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夏物語-2-



―高井さん? ぼく、今、駅に着いたんです
 帰省から戻った小島から電話があって、時間が空いていたら迎えに来てほしいと頼まれ、ぼくは車を出した。駅のロータリー、ぼくの車に気づいて駆け寄ってくる。
「運転、慣れました? ぼくはやっぱり合宿は締め切られてましたよ」
 バックシートに荷物を放り込んで、助手席に収まった小島は少し日焼けしていた。ますますカリフォルニアに近づいている。
「海にでも行った?」
「近所のプール。子どもばっかりで、なんか恥かしかったな」
 一ヶ月ぶりの小島は変わりなく見えた。ぼくは何よりも佐久間さんのことを聞きたかった。それでも顔を合わせてすぐに彼女のことを持ち出すのは憚られた。
 ファーストフードのドライブスルーでハンバーガーを買い込んで、アパートに戻った。一階の小島の部屋に行く。玄関のドアを閉めた途端、小島は靴も脱がずにキスしてきた。しばらくぶりのせいで、お互いに夢中になってしまった。息が乱れた顔を見合わせて、ぷっと吹き出す。
「高井さん、今日、学校は?」
「来週からなんだ」
「ちぇ、ぼく三限あるんですよね。英語の片桐先生、勤勉だから」
 部屋に入り、買ってきたハンバーガーでランチ。
「佐久間さんから電話あった?」
 ぼくの問いに、小島は困った顔で視線をそらして答えた。
「え、ああ、うん、一度だけ」
「一度だけって?」
「松野さんと高井さんと四人で遊園地に行こうって誘われたから、断りました。それきりかかってこない」
「どうして断ったんだ」
「どうしてって、え、なんで?」
 小島は驚いた顔でぼくを見た。
「高井さん、松野さんに会いたかった? もしかして松野さんが好きなの」
「いや、ぼくのことじゃなくってさ、佐久間さん、イイコだったから」
「イイコだけど、妹みたいだと思っただけですよ。ぼくには高井さんがいるんだし。あの時は楽しかったけど、わざわざ四人でダブルデートなんてややこしいことしないほうがいいでしょ」
 親指の爪を噛みながら、小島はつまらなそうに言った。ぼくはそんな小島に危惧を覚えた。小島がぼくだけを見てくれるのは嬉しいが、そのせいでちゃんとした女の子との出会いを逃しているのだとしたら、問題だと思った。
「そんなふうに決めつけないで、イイコだと思うんなら会ってみればいいじゃないか」
「何言ってんの? それ、どういう意味、高井さん」
 小島は眉をひそめて、ぼくを睨んだ。小島はわりと簡単に不機嫌さを表に出す。そういうところ、可愛いんだけど。ぼくは小島とケンカをしたいわけじゃない。
「冷静に聞いてほしいんだ、小島」
 ぼくはちょっと息を吸い込んだ。
「今はいいと思うよ。ぼくは小島が好きで、小島がぼくを好きでいてくれるのは、すごく嬉しい。だけど、やっぱりこういう関係をずっと続けるわけにはいかないだろう」
「どういうこと?」
 小島が低い声を出した。ぼくは苦笑した。どうしてぼくは今の楽しさだけを見ていられないんだろう。
「小島にふさわしい女の子が現れた時に、ぼくが障害になるのは嫌なんだ。佐久間さんだって、ぼくがいなかったら、小島は彼女とうまくいったと思うよ。せっかくあんな可愛い子と知り合えたのに、もったいないじゃないか。ちゃんとつき合ったら、ぼくより彼女のこと好きに…」
「高井さん!」
 小島は強い力でぼくの腕をつかんだ。
「それ以上つまらないこと言ったら、殴りますよ」
 怒りを含んだ目で見据えられ、ぼくは困って宥めるように言葉を継いだ。
「違うんだ。今すぐどうこうっていうんじゃないよ。ただ、ぼくは女の子じゃないんだから、小島はぼくに遠慮するなよ。気の合う女の子がいたら、とりあえずつき合ってみるべきだと思う。ぼくよりも小島にお似合いの、ちゃんとした女の子がいるかもしれないだろ」
