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春物語



 今日初めて知り合った女の子たちからの、一緒にお昼を食べに行かないかという誘いを断って、ぼくは会社説明会の会場を後にした。まもなく四年生になろうとする今、ぼくはいまだ進路を決めかねていくつかの企業の説明会を覗いていた。働くということの実感がないまま、ただ時期が来たから始めたような就職活動がそううまく行くはずもなく、手応えのない日々を過ごしている。
 建物の外に出ると、すっかり春めいた空気が流れていて、思わず大きく伸びをしたくなった。三月も終わりが近づいていて、暖かい陽射しに着慣れない濃い色のスーツの背中が暑いくらいだった。
 アパートに戻ったぼくは、自分の部屋に帰るより先に小島のところに顔を出した。午後から一緒に美術館に行く約束をしていた。
「今、終わったんだけど、昼食はどうする?」
 靴は脱がず玄関に立ったまま問いかけると、小島はこのまま出て外で食べようと言った。小島の視線が物珍しそうにぼくのリクルートスーツに当てられているのを感じて、ぼくはくすぐったいような気分だった。
「じゃ、とりあえず着替えてくるから待ってて」
 ドアノブに手をかけたところで、腕をつかまれ引き止められた。
「あ、高井さん、ちょっと」
 小島は、ぼくを引き寄せぎゅっと抱きしめた。もともと小島のほうが背が高いのに、敷居の分だけその差が広がっていて、ぼくは爪先立ちになった。軽く口づけを交わす。
「…やっぱりスーツってなんか色っぽい」
「バカ」
 軽く睨むと、小島は歯を見せたが、それは少しだけ途方に暮れたような笑顔で、ぼくは一瞬「あれ?」と思った。



 市内にある美術館では、わりと学生好みの展覧会が度々企画されているので、ぼくたちも何度か足を運んでいた。一通り見終わって、展示室を出たところにある休憩コーナーで、見覚えのある顔を見つけて足が止まった。
「斉藤」
「偶然だな」
 ニヤニヤとぼくと小島を見比べる斉藤は、女連れだった。それもかなりの美人。
「これ、香子。こっちは高井と小島」
 斉藤の紹介は名前だけだったが、例の彼女だろうと見当がついた。
「はじめまして」
 ニッコリと笑顔を見せた香子さんはとても大人っぽい印象だった。大学ではオッサンにしか見えない斉藤が香子さんの隣ではそれなりにかっこよく見える。黙って立っていれば、外国映画の殺し屋みたいだ。
「デートですか?」
 ぼくの言葉に香子さんはイタズラっぽく返した。
「そっちこそデートなんでしょ」
 ぼくは一瞬絶句してしまう。
「なんで、斉藤っ!」
 思わず斉藤につめよっていた。面識のない彼女にまでぼくと小島のことを話しているのか。なんだか裏切られたような気持ちだった。
「な、オレ、何も言ってねえよ」
 慌てたように斉藤が首を振る。
「え、あの、ただの冗談なんだけど?」
 香子さんはぼくたちの剣幕に驚いて目を丸くしていた。
「あ」
 自分の勘違いに気づいて、バーっと全身が熱くなる。バカだ、ぼく。
「ごめん、小島」
 隣の小島を見上げて情けなく謝ると、小島はびっくりしたようにぼくを見た。
「なんでぼくに謝るんですか?」
 だって男同士で付き合ってるなんてことを知られて、恥かしいだろ。けれどそう言えば小島が怒るような気もして、ぼくは黙ってしまった。なんとなく悟ったらしい小島が不機嫌そうな顔になる。微妙な沈黙が流れた。
「ね、これからお花見に行かない?」
 突然思い立ったように香子さんが声をあげた。
「このあと私たち**に行くつもりだったんだけど、二人だけでお花見って淋しいでしょ。よかったら一緒に、四人でお花見しようよ」
 彼女はこの辺りではわりと有名な桜の名所を口にした。
「お花見」
 ぼんやりと呟くと、斉藤が香子さんをこづいた。
「こいつってば、気が早いんだよな。オレは毎年、三分咲きの桜ばっかり見せられてんだぜ」
