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青い鳥-2-



 そんなわけで、お開きになったときぼくはそうとう酔っ払っていた。もちろんそれを恥かしいと感じる理性も残っていたので、なんとか普通に立ち続ける努力はした。店を出て「また飲もうね」なんて空々しいことを言い合って解散した後、ぼくはトイレを借りるために再び店内に戻った。そして出てくると、道の端で守谷が携帯を操ってるのが見えた。
「さっそくメール入れてるってわけ?」
 一言くらい嫌味を言ってやると思って声をかけると、守谷はギクッと顔を上げた。
「やば。広沢さん、早かったですね。オレ、広沢さんを待ってたんですよ」
「なんでぼくなんか待つ必要があるんだよ? ちゃんと彼女のこと、送ってってやればよかったのに」
 とげとげしく言ってやると、守谷が弁解めいた口調になった。
「ちがうんですよ。これ、さっきの消去してたんです。無意味なアドレスいれといてもしょうがないから」
「無意味って…」
 ぼくは呆気にとられて守谷の顔を見た。
「じゃあ、なんで訊いたんだよ?」
「だって、彼女、広沢さんにアプローチしてたでしょ」
「てっめえ!」
 しれっとした顔で言われて、瞬間、頭に血がのぼった。
「やっぱりお前、ぼくの邪魔してたのか! なんでだよ? ぼく何か恨み買うようなことしたか?」
 胸元を締め上げてやるつもりで衿に手をかけたのに、酔って足に力が入らず守谷にぶら下がるような恰好になってしまった。
「ちがうって」
 守谷が困った顔になった。
「ふざけんな! 今までの、やっぱりわざとだったんだろう!」
 怒鳴ったせいか頭がクラクラした。締め上げているはずの守谷に肘を支えられて、どうにか立っている自分が情けない。
「わざとって言えばもちろんそうなんだけど…」
「いい加減にしろよっ! もういいよ!」
 こんな酔っ払いの状態でケンカしても負ける。卑怯だがそう判断するだけの理性があって、ぼくは捨て台詞を言ってくるっと背を向けた。
「あ、ちょ、ちょっと待って、広沢さん。オレ、送っていくから。車、そこに止めてあるんです」
 守谷がそう言って腕に手をかけてきたので、振り払った。
「何言ってやがる!」
「オレ、ほんとに広沢さんのこと待ってたんです。飲み過ぎてるみたいだったから」
 誰のせいだと思ってるんだ。ぼくは無視することに決めた。第一すでに終電に遅れそうだった。精一杯の早足ですたすたと歩き、地下鉄の入り口を見つけて階段を降りた。一度も振り返らなかったので、守谷がいつ諦めたのかはわからなかった。
 乗り換えたのはしっかり最終電車で混んでいた。似たような酔っ払いがたくさんいる。みっともないなあ。ぼくは窓に映る自分に呟いた。


 改札を出たところで気持ち悪くなった。駅の明るさを避けて座り込む。大丈夫、そんなにひどくはない。ただ眠くなっただけだ。
「大丈夫ですか?」
 頭の上で声がしたときは死ぬほど驚いた。守谷が心配そうな顔で覗き込んでいる。
「うっわ、なんでお前、ここにいんだよ?」
「心配だったから、一緒の電車でついてきたんです」
「バッカ、お前、あれ最終だよ? っていうよりこっちからの電車なんか、もうとっくにないよ! 帰れないじゃないか」
 一気に酔いが冷めてしまった。タクシーだってこの辺はもうやってない。呼ぶにしたっていくらかかるか金額を考えるのさえ怖すぎる。
 しかたなくぼくは守谷を自分のアパートに連れて帰った。自分を心配してついてきてくれた人間を放っておくわけにもいかない。すごく怒っているはずの相手を泊めなきゃならない状況が阿呆らしい。しかもぼくの部屋は1DKで、寝具も一組しかないのだ。どうしたらいいんだ。ああ腹が立つ。部屋の中に一歩足を踏み入れた途端、守谷はくくくと笑った。
