交際



「バッカじゃないの! やる気ないんだったら、こんなとこ来んなよ」
 女の子は可愛らしい顔に恐ろしく不似合いな捨て台詞を残して、足音も荒く部屋を出て行ってしまった。後ろ手にパシンと叩きつけられた襖の合わせ目が大きくずれた。
 そんなふうに怒鳴られる筋合いはない。ちゃんとお金だって払ったんだし。
 俺はため息をついて襖のずれを直し、部屋の真ん中に敷かれた布団の上で胡坐をかいた。


 名門と呼ばれるお嬢様学校の生徒と付き合うことができるという話を持ってきたのは、大学の同級生、田村だった。付き合うとはつまり援助交際だそうで、ふざけたことに学割があるという。しかも学校ごとにランクがありウチの大学の割引率はかなりいいというのだ。
「一回試してみねえ?」
 田村の言葉に俺は首を振った。
「俺はいいよ」
「んだよ、近野。ノリ悪いな」
「俺はあんまそういうの好きじゃない」
 そんなふうに女子高生と付き合うのは抵抗があった。何度も断ったが田村と武井は強引だった。興味があるなら二人で行けばいいと勧めたが、どういうわけか俺まで一緒でないと気が済まないらしく半ば無理やり同行させられるハメになった。
 あいつらに連れて来られたのはごく普通のマンションで、制服を着た女の子三人に迎えられた。最初に通されたリヴィングで、俺たちの出した学生証の写真と俺たちの顔とを見比べながら、女の子たちはお互いに目配せし合ってクスクスと笑い声を立てた。学生証を返しながら、小首を傾げて「部屋に行く?」と可愛らしい声で促して立ち上がる。俺たちはそれぞれ学生証をチェックした相手について行くことになった。
 俺が割り当てられたのは奥の和室だった。相手の女の子は、タレントだと言われたら信じてしまいそうなくらい、可愛らしい顔立ちをしていた。こんな子がどうしてこんなことをしているんだろう。だいたいこれでは援助交際どころでなくしっかり売春じゃないか。
「緊張してる?」
 長いまつげに縁取られた、大きな目がいたずらっぽく俺を見上げた。
「近野クン、別に初めてじゃないでしょ?」
 俺の手を引いて布団に坐らせ、自分は膝立ちになり、両手で俺の顔を挟んで囁く。
「初めてじゃ…ない、けど──ごめん。俺、やっぱりやめたいんだけど」
「アハ。近野クンて真面目なんだー」
 からかうように言って、女の子は俺にキスしようとしてきた。俺は困って顔をそむけた。
「そういうんじゃないけど」
「なんでー? あたしじゃ魅力ない?」
 拗ねたように唇をとがらせるその顔は、台詞と裏腹に自分が魅力的であることを確信しているようだった。
「魅力とかそういう問題じゃなくて、いきなりこういうのはちょっと」
「なんで? 紹介されて好きになったらいきなりしたっていいじゃない」
「紹介」
「紹介じゃん」
 唖然と呟いた俺に女の子は悪びれもせずにフフッと笑って頷いた。
「あたし、近野クン好きだよ。顔かわいいし」
 俺は何と言っていいかわからず黙り込んだ。女の子の声が低くなった。
「近野クン、あたしのこと気に入らないの?」
「気に入るとか気に入らないとかじゃなくて…俺、やっぱりその気になれなくて」
 モゾモゾと言い訳を続けるうちに女の子はとうとう切れたらしい。「バッカじゃない!」と捨て台詞を残して部屋を出て行ってしまった。

 別にあの女の子としないことに確たる理由なんてない。なんとなく気が進まないというのはダメなんだろうか。だいたいこの部屋だって──と俺は自分の置き去りにされた和室をぐるりと見回した。普通だったら客室として使われるだろうような部屋で、明かり取りの窓には障子が嵌められ、小さな床の間まであった。家具といえば不似合いなポップ調のチェストが一つ置かれているだけの殺風景な部屋の真ん中に、布団が敷かれているのが違和感を与えるのだ。おまけに部屋の仕切りなんて襖だよ。声だって漏れるだろう。そういうの、気にならないんかな。
 田村や武井は平気なんだろうか。二人が終わるまで俺もここで待っているべきなのか、一人残された部屋で逡巡していると、いきなり襖が開いた。
