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ドーパミンBABY


 午後の空き時間、学食でクラスの中井たちとしゃべっているところに、同じサークルの一年生、榎並がやってきた。眉をしかめ唇を引き結んで、ひどく不機嫌そうな面をしていると思ったら、まとわりつくように女の子が一人。一瞥もしない榎並にもめげず、さかんに話しかけていた。
「ちょっと! ちゃんと聞いてよ、到!」
 女の子が榎並の腕に手をかけて叫び、榎並はようやく足を止めた。前に回り込んだ女の子を睨んで口を開く。
「しつけーんだよ、ブス!」
 発せられた言葉に、学食に居合わせた全員が一瞬動きを止め、しんと沈黙が降りた。
「いいか、てめえ」
 榎並は女の子の鼻先に指を突きつけた。
「俺はしつこい女は大嫌いだ。おまえなんかに呼び捨てにされる覚えはない。金輪際、俺の名前を口にすんじゃねえぞ」
「……何よ」
 泣き出すかに見えた女の子は気丈に堪えた。
「何よ、サイテーな奴! アンタなんかと付き合ってたと思うと自分が情けなくなる! ほんっとサイッテー! サイアク! バカ!」
 一気にまくしたて、女の子は憤然と学食を出て行った。
「すっげーな」
 中井がボソッと言った。
「何、あれ破局?」
「あそこまで普通じゃ言えないわな」
 俺は黙って、お茶を飲んでいた。俺には多少榎並についての認識があったから、取り立てて驚くほどのことではなかった。榎並は一年生だが、その傍若無人ぶりにサークルでは今さら誰も注意などしやしなかった。あそこまで徹底していれば、あれはああいう奴なんだと思うしかない。
「あれだけ顔がいいと、性格が歪むんだろうか」
「女の子、結構可愛かったのにな」
「へえ、追いかけてみれば?」
 中井たちがそんなことをひそひそと話していると、榎並は俺たちのテーブルに近づいてきた。中井たちは慌ててぴたっと口をつぐんだ。
「文句があるなら、聞きますけど?」
 テーブルの脇に立った榎並は、不遜に俺たちを見下ろした。中井が青ざめてブンブンと首を振る。俺がチラッと榎並のほうを見ると、奴の目は真直ぐに俺に注がれていた。…なんで俺なんだ?
「川奈さん、言いたいことがあるならどうぞ。俺、ちゃんと拝聴しますよ」
「俺? 俺は別にないよ。関係ないし」
 榎並の眉がぴくっと動いた。
「じゃあ、俺が話があるんで、付き合ってください」
「カンベンしろよ」
 俺は思わずため息をついた。どうやら俺はこの一年に目をつけられているらしい。何かとつっかかってこられる。俺の被害妄想なわけではなくて、サークルの仲間にも「謝っちゃえよ」などとからかわれているほどだが、何を謝ればいいのか見当さえつかない。
「カンベンってなんですか? 俺は話聞いてくれって頼んでんだろ」
 榎並が苛立ったように俺の肘をつかんだので、俺はしかたなく立ち上がった。すべてが意のままに進まないと気が済まないらしい、この自己中心的な男に、力づくで引きずっていくつもりにでもなられたら面倒だからだ。


 先日の飲み会で、俺は榎並に腕相撲を挑まれ負けたばかりだ。
「川奈さん」
 飲み始めてしばらくして、俺は離れた席で飲んでいた榎並に呼ばれた。
「なんだよ?」
 榎並はテーブルに頬杖をついた姿勢で、ちょいちょいと俺を手招きした。
「ちょっと来てください」
 仮にも先輩を呼びつけやがる。俺は席を動かず「なんだよ」とくり返した。榎並は見る見る表情を険しくした。
「だから、こっち! ちょっと来てくださいっつってんだろ」