「すごい汚い部屋」
「余計なお世話だっつーの!」
 たしかにぼくはキレイ好きとは言い難い。台所にはゴミ袋がたまっているし、洗っていない鍋や食器が流しに残っている。そんなこともあって恋人がほしいと思い始めたところだ。と、ここで守谷の所業を思い出してぼくは再び怒りがこみ上げてきた。
「あのー、オレ、シャワー借りてもいいですか?」
 ぼくの気持ちに頓着せず、能天気に守谷は宣った。
「勝手にしろ!」
「あ、広沢さん、先に使います?」
「誰のうちだと思ってんだよ? それにこんなに酔ってて風呂なんか入ったら死んじゃうよ。ぼくを殺す気か?」
「だから飲みすぎだって言ったでしょ。口調もちょっと荒すぎ」
 ぎろっと睨みつけると守谷は肩を竦めて風呂場に消えた。使い方の説明なんかしてやるものか。どうせアパートのシャワーなんかどこでも似たようなものだ。それでもぼくは嫌々ながらタオルを出して、Tシャツとスウェットパンツを着替えとして用意してやった。自分でもさっさとパジャマ代わりのスウェットに着替える。問題は布団だ。一組の布団を二人分にしようと苦労して、途中でバカらしくなった。なんでぼくがこんな気を使わなきゃならないんだ。やってられるかよ。中途半端に敷いた布団の上にごろんと仰向けになった。こっちは酔ってるんだから、さっさと寝たいのに。
 いつの間にかウトウトしたらしい。守谷が出てくる気配に目が覚めた。どうにか半身だけ起き上がって、ぼーっとした目をこすって、眼鏡をかけ直して見上げると、やけに若く見える守谷が立っていた。ふっと笑いがこぼれた。
「なんだよ。守谷、大学生みたいじゃん。まだ十代でも通るよ」
 眼鏡を外して、濡れた髪が額にかかっているだけで、こんなに違うんだ。くくくっと笑うと守谷はちょっと安心したみたいに微笑んで、近くにしゃがんだ。
「十代は無理だけど。だから眼鏡かけてんですよ。若すぎると信用されないでしょ。オレ、ほんとはそんなに目が悪いわけじゃないんだけど、山内先輩とかも仕事の時はかけてたほうがいいって言うから」
「へー、いいなあ。ぼくなんかもうすっげー目悪いよ。眼鏡なくっちゃ生きられないね」
 なんとなく素直な気持ちになって、ぼくは守谷に訊いた。
「どうして、守谷、ぼくの邪魔してるの?」
 気づかないうちにぼくが守谷に何か悪いことをしていたのかもしれないと思った。そうでなきゃ、守谷のやっていることはひどすぎる。
「邪魔っていうか…」
 守谷は口ごもった。
「ぼく、守谷に嫌われるようなこと、したのかなあ?」
「ちがっ!」
 慌てて首を振って、守谷は唇を噛んだ。
「すみません。嫉妬してたんです。単なるやきもち」
 ぼくはとてもびっくりした。
「なんで? なんで、守谷がぼくにやきもち? だって守谷のほうがモテるじゃん。まだ若いしさ」
 すると守谷はぶんぶんぶんと手を振った。
「あ、違う! 違います。女の子たちに嫉妬したんです」
「ええええ!」
 今度こそぼくは腰が抜けそうに驚いた。
「最初、山内先輩が飲みに誘ってくれた時、広沢さんのためだって言われたんですよ。仕事も違うし、あんまり話す機会ないから、広沢さんと飲むの、すっげー楽しみにしてたのに。広沢さん、女の子とばっかりしゃべってて、オレのこと全然見なかったでしょ」
 恨みがましい目で見られて、困ってしまった。
「守谷って、ゲイなの?」
 なんかそんなタイプには全然見えないんだけど。守谷は勢いよく否定した。
「違いますよ! と、思う。少なくとも今まで男を好きになったことはないんです。わかんない、オレだって。ただ広沢さんといると楽しくって。それだけだったんだけど」
 迷子になった子どものような顔つき。
「最初の飲み会の後、山内さんに注意されたんです。広沢さんは彼女募集中なんだから、邪魔するなよって。それがなんか頭に来て。あー、オレ、広沢さんのこと好きなのかなあって気づいた」
