HappySongs番外─奥田─


 割り当てられたホテルの部屋に入って、ぼくと高見は顔を見合わせ、どちらからともなく小さなため息をついた。
佐竹のライブの打ち上げで、大暴れした小日向を連れ帰り、臼井と二人で部屋に置いてきたところだった。
「あいつら平気かな?」
 高見の言葉にぼくは肩を竦めた。
「ま、しょうがないじゃん。ただのゲームだし。小日向ははしゃぎすぎたんだよ」
 