 しぶしぶ腰を上げた俺に、周りの連中が小声で「がんばれ」と声をかけてきた。まったく他人事だと思っている。実際、傲慢男、榎並の標的になるのはことごとく俺ばかりで、すっかりサークル内の人身御供のようだった。
 榎並は空席のテーブルの前に移動していた。
「勝負しましょうよ、川奈さん。腕相撲」
 意地の悪い笑顔で榎並が提案してきた。
 なぜに腕相撲? 俺は呆れたが、抵抗しても無駄なのはわかり切っているので、さっさと終わらせることにした。
 テーブルの上に突き出された榎並の手を握る。ほっそりしているのに力強さを感じさせる手だった。
 自信満々の態度を取られると最初から負けるんじゃないかという気になってしまう。榎並は体格的にはそう抜きん出ているわけじゃないんだけど、いつも押し出し満点だから、スポーツ関係も得意そうに見えた。
「レディー、ゴー!」
 どうせイジメのつもりのくせに、榎並はやたら真剣な表情になる。負けん気の強そうなところが子どもっぽいとこっそり思った。
 しばらく粘ったものの俺の腕はジリジリと倒されていき、ついにテーブルに押しつけられた。
 俺の手がテーブルについても、榎並は力を緩めなかった。
「俺の負けだよ、榎並」
 俺は痛みに眉をしかめて訴えた。聞こえているはずの榎並は知らん顔だ。俺はジタバタともがこうとしたが、テーブルに押しつけられた腕は少しも動かせない。
「痛いって、榎並。俺が負けたっつってんだろ。――痛いッ。まじで痛いから、榎並!」
 情けなくも悲鳴をあげて、ようやく解放された。
「やっぱ俺のが力あるんだ」
 榎並は満足げに呟いた。
「……そうだよ」
 別に腕力だけがすべてと考えているわけじゃないが、それでも男としてのプライドは傷つく。俺はふてくされて腕をさすった。
「そんでなんでそんなに余裕こいてんの?」
 思惑通りに俺を痛めつけたくせに、榎並はすぐに不満そうな様子を見せた。
「は?」
「なーんか川奈さんってむかつくくらい余裕こいてるよな」
 それはまさにいじめっ子のインネンだった。みっともなく腕をさする俺のどこに余裕があるというのだろう。
 俺は今まで自分はいじめっ子に絡まれるようなタイプではないと思っていたんだが。まさかこの歳になってこんな目に遭おうとは。


 学食を出た榎並は俺をロッカー室に連れ込んだ。時間帯のせいか他に人はいない。嫌な気分だ。まさか殴られたりはしないだろうが。…しないといいが。
「俺が悪いんじゃねえよ」
 榎並は唐突に口を開いた。
「だって、俺の履歴見ろよ。あの女、一時間ごとにかけてきやがんだぜ」
 榎並は携帯を取り出して、俺の前にある丈の低いロッカーの上に置いた。別にそんなの見たってしょうがない。俺はそれに手を出さなかった。
 榎並は勝手に言葉を続けた。
「だいたいあの女、最初は、一回だけでいいっつってコクってきたんだ。だから、お情けで一回食ってやったらさー、なーんかいつの間にか付き合ってることになってたんだよ」
 なにゆえ俺が榎並の釈明を聞かなければならないのか。
 察するにさすがの榎並も学食中の注目を集めたのはバツが悪かったのだろう。誰かに言い訳したいところで目に止まったのが俺だったというわけか。俺はげんなりしてロッカーに寄りかかっていた。こんな時にまで関わってしまうなんて間が悪いとしか言いようがなかった。
「ま、別に他の相手もいなかったし、どうでもよかったんだけどさ、だんだんウザくなってきてさ。別れることにしたんだ」
 その言い草に俺は呆れて言葉もなかった。大体どうして榎並はそんなことまで俺に言うんだ。
