけ直すつもりなんだよ」
 つたない慰めに顔を上げた祐成は、陽射しが目に入ったのか眩しげな表情で槙に笑いかけた。その笑顔は確かに汐見と一緒の時に美帆子が見せる表情にそっくりだった。一瞬見惚れた槙の脇からパシンとシャッター音が響いた。
「主演のツーショット」
 ニッと笑ってカメラを振ってみせる保科に、槙は訊ねた。
「汐見さん、俺を美帆ちゃんの代わりにするって本気ですか?」
 撮影キャンプと言われて付いてきたものの、せいぜい雑用係のつもりでいたから、いきなり出演者側に回されても実感がわかなかった。何より自分に演技ができるとは思えず主演を務めることなど考えられない。
「どうだかねー。実際始めないことにはどうなることやら。汐見は気分だけは大監督だからな。明日にはあっさりやっぱり美帆ちゃんで撮ると言い出さないとも限らない」
 そう言って保科はのんびりと笑った。


 中心となるべき汐見が美帆子の部屋にこもったために手持ち無沙汰になってしまった槙たちは、汐見と美帆子を家に残して辺りの散策に出た。喬市と祐成が先頭に立って案内をしてくれる。祐成は買ってもらったばかりだというマウンテンバイクを乗り出して、のんびりと歩く槙たちの周囲をグルグルと回ってみせた。
「祐成。危ないから気をつけて乗れよ」
 何度も喬市に注意を受けて、そのたびにキュッとブレーキをかけてバイクを止めてはいたずらっぽい敬礼で応えた。初めて見た時には顔立ちのせいで大人っぽく感じられたが、そんな行動は年齢相応にあどけなかった。
 傾きかけた陽射しを背に受けながら東に向かって歩き、小さな神社を擁する公園に行った。神社の周辺はやや台地になっていて、細く緩やかな川に臨み、その向こうには田圃の緑が広く遠くまで続いていた。川は太平洋戦争の前後に開削されたのだと喬市が教えた。
「このへんはもともとは沼地で、江戸時代から何度か開拓されてるんですよ。だからこっち側には地名に新田ってついてるとこがほとんどです」
 そう言って喬市は、寺の裏手にある古びた社を示した。まっすぐに伸ばされた長い腕が光を浴びて金色に見えた。
「あの中に、干拓祈願の絵馬が何枚も奉納されてますよ」
「くわしいな」
 保科が感心して呟く。喬市は日に焼けた顔に白い歯をのぞかせた。
「俺、日本史選択なんです。あと中学生の時にグループ学習で調べに来たことがあって」
 皆から離れて社に近づく槙に、祐成が後をついてきた。
「ここ、怖いよね」
 中を透かし見る槙の腰にしがみつくようにして、祐成も社の奥を覗いた。
「オバケが出そうって、いっつも思うんだ」
 そんなふうに言いながら怖々と覗き込もうとする様子がおかしくて、つい脅かしてみたくなった。槙が「ワッ」と声を上げながら祐成を社のほうに押しやると、祐成は「キャー」と高い悲鳴を上げた。肩を押しやった槙の手の先でクルッと向きを変えて、正面から槙にしがみついてくる。その力が意外に強くて、槙はバランスを崩しかけた。
 予想以上の反応に槙は笑い出した。
「ひどい」
 顔をあげた祐成が恨めしそうに睨む。頬が紅潮し、短い前髪の下で目がわずかに潤んでいた。
「ごめん。だって、脅かしてほしそうなこと言うからさ」
 槙は笑いながら謝った。
「そんなこと言ってないもん。俺、怖いの嫌いだもん」
 祐成は槙のシャツを握った手を放さずに、唇をとがらせた。
「祐成くん、女の子みたいな悲鳴上げたなー」
 近づいてきた半村にからかわれて、祐成はシャツを握ったままの手で槙の腰を叩いた。
「槙さんが意地悪するからだよ」
 その後ずっと祐成は槙を意地悪だと言い続けた。それは責めるというよりも甘えるような口調であったから、そのたびに槙は笑いながらゴメンと何度も謝った。
「槙って子供が苦手そうに思ってたけど、意外だったな」