「仕方ないでしょ。私は誰かさんみたいにお気楽な学生じゃないんだから、行けるときに行かないとお花見もできないの。…って、ごめんね、二人も学生よね」
 ニコっと人懐っこい笑顔を向けられて、ぼくたちもつられて笑った。ぼくたちは香子さんの車でお花見に行くことになった。
「はい、静」
 美術館の駐車場で香子さんは斉藤に鍵を渡した。
「帰りは私が運転なんだから、行きは静が運転して」
 斉藤の下の名前は「静」という。あまりに似合わないので、ついつい忘れてしまう。なにしろ斉藤は入学当初に「オッサン」とアダ名をつけられていた奴だ。
「香子さん、そんなに美人なのに、なんで斉藤なんかと付き合ってるんですか?」
 走り出した車の中で浮かんだ疑問を口にすると、斉藤がわざとらしくハンドルを揺らした。
「高井、てめえ、いい根性してやがる」
「美人なんて初めて言われた気がするな。私たち、幼馴染みなの。腐れ縁てやつよねえ」
 ふふふと香子さんは笑った。
「高校の頃は、お互い別の相手とグループデートとかしてたのにね」
 花見の場所は、それなりの人出らしくなかなか車を停めるところが見つからなかったが、肝心の桜のほうは、まだあまり咲いていなかった。「ほら見ろ」とちゃかす斉藤に、香子さんは、
「夜桜は、そんなに咲いてないうちのほうがいいのよ」
 と返した。
 土手沿いに植えられた桜並木を進んで、適当な場所に小さなレジャーシートを広げて、途中で買い込んだビールやおつまみを開ける。露店もたくさん出ているから、食べ物には困らなそうだ。
「はい、小島くん」
 春季限定販売と銘打っているビールの缶を手渡して、香子さんはからかうように言った。
「よく静と飲みに行くんでしょ」
「え、何ですか、それ?」
「ふふ。お酒、強いんだって?」
「あー、もう斉藤さん、そういうこと言う?」
 恨みがましく言う小島に、斉藤はニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべた。
「いや、マジで小島は酒、強いよ。オレ勝てないもん」
「はいはい、いいですよ。どーせぼくはね」
 小島の言葉にみんなが笑った。拗ねたように缶に口をつけた小島が、チラリとぼくに目配せして笑みを見せる。そんな他愛のないことで甘い気分にさせられた。ぼくが女の子だったら、何の問題もないのかもしれないな。ふとそんな考えが頭をよぎった。
 日が暮れる前から灯されていた、桜並木に沿った提灯の明かりが、ようやく目立つようになってくると、いつの間にか風が出ていた。先に買ってきたビールはすぐに空になり、露店で日本酒まで買っていた。香子さんは最初の一本を飲んだだけだから、後は三人で空けてしまったことになる。斉藤も小島もすっかりテンションが上がっていて、つまらないことでゲラゲラ笑い転げていた。
 一際強い風が吹きつけて、ぼくたちは歓声めいた悲鳴を上げた。
「やっぱ寒い。夜って冷えますよね」
 そんなことを言いながら、酔った小島が抱きついてきたので、ぼくは固まり、肩に回された腕をぎこちなく外した。人前でそんなふうにされることにまだ慣れていない。いや、逆かもしれない。特別な関係だと思うからこそ、人前で抱き合えないのだ。そうでなければ冗談に紛らすことができるはずだ。
「…なんか温かいモノでも買ってくるよ」
 とってつけたような台詞を口にして立ち上がると、香子さんも立った。
「あ、じゃ私も一緒に行こうかな。トイレに行きたくなっちゃった」
 桜並木の入り口近くに並んでいた自販機を目指して歩いた。
「小島くんってかっこいいね」
 歩き出してすぐ香子さんがそう言って笑った。両脇に露店の並んだ通りは混雑していてうまく進めない。
「私ね、小島くんのこと、もっと、なんか頼りないようなタイプを想像してたんだ。静とよく一緒に飲んでるって聞いてたから。酔っ払うと恋人の話ばっかりするって。その恋人って高井くんなんでしょ」
