快晴の土曜日-2-


 その夜。二人で臼井のアパートに行って、いざ始めようという段になって、いきなりストップをかけられた。
「悪いんだけど、さ」
 オレの腕の中で俯く臼井。
「佐竹に会うまで、こういうの、なしにしてくんないかな」
「なんだよ、それ?」
「なんか…オレ、男同士でこういうことしてて、佐竹に会うの、なんとなく…いやっていうか。女みたいに思われたら」
 泣きそうな顔で言いよどむ臼井に呆れた。
「臼井ってバカだな。お前、どこが女だよ? 女の子はそう毎回毎回「やだ」なんて言わないぞ。ちゃんと「しよう」って言ってくれたりするもんだ」
 少なくともオレの知っている女の子たちはそうだったよな。もうちょっと扱い易いって言うか。
「そういう問題じゃなくって」
 臼井はじれたように言い募る。バカ、わかっててはぐらかしてやってんのに。こんな時に佐竹のことなんか持ち出すんじゃねえ。目の下に軽くキスして、耳元に息を吹き込むようにして囁いた。
「なんだよ。なんでそんなに佐竹を気にするんだ? あやしいぞ、臼井」
「ちがっ」
 臼井は悔しそうに唇を噛んでいた。
「うまく言えないけど。佐竹は高校ン時いつも一緒にいた奴だし。オレ、男らしくないって思われたくない」
 いつも一緒に。嫌な言葉。どうも臼井の気持ちって不安定な気がする。オレのこと好きって言っておいて、佐竹とかあゆみとか気にしているのが気に入らない。
「やだよ、オレ。そんなおあずけくらうの」
「小日向」
 こんな時だけすがるような目をしやがって。
「いいよ。じゃあオレが下になるから。オンナ役じゃなきゃ文句ないだろ」
 これ以上ぐだぐだ言われたくなかった。臼井が佐竹にこだわっているところなんか見たくない。一週間も臼井に触れずに過ごせるもんか。それに「男らしさ」なんて言い出して、臼井はへたをするとあゆみと縒りを戻す気じゃないのか。考えたくないけど、そういう点で臼井はいまいち信用がならない。
 オレは臼井の口をキスでふさいだ。引き寄せるようにして仰向けに倒れる。
「小日向」
 とまどうようにオレの頬をなでる臼井の手をつかみ、指を口に含んだ。きれいな指。細いけれど女の手とは違う。バカ臼井。一本ずつ舐め上げると、臼井がかすかに声をあげた。空いているもう片方の手がオレのシャツにもぐりこみ、肌をさぐり始める。オレは臼井の指を舐めながら、自分でジーンズをずり下ろした。唾液で濡らした臼井の指を導く。
「ちゃんとやれよな」
 臼井の指を受け入れて異物感に少し息がつまった。耳元にキスを落として臼井が囁く。
「力、抜いて」
「バカ、抜いてるっつうの」
「だって、きつい」
「当たり前だろッ。いつもオレがどれだけ苦労してるか、わかったか?」
「バカ」
 臼井が苦笑して、中で指を動かし始めた。
「アアッ」
 刺激に身体が跳ね上がった。ちょっとかなりやばい。
「アッ…、臼井っ、ちょっと待って。これじゃ、オレ、先にイっちゃいそう」
「いいよ」
「やだよ、オレは」
 臼井の手を押さえて、奴の服を脱がした。
「なんだよ、臼井もちゃんと感じてるんじゃん」
 露わになった臼井の欲情の証しに唇を寄せると、臼井は「バカ」と呻いた。足を抱えられる。
「大丈夫か?」
「いいから。もう、いちいち訊くんじゃねえよ」
 緊張しないと言ったら嘘になる。臼井はもう一度指を入れてきた。中で曲げて微妙なところをつついてくる。ゆるりと解すように動かされ、それは臼井の優しさなんだろうけど、ちょっとそれ以上やられると、指だけでイっちゃいそうなんだよな。
「ンンッ…。も、臼井。いいから、入れて」
 バカタレ、言わすんじゃねえよ。臼井は自分じゃ絶対言わないくせに。