「したら、絶対別れないとかってしつけーの。アホか。俺が別れるっつってんだよ。粘着な女ってやだねー」
 あくまで自分を中心に世界が回っていると信じているような口調だった。俺は肩をすくめてため息をついた。
「俺、次の講義があるから、そろそろ行くよ」
「だから、聞けよ」
 榎並は俺の肩をつかんだ。今さらだが、どう考えても後輩の態度ではない。
「もういいよ」
「んだよ、川奈さん。見ろよ、ほんと履歴、ぜーんぶあの女からだぜ。気持ち悪いよ、マジで」
 俺の肩を抱え込むようにして携帯を開いて見せる。俺は顔をそむけた。
「いいってば。俺には関係ないし」
「むっかつくなー!」
 いきなり大声を出されて、俺は呆気にとられて榎並を見た。
「なんだよ、その態度。マジむかつくんだけど!」
 要するに榎並と俺は相性が最悪だということだ。だからこそ俺は関わりたくないのだが、榎並はまだガキなのだ。気に入らないものをつっつきたくてしょうがないのだろう。


 それからしばらくは榎並の顔を見ずに過ごせたが、金曜日、バイトから帰ると俺の部屋の前に榎並が立っていて、俺に気づくなり早速文句をつけてきた。
「どこ行ってたんですか」
「バイトだよ」
「んな遅いバイトやめちまえよ。俺、すっげー待ったんですけど」
 別に俺は榎並と約束があったわけでもなんでもない。勝手にやってきて勝手に待っていた奴に文句をつけられる筋合いなどない。そんな当たり前のことさえこの男相手に諭すのは億劫だという気にさせる。ある意味、得な存在だ。
 俺は鍵を開けながら訊いた。
「何か用か?」
「泊めてもらおうと思って」
 榎並はしれっと答えた。
 俺のアパートは時折サークル仲間の宿にされていた。飲み会の後など自宅の連中が勝手に泊まりに来る。特に榎並はサークルの飲み会以外の時でも俺の部屋に押しかけてくることがあった。それこそが榎並の榎並たる所以かもしれないが、普段あれだけ俺のことを攻撃しておきながら、平気で俺の部屋に泊まりに来る神経は、いっそ見上げたものかもしれない。
「クラスの奴らと飲んでたんだけどー、泊めてもらうつもりだった奴が、ヤバイこと言い出すからさ」
 どっちがヤバイんだか、甚だ疑わしいものだ。どうせケンカでもしたんだろう。
「来るのは勝手だけど、そういつも泊めてやれると思うなよ」
「なにそれ」
 俺が玄関を抜けるのも待たず、顔の脇すれすれにドアを押さえる腕を伸ばしてくる。そんなにくっついて入ってくることないだろうに。
「彼女が来てる時とか、まずいだろ」
「どうせ川奈さん、彼女いないじゃん」
 スニーカーを脱ぐ背中越し、声が近すぎる。そのまま上体を起こせば榎並にぶつかりそうな気がして、俺は中腰のまま敷居を上がって振り向いた。
「いるよ」
 途端に榎並は低い声を出した。
「ウッソだ。俺、聞いてないよ、そんなの」
 なんで俺の交際を榎並に申告しなきゃいけないんだ。
「榎並には関係ないだろ」
「アンタって本当嫌な奴だよな」
 しみじみと榎並は言った。
「俺、川奈さんみたいにイラつく奴初めてだよ」
 お誉めいただいて光栄だとでも返してやろうか。一瞬だけそんな考えが浮かんだが、それもいい加減面倒くさかった。俺はこんなガキに関わっているほど暇じゃない。
「シャワー借りるよ」
 部屋に入るなり榎並は勝手知ったる様子で浴室に消えた。遠慮という文字が榎並の辞書にあるはずもない。他人のものも自分のものだと思ってる。あそこまで徹底したジャイアン気質にお目にかかったのは初めてだ。大体あのテのタイプには小学校でおさらばできたと思っていたんだけど。榎並のやってることはまさに小学生の言動だ。