「それで友香ちゃんと別れたって言うの?」
 ぽろっと訊いてしまって、あせった。守谷がやけに嬉しそうな顔をしたからだ。
「どうして友香のことなんか知ってるんですか?」
「ぐ、偶然聞いちゃって」
「広沢さんも、オレのこと気にしてたってこと?」
「悪いけど、それは誤解だよ。ほんとに偶然なんだ」
 困ったなあと思った。守谷は嫌いじゃないけど、そういう対象には思えない。
 友香という守谷の彼女の名前を覚えてたのは不思議といえば不思議だ。自慢じゃないが、ぼくは人の名前を覚えるのが苦手だ。白状すれば何回も顔を合わせている山内の彼女の苗字も忘れている。
「オレ、本気だから。だから、広沢さん、オレの恋人になってください」
 おいおい、いきなり直球だよ。そんな真っ直ぐな目で見られると弱いんだよな。だけど。
「恋人は無理だよ」
 思い切ってそう言ってしまった。
「どうして?」
 男同士だもん、当たり前じゃんか。
「だって。…そのう、ぼく、守谷に欲情できないよ」
 恥かしいので、小声で早口に伝えた。例えばテレビに出てくるようなキレイなニューハーフだったら、まだ大丈夫かもとは思う。でもなー、守谷は全然女っぽくないし。決してごついとは言えないけど、若干ぼくより体格もいいような。せめて山内くらいじゃないと守谷は抱けないんじゃないかなあ。うわ、なんてこと考えてんだろ。
「試してみたら?」
 すごい提案をされてしまった。でもそれでやっぱりダメだったら守谷は傷つくと思う。
「広沢さん、オレのこと嫌いじゃないよね?」
「そりゃ、まあ、そうなんだけど…。『嫌いじゃない』と『好き』はイコールにならないよ」
「一回だけ。オレ、このまま諦めるなんてできない。無理強いはしないから」
 眼鏡をかけていない、幼くさえ見える守谷に迫られて、断るのが可哀そうになってきた。そういえばぼく飲みすぎてんだよなあ。これって酔っているせいでマトモな判断ができないのか?
 ぼくが答えられないでいるうちに、守谷の手が顎にかかって上向けられた。軽いキス。これはあんまりイヤな感じはしないな。ぼくの眼鏡を外した守谷の手が耳と頬に触れてドキッとした。急に視野が狭くなって頼りない。もう一度キス。
「ちょっと待って。せめて電気消そうよ」
 恥かしいし、暗ければ相手が男だってことをあんまり意識しなくて済むかもしれない。ぼくは立ち上がって、一番小さな灯りだけにした。それでもけっこう明るすぎる。でも真っ暗にすると眼鏡外して何も見えないからなあ。
 先に横になっている守谷の隣にそろそろと入り込んだ。敷きかけの寝具は毛布も敷布団もごちゃごちゃで身体の下でデコボコしている。守谷が覆い被さってきて、仰向けにされたぼくの上にキスが降る。なんだか優しい気持ちになってきた。心地好いのはいいけど、でもこれじゃ欲情しないぞ。と思っていたら、少しずつ押し付けられる守谷の唇が強くなってきた。あ、こいつ、うまいかも。
 服を脱がされた。守谷の手がゆっくりとぼくの身体をまさぐりだす。シャワーを浴びた守谷はいい匂いがして、ぼくは酒臭い自分が恥かしくなった。
 考えてみれば他人と肌を触れ合うのって、五年ぶりなんだよな。守谷の愛撫は、真由美のとは全然違う。違うんだけど、男同士だからかえって快楽がわかり易いのかな。少しずつ感じてきた。たしかに男の手って感触なのに。
「あ…っ」
 うわ、声がでちゃったよ。でも守谷も息が荒くなってて甘い呼吸でちょっと色っぽい。下半身が触れ合って、背筋がゾクゾクしてくる。ぼくからも守谷の首筋に唇を這わせてみると低くうめく声にかなりそそられた。これは大丈夫かもしれないな。そう思った途端、膝を抱え上げられ足を開かされて、心臓がはねた。
「え、ちょ、ちょっと待って。何すんだよ?」
 鼓動が早くなり急激に羞恥が襲ってくる。見下ろす守谷が「あれ?」という顔になるのがわかった。