 からかうような表情で、ぼくを覗き込む香子さんの顔は、夜店からの灯りに縁取られて、きれいだった。
「香子さんは、斉藤とお似合いだよね」
「え?」
 思わず口をついていた。
「バカみたいだけど、やっぱり普通にさ、付き合えるのっていいよなって思う」
 ぼくの言葉に、香子さんは困ったように首を傾げた。
 香子さんと一緒にいる斉藤はかっこよかった。いつもオッサンだとかバカにしてたけど、二人はちゃんと大人同士に見えた。お互いに相手を魅力的にすることができる、素直に「ああ、いいな」と思えるような、そんなカップルだった。
 ぼくと小島はそんなふうに思われることはないだろう。小島は、ちゃんとかっこいい奴で、その気になれば周りにうらやましがられるような彼女だって作れるはずだと考えると、ちょっとたまらないものがある。
「お似合いだなんて言ってくれるの、高井くんくらいよ」
 ライトアップされた桜に目をやって、横顔の香子さんが囁くように言った。
「静はね、高校の時、ちっちゃくて可愛いコと付き合ってたの。とてもお似合いだって言われてたわ。私たち、クラス会とかでいつも意外な組み合わせだって言われちゃうのよ」
 夜店が途切れた先に大きな桜の木があって、枝が突き出していた。伸ばされた香子さんの手が軽く花弁をなぞった。
「それなりにね、いろいろあって。それが今は当然のような顔して付き合ってるの。でも、似合わないって言われたって、しょうがないじゃない? 釣り合い考えて人を好きになるわけにいかないわよ」
 わかっているつもりだった。お互いに好きで、付き合っていて、それ以上考えるのは無意味なのに。どうして現実はハッピーエンドの先まで続いているのだろう。
「ふふ、偉そうなこと言ってるわね、我ながら。私、弟とかいないからお姉さんブリッコしたいのかも。だけど私には高井くんたちもお似合いに見えるわ」
 自販機のそばには公民館があって、香子さんがそこのトイレを借りてくると言うので、適当にコーヒーやウーロン茶を買っていたら、彼女はすぐにやってきた。
「なんかすごく混んでいるの。先に戻っててくれる?」
「大丈夫?」
「明るいから平気よ。待っててもらうのも恥かしいから、先に行って」
 そう言われて、ぼくは一人で小島たちのところに戻った。
 けれどその場所に二人はいなかった。レジャーシートの上には、まだかなり残っていたはずの日本酒が空になっていた。何か買い出しにでも行ったのだろうか。うろうろと辺りを見回すと、土手の下の暗がりに人影らしきものが見えた。土手の草が倒れて筋がついている。まさかあいつら、滑り落ちたのか。
「酔っ払いどもめ」
 ぼくは口の中で呟くと、手にしていたジュースをレジャーシートに置いて、下に降りる道を探した。ひどく遠回りするはめになったが、その人影はやっぱり斉藤と小島のようだった。小島がうずくまっていて、斉藤がその背に手を当てている。後ろから近づく形になったので、二人はまだぼくに気づかないようだった。いくつかの低木がぼくらを隔てている。
「ほら小島、吐き気が収まったんなら、戻ろうぜ。あいつらが帰ってきて元の場所にいなかったら迷うだろ」
 斉藤が促していたが、小島は立ち上がらなかった。
「…ねえ、ここに隠れてて様子見てみませんか?」
「はあ?」
 斉藤が訊き返すと、小島は俯いたまま呟いた。
「斉藤さんは心配じゃないんだ。高井さん、香子さんのこと美人だって言ってたのに」
「小島、お前、大丈夫?」
 呆れたような口調になった斉藤に顔を覗き込まれた小島は、力なく首を振った。
「大丈夫じゃない」
 ぼくはその場に足を止めていた。
「大丈夫じゃないですよ。いつも不安なんです。二人でいる時には高井さんの気持ちを疑ったりしないのに、高井さんが他の人と一緒にいるとすごく不安になる。ぼくといるより楽しそうに見えて」
 初めて聞く言葉だった。小島が不安? どうして?