 パンと乾いた音が耳の中で鳴った。
 小島に叩かれたのだという認識が一瞬遅れてやってきた。じんわりと頬が熱を帯びてくる。
「もう、いい」
 唇を噛みしめた小島の目の中にみるみる涙が盛り上がっていくのが見えた。肩が大きく上下して、鼻で息をしていた。
「もういい。よく、わかった。要するにあんたはオレと付き合いながらそういうことを考えていたんだ。オレにお似合いの相手とやらを探してくれてたわけ」
 語尾が震えて、小島の目から涙が零れ落ちた。
「小島」
「触んな!」
 思わず伸ばしかけた手を、小島は振り払い、手の平で乱暴に目をぬぐって立ち上がった。
「触るな。…三限あるから、学校に行きます」
 言い捨てて、小島は大股に部屋を出て行った。ガンと壁かどこかを殴りつける音がした。乱暴に開け放たれたドアがゆっくりと戻ってきて、カチャリと小さな音を立てて閉まった。ぼくは急に涙が溢れてきて、小島のベッドに顔を伏せた。
 どうしてぼくは余計なことを言ってしまうのだろう。素直に好きだとそれだけを考えていればよかったのに。でも、小島を好きだからこそ、将来のことを考えてしまう。ぼくはもう四年生だし、いつまでもこんなことをしていられないことはわかっていた。終わりが避けられないなら、せめて傷を残したくない。
 ベッドには小島の匂いがしていた。
 ぼくは布団にもぐり込んだ。小島の匂いに包まれると、小島に抱かれている気分になれた。
 恋人としてじゃなくたって、ぼくは小島が好きだ。無邪気で誠実で、大人で子どもっぽくて。大きな犬みたいな仕種。外国人めいた雰囲気。いたずらを企んでるような笑顔。真っ直ぐな茶色の目。
 身体がズクンと疼いた。
 小島のことを考えて、ぼくは欲情している。そう、友人じゃない。ぼくの気持ちも小島の気持ちも友情とは呼べない。でも、終わりが来た時には、どうやってでも友情に変換してみせる。例えそれが誤魔化しにすぎないとしても。
 ぼくは自分に手を伸ばした。
 小島の匂い。
 ぼくは自分で身体中をさぐり始めた。これは小島の手。耳たぶをつまみ、顎をたどり、首筋を這う。鎖骨をなぞり、肩から腕、脇腹を撫でてから、胸に戻る。小島。
「んっ」
 聞こえるのは小島の喘ぎ。
 右手で自分に触りながら、左手で何度も唇をつつく。これは小島のキス。
「小島」
 一度その名を呼んでしまったら、止まらなくなった。
「小島、小島、小島」
 呪文のようにくり返し呟く。小島、来て。小島がほしい。
 好きになりすぎたから怖いんだ。いつかぼくの想いは小島の負担になる気がした。シーソーゲーム。バランスが重要だった。小島は誠実な奴だから例え自分の気持ちが冷めても無理してぼくに応えてくれようとするだろう。そんなのは嫌だ。小島には自由でいてほしかった。ぼくは女の子じゃないんだから、小島がぼくとつき合っていることで制約を受けて、女の子との出会いを逃すのはおかしい。
「あ…、ふ、小島…っ」
 物足りなさを抱えたままで、ぼくは欲望を放った。言いようのない空しさがこみ上げてくる。
 壁のほうを向いていたぼくは、いつのまにか小島が戻って来たことに気づけなかった。
「高井さん」
 声と一緒にいきなり仰向けに押さえつけられて、心臓が止まるくらい驚いた。茶色の瞳が真上にあった。恥ずかしさに身体がほてって死にそうな気分を味わう。こんなところを見られるなんて。
「小島」
 目の中にたまっていたらしい涙が左目からすうっと流れた。小島の唇がぼくの眦に落ちてきてそれを吸い取る。
「高井さん、ちゃんとぼくを呼んでくれた?」
 ぼくの髪に指を入れて何度も梳きながら小島は囁いた。ベッドにあがってきた小島の体重でスプリングが軋んだ。
「ちゃんとぼくのことを考えて、した?」
 ぼくの上に覆いかぶさるようにして小島が確認する。