 榎並が出てきたので、交替で俺もシャワーを使うことにした。俺、本当は人の使った後の浴室って嫌いなんだよ。最初から濡れている床が気持ち悪くて、湿って暖かい空気が残っているのも生々しくて苦手だった。
 榎並などに目を付けられた我が身がつくづく情けない。自分では取り立てていじめられやすいタイプとは思えないんだが。


「俺、男に告白された」
 シャワーを浴びて出てきたら、いきなり榎並が神妙な顔つきで告白してきた。俺は黙って濡れた頭をタオルでこすった。
「同じクラスの奴。今、さっき言われた。俺のことずっとかっこいいと思ってたんだって」
 榎並みたいな男がホモに好かれるのか。ほとんど清々しいまでの傲慢さが男らしいと感じられるのかもしれない。半乾きの髪をオールバックに撫でつけて、確かに榎並は男前な造作だ。
 榎並は多少考え込むような素振りを見せていた。同性に告白されたらさすがの榎並でもびびるのかと思ったらおかしくなった。それで逃げ出してきたってわけか。かぶったタオルの陰でこっそり笑う。
 結局俺が、相性の悪い榎並をそう嫌いでないのは、そういうところが見えているからだった。どこかガキ臭くて愛敬がある。だから榎並の行動に本気で腹を立てることはなかった。生意気な子どもを相手にしているようで、本気で怒るのは大人げない感じだった。
 ただそうした俺の態度が余計に榎並を苛立たせてしまうのかもしれなかった。榎並の言う「余裕こいてる」というのは、結局そんなところなのだろう。そうなると本当に相性が悪いとしか言いようがなかった。
 考え込んでいるように見えた榎並はふいに口を開いた。
「だから、俺、男でもイケルってことだろ」
「は?」
 またわけのわからないことを言い出しやがる。イケルってあれか、榎並にとっては男にもてることも自信に繋がるんだ。つくづく羨ましい性格をしている。
「で、どうせならコギレイなほうがいいかと思って」
 ちらりと見ると榎並は微妙に視線をそらしていた。榎並のこんな態度は初めてかもしれない。いつも憎々しいまでの目付きで俺をきっちり捉えてしゃべるくせに。
「川奈さんがいいかなと思った」
「…………はい?」
 言われた意味がわからなかった。ぽかんと見返すと榎並は拗ねたように唇を尖らせた。
「俺、どうせならアンタがいいんだよ」
 頬がぴくついた。頭が榎並の言葉を理解することを拒んでいる。
「おまえ、何言ってんの?」
「だっから、むかつくんだ、てめえは!」
 榎並はいきなり俺につかみかかってきた。
「すっとぼけてんじゃねえよ。こっちが必死の思いで告白してんのに、んな言い方あるか?!」
「はあ?!」
 榎並は力任せに俺をうつ伏せにして背中に圧し掛かってきた。頭から外れたタオルが手の中に残った。
「アンタより俺のが力あるよな?」
 ちょっと待てよ。
 俺を押さえつけた榎並がやけに静かな声で囁いたので、嫌な汗が背筋を伝った。
 これは榎並が新手のイヤガラセを思いついたということなのだろうか。
 榎並はそのまま俺の耳の上を咥えてきた。噛みつかれたわけじゃなく唇で挟まれた。
「ちょ、榎並……?」
 そのまま舌が耳をなぶり出した。なんだよ、これ。なんなんだよ、これは?!
 お互いの湿った髪が触れ合う。Tシャツの背中を捲り上げて、榎並の手が入り、直接に肌を撫で回してきた。身を起こそうとしても背中に乗っかった榎並はびくともしない。
 くっそー。これ、力の差じゃなくて、体勢っていうか重力のせいじゃないか。卑怯者!