「あれ、ミサキは?」
 ひょいと顔を覗かせたのは、同年代に見える男だった。少し甘めの端正な顔立ちが俺よりも年下のように感じられた。
「あ、えーと……出てった」
 ミサキというのがさっきの女の子の名前だろうと見当をつけて、俺はそう答えた。男は「ふーん」と言いながら部屋に入ってきた。和室の鴨居をくぐるのに身を屈める程度の長身だったが痩せているせいか圧迫感は与えない。それでも不躾なほどの視線でじろじろと眺めてくるので、俺は居心地が悪くなった。女の子がいないのがわかったのだから、入ってくることないのに。
「あなたさ、ミサキとしなかったんだ?」
 俺のそばに腰をおろした男からコロンがふわっと匂った。小首を傾げるようにして俺の顔を覗き込んでくる。
「なんで?」
「なんでって……別に」
 一体この男は何者なんだろう。俺が援交の客であると知っている様子から彼女たちの仲間だろうと見当はついたが、高校生にしては大人っぽい雰囲気だった。
「ミサキじゃ気に入らなかったの?」
 男はミサキというらしい女の子と同じことを口にした。
「そういうんじゃない、けど」
「この部屋にいるんだから、お金は払っちゃったよね。そんでドタキャン?」
 しつこく訊かれて答えようがなくなった俺に、男はクスッと笑い声を立てた。
「俺、あなたのこと知ってるよ。同じガッコだ」
「え?」
 同じ大学と言われても俺には男に見覚えなどなかった。もっとも学生数の多さを考えればそれも当然で、むしろ特に目立つこともしていない俺を一方的に知っているという男のほうが不審だった。
「ね、ミサキに払ったお金、俺があなたに同じだけ払おうか」
 男の提案の意味がわからず怪訝な気持ちで見上げる俺に、男はにっこりと人懐こい笑みを浮かべた。
「俺は男でもいいんだ。それともあなたは何もしないのにそんだけの額、捨てられるほどオカネモチなの?」
 男でもいい……?
 はじめは理解できなかった男の言葉を頭の中で何度か反芻するうちに、ようやくその意図が察せられた。男は俺にミサキと同じことをしようと提案しているのだ。つまりこの男も援交の客で、女子高生の代わりに俺でもいいと言っているのか。
「な…! 俺はそんなことは。…そんな、別に金持ちじゃないけど」
 驚きでとっさにまともな返事が返せなかった。だいたい男は別に援交などしなくとも相手に不自由などしそうにないタイプだった。まして同性の俺など相手にする理由はないように思えた。
「もったいないじゃん。ここでお金捨ててくの。あと、言っとくけど、あのコ、結構プライド高いんだよね。手つけられなかったの恨んで、後でリンチとかあるかもよ」
 あっけらかんと言い放つ男は巧みに脅しを混ぜてきた。確かにミサキは可愛らしい顔をしているが気性は荒らそうだった。ひどく腹を立てたようだし、リンチというほど大げさなものでなくても多少の報復を受ける可能性はあった。
「だから、俺としとこうよ。ホモなら仕方ないってなるからさ」
 ニコニコと邪気の感じられない笑顔で囁きながら、男はさりげなく俺の肩に腕を回してきた。男の使っているコロンが懐かしいような親しみやすさを感じさせて、俺ははっきりと拒絶するタイミングを見つけられずにいた。どちらでもよいというような男の誘い方が深刻に受け取るのをためらわせるせいもあった。
「それに、あなたは何もしなくていいんだよ。女の子相手にするわけじゃないから、もうホントただ寝てればいいんだし。それでお金が戻るならラッキーじゃない」
 耳元に寄せられた唇が、かすめるように頬やこめかみに触れてくる。とくに嫌悪感はなかった。相手が自分と同じような年齢で、柔らかな物腰をしているせいかもしれなかった。積極的に頷きはしなかったが、俺の沈黙を了解と取ったらしく、男は肩に回した腕にわずかに力を加えて俺を布団の上に横たえた。
「俺、絶対上手だよ。ミサキよりいいかもしれない。お金払いたくなっちゃうかも」