 ようやく臼井が身体を進めてきた。圧迫感に一瞬息ができなくなる。痛いというより苦しい。それでも「イタイ」とわめきそうになった。口にしたら、臼井はすぐに諦めてしまいそうで、歯をくいしばって耐えた。
「ウッ! ク…ッ、臼井っ」
 押さえきれない声が洩れる。臼井も苦しそうに眉を寄せていた。荒い息の間から「大丈夫か?」と訊いてくる。だから、訊くなってば。「やだ」って言いそうになるだろ。
「キス、キスさせろっ。臼井、キス」
 頭を引き寄せ、すがるように臼井の唾液をむさぼる。臼井がゆっくりと腰を使い始めた。
「ア、アアッ」
「小日向っ」
 オレの名前を呼ぶ臼井のハスキーな声が少しかすれ始めた。胸の下あたりがぞくっとした。臼井のリズムに翻弄されながら、オレは臼井の顔に見惚れた。眉を寄せた切ない表情が揺れて、そらされた顎の線がきれいだった。オレの下にいる時とは、また別の顔。悪くない。薄く開いた唇から舌の先が覗いていた。オレの中で大きくなる臼井のもの。声もなく短い息だけを吐く。
「もう、オレ…。ごめん、小日向、…っ」
 押し付けられた肩に臼井の指が食い込み、身体の中に拡がる臼井の欲望。その感覚にぷつんと糸が切れたようにオレは達した。思わず大きなため息が洩れた。
「オレ、バカみたいだよな」
 オレの顔に頬を押し当て、臼井が呟く。
「男らしさなんて本当はどうでもいいのに。オレ、小日向が好きなのに。時々わけがわからなくなる」
 なんだか胸が苦しくなるくらい愛しさがこみ上げた。
「本当、臼井はバカだ」
 ぎゅっと抱きしめ、囁いてキスした。
「なあ、やっぱり、していいか?」
「何?」
「ちょっと収まらなくなった」
 先刻の臼井の表情。身体の奥の臼井の感覚。残っているうちに臼井を抱きたくなった。臼井の全てをオレのものにしたい。オレはどうしてこんなに臼井が好きなんだろう。
「なんで、そうなるんだよ」
 呆れた顔で臼井が言うのを了承と取って、オレは臼井の腰に手を回した。臼井は絶対素直にYESとは言わない奴だから。かわいくないんだよな。キスしながら後ろに指を入れると、臼井が息を飲むのがわかった。喘ぎ声を吸い取り、あやすように舌をからめる。そのまま顎の下、首筋に唇を押し付けると、臼井は耐え切れないように短い声を上げ始めた。足を抱え上げ、身体を進める。反り返った臼井がイヤイヤをするように首を振った。先刻とまるで違う顔。オレしか知らない顔。肩の下に手を入れて抱え込む。ふっと臼井が息を吐く。臼井の手がオレの頭をつかみ、髪をくしゃくしゃとかき回した。
「好きだ、小日向。好き」
 臼井はずるい。このタイミングで言うか。ああ、どうしよう。こんなに臼井を好きで、オレはこれ以上どうしたらいいんだ。オレは臼井をきつく抱きしめた。


 土曜日は快晴だった。夏は終わったのに晴れた日にはまだまだ暑さを感じる。臼井が佐竹を駅に迎えに行くと言うので、オレは運転手に立候補した。高見と奥田は気をつかったのか、夕方から臼井の部屋に来ることになっていた。
 約束の十二時少し前、駅前のロータリーに入った途端、助手席の臼井が「いた」と声をあげた。駅の出口すぐのところに佇む、細身の男。何人かの人待ち顔の中で一際目立っていた。とりあえずロータリーを一周してしまい、少し離れたスペースに駐車した。車を降りた臼井が駆け寄って行くのを車の中から眺めて待った。二人の距離が近づくと、臼井は少しぎこちなく歩みをゆるめた。どこか照れたような顔を向けている。二人が並んで立つと、佐竹のほうがわずかだけど背が高い。佐竹が身につけているのは、なんてことなさそうなシャツにジーンズ。それがかっこよく見えるって得だよな。そんなことを考えていると、ふいに臼井がこちらに顔を向け指差した。佐竹が頷いている。やがて二人が歩いてきた。
「こんにちは」