「ぼく、もう自分でもワケがわかんなくって」
 混乱するぼくの耳に、小島の呟きが流れてくる。花見の喧騒が遠いバックグラウンドになって、まるで小島に耳元で囁かれているような錯覚。
「斉藤さんみたいに大人で、包容力があって、高井さんを守ってあげられるような人間になりたいと思うんです。でも高井さんは可愛い女の子のほうがいいのかなと考えたり。どうしていいかわからない」
 ぼくは何かしてもらおうなんて望んでいないよ、小島。そんな途方に暮れたような声を出すなよ。抱きしめたいような衝動に駆られて、足を踏み出そうとしたら、小島はガラッと口調を変えた。
「だいたい高井さんは中途半端なんですよね。もっと女の子っぽいっていうか、可愛いタイプだったら、ぼくも迷わないのにな。スーツ姿とか見ちゃうとくやしくって。かっこいいんだ、あれ。ああ、本当にぼく、なんで高井さんが好きなんだろう」
 小島はぼくを好きになって後悔しているんだろうか。そう考えるとやっぱり胸が痛んだ。
 斉藤はただ「うんうん」と相槌を打っていた。きっと困惑しているに違いない。そんな話を聞かされたって困るだろうと、ぼくは斉藤に同情した。
 ぼくはこれを聞かなかったことにしたほうがいいのだろうか。元の道を戻って、上で二人を待つべきなのか。
「ぼくは高井さんが好きで、でも今まで女の子としか付き合ったことないし、高井さんを女の子みたいに抱くことしかできなくて、それってやっぱり無理させているのかなって。高井さんは優しいから応えてくれるけど、本当はそういうの、嫌なんじゃないのかなって」
 逡巡している間に、いきなりとんでもない話が始まって、ぼくは硬直した。「止めなければ」と焦ったが、あまりのことに足が動かない。酔っ払いの小島は勝手にしゃべり続ける。
「こっちは夢中になっちゃうでしょ。はっと気づくと高井さん、辛そうなんだよね。そういうの、男としてのプライドっていうかさ、ぼく、やっぱダメだなあと思う。本当は我慢したほうがいいのかなって思ったりもするんですよ。その、高井さんのこと、抱かないようにしようって。だけどセーブできないんですよ。なんかもう、色っぽいんだ、あの人。どうしても泣かしたくなっちゃって」
「ストップ、ストーップ!」
 斉藤が大声で制止した。両手で小島の口を押さえる。
「もう、言うな、小島。それ以上聞かされたら、オレが高井と顔合わせらんなくなる」
 口をふさがれた小島は、そのまま斉藤の肩にしがみついた。
「ねえ斉藤さん、恋愛はやっぱりいっぱい好きになった方が負けですよね。ぼくばっかりどんどんみっともなくなって、高井さんはいつでも余裕があって」
 聞いているうちにぼくはだんだん腹が立ってきた。余裕、ぼくが? ぼくのどこに余裕があるって言うんだ。
「第一、高井さんから「しよう」って言ってくれたこと、ないんですよ。マジで一回もない。いっつもぼくばっかり…」
「小島!」
 ぼくらを隔てていた低木を回って二人の前に立つと、小島はポカンとぼくを見上げた。気づくとその頬を平手打ちにしていた。バチンと派手な音が響き渡る。
「小島のクソ馬鹿たれ!」
 叫び、唖然とした表情の斉藤に「先に帰る」と告げて、くるりと背を向けた。
「あ、おい」
 後ろで慌てたような声が上がったが、振り返らなかった。怒りに任せて早足で歩く。どうせ相手は酔っ払いだから追っては来られないだろう。
 途中、露店の前で、戻ってきた香子さんと行き会った。
「高井くん、どこ行くの?」
 人垣越しに声をかけられた。
「ごめん、ぼく、ちょっと。…電車で帰ります」
「どうしたのよ?」
 驚いて問いかける香子さんに頭を下げて、ぼくは歩き去った。人ごみがぼくに味方して、香子さんを振り切ることができた。