 いたずらっぽく見下ろす男の顔は、その時俺よりもはっきりと年下に見え、確かにそんなサービスをしてくれる女の子のようにも錯覚された。なぜかミサキに誘われた時より感じる抵抗は少なかった。
「目、閉じて」
 言葉と同時に瞼を覆った男の手に俺は素直に目をつむってしまった。
 最初のキスで、俺は自分の失敗を悟った。男のキスは一方的な陵辱を予感させるのに十分だった。柔らかく何度も押し当てられた唇が、やがて俺の唇をなぶり出す。舌先が歯列を割って入りこんでくる。
「んっ」
 舌を絡めとられ、すぐに呼吸を乱されて、俺は恐怖にとらわれ始めた。
「ん……ん……」
 男のキスは長く執拗だった。逃げを打つ俺の肩を押さえ込み、口腔を犯しながら、男は俺の服に手をかけた。抗おうとしても力の入らない俺の手を難なくかわしてシャツの前をはだける。男の唇は俺の口を離れ顎の下に移った。晒された胸から腹にかけてを乾いて熱を持った掌が這い始めた。
 男の下で俺の身体はガクガクと震えていた。それは理屈の入る余地のない生理的な恐怖だった。
 男は俺の皮膚を吸うようにして唇を首から肩に二、三度往復させ、いきなり乳首のあたりに軽く歯を立てた。
「あっ」
 反射的に反り返った俺に男はクスリと笑いを洩らし乳首を舌でつつき出した。男は完全に俺を女の子の替わりとして扱うつもりなのだ。遅まきながら、これから自分がされるだろうことの想像がつき始めて、俺は慌てて叫んだ。
「や……やめ……やっぱ俺、やめる!」
 叫んだ俺に男は応えず口で乳首への刺激を続けながら、ためらいもなく俺のジーンズと下着を一緒に引き下ろした。
「ひっ」
 露わにされた性器に男の指が絡み、一瞬のよどみさえなく扱き出した。それは女の子にされる柔らかな動きとはまったく違っていた。はじめからまるで痛みのように強烈な刺激を与えてくる。つっぱねようと伸ばした手には力が入らず男の肩に触れただけで落ちた。俺は腕で顔を覆った。
「な、んで…。やめるって言って……やめる、いやだ、俺、やめ……んん」
 俺の言葉は無視されたまま、止まらない男の愛撫に徐々に喘ぎへと変わっていった。男の手技はひどく巧みで、自分でするよりも早く的確に紡ぎ出される快楽に、俺は絶望に近い気分を味わわされた。
「う……あ……」
 男は俺の胸から唇を離し、空いている手で俺の腕をどかして顔を覗き込んできた。
「あなたの声って結構下半身にくるね」
 揶揄されても堪えることのできない荒い息が恥ずかしかった。男は俺の表情を観察するように顔を寄せて、指の動きを早めた。
「や…や……」
「ヤじゃなくて、イイって顔してるよ。すごいエッチな顔」
「やッ」
 男の声から逃れるように何度も首を振った。
「足、邪魔でしょ」
 男は言って、俺の足元からジーンズと下着を引き抜いた。ついでのように自分の服も脱ぎ捨てる。男は裸の肩で俺の上半身を押さえるようにのしかかり、再び俺の性器を弄り出した。高められた熱に俺は抵抗する気力を失くしていた。
「あ……あ……」
 やがて臨界を極めようとする一瞬前、男の指は性器を離れ後ろに移っていった。指の腹で押し上げるようにして触れてくる。
「いやだ」
 その意図に気づいて俺は頼りない拒否の声をあげた。そこを女性の代用にされる恐怖と、すでに限界に来ている性器の熱を放出したい気持ちとが男の行為を拒絶したがっていた。
「大丈夫。こっちも気持ちいいんだよ」
 優しげなまなざしに射竦められ、身体が動かせなかった。男は俺の肩のあたりに唇を這わせながら、その部分を指の腹でマッサージするように数回押した。違和感とともに臍の辺りに名状し難い不可思議な感覚が生まれる。男は部屋のチェストからローションを持ち出した。
 下からすくうように足を抱えて広げられた時、触れ合った男の性器も変化しているのを知った。
 冷たいローションを垂らされて肌が粟立った。馴染ませるように周辺をなぞっていた指先がゆっくりと中に侵入してくる。
「あ……あ……いやだ」
 内側を進んでくる骨っぽい感触に俺は身体をこわばらせて呻いた。