 佐竹はオレのいる運転席側に立ち、窓を覗き込んできた。きれいに整えられた眉の下にくっきりと二重の目。通った鼻筋。なるほどハンサムだ。
「ども」
 オレはもごもごと答えた。助手席に回ってドアを開けた臼井がクスッと笑った。
「佐竹、乗って」
 助手席のイスを倒して、佐竹を促す。後部座席に座った佐竹は、長い足を持て余しているように見えた。そのまま郊外のレストランに車を向けた。
「初めまして、だな、小日向」
 後ろから佐竹が気軽く声をかけてきた。オレはミラー越しに「うん」と頷いた。鏡の中で整いすぎて作り物めいた顔がニッと白い歯を見せた。
「でも俺は知ってるよ、小日向のこと。高校の時、演奏してるの見たから」
「オレも知ってる。佐竹の家に電話かけたこと、ある」
「え? そうなのか?」
 佐竹が臼井に訊いた。臼井はちょっと驚いたような表情でオレを見た。
「オレも知らない、そんな話」
「高校の時の話だよ。お前らのライブに行こうと思ったら、そんなのやってないって断られた」
「うーん。憶えてないなあ。ごめん」
 レストランでは、オレと臼井が並んで座り、佐竹が向かいに座った。注文を終えウェイトレスが行ってしまうと、佐竹はオレと臼井を交互に見て、少し笑った。
「何?」
 佐竹につられたように臼井が顔をほころばせて訊ねる。
「いや、今はお前らが一緒にやってるんだな、と思って。俺の予感は当たってたってわけだ」
「何、その予感って?」
「あのフェスティバルの時、臼井が小日向のバンドに夢中になってるのを見て、ヤバイと思ったんだよ」
「なんだよ、それ。佐竹だってあの時「すごい」って言ってたじゃん」
 佐竹はそれ以上言わずにまた笑みを見せた。
「貴子から聞いてるよ、ジラフのこと。すごくいいってさ。あいつでも他人を誉めるのかと感動した」
 ちゃかすような佐竹の言葉に臼井が「バカ」と笑う。
「佐竹、貴子と連絡とってるのか?」
「っていうか平山と。あいつらまだ続いてるんだ。夏に二人して旅行だとか言って向こうに来てさ。ガイドさせられたの。俺も貴子には負い目あるからな」
「へえ。悪かったって思ってんだ?」
「ま、いじめてたって言われたらそうかもしれないと思い始めた」
 話がわからずぼんやりしていたオレに気づいた臼井が、気を使って説明してくれる。
「貴子って、前のバンドの仲間なんだ。オレたちのライブにも来てくれたことあるんだけど、小日向は知らないよね?」
 そのとおりだったので、「うん。知らない」と答えた。
「平山も同じバンドの仲間で、貴子と付き合ってるんだよ」
「そう」
 知らない奴らの話を聞かされても、どう答えていいかわからない。佐竹はそんなオレに笑いかけてから、臼井に向き直った。
「臼井は、あゆみと別れたって?」
「意外だな」と佐竹は言った。臼井がちょっと困った顔でちらりとオレを見た。
「でも、時々会ってるよ。今日も誘ったんだけど、用があるらしい」
 佐竹が「ああ」と頷く。
「学校、近いんだっけ?」
「あゆみは女子大なんだぜ。こないだ合コンした。な、小日向?」
 その合コンは、高見がやけに乗り気になって計画したのだ。本当のところ、高見はあゆみを気に入っているらしい。だが臼井とのことを気にしていまいち積極的な行動に出ていない。よりによって「臼井は小日向といるよりあゆみといたほうが自然に見える」なんてことを当事者のオレに向かってほざいたので、派手なケンカをしたことさえあった。
 注文した料理が来て、その後は好きなバンドとか佐竹のやっているモデルの仕事とかの話になった。二人がオレに気兼ねしているのかもしれないと思って、その場にいることを少しだけ悪かったかと反省した。
