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悪い目で星を探す



「セフレ?」
 三輪が問い返した。不審そうに眉間に皺を寄せた表情は、渋くてかっこいいけど老けて見えもする。
 俺と三輪の年齢差は十七年。だからどうしたってわけじゃないけど。けど、時々わけもなく苛立つ。大学の仲間たちとの会話では暗黙の了解だったり、自明だったりすることを三輪にはいちいち説明しなくてはならない。そういうの面倒くさいというかダサいと思う。
「セックスフレンド。セックスだけの友だち、な?」
 俺は三輪に説明した。
「そういう友だちを作って、三輪さんとはキスとか、抱き合うだけにすんの。あくまで恋人は三輪さんだよ。俺が好きなのは三輪さんだから」
 俺は三輪に抱かれるのが怖い。自分で自分がコントロールできなくなるから怖いんだ。
 週末の休日。前夜から泊まっている三輪の家、ブランチの後で俺が持参したレンタルビデオを二人で観た。三輪はコンタクトを入れずに分厚いレンズの銀縁眼鏡をかけていた。俺は三輪の眼鏡を昔の悪役みたいだとからかった。
 少しだるい身体をソファに預けていた俺は、古いコメディー映画の半分くらいを眠ってしまった。隣に坐った三輪の肩は、頭を乗せるのにちょうど好い高さだった。三輪に触れるのは嫌いじゃない。
 目が覚めてからも三輪に寄りかかったままぼんやりと画面を眺めていた俺は、映画のストーリーを取り戻す前にエンドロールが始まってしまったところで身体を起こした。あくびと一緒に伸びをしてゴシゴシと目をこする。その拍子に腰が鈍い痛みを訴えた。
 俺は「なあ」と呼びかけて振り向いた三輪に、セフレの話を切り出した。ここしばらく俺の頭の中に浮かんでいた考えだったが、三輪にはうまく通じなかった。
「で、俺もそのセフレとやらを作るんだ」
「え?」
 思いがけないことを言われて、俺はぽかんと三輪を見返した。今は俺のセフレの話だろ。
 慌てて首を振る。
「三輪さんにはセフレなんて似合わないよ。無理だよ」
 クソ真面目なおっさんが何言ってんだ。セフレの意味さえ今知ったばかりのくせに。俺の言葉に三輪は頷いた。
「そう、無理だな。多分そっちに本気になる。亮介がオトモダチだ」
 しれっと。本当にしれっととんでもないことを言いやがった。
「…なんで? なんで、そういう意地悪言うんだよ?」
 うっかりしたら涙が滲みそうで、俺はグッと奥歯を噛み締めて低い声を出した。
 三輪は俺が三輪のことを好きなのを知っていて、平気で傷つけることができる。ことあるごとに自分の優位を見せつけてきやがる。
「おまえ、自分の言ってることわかってんのか」
 三輪は呆れたような声を出した。俺の言ってることがわかってないのは三輪のほうだろう。俺が好きなのは三輪だと断言したっていうのに、それを平然と「オトモダチ」と切り返してくるなんて最低じゃないか。まったく、年寄りは無神経だから嫌いだ。
 ムカムカし始めた気持ちを無理やり押さえ込んで、俺は三輪に訴えた。
「だって俺、突っ込まれるほうじゃんか。あれ、すごく怖いよ。したくない」
 熱を受け入れるあの感じ。翌日にまで残る違和感。三輪にはわからないだろう。普通はそんなとこ使ってセックスしない。俺と三輪は男同士だからそんなことしなくちゃならない。だったら代わりになってくれる女の子を見つければいいって考えたんだ。
 三輪は静かに頷いた。
「わかった。しなくていい。別れよう」
「んだよッ! ちくしょう。大人のくせに」
 腹が立って俺は坐っているソファの足を踵で蹴った。地団駄を踏むガキめいた行動だと後からチラッと頭の隅で感じたりもしたが、悪いのは三輪だ。どうしてわかってくれないんだ。俺は三輪が好きなのに。好きな奴と一緒にいたら当然エッチはしたくなる。だけど三輪とするのは怖い。だから困ってるんじゃないか。
 俺の態度に三輪はむっとした表情で口元を歪めた。銀縁眼鏡のせいもあって、めちゃくちゃ性格が悪そうな、冷酷そうな印象になる。
「亮介は子供なんだよな。子供相手に淫行してるなんて自分でもゾッとするよ。亮介がしたくないのを無理にしてるんだったら、やめようって言ってんだよ」