「大丈夫。痛くはないでしょう?」
 ためらいなく奥まで差し入れられた指が中を探るように動かされた。
「は……」
 吸い込む息がすべて胸の浅いところにとどまってしまい、俺は水揚げされた魚のように口を開けて喘いだ。
「あ! あ、ダメ、やッ」
 ふいに男の指先がある箇所をかすめて、俺は跳ね上がった。
「見つけた。前立腺だよ。一番気持ちいいところでしょ」
 耳元で囁きながら男がその箇所ばかりを狙ってくる。馴染みのない感覚に俺は悲鳴を上げた。
「やー! ちがッ! ダメッ、ダメだ、そこはダメ!」
 泣いて懇願してようやく指が抜き取られた。しかしほっと息をつくのは早かった。指が抜かれたのはローションを足すためで、何度も丹念に塗りこめるために指が出入りをくり返した。その度に前立腺を軽く刺激される。
「あっ、ああ」
 中への刺激はどんなに軽くても、いや軽ければ余計に俺の喉から女の子のように甲高い声を引き出した。いつのまにか触れられないまま放り出されていた性器が痛いほどに張りつめていた。
「前、前も。前を」
 情けなく俺がねだると男のもう片方の手は乳首に触れた。
「ちがっ、そこじゃな……」
 俺は自分で手を伸ばした。
「ダメだよ」
 男がやんわりと押し止める。たいして力をこめられているわけじゃないのに逆らえない。男は俺の手をシーツの上に戻した。俺はそのままシーツをクシャクシャと握りしめた。男は俺の中に入れた指をバラバラに動かし始めた。
「いやだっ。気が、気が狂う」
 乳首をひっかかれ、後ろに入りこんだ指に翻弄され、肝心のところに刺激がない。俺は腰を浮かせて身悶えた。
「う、……あ、あ……も」
 男の手が俺の口をふさいだ。
「もう少し声抑えて。みんなに聴こえちゃうよ?」
 カァッと全身が燃えるようだった。和室だから最初に防音を心配したはずだった。今、襖の向こうには何人いるんだろう。田村や武井は終わったんだろうか。
 男は中での刺激をやめなかった。指の先がとらえたその箇所を何度も押してくる。そのたびに身体に電流を流されるようだった。ビクビクと身体が震える。声を堪えようとすると涙が溢れてきた。
「ふ……う……」
 食いしばった歯から湿った息が漏れる。
 男の手が軽く性器を包み、裏筋をすっとなぞった。
「もう限界?」
 低く囁かれて、布団に仰向けに寝ている状態にもかかわらずさらに崩れ落ちそうになる。限界などとっくに越えてしまっていた。ガクガクと頷くと中の指が抜き取られ、両手で腰をつかまれた。
「じゃあ、ちゃんと力、抜いてて」
 溢れるほどのローションでグショグショに濡らされたそこに、熱いものが押し当てられた。思わず息をつめてしまう。そしてゆっくりとそれは侵入してきた。
「あーー!」
 先端が括約筋を抜ける瞬間、知らず絶叫していた。痛みとかそんなんじゃない。身体の中に他人を入れるのが怖かった。
「いやだッ、や、あああ!」
 逃げようともがいても無駄だった。しっかりとつかまれた腰が動かせない。さんざん慣らされたはずのそこに、それでも圧倒的な異物感を伴ってそれは押し入ってきた。内側から押し拡げられる衝撃。
「んう、ううう」
「大丈夫だから、ね、もう少し力抜いて」
 呻く俺に男の指が汗に濡れて張りついた額の髪をそっとかき上げた。
「は、あ……、やッ」
「もうちょっと、ね」
 片足だけ折り曲げて抱えられた。優しげな口調で、そのくせ容赦なく腰を進めてくる。首を振って身体を捻ろうとしたら、肩を押さえつけられた。腰がさらに上に浮き、最後とばかりぐっと押し込まれた。
「んくっ」
 無様に喉を鳴らして硬直した後、俺はぜいぜいと息をついた。熱に貫かれて動くこともできない。どうしてこんなことに。
「は……あ」
「ほら、ちゃんと入った」
 限界まで伸び切っているであろう、結合部分を男の指がなぞる。
「苦しい?」
 頷くことさえできずにのけぞったまま、まなじりから溢れた涙がこめかみよりも上に伝うのを感じた。
「つらそうだね。可哀そうに」