 レストランを出た後は、真っ直ぐ臼井のアパートに向かった。佐竹はもうすぐ発売になるという自分のCDを持ってきていた。一曲目からいかにもUKっぽい爆音が鳴り出した。ノリのいい曲で結構オレの好みだったので、つい身体が動いた。そんなオレを見て臼井がちらっと白い歯を見せた。
「これ、佐竹が作った曲?」
「うん。どうだよ?」
「いいよ。いかにも佐竹らしい。すげーな、佐竹も曲作るんだ」
「臼井もだろ? どうせなら高校ン時、もうちょっとマジにやればよかったかもな。俺さあ、ギターも始めたんだ。小日向、今度教えてよ。まだ歌と両方だと難しくて」
「ライブとかやってんの?」
「一緒にモデルやってる連中で、バンド組んでる奴もけっこういるんだ。そういう奴らとやったりしてる」
 何曲かは英語の歌詞がついていて、オレが「英語だ」と感心して呟くと、佐竹は
「俺は、英語がなくっちゃ大学入れなかったな、多分。洋楽ばっかり聴いてたのも少しは役に立つんだよ」
と肩を竦めた。
 そんな話をしているうちにやがて夕方になって高見たちがやってきた。適当に挨拶を交わした後、高見たちが買い込んで来たビールだのつまみだのをテーブルに並べ、乾杯した。
 飲み始めてすぐ、思いついたように高見は佐竹の載っていた雑誌を取り出した。
「サイン、してくれないか?」
 佐竹は目を丸くして「サインって言われてもなあ」と呟きながら、写真の脇に普通の字で「佐竹和成」と書いた。奥田が無遠慮にぷっと吹き、高見が文句をつけた。
「これ、サインなわけ?」
「悪い。今度練習してくるわ」
 肩を竦めて見せた佐竹は、そのまま雑誌の記事を眺め「この、クールビューティって言葉で、俺、臼井を思い出したんだよな」と笑った。
「高校の頃、よく言われてただろ?」
 話をふられた臼井は、少し眉をひそめて意外そうに否定した。
「言われてないよ」
「言われてたって。女子が何かといえば、そう呼んでた」
「そんな覚え、ない。誰かと間違えてるんじゃないか?」
「なんだ、本人には聞こえてなかったのか」
 お互いに不思議そうな佐竹と臼井の様子に、奥田が「あはは」と笑った。
「わかる気がするよ。臼井って人見知りするもんね。そういうとこ、クールビューティって呼びたくなるんじゃない?」
 臼井は困惑した様子で「人見知りって、それはオレより小日向だろ?」と呟いた。
「でも、女ってそういう言葉、好きだよな」
「言えてる。中学の時もそういう渾名の先生いなかった?」
「そういえば、このライターも女だった」
 佐竹は外見に似合わず、気さくなタイプだった。初めて会うオレたちと屈託なく酒を飲んでいる。悪い奴じゃないな、とオレは思った。久しぶりの臼井との対面を邪魔したのは悪かったかなと、珍しく殊勝な気持ちで、奥田に言われたことを思い返した。
 佐竹のCDをかけながら飲んでいて、いつの間にかジラフが佐竹のライブのサポートをする約束が出来上がった。くだらないことをしゃべり合っているうちに、みんなすっかり酔っ払っていた。真っ先につぶれたのは高見だった。「うわ、なんかグルグル回りだしたぞ」と叫び、ゴロリと仰向けに倒れ込んだ。みんなで揺すったが「だめだ」と呟いていて、そのうち寝息が聞こえてきた。続いてオレもいつのまにか眠ってしまったらしい。
「小日向、眠ってんのか?」
 呼びかける臼井の声が遠く聞こえ、やがてゆっくり意識が戻ってきたが、返事をするのが面倒でオレは目を閉じたまま動かなかった。
「みんな、寝ちゃったな」
 佐竹の声。ああ、二人は起きているのか、と思った。それなら、邪魔はしないでやろう。臼井にとって佐竹が大事な友だちだっていうんなら、そのくらい認めてやってもいい。酔った頭の隅でそんなことを考えながら横になっていた。
「どうして、あゆみと別れたんだ?」
 ためらうように切り出された佐竹の言葉。