 ぼくは一人で駅に向かい、電車に乗った。電車の中は、同じように花見をしていたのだろう乗客ばかりだった。家族連れや、中高生のグループ。はしゃぎ声が耳に刺さった。ドアのところに立ったぼくは、関節が白くなるくらいポールを握りしめていた。
 ぼくの気持ちが小島には全然伝わっていない。そう考えると悔しくてギリギリと奥歯を噛んだ。言葉もいらず、ただ目を見交わすだけで想いが通じ合っていると信じていたぼくは何なのだろう。
 正直に言えば、斉藤に嫉妬めいた感情も覚えていた。小島はぼくに何も言わないくせに、斉藤には気安く心情を吐露している。それが淋しい。小島にとってはぼくよりも斉藤のほうが近い位置にいるのか。
 好きになったほうが負けなら、負けているのは、ぼくじゃないか。


 アパートに戻って、シャワーを浴びベッドに入っても、全然眠れなかった。小島とケンカをしたのは、初めてだった。ぼくが一方的に小島を叩いただけで、これがケンカと言えるのかは微妙だけれど。悔しさなのか淋しさなのか、よくわからない感情が胸の中で渦を巻いていた。
 アパートの部屋は、表の外灯のせいで、電気を消しても完全には暗くならない。カチカチと耳障りな秒針が、薄青い空間を支配していた。
 しばらくして下の通りで車が停まった。人の声。言葉は聞き取れなかったが、それは斉藤の声らしく思えた。ドアの閉まる音がして、車は走り去った。階段を昇ってくる足音。すぐにチャイムが鳴らされた。ぼくはベッドを抜け出した。台所に立ったまま、黙ってドアを睨みつける。
「高井さん」
 控えめなノック。
「高井さん、開けてください」
 おずおずとした小島の声。
「高井さん、いるんでしょう?」
 ぼくは、手を伸ばして鍵だけを外した。カチリという音が響くと、小島がドアを開けて中に入ってきた。
「高井さん」
 戸惑うようにぼくを見つめる。ぼくは無言でその顔を睨みつけていた。
「ごめん」
 謝られて、かえって頭に血がのぼった。
「ぼくがなんで怒ってんのか、わかってんのかよ?」
 ぼく自身にもよくわからないのに。
「アホウ! 何もわからないくせに」
 言い募るぼくを、小島はぎゅっと抱きしめた。「ごめん」と耳元で囁く。小島の匂い。
「ちくしょう。なんだよ、それ」
 いきなり大人ぶるつもりか。一瞬力が抜けたのが悔しくて、ぼくは身をよじった。抱きしめる腕が緩んだところで、小島の耳をつかんで無理やり口づけた。コーヒーの味がした。どこか寄り道してたんだろう。来るのが遅いんだ。逃げようとする小島を押さえ、舌を入れた。
「…しよう」
 キスの合い間、息だけで囁く。小島の手首をつかんで、部屋のほうに連れて行った。ベッドに坐らせると、小島は情けない顔でぼくを見上げた。
「ごめ…高井さん、ぼく、酔ってて、できない」
 バカ。ぼくは容赦せず小島を押し倒した。
「ぼくから誘ってんだから、ちゃんとやれよな」
 小島の頬を両手で挟んで、上から口づけを落とす。舌を出して形のよい唇をちろりとなめて、顎から喉に滑らした。シャツのボタンを外して、胸元から手を入れる。そのままジーンズの下まで侵入させると、小島がビクリと身を震わせた。
「どっちから誘うとかくだらないこと、気にしやがって」
 ぼくの手の中で形を成していく小島の欲望。目の前で小島の喉が上下するのを見て、身体の奥が潤むような感覚を覚えた。小島の手をパジャマ代わりのTシャツの中に引き込む。その手が素直にぼくの肌を撫でて、ふっと息が洩れた。
「高井さん」
 かすれた声が名前を呼ぶ。
「なんで、わかんないんだよ?」