「小島」
 喉を鳴らして顔をそらそうとするぼくの顎をとらえてキスしてきた。そのまま唇を指で押さえられる。
「答えて、高井さん」
 ぼくは泣きたくなった。
「聞こえていたくせに」
「何が?」
 意地悪な顔で小島が訊ね返す。ぼくは無言でシーツを引き被ろうとした。それを小島が引き降ろそうとする。しばらく争った。ぼくはシーツを手放して小島の頭を引き寄せた。
「わっ」
 ふいをつかれた小島が声を上げて倒れ込んできた。
「三限はどうしたんだよ?」
 頬を軽くつねってやると、小島は唇をとがらせた。
「もう高井さんに頭に来てて、腹が立って、腹が立って、授業どころじゃないから、欠席しました。英語、今日ぼくが当たることになってたから、誰かに恨まれてるな」
 ぼくの額に額をつけて「高井さんのせいですからね」と目を覗き込む。
「本当に殴ってやろうかと思って帰って来たんですよ。そしたら高井さんはベッドの中で、こっちが殴られた気分」
 鼻と鼻が触れて、唇が合わさる。
「もう言うなよ」
 ぼくは真っ赤になって遮った。
「一ヶ月も会えなかったんですよ。やっと高井さんの顔が見られたと思った途端、あんなこと言われたこっちの気持ちも考えてください」
 言いながら、小島の手がぼくの身体を這い始めた。本物の小島の手。ぼくは小島の背に手を回した。身体の奥、小島の指が潜り込む。
「あ」
「ねえ、欲しいって言って、高井さん」
 身体の中をかき回す小島の指。腰が浮いた。小島がジーンズの前を開ける。
「ん…っ」
「ちゃんと欲しいって言わなきゃ、あげないよ」
 意地悪なことを口にして、でもどこかすがるような表情だった。
「小島」
「身体だけでも高井さんを縛りつけることができるんなら、ぼくはなんでもする」
 いきなり身体を入れられて、ぼくは跳ねた。
「ああっ」
「ん、高井さん」
 小島の熱がぼくを貫いている。強い瞳がぼくを見据える。
「一生、離れられなくなるくらい、感じさせてやる」
「あ…、小島、…小島っ!」
 怖いと思った。肩を押さえつけられて身体が動かせない。繋がった腰だけを高い位置で揺すられる。
「や、やめ…、小島」
「ここ、イイんでしょう? もう女の人となんかつき合えない身体なんだ。ぼくのせいだろ?」
 囁かれて、かーっと頭に血が上った。
「ダメだッ!」
 必死で暴れて、小島を引き抜いた。
「い…つぅっ」
 身体に痛みが走った。
 このまま抱かれて、うやむやにしてしまうことはできないと思った。小島を好きだからこそ、ぼくの考えを伝えておかなくては。ぼくを縛るということは、小島がぼくに縛られるってことなんだ。
 信じられないと言いたげに、小島が呆然とぼくを見た。
「なんで…?」
 くしゃりと歪む小島の顔。ぼくは反射的に抱きしめていた。
「ちがう。ちがう、小島」
 髪の中、指を差し入れ、小島の頭をかき抱く。誤解で小島を傷つけたくはなかった。小島に抱かれることを、感じさせられることを拒否したんじゃない。そうじゃない、小島。
「小島に、ぼくの身体に責任を感じてほしくないんだ。おまえがぼくを抱いたことで責任を負うつもりになるのが嫌なんだ」
 指の中の柔らかな髪の感触。涙が溢れてきた。
「小島。本当に、ぼくたち男同士なんだからさ、ずっとつき合っていくことなんかできないよ。だからせめて、その時が来たら笑って別れたいんだ。その時に小島に、ぼくは女性とつき合えないだろうなんて、心配はしてほしくない」
 ぼくは小島を信じている。小島は誠実な奴だから、きっとそういうことを考える。ぼくを好きじゃなくなっても、義務感を捨てられない。
「ぼくは本当に小島が好きだよ。嫌な別れ方はしたくない。別れても、優しい気持ちで思い出せるような、そんな関係でいたい」
 例えそれがぼくのものでなくなっても、小島の笑顔を見たい。言葉を交わしたい。欲張りなぼくの願い。そのためだったら友人のフリだって平気だ。一生誤魔化して生きていってやる。