 後になって槙は半村からそんなふうに言われた。
 帰り道、祐成はマウンテンバイクには乗らずに押しながら、槙の隣を歩いた。夏の夕暮れは景色を薄桃色に染めて、かたわらで見上げる少年の顔を、槙にとってひどく懐かしいもののように感じさせた。兄と姉のいる槙は、子供の頃に弟が欲しいと思っていたことなどを思い出していた。
 砂利の敷かれた脇道から庭に入っていき、ふと見上げると美帆子の部屋らしい窓から、汐見が槙たちを見下ろしていた。保科が手を振り大声で「できたかー?」と訊ねたが、汐見は返事もせずに中に引き込んだ。
 その後も汐見はいつまで経っても美帆子の部屋から出てこなかった。やがてしびれを切らした保科が「夕食はどうするんだ?」と催促しに行って、汐見はようやく姿を現した。美帆子の家族が食事を用意してくれようとしていたのを断り、喬市と祐成も交えて近くの居酒屋にくり出した。夜になっていくぶん涼しくなっていたが、生ビールを飲むには絶好の季節だった。美帆子たち姉弟はジュースを頼んだ。
「美帆子と槙が恋人同士。で、祐成くんは美帆子の弟」
 乾杯を済ませた後で、汐見は気のないような声で軽く告げた。そのまま黙って箸を動かし始めたので、保科が「それで?」と促した。
「新しい脚本は仕上がったのか」
「脚本はない。撮りながら考えるから。科白もいれない。明日はおまえら勝手に動いてていいや。俺が勝手に撮らせてもらう」
 そう言って、知らん顔でジョッキを口に運ぶ汐見に、保科は槙たちに顔を向けて肩をすくめて見せた。
「またむちゃくちゃなことを言いやがるなー。構成くらいは考えてるんだろ。俺たちにも教えろよ。槙だっていきなり言われたんだから、そのくらい教えてやらなきゃどうしていいか困るだろう」
「言ったって無駄だ。俺の頭ん中にあるものが言葉で伝えられるんなら、俺は映画を撮るんじゃなくて小説でも書くよ」
「それはすり替えだろう。俺たちは観客じゃない。一緒に映画を作る側だ」
 柔らかな口調で返した保科を見やった汐見は、そのまま開きかけた口を思い直したようにいったん噤んだ。ビールのジョッキを持ち上げて一口飲んだ後で、槙に視線を向ける。
「槙は、俺が説明したらその通りに演じられるか」
 ストレートに訊かれ、槙は困惑して首を振った。もともと槙は映画にくわしいわけでもとりたてて興味があったわけでもなく、半村に誘われるままに入っただけのサークルだった。突然主演を割り当てられても、まともな演技などできるはずもない。
「そうだろう」
 汐見は当然という顔で頷く。
「俺はそういう映画を撮るつもりはないんだ。大丈夫、すげえキレイに撮ってやるよ。先刻おまえらが帰ってきた時、俺にはちゃんと見えたもん。だからおまえらは俺を信じればいいんだ」
 ためらいなく紡がれた言葉に気圧されて、槙はこくんと首を折った。汐見の顔がぱっと輝く。
「俺は本当におまえをキレイに撮ってやる。俺には見えてるんだから」
 汐見には撮ろうとしていた映画が本当に見えていたのだろう、と槙は後になってから何度も思った。汐見はいつでも確信に満ちていた。彼は約束された人間だった。フィルムを諦めてビデオで撮ったその短い映画は、あるフェスティバルに入選し、汐見は本格的に映画監督への道を歩み始めた。


 翌日は朝早くに出発した。キャンプ場に着くと、汐見はまず槙と祐成を撮ると言って、二人を川辺に連れ出した。他のメンバーは汐見の手伝いをしたり、キャンプの準備を始めたりしていた。
 喬市がいなくて大学生たちの間に一人で混じっているせいか、祐成は昨日よりもおとなしくなっていた。川のそばに二人を置いて、ビデオカメラを構えた汐見は、適当に会話をしろと言った。台詞は入れないから好きなことをしゃべれと言われて槙たちは困惑していた。