 脱皮するような気分で、もどかしく服を脱ぎ、小島も裸にした。露わにした肩に、鎖骨に、唇をよせる。そのうちに小島のものを刺激していた手が濡れ始めた。ぼくは小島の腹の上に跨り、ベッド脇の引き出しからローションを取り出した。ここにこんなものがあるのは、何のためだと思ってんだ、小島のバカ。
 悔し紛れに小島の下唇に軽く噛みついて、ローションを開け、ぼくは自分で慣らし始めた。クチュと微かな音がして、恥かしさに頬が熱くなった。どうしてぼくはこんなこと。涙が出そうだった。
「高井さん、無理しなくていいよ」
 小島の手がやんわりとぼくを止める。真っ直ぐにぼくを見る茶色の瞳。
「ちが…」
 ぼくは首を振った。
「好きだって言ってんだよ。どうしてわかんないんだ」
 身体が火照っていて、それは決して恥かしさのためだけじゃなかった。膝立ちになったぼくは、小島のものに手を添え、ゆっくりと腰を沈めた。
「ぅあ」
 小島が声を洩らす。その瞬間の違和感だけはどうしようもない。熱が侵入してくる感じに、無意識に眉が寄って、しかめ面になった。
「ああ」
 小島を受け入れて、ぼくは動く。小島を感じたかった。ぼくの中には小島の形の空洞ができていて、それは小島でなくては埋められない。目を閉じて、身体の奥の小島だけに意識を集中する。こんなに求めているのに、わからないなんて言わせない。ぼくはもっと小島を感じたい。もっと、もっと…。
 ふいに強く小島がぼくの肘をつかんだ。
「そんな切なそうな顔、しないでください。…高井さんが嫌なら、ほんとに、ぼく」
 こ、んのドアホウ!
「…ィ…んだよ…」
 息が上がってしまって、言葉にならない。
「何?」
「イイって言ってんの!」
「…ほんとに?」
「バカ小島」
 ぼくは小島の手を、ぼくのものに導いた。こんなになってるのに、わからないって言うのかよ。どうやったって誤魔化しようのない男の身体。わかるだろう? ぼくは女の子じゃない。なのに小島を受け入れて感じている。それがどうしてなのか、わからないなんて言われたら、こっちこそどうしていいか、わからなくなる。
 クスリとため息のように小島が喉の奥で笑った。そして、ゆっくりと愛撫してくる感触に、喘ぎがとまらなくなる。
「ちょっと、ごめん」
 小島が身体を入れ替えて、ぼくを下にした。困ったような泣きそうな、ぼくの大好きな表情を浮かべている。
「高井さんが煽ったんだから、責任取ってくださいよ」
 ぐいっと突き入れられて、ひくっと喉が鳴った。
「あ…、や」
「嫌じゃないんでしょ」
 少しだけ意地悪な顔で、小島が囁く。なんだよ、先刻まで泣きそうだったくせに。言ってやりたいのに、小島の動きに翻弄されて、そんな余裕はなくなっていた。小島はぼくのポイントを知り抜いていた。
「あ、あ、あ…。や、やだ小島」
 たまらなくなって泣き声をあげると、小島は少し動きを止めた。
「ヤダなんて言わないで、イイって言ってよ、高井さん。ぼくのこと、好きだって、ちゃんと言って」
 小島の指が、ぼくの頬を撫で、前髪をかきあげた。腰を入れながら「ねえ」と促してくる。
「ふ…、う、…イイ、よ、小島。ああ…イイ」
 何度も何度も高みに放り投げられて何も考えられなくなる。ただ感じたことだけをうわ言のように口走っていた。小島の激しさに追い立てられ、その肩にしがみついたまま、目の前が白くなっていく。
「好きだよ、小島。好…き」
 泣きじゃくる声を他人のもののように聴いていた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 翌日は二人とも起き上がれなかった。小島は二日酔いで、ぼくは、つまり、…想像つくだろう?
