LOVELY


 卒研の息抜きのために、とっくの昔に引退したサークルに顔を出し「主が来た」と騒ぎ立てる後輩たちに囲まれて軽いキャッチボールをした後、例のごとく小島を誘って飲みに行った。
「斉藤さん、一緒に飲むの、なんだかご無沙汰の気がしませんか?」
 まだ空いている居酒屋で、カウンターの隅に陣取りさっさとビールを注文した後に、あらためてメニューを眺めながら小島が言い出した。
 言われてみれば小島と飲むのは久しぶりだった。
「もしかしてラフティング以来か」
 すぐにビールがきて特に意味もなく「乾杯」とグラスを打ち合わせて飲み始める。
 小島は最初の一杯を一気に飲み干した。
 弱いくせに俺と飲む時はあまりペースを考えないんだよな。
「ラフティング、楽しかったですよね」
「小島、女の子に気に入られてたもんな」
 俺のからかいに、小島はむっとした表情になって手を振った。
「よしてくださいよ。それでこの間高井さんと大ゲンカしたんだから」
「ケンカ?」
 小島は唇をとがらせた。
「高井さん、信じられないんですよ。佐久間さんとぼくがお似合いだって言ったんです。最初はヤキモチかなあなんて、ちょっと嬉しかったんですけど、そういうんじゃなくて、真面目な話だって」
 また始まったよ。
 俺はこっそりため息をついた。
 小島と飲むと必ず高井の話だ。どこからでも絶対高井に繋がる。小島は昔「付き合っている相手の話をするのは好きじゃない」とかすましていたのなんか、すっかり忘れてるにちがいない。
 他の奴にしゃべれない反動か、俺と二人だけの時には高井以外の話題が続いた例がなかった。
「恋人に、他のコとお似合いって言う神経、どう思います?! 普通言わないよ。あれにはアッタマ来た。思わず手、あげちゃって」
 俺はびっくりして聞き返した。
「殴ったのか?」
 小島が高井を殴るなんぞ想像もつかない。
「手加減なしでやっちゃいましたよ」
 ふてくされた顔で呟く。
「だってさ、一ヶ月ぶりに会って、いきなりつまんないこと言われて。それもすっげー真面目な顔で本気で考えてるらしくて、高井さんにとってぼくは何なのかと思ったら、なんかもう真っ白になっちゃって」
 小島はやけになったように立て続けにグラスを呷った。
 空になったところにビールを注いでやると、上目遣いで俺の顔を窺ってきた。
「しょうがないですよね? ああ、でもやっぱまずかったかなあ、叩いちゃったの。暴力ふるうなんてサイテーだったかな。だけど高井さんが悪いんですよね?」
 他のことでは感心するくらい思い切りのいい小島が、こと高井に関してはいつも気弱だった。同じ話を何度でも蒸し返してくる。これもまたしばらく引き摺りそうだ。
 俺は苦笑をこらえて相槌を打った。
「うーん、まあ高井も無神経だったかもしれない」
「そうですよ! あ、でも斉藤さん、香子さんのこと叩いたことあります?」
 俺の言葉に勢いよく頷いた後、ふと不安になったように訊かれて、俺は曖昧な記憶に首をひねった。
「さあ、ないんじゃねえかなあ。よく覚えてないよ。そりゃ子供の頃は叩くどころか蹴っとばしたこともあるけど」
 一応今は恋人ということになっている香子は、幼馴染みで気が強かったからとても女とは思えなくて、殴り合いのケンカさえ何度か経験していた。さすがに付き合ってからは手は上げてないと思うんだが、正直自信がない。
 俺のあやふやな返事にさえ、小島は悲鳴に近い声を上げた。
「ないんですか? ああ、やっぱりぼく、どうしよう」
 くしゃくしゃと前髪を掻きむしる小島に、俺はやれやれと肩をすくめた。
「まあ、高井は男だし。おまえも叩かれたじゃん」
「え? ぼく高井さんに叩かれたことなんかないですよ」
 小島は意外そうに顔を上げた。俺は手酌でグラスを満たしながら言った。
「忘れてんだよ。花見の時、思いっきりバッチーンとやられただろ?」
 あれは結構衝撃だった。実は今でも香子と話題にして笑ってしまうのだが、もちろんそんなことは高井と小島には内緒だ。