 男の手が俺の萎えた性器に触れ、持ち上げるようにして扱き始めた。その刺激に合わせて男をくわえ込んだ部分が収縮する気がした。意識したとたん萎えていた性器までピクリと反応した。
「いや…だ」
 うわごとのように口にしたが、男は気にも止めず両手を使って俺の性器を包み込むように丁寧に愛撫し出した。すでに馴染んでいるその手の感触に、あっという間に俺は快楽に支配されてしまう。繋がった部分だけで支えられた身体は、男の手が与える刺激に腰が動く度に、外側と内側からの快感を伝える。
「すごくいいよ、あなたの中。溶けそう」
 男は囁き、性器から手を離して俺の肩と足をそれぞれつかんだ。最初はゆっくりと揺すりあげるようにして腰を入れてきた。
「ん……」
 鼻から甘い息が漏れる。俺は女の子のように男の支配の下に置かれていた。男の動きが少しずつ早まり、リズムを刻み出す。
「あ…ッ、あ…ッ」
 突かれる度に、こぼれる声を抑えることはできなかった。永遠を錯覚するような単調さで男が身体を出入りする。
「ん……ん……」
 麻痺しかけるほどの長い時間がたち、中が抵抗をなくして滑らかになっていく。俺のそこはそんなふうにされるのが当然の器官に変わったようだった。
 そのままふいに男が腰を引き先端だけを入れた状態で動きを止めて、俺は自分のそこが引き込もうとするように蠢くのを感じた。
「ほしい?」
 意地悪く確認され、言葉にしなくても男を見返した自分の視線がねだるような表情を作っているのを自覚した。
「ねえ、どうなの?」
 乳首をつまみ、ねじるようにする。
「や」
 わずかなプライドから必死で首を振ると、ズルリと男が身体から出ていった。
「ああ」
 はっきりと落胆の響きを映したため息。男は笑い、俺を裏返した。俺は男の手の中で従順な人形のように四つん這いの体勢を取らされた。双丘を広げられ、男の指が焦らすように縁をなぞる。身悶える俺の耳の後ろから男の息が吹きかけられた。
「ねえ、ほしい? ここに入れてほしくない?」
 俺はプライドを放棄してガクガクと頷いた。そのまま指が挿入される。ちがう。触診するようにゆっくりと内壁を触られて、物足りなさに腰が動いた。細い指をギュッと締めつける。男が笑う気配がした。俺はシーツに顔を押しつけたまま頭を振った。
「…がう」
「ん?」
 知っていて、とぼける。
「…入れ…て…。ちゃんと入れて。入れてよぉ」
 一度口にしてしまった後はじれったさに歯止めが効かなくなり、俺は恥も外聞もなくねだった。背後の男が満足げに頷く気配がした。
「かわいいね」
 指が抜き取られてすぐ、前触れもなくいきなりグッと強く押し込まれた。
「んはッ」
 その瞬間に俺の性器から液体がビュッと飛び出した。射精かと怯えた俺に、気にも止めない様子で男は宣言してきた。
「入れてってあなたが頼んだんだから、遠慮しないよ」
 そうして先ほどの単調さとは打って変わった激しさで腰を使い出す。
「やだー! やだッ、や」
 後ろからの予測もつかない揺さぶりに俺は泣き出した。射精したにしてはいまだはちきれんばかりに張っている性器が苦しくて、いっそ自分の手で出してしまいたかったが、男の動きに翻弄されてシーツにしがみつくのが精一杯だった。
「あッ、あッ。…ッ! …ッ!」
 声も出せなくなってきた頃、男は俺の脇に手を入れて引き起こし、そのまま俺は男の膝の上に乗せられた。
 後ろから抱え込むように回された片手は乳首をいじり、もう一方の手が性器を包み込んだ。首筋や肩を甘噛みしてくる男に、とうに余裕をなくしていた俺は、性器や内側への刺激を得るために自らの腰を動かし始めた。男と反対側の乳首に自分で触れながら、空いている手を性器を包んだ男の手に重ねる。
「んッ、んッ」
「いいね……すごい、上手だよ。俺、ちょっとやばい感じ」
 耳たぶを噛む男の囁きにかぶりを振り、それでも身体は勝手に快楽を追う。
「やだよ…、や…だ……ん…あ」