「門のところにイチョウの木があったね」
 槙の言葉に祐成は「うん」と頷いて、大きな目で槙を見つめていた。汐見には好きなように動いていいとも言われていたので、槙は祐成を促して岩の上に腰を下ろした。坐ってしまえば、カメラを構えた汐見への意識もいくぶん薄らぐようだった。
「普通の家にイチョウって珍しい気がした」
 本当に珍しいかどうかなど、槙にはわからなかった。ただ祐成と二人きりで隔離されて話題に困ってしまっただけだ。昨日からそれなりに打ち解けていたとは言え、会ったばかりの小学生との間に共通の話題を探すのは大学生の槙にはなかなか難しかった。
「隣の木、何かわかった?」
 祐成は斜めに首を傾けて槙を見上げた。
「いや」
 槙には木の種類などほとんどわからなかった。ただイチョウだけはその独特な葉の形からさすがに槙にも識別できていた。
「あれね、梨の木なんだ。イチョウとナシで『異常なし』ってひっかけてるんだって」
 他愛のない駄洒落に噴き出しかけた槙は、「戦争中に植えたらしい」とつけ加えられて、やや真面目な顔を作った。
「出征した人が無事に戻ってくるようにって願をかけたみたい。だけどおばあちゃんの弟は二人とも帰って来なかった。二人とも南の島で戦死したんだ。それでおばあちゃんは離婚させられたんだよ」
「え?」
 小学生の口から淡々と語られる話に、槙は息を飲んだ。祐成は自分の話している内容の重さを意識しないのか、手元にある石を拾っては川に投げ入れ始めた。
「昔は家を継ぐのって重要なことだったんでしょ。おばあちゃんは東京にお嫁に行ったんだけど、疎開で子供、つまりぼくのお父さんと叔母さんを連れて帰ってきてて、戦争が終わっても、おばあちゃんのおじいちゃんたちが東京には戻らせなかったんだって」
 祐成は軽くうつむいて「可哀そうだよね」と呟いた。
「おばあちゃんもお父さんたちも可哀そう。それっきりおばあちゃんは旦那さんと別れて、こっちでお父さんたちを育てたんだ。おばあちゃん、昔はすごく美人だったんだよ」
 言われて槙は頷いた。
「わかるよ。昨夜会った時に原節子に似てると思った」
 昨日、汐見が美帆子の部屋にこもっている間、槙たちは美帆子の家族としゃべっていたのだ。
「ハラセツコ?」
「昔の女優さんだよ。小津監督の映画とか観たことない?」
「オズ?」
 首を傾げるさまがあどけなくて、槙は少し笑った。
「お姉さんに教えてもらいなよ。昔の映画だけどすごく面白い。原節子は美人で、どの役でも、頭がよさそうで、一生懸命な感じで可愛いんだ」
 その当時、槙は映画サークルに入って初めて知った原節子にはまっていた。真面目な表情は美しく、時折見せるいたずらっぽい笑顔を可愛らしいと感じた。
「槙さんもかっこいいよね」
 祐成の言葉が意外すぎて、槙は「え」と口ごもった。
「美帆ちゃんも言ってたよ。かっこいい人が来るよって」
「それは俺じゃなくて保科さんのことじゃない」
 槙はそれまで他人から「かっこいい」などと誉められたことはなかった。一般的には保科こそが「かっこいい人」だと思っていたので、槙がそう言うと祐成は笑って首を振った。
「保科さんもかっこいいよね。でも美帆ちゃんが言ってたのは槙さんのことだと思う」
 祐成の言葉に導かれるように、槙は美帆子たちのほうに視線を向けた。皆は昼食の準備を始めたらしく、ときおり明るい歓声を上げながら、川のそばにバーベキューの用意をしていた。川面に乱反射する陽光が邪魔をして、美帆子の姿はうまく見分けられなかった。槙は祐成に視線を戻した。
「それは俺じゃないと思うよ」



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