「お前ら、すごくうまくいってたじゃないか」
 それはただの昔話だ。臼井は今はオレが好きなんだよ。腹の中でオレが呟くと、それが聞こえたかのように佐竹は言った。
「原因は、小日向?」
「え?」
「臼井、小日向と付き合ってんの?」
 臼井の返事は聞こえなかった。佐竹の声が苦笑を含んだ。
「ヘンなこと言ってるんだったらごめん。モデル仲間にそういう奴、いるからさ。別におかしなことじゃないと思ってる」
「佐竹」
 とまどっている臼井の声。オレは目をつぶっているだけなのか、本当に身体は眠っていて、ただ夢見心地で二人の声を聞いているのか、自分でもわからなくなっていた。
「今さらこんなこと言ったら臼井は驚くだろうけど、俺、高校の時、臼井のこと好きだったのかもしれないと考えてるんだ」
 なんだとお。ぴくっと眉が動いたのが自分でもわかった。だけど臼井も佐竹もオレのことなんか見ていないらしく、気にもされなかった。
「貴子にも言われたことあるんだよ。あいつと俺、ものすごく険悪だった時があっただろ。あの頃、俺は貴子を泣かしちまったことさえあるんだよな。その時に、臼井があゆみと付き合い始めたのは私のせいじゃないわよって怒鳴られた」
 静かな部屋に佐竹の言葉だけが続いていた。オレは何をしたらいいのかわからなかった。これがただの昔話なら、オレは何も聞かなかったフリをしたほうがいい。佐竹はどんなつもりでそんな話を始めたのか。臼井はどうするつもりなのか。
「もう言われた意味がわからなかったよ。こっちも逆上してたし。関係のない話するなって、つっぱねたけど、今になって思えば、貴子が正しかったのかもしれないよな。あゆみに臼井を取られたような気がして、二人を引き合わせた貴子に腹を立てていたのかもしれない。あの頃は全然わからなかった。いや、臼井とあゆみの関係に嫉妬してたのは確かだ。でもそれは、あゆみっていう理解者を得た臼井がうらやましかっただけで。なんかお前ら、ほんとにいい感じに見えたんだよな」
 カツンとビールの缶がテーブルに当たる音がした。
「オレは、小日向が好きなんだ」
 意を決したように臼井が静かな声で告げた。佐竹がふっとため息をつく。
「そうか」
 乾いた小さな笑い声。
「言っただろう? フェスティバルでジラフを見た時から予感はあったんだ。あれで気づかされたのかもしれない。俺はあの時ひどくあせった。臼井が俺から離れていく気がした」
「佐竹。それ、勘違いじゃない? 本当にオレを好きなわけじゃなくって、ただ音楽のこと、バンドのことで小日向に張り合っているだけなんじゃ?」
 言い含めるように臼井が言葉を紡ぐ。
「オレ、自分でもわかんない時あるもん。小日向を好きなんじゃなくって、ただこいつの才能に参ってるだけなんじゃないかって。正直に言えば、今でもさ、時々迷う」
 臼井、それはないだろう。お前、オレを好きって言ったじゃないか。迷ってないって断言しただろ。眠ったフリをしているせいなのか、金縛りのように身体が動かせかった。
「そうだな。わからないよ。臼井を好きだったのは確かだけど、それが友情か恋愛かなんて、自分でもわからない」
 こいつら、バカだなと思った。なんで感情に名前をつける必要があるんだ。好きなら好きでいいじゃないか。いや、もちろん臼井はオレのもんだから、今さら佐竹が好きだったと言ったって認めはしないけれど。そんなことを考えていたら、佐竹の低く囁くような声が聞こえた。
「キス、していいか?」
「佐竹?」
「一回だけ。そしたらこの気持ちもはっきりしそう気がする。それで忘れるから」
 断れ、臼井。強く念じたが、臼井の声が聞こえない。ちょうどオレの頭の上の壁にかかった時計の秒針が刻む音だけがやけに耳についた。
 沈黙の長さに耐えられなくなった。