 無意識に幼い子供のような甘えた声が喉からこぼれ続けていた。性器に緩く添えられただけの男の手がもどかしくて、重ねた手を強く押しつけると、男は手を引き抜き、逆に俺の手首をつかんだ。
「後ろだけで、いってみてよ」
 残酷な囁きに肌が粟立った。
「や…だ、いやだッ、こわい……やッ」
 それでも熱のこもった身体はどうしようもなく俺を駆り立てた。弓なりに背をそらし、内側の男だけに煽られる。
「んうッ、ん…ッ」
「ほら、もう少し」
 男の息もわずかだが確かに湿り、声がかすれ始めていた。身体の中のものが体積を増した気がした。男はいったん性器を引き抜き、俺を仰向けに横たえて再び正面から身体を入れてきた。
「ほら…、ほ…ら」
「あッ、あッ」
 ポイントを的確に狙われて腰が浮き上がる。耐えようのない刺激に俺は男の腕を握り締めて喘ぎ続けた。酸欠で目の前が白くなってくる。
「ん……あ…、あ、あ、あーー!」
 ようやく熱が噴き出す瞬間、後ろが男を締めつけ、それに男も後れまいとするように腰を使い俺の中に果てた。身体の奥に噴きつけられた熱に新しい涙が溢れた。
「あ……あ…」
 ぜいぜいと荒い息を吐く俺の首筋に、同じように呼吸を乱したままで男が口付けてくる。
「すごいね、あなた」



 人の少なくなった学食。一人で遅い昼食を取っていた俺は、ゆっくりと近づいてくる男の姿を呆然と見ていた。
──俺、あなたのこと知ってるよ。同じガッコだ
 耳に蘇る声。
 あの日。男に手伝われてシャワーを終えた時には、あのマンションには俺たちの他には誰もいなくなっていた。後日顔を合わせた田村と武井は、彼らもそれぞれ別々に帰ったのだと言った。俺の相手になったはずのミサキが一番可愛かったと羨んでみせた田村と武井は、俺が男としていたことなど気づかなかったようだ。
 いくぶん未練げな様子を見せながらも「援交なんて一つの経験だから」と二度は行かないと言う彼らに、俺もあのことは忘れようと決めた。強烈な印象を与えた男の声や手が、夜には恋しいような気持ちがして怖くなった。忘れなければいけない。必死に自分を戒めながら十日ほどが過ぎた頃だった。
 学食で、俺はあの男を見つけた。明るい昼の光を浴びて友人らしい数人に囲まれて笑っている表情が、あの時よりも幼く無邪気な印象で、俺にはそれが非現実的な光景に思えた。
 俺の視線に気づいた男の表情は一瞬静止し、一つゆっくりまばたきをした後で大きな笑みを形作った。そして男は友人たちから離れてこちらに向かって足を踏み出した。金縛りにかかったように俺はその場から逃げることもできないまま近づく男を待った。
「こんにちは、近野さん」
 向かいの椅子の背に手をかけて挨拶した男は、当然のようにそのまま椅子を引き出して俺の正面に腰を下ろした。
「ようやく会えて嬉しいな。ずっと探してたんだよ」
 にっこりと笑みを浮かべ、まるで親しい友人のような仕種でテーブル越しに顔を寄せてきて俺の耳元に囁いた。
「ね、あれから誰かとした?」
 あの時と同じコロンが香った。無言で見返す俺に男は「誰か他の男とさ」と付け加える。ぎこちなく首を振った俺に、男は「なーんだ」とわざとらしい落胆の声を作った。
「誰かとしてみればよかったのに。そしたらわかったはずなんだけどな。俺が上手だってこと。他の人とじゃ、ああはいかないよ」
 嘯いた男は、ポケットから取り出したカードを俺の前に置いた。それは学生証で、そこに貼られた写真は生真面目な表情を作ってはいたが、確かに目の前の男と同一人物だった。ぽかんと見上げた俺に、男は少し居住まいを正して言った。
「経済学部の中倉宗市。あなたの身体の虜になりました。俺と付き合ってくれませんか」
 俺は言葉もなく目の前の男を眺めるだけだった。男は俺の拒絶など欠片もありえないと信じ切っている様子で、いたずらっぽい笑顔になり俺の手をつかんだ。
「せっかくだから今からホテル行こうよ、ね?」



END





20030408up




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