「あ、ああ」
 思い出したらしい小島の肩を俺はポンポンと叩いた。
「な。おあいこだろ。気にすんな」
「…花見か。そうだ、あの時、高井さん、すごかったんだよな。うん、だからぼくは…」
 小島はもごもご口の中で呟いていた。頬が紅潮してるが、どうも酒のせいじゃないらしい。
「おーい、小島、戻ってこーい」
 わざとらしく呼びかけてやると、小島はあせったような顔を向けた。
「えっ、だから…、そう、そうやってさ、ぼくとしては少しずつ積み重ねてきたものがあると信じたいわけですよ」
 真っ赤になった小島はドンとテーブルを叩いてみせた。何かよからぬことを考えてたのを誤魔化したな。
「恋人としての絆っていうかさ、つき合って半年…じゃない、そう、一年近く経…うわ、一年だよ、すげー」
 酔っ払った小島の言葉は独り言との判別が難しくなる。
「…えっと、だから一年経つんだから、もうちゃんとぼくのものだって思うじゃないですか。それをさ、あの人はあっさりひっくり返したっていうか。なんかもう、なんで高井さんってああなんでしょうね?」
 きっと睨まれ、そんなふうに訊かれても俺は返事に困るぞ。
「ああ、って?」
「人の気持ちをパッとかわしちゃうんですよ!」
 勢い込む小島に、仕方なく俺はなだめるように頷いてみせた。
「高井は意外とわがままだよな」
「わがままって言うか、気分屋って言うか」
 まるで自覚はないらしいが、確かに高井にはわがままで気分屋のところがあった。小島の苦労もわからなくはない。ニコニコ笑いかけた小島が、高井についっと視線外されたりするのを、俺も何度か目にしていた。ラブラブだと思って有頂天になってるところをガツンと突き落とされるのはきついだろう。
 でもまあ高井も可愛いところはある。ちょっとからかうと真っ赤になっちゃったりして。うろたえると「バカ」としか言えなくなるんだ。
 この間、そんな話を香子としていて、高井と小島について面白いだの可愛いだのと散々盛り上がった挙句、自分たちがしみじみ年寄りくさいという感懐を抱かされてしまった。やれやれ、だ。
「それでも好きなんだろ?」
「好きですよ! ぼく病気だもん。高井病だ」
 小島は諦めたようにテーブルに突っ伏してみせた。そのままふと顔だけを横にして俺を見た。
「斉藤さん、ほんっとにいつもよくこんな話に付き合ってくれますね。ぼくのこと気持ち悪いと思わないんだ?」
 困ったような泣きそうな顔。どうせ俺がどう思っていたってやめられないくせに。
 俺はちょっと笑った。
「実は、俺も香子と付き合い出した時に、真面目にホモの気分を味わった。幼馴染みだし、全然恋愛対象外だったから、そういう関係になるには、かなりハードルがあったぞ」
 小島の気持ちがわかるような気がするのはそのせいかもしれない。まあ、耳にタコができるほど聞かされて免疫もついたんだろう。今さら気持ち悪いというつもりもなかった。
 小島はくくくと笑い声を洩らした。
「斉藤さん、それ、香子さんに悪くないですか」
 そのまま目を閉じてしまう。
 げ、まさかこいつ、ここで寝てしまうつもりなのか。俺がこのデカイ奴を抱えて帰るはめになるっていうのか。いくら痩せていたってこんな奴、眠られたら俺一人で連れ出せるはずがない。
 思いついて高井の携帯を鳴らしたが、留守電に繋がってしまった。何やってやがんだ、あの野郎。
「小島。小島、起きろ」
 すうすうと寝息まで立て始めた小島は、少し揺すったくらいでは、びくともしなかった。
 これだけ面倒を見てやっているんだ。たまに香子とネタにしたところでバチはあたるまい。
 役立たずな高井の携帯を十分おきに鳴らしながら、俺はそう結論を下していた。



END





サイト開設一周年記念ショート。意味ないよなあと思いつつ、とりあえず(苦笑)。2001.10.20
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