 小島はぼくの腕の中でふーっと大きく息を吐いた。
「わかった」
 そっとぼくの手を外す。まっすぐにぼくを見つめる小島の茶色の目は、諦めに似た色を湛えていた。どこか淋しいような、でも不思議な強さを持つ視線。
「高井さんの考えはわかった」
 口角を下げて、困ったような表情で。
「でも悪いけど、ぼくはそんな考え方には頷けない。終わってから大切にする思い出なんかいらない。高井さんがキレイに終わらせることばかり考えているんなら、ぼくはとことんみっともなくなってやる。ストーカーになって絶対離れてやらない。美しい思い出なんてクソクラエだ。絶対、絶対、離れない」
 始めは静かな口調だったが、少しずつ語気が強くなって、最後には断言された。
「小島」
 小島は投げ出すように笑ってみせ、再びぼくを横たわらせて何度もキスを送ってきた。
「そうだよ、情けないですよ、ぼくは。でもこんなにしたのは、高井さんなんだから、責任取ってください。ぼくは高井さんと違うから、ちゃんと責任取ってもらわなきゃ困る」
 前髪がかき上げられ、顔中に小島のキスが降る。
「男なんだから、ちゃんと責任取れ」
 耳の中に吹き込まれた言葉の思いがけなさに驚いて目を開けると、小島は「ははは」と笑い声を上げた。
「高井さん、自分こそ女の子のつもりだったでしょ。そうだ、ぼくじゃなくって、高井さんが責任を感じるべきなんだ。男なんだからさ、セックスしてる相手に責任持つの、当然でしょ」
 まさに名案を思いついたという感じで、小島は楽しそうに笑い出した。
「高井さん、半端な気持ちで別れようとしてもダメですから。高井さんがキレイな幕の引き方を狙っても絶対無理です。ぼくを振るつもりなら真剣にやってください。修羅場ですよ、修羅場。ホモだって世間に後ろ指差されても二人で生きていくほうがマシだなって思えるくらいの修羅場をくぐらなきゃ、別れることなんかできませんからね」
 クスクスと声を洩らしながら、ぼくを抱きしめる。
 ぼくはとんでもない奴を好きになってしまったらしい。爽やかな笑顔でこいつはなんというむちゃくちゃな主張をしているのだろう。小島は自分の気持ちが冷めることを考えないのだろうか。男のぼくを相手にしていることに疑問を抱かないのか。
「ぼく、小島のことがわからなくなってきた」
 昔は年下のくせに大人っぽくて、余裕がある奴だと思っていた。つき合っているうちに、子どもみたいな面を見せられて可愛いと思った。だけど、今はもうなんだかよくわからない。
「今頃?」
 茶色の目がいたずらっぽく輝く。
「ぼくなんかずっと高井さんのことわからないですよ。わからなくて悩んでばかり。でも、もういい。ぼくと高井さんの考えはちがうんだ。ぼくは高井さんの言うことなんか聞かないって決めた。さあ、高井さん。男として、とりあえずこれの責任は取ってください」
 そう言って、小島は腰を擦りつけてきた。




END





玄関のカウンタ19000を踏んでくださった高梁燈子さまのリクエストです。「実家に帰ってしばらく小島に会えない高井が、一人Hしてて、それを小島にみつかっちゃった話」。…って、かーなーり、脱線してます。
最初の予定では、別れる話をしてるうちに高井が動揺しちゃって、小島が安心するはずでした。ずっと情けない役回りばかりだったので、挽回させるつもりでいたんです。なんで小島が先に泣いちゃうかなあ。
それにしてもなんて噛み合わないケンカをしていることか。高井も小島も相手の言ってることわかってないよね。というか自分の主張優先(苦笑)。ま、ケンカってそんなもんですよね? 20010815
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