 無理やり上体を起こしたら首だけが仰け反って、一瞬息がつまった。
「えな……バ…カ、俺、息できなッ」
 ゲホッと咳き込むと、榎並は俺の身体を半回転させて仰向けにした。それでも俺の身体は榎並の下にしっかり押さえこまれたままだ。そのうえ口に口を押しつけられる。
「んんっ」
 じ、人工呼吸なんかいらねえよ。おまえが上からどけばいいんだよっ。
 身体の間に手を入れて引き離そうにも体重をかけている榎並を俺の力では動かせない。
 榎並の手が今度は身体の前面を撫でさする。何してんだ。
「榎並、バカッ」
 ひっかかりにもならないような乳首を押さえつけられて、鳥肌が立った。唇を割って、榎並の舌が侵入してきた。
「は、バカ……ん」
 歯をなぞっていく他人の舌。舌を噛み切ったら本当に死ぬんだろうか。いくら榎並相手でも人殺しになるのは嫌だ。そんなことをためらっている間に、榎並の舌は思う存分俺の口の中を蹂躙していた。呼吸さえコントロールされる屈辱。
 榎並の唇が離れたとき唾液が糸を引いた。
「はぁ……」
「そういう顔、すごくいい。川奈さん、いつもそういう顔してればいいのに」
 ようやく解放されたのは口だけで、相変わらず俺の身体を押さえつけたまま、榎並が上から高慢ちきなツラで見下ろしていた。
「クソッタレ!」
 俺は反射的に罵っていた。ガキだと思って甘く見ていれば何しやがるんだ。榎並は途端にムッとした顔になった。
「かわいくねーな」
 誰がてめえなんかに可愛いなどと思ってもらいたいもんか。俺は榎並の肩に両手を突っ張って押しのけようとした。榎並は邪魔だとばかりに俺の手首をつかんで床に押しつけた。
「アンタさあ、どうしてそう人の神経逆撫でするようなことばっかすんの?」
「俺が何してるって言うんだよ?」
 俺は何もしていない。天地天命に誓えるぞ。
「うるせーよ」
 叫んで榎並は俺の服を脱がしにかかってきた。本当にこいつは何を考えてやがるんだ。榎並の手が服に移ったせいで両手が自由になった俺が、引っこ抜いてやろうと榎並の髪をつかんだのと、榎並が俺のモノをつかんだのは同時だった。バ、バカタレ榎並、なんてところを……!
「え、榎並……」
 ゴクリと喉が鳴った。そこは急所だ。あんまり卑怯だろ。
 至近距離でニヤリと悪魔が笑う。
「いい顔してろって言ってんだろ。俺、川奈さんのそういう顔が見たいんだよ」
 初めはゆっくりと――榎並が手を動かし出した。


「…も、もういい、榎並…あ……、頼む、もういい。んん……っ、俺、俺が悪かった、な、謝るから、も……ああ」
 口から出るのは頭を経由しない言葉で、自分自身にさえ理解できない。高めるだけ高められて、もういきそうだというところで、何度も堰き止められる。他人にされるのが、こんなにたまらないものだとは知らなかった。
 いつの間にか目の中に涙さえ溜まって、視界が霞んでいる。
 ちがう。ただの他人じゃない。相手が榎並だからだ。何をされるか予想もつかないから怖いんだ。そうだ、認める。怖い。俺は榎並が怖い。ガキだなんて思わない。だからもうやめてほしい。
「榎並ぃ、ごめ……ああ……俺、謝るから…なあ……」
 俺の泣き声に榎並が満足そうにため息をついた。
「すげー、ゾクゾクする」
 ゴロゴロと喉を鳴らす音さえ聞こえそうだ。猫よりも大型の肉食獣。ライオンとか豹とか。俺はこいつに食い殺される。
「も…もう……」
 ふいにそこから手が離れ、脚を抱え上げられた。後ろに押しつけられたモノ。
「ダメだッ!」
「川奈さん」
 榎並はぐいぐいと腰を押しつけてきた。
「やめっ、榎並!」
 それは幸いなことにうまく入らなかったようで榎並は舌打ちした。
「ちっ、面倒くせー」
 つかの間の安堵に息をついた俺の口の中、榎並は人差し指を突っ込んできた。
「んぐっ」
 こっちのことなんかお構いなしに舌をつつき回されて吐きそうになった。唾液でヌルヌルになったところで引き抜かれた指は――榎並のモノが入らなかったところを無理やりこじ開けてきた。
「えなッ、榎並。やめろ!」