「あの、男同士って後ろを使うって聞いたことあって…」
「なんで、ぼくが、…その、オ、オンナ役なんだよ?」
 ぼくは自分がとんでもない勘違いをしていたことに気づいて青くなった。足の間に入り込んだ守谷は少しも動じない。
「だって、オレ、男だし」
「バカ、ぼくだって男だよ。それにぼくのほうが年上だ」
 まずい。ぼくは自分が守谷を抱けるか心配していたのに、守谷はそんなことちっとも考えてなかったのか。守谷はぼくの言葉なんか聞こえないふりをした。
「好きなんです。オレ、ここまでする気なかったけど。やっぱ一体になりたいっていうか…広沢さんをオレのものにしたい」
 守谷はそう言って左手でぼくの右膝を抱え上げたまま、右手をぼくの後ろに持ってきた。恐怖と緊張で浅くしか呼吸できない。
「あ、や、やだ…。やめてくれ。ぼく、そこまで考えてなくって…」
 ぼくは必死で守谷を見上げた。ちょっと涙声になってしまった。だって無理だよ。
 守谷は一瞬動きを止め、それからゆっくりキスしてきた。それでやめてもらえると思ってほっとした。それは間違いだった。そのまま守谷は耳の脇にキスをして、囁いた。
「ごめん。ちょっとそんな顔されちゃうと、途中でとまらなくなった」
 守谷はぼくを抱え直して、無理やり腰をすすめてきた。
「あうっ! …いっ、痛いっ。くっ…! ダ、ダメだっよっ…」
 逃げようとするぼくを守谷はしっかりと抱え込んでいた。ぼくはすぐに言葉にならない声を洩らすことしかできなくなった。
 あろうことか守谷はぼくの中でゆっくりと動き始めた。ひいっと喉の奥が鳴った。けれどそのうち何かが少しずつ背筋をのぼってきて、悲鳴と嗚咽がいつのまにか喘ぎに変わっていた。
「は…あ、あっ、あっ…」
 守谷の動きに合わせて、声が洩れてしまう。どうしようもない切なさ。守谷の動きが徐々に速くなって、彼はぼくの中に放った。
 いつのまにか溢れていた涙が頬を伝う。喘ぎは再び嗚咽に戻って、守谷をあせらせた。
「ごめん」
 守谷は傷ついたような顔で、瞼に口づけてきた。
「ばかやろう」
 ぼくは低くうめいた。不覚にも声音に甘えが混じってしまった。守谷はふっと笑って今度は頬にキスをした。あやすように髪に触れてくる守谷の指が気持ちよくて、悪態をつきたくなる。
「てめえ、無理強いしないって言ったじゃないかよ?」
「すみません」
 殊勝に謝られて拍子抜けした。ふと息をつく。見慣れたはずの自分のアパートがどこか別の世界みたいだ。
「ぼく、ちがうこと考えてたんだよなあ」
 抱くことばかりに意識がいっていた自分が、我ながらマヌケに思えた。
「ほんとはオレも、広沢さん勘違いしてるなって、ちょっと思った。でもはっきりさせちゃうと逃げられそうだったから」
 至近距離でにやっと笑われて、かっとなった。
「なっにー?」
「でも、広沢さん、下だったし。途中でわかってくれたかな、と思ったんだけど。電気、気にしたりして、オーソドックスっぽいし」
 げっ、なんてことを言いやがる。こいつを無神経と言った女の子の気持ちがよくわかるよ。
 それでもぼくを見つめる守谷の目に嘘はない気がして、憎めない。その雰囲気が伝わったのか、守谷は余裕たっぷりにキスしてきた。
「オレの恋人になってくれますよね?」
「…」
 素直に頷くのが癪で黙り込むと、たちまち不安げな顔を見ることができて満足した。守谷が不満そうな声で訊ねてくる。
「まだ、彼女募集するんですか?」
「…ばか。こんな身体でできるかよ」
 そう答えると、にっこりと手放しの笑顔がかえってきて、「ちくしょう」とぼくは唸る。こんなガキにほだされてしまうなんて。



END





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