 勝手な言い種にかーっと頭に血が上って、俺は叫んだ。
「なんでそうなるんだよ! やだよ、俺。別れるなんて絶対嫌だ」
 言ってしまえば、こらえたはずの涙は簡単にこぼれ落ちた。くそったれ。そうやって人を泣かして楽しいか。三輪は俺にはプライドなんかないと思ってんだろ。
 俺は涙を拭う余裕もなく三輪を睨みつけた。上目遣いになって顎を引いた拍子に、喉がヒクッと鳴った。
「おまえはアホか?」
 ため息混じりに呟いて、三輪は俺を引き寄せ、頬の涙をその指先で拭った。
「落ち着いてよく考えろ。本当にどうしたいんだ?」
 こめかみから移った指先が耳の上に差し入れられて俺の軽く髪を漉く。親指の付け根が頬に当たった。コロンをつけていない三輪からは俺と同じシャンプーがかすかに匂っていた。
 その腕の中、俺に言えることはひとつだけ。
「三輪さんが好きだ」
 自分とほぼ同じ体格の相手にしがみついて、細いフレームに嵌った厚いレンズの奥、俺を映す瞳を正面から見つめた。そうだよ、三輪を好きだと自覚させられた俺にはもうプライドなんかない。
 見つめる視線の先、三輪は天を仰いで大げさな息を吐き出した。
「ったく、殺し文句だけは一人前だよ」
 首の後ろに手を回して引き寄せた俺に口づけながら三輪はそう毒づいた。唇を離して、俺の前髪をかき上げ、諭すように言う。
「俺は大人じゃない。亮介相手に自制できない。半端な気持ちで好きとか言うな。わかるか?」
 子供を相手にしているような口調は、癪に障るようでいて甘えてもいいんだと思わせてもくれる。
 俺は唇をとがらせて訴えた。
「嘘じゃなくって、俺、ちゃんと本気で三輪さんが好きだよ」
 半端な気持ちじゃないから怖いんじゃないか。三輪を好きになって俺には怖いものがたくさんできた。三輪のせいなんだから、助けてくれってすがったって仕方ないだろ。
「ほんとにどうしたらいいんだろうなあ」
 抱え込んだ俺の耳に三輪が囁く。
「俺は亮介を泣かしたいわけじゃないんだ。おまえがどうしても嫌なんだったら、やめるしかない。ただ、セフレとかそういう考え方は俺にはできない。精神と肉体は別とは思えないよ。だったら俺は亮介に欲情しないはずだ」
 柔らかな声が耳に心地好くて、しがみつけば三輪の匂いが鼻をくすぐった。次第に身体が火照り始める。俺は三輪の肩先に顎を当てて目を閉じた。
「おまえが思っているより、俺は亮介が好きだよ」
 頬に触れる三輪の唇。眼鏡のフレームよりも厚くはみ出たレンズの縁が目の脇に軽く当たった。
「俺は亮介が期待してるような大人じゃない。おまえを守るより傷つけてしまう気がしてる。だから亮介が逃げたいんだったら逃げたほうがいい」
 俺は三輪の背に回した腕にギュッと力を込めた。
「どうしてそういうふうに突き放すようなことばっか言うんだよ? すっげーむかつく」
 三輪の肩から顎を引き、鎖骨の辺りに言葉を落としてから俺は顔を上げた。手を伸ばして眼鏡を奪う。銀色の細いフレームはかすかに冷たかった。
「好きだって言えよ。離さないって言え」
 そんなこと言われるのは本当はすごく怖い。今まで付き合ってきた女の子たちにそんなこと言われでもしたら、俺は即座に逃げ出していた。でも今、俺は三輪の言葉がほしい。
 三輪との関係が怖いのは、俺が三輪を好きだからだけじゃなくて、三輪が俺を好きだからだと実感させてほしい。
 近視の三輪の目がごまかしようのない距離で俺を捉える。
「好きだ、亮介」
 その告白を逃さず取り込みたくて俺は軽く息を吸った。ゾクゾクするようなこの感覚。胸に収まった三輪の言葉は、ものすごく怖くてものすごく嬉しい。
「うん」
 短く頷いて目を閉じれば口付けが下りてきた。



END





あけましておめでとうございます。あんまり新春には関係のないような話ですが、とりあえず「2003年はお世話になりました」&「2004年もよろしくお願いします」の気持ちを込めて。(20040101)




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