 必死の制止を当然のように無視された。指が中を刺激してくる。
「アッ!」
 榎並の指が探り当てた箇所。前立腺って知ってるよ。精液の採取に使うところだ。
「いやだ、こんなの、やだ。俺、やだ、榎並ッ」
 泣き叫ぶ俺を押さえつけて、榎並が顔をすり寄せてきた。
「すげーいいよ、川奈さん。俺がアンタのこと泣かしてんだと思うと、たまらなくなる」
 この、サド男! おまえがサドなのは勝手だけど、俺を相手にすんな。罵っているのは頭の、ほんの片隅で――ほとんどもう何も考える余裕がない。
「あああ……」
 前と後ろを同時に刺激される。理性を奪い去る快感に俺はすべてを放棄しかけていた。
 榎並は再び俺の腰を抱え上げた。そしてそれがじりじりと侵入してくる。
「んーーーッ!!」
 もがき、床を掻いて逃げようとしたが、果たせなかった。俺の中に根本までしっかり埋め込まれた榎並のモノ。喉からは呻き声が、目からは涙がとどまることなく溢れ続ける。
「川奈さん、苦しい?」
 この状況で訊かなければわからないと言うなら、榎並は阿呆だ。
 榎並は馴染ませるようにゆっくりと腰を揺らし始めた。
「あっ、あっ、あっ」
 不用意な声が喉をついた。榎並が少しずつ動きを大きくしていく。
「やめ……んうッ……あ……ああ」
 あろうことか榎並は手を伸ばして前まで同じリズムで刺激してきやがった。
「やっ! そ、れは……んっ…あ……ダメ、ダメだ、榎並、榎並、榎並―――!!」
 そして俺は、中にくわえ込んだ奴の名前を連呼しながらイってしまうという大失態をやらかしていた。


「川奈さんの彼女ってどんなタイプ? 面倒な奴じゃないといいなあ」
 何がどうなったかわからないまま、気づけば俺は榎並の腕の中で、奴の指が俺の髪を梳いていた。ぐったりとつぶれた俺を、榎並が浴室に運んで洗い処理をしたのだが、それもまたずいぶんと屈辱的なことだった。
 考えることを拒否したい俺の耳に勝手な言葉が吹き込まれる。
「あの女みたいんだったらサイアクじゃない? 追っ払うのに苦労するよね」
 俺は呆れて榎並を眺めた。
「追い払うって、おまえなんかに勝手にそんなことさせるか」
 だるい口をどうにか動かす。声は掠れて力なかった。榎並は平然と続けた。
「勝手じゃないだろ。ま、いっかー、こんだけ痕つけてやったし、これ見たらどんな鈍い女でも素直に身を引くよね」
 言われて見下ろした俺の身体には、ありとあらゆるところに榎並のキスマークが散らばっていた。カーっと頭に血が上る。
「ふ、ふざけるな!」
 俺は一喝した。
「警察に突き出される前にさっさと出て行け」
 榎並の鼻先に指をつきつけ宣言する。
「川奈さん」
 榎並は大仰なため息をついて天を仰いだ。顔を戻し、つきつけた指ごと俺の手をつかんで引き寄せ、至近距離で低く囁いた。
「そんなこと二度と言えないくらい、やりまくってやろうか」
 それはまさに悪魔の顔だった。
「榎並…」
 ゴクリと息を飲んだ俺に、榎並は一転してニンマリと笑みを浮かべた。
「ふふん、冗談。でも川奈さんがそういう顔してくれるとマジでやりたくなるね」
 …なんで俺なんだ。この悪魔の相手がどうして俺なんだ。
 俺の何が榎並のサド心を刺激するというのだろう。今すぐ知りたい。それさえわかれば俺は即行で改める。俺が悪かったと土下座だってしてやる。
 だから教えてくれ。どうして俺なんだ。
 俺の内心の叫びなど届くはずもない榎並の手が俺の前髪をかきあげた。
「川奈さんに出会えたんだから俺は自分の運の強さを実感するね」
 メロドラマ的というには自己主張たっぷりなことを囁きながら、榎並は俺に口付けてきた。



END





homeのキリ番7777を踏んでくださったこづえさまのリクエスト。ワガママで甘えていて鬼畜でゴーマンな攻め。すごく、その…書き易かったです(告白)。リクエストということを忘れて暴走気味でごめんなさい。20020630UP




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