 二人とも這うようにしてとりあえずシャワーだけを浴びた後、再びベッドにもぐり込んだ。窓の外は、もったいないくらいの上天気で、明るい部屋で横になって身を寄せ合っている自分たちが、わけもなくおかしくて、クスクスと笑みがこぼれた。
「今のぼくたちって、みっともなさで世界にランクインできるよ」
「マジで頭痛い。あの時、ファミレスでコーヒー、ガブ飲みして、酔いを冷まして来たつもりだったのに」
「二日酔いは自業自得だろ。そんで、こっちのも小島の責任。やり過ぎだよ、お前」
 長めの前髪を引っぱって、そう言ってやると、小島はその指をつかまえて軽く噛んだ。
「違うって。煽ったの、高井さんだもん」
 昼過ぎにぼくの携帯が鳴った。斉藤からだった。
「はい」
 多少の気まずさを感じながら出ると、
――仲直りしたか?
 第一声で単刀直入に訊かれてしまい、「う」と口ごもった。
「あ、うん。…ごめん、迷惑かけたな」
 他に言い様もなくて謝ったぼくに、笑い声が返ってくる。
――面白かったから、気にすんな。
「面白いって…」
――香子が、ぜひまた一緒に飲みたいってよ。それと、お前らがうらやましいって言ってたな
「うらやましい?」
 それは、ぼくが香子さんに言ったことじゃないのか。
――オレもうらやましいと思うよ
 斉藤までがそんなことを言い出して、ぼくは一瞬言葉につまった。どういう意味なんだろう。携帯の向こうで斉藤がクックと笑うのが聞こえた。
――ガキ臭いっていうか、青春真っ盛りって感じだもんな、お前ら
「ア、アホウ! バカにしてんだな?」
 真っ赤になったぼくはそう怒鳴って、携帯を切った。手の中の携帯に向かって「むかつく」と言い捨て、ベッド脇に置くと、聞こえていたらしい小島がクスリと笑って、額をつけてきた。間近な茶色い瞳を覗き込んで、ぼくは言ってみた。
「小島、斉藤とばっかりじゃなくって、たまにはぼくとも飲もうよ」
 少しだけ斉藤に対抗意識を燃やしていた。たかが二歳違いで、あいつにばっかり大人のフリさせるもんか。小島の頬にチュッと音を立てるようにキスを送る。
「斉藤にだけじゃなくて、ぼくにも悩みとか打ち明けてほしい」
 小島は目を丸くして、ぼくを見、そして「それはちょっと」とあやふやな返事をした。
「そりゃ、ぼくは斉藤ほど頼りにならないかもしれないけどさ」
 思わず口元がへの字に歪んだ。
「そうじゃなくって」
 小島は困った顔でキスを返してきた。そのまま犬のように鼻を押し付けてくる。
「ぼくの頭の中は高井さんのことでいっぱいなんです。それを高井さんに相談してどうするの?」
 訊かれて、ぼくは答えられなかった。



END





玄関のカウンタ7000を踏んでくださったチャイさまのリクエストです。ありがとうvv お花見で酔っ払いの小島と誘い受の高井。…どんなものでしょうか? 誘い受って難しい〜。リクしてくれと頼んでおいて、うまく応えられなくてごめんなさい。しかし小島、どんどん情けなくなってます。「オススメの恋人」っていうのは、もう無理ですね。20020322
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