「ダメだダメだダメだ」
 突然起き上がってわめいたオレを、臼井と佐竹がびっくりした顔で見る。テーブルの上で佐竹の手が臼井の右手を覆っているのを見て逆上した。
「そんなのダメだっ! 臼井はオレのなんだから、気持ちを確めたいとかあやふやな理由でキスなんかさせねえ」
 大声のせいで、高見と奥田が目を覚ましたらしい。寝惚け面の二人が同時に半身を起こしかけた。瞼をこすりながら「何だよ?」とか言っているが、そんなのに構っている余裕はない。佐竹の顔に人差し指を突きつけた。
「自分の気持ちがわからないんだったら、オレが教えてやるよ。お前らの間にあるのは友情! オレと臼井が付き合ってるからって、佐竹までその気になる必要ないっ! 普通にオトモダチでいればいいんだよ。第一、高校時代にやっぱり臼井を好きだったってわかったからって何になるんだ? 昔の気持ちを確めたからって、これから臼井と付き合うわけじゃないんだろ。そんな無駄なキス、する必要なし!」
 オレが言い切った瞬間、佐竹はやけに静かな目で切り返してきた。
「じゃあ、俺がやっぱり臼井を好きで、臼井に小日向と別れて俺と付き合えって言ったらどうする?」
「バカ! オレは負けないねっ。佐竹なんか関西だろ。オレはいつも臼井と一緒なんだから。お前なんかメじゃないっつーの!」
 勢いこんで怒鳴ると、佐竹はふっと笑ってオレの頬に手をかけた。そのままハンサムな顔が斜めに近づいてくる。唇に佐竹の唇が触れて仰天した。
「わああああ! 何しやがるっ」
 男と、男とキスしちまった! って、あれ? 臼井も男か。やけにすっきりした顔で佐竹が言った。
「負けたよ、小日向。このキスは小日向経由で臼井にしてくれ」
「やだ。絶対やだ。佐竹のキスなんか臼井にしない」
 どうすんだ、オレ。このままじゃ臼井とキスできないぞ。あせって見回したら、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔の高見が目に入った。
「高見、キスさせろ。佐竹のキスはお前にやる。お前、佐竹のことハンサムだっつってたよな」
「バカヤロッ。冗談よせ」
 脱兎の勢いで逃げられて、隣の奥田ににじり寄る。
「じゃ、奥田。お前に佐竹のキスをやる」
 奥田は平然と肩を竦めた。
「別にいいんだけど、それじゃその後小日向が臼井にするキスは、ぼくからのキスってことになるんじゃないの?」
「そうなる…の、か…?」
 オレ、どうしたらいいんだろう? 頭を抱えると横から手が伸びて顔を向けさせられた。悲愴な顔つきで臼井がキスしてくる。
「はい、おしまい! 佐竹のキスはちゃんと受け取りましたっ」
 真っ赤っかの顔で臼井は叫び「お前らみんなバカだ」と呟いた。くやしそうに唇を噛んでいるが、半分笑いをこらえているようにも見える。その横で佐竹が身をよじってげらげら笑っていた。こいつが臼井にキスしたことになるのか。オレの臼井に? オレはバカみたいに大口を開けて笑っている佐竹を睨んだ。
「お前、キライだ」
「あっはっは。俺は好きだわ、小日向。臼井より好きだ」
 一人で大受けしている佐竹は左手で涙を拭いながら、右手でバンバンとオレの肩を叩いてきた。



END






大人ブリッコしたところで、最後にはメッキがはがれる小日向。予定では佐竹と臼井の青春ほろ苦物語のはずが、小日向視点のせいでこうなっちゃいました。佐竹と臼井だったら、それなりに切ない系でいけたと思いますが、高校時代にそうなってたところで、最終的に臼井は小日向に押し倒されるか泣き落とされる運命だった気が。20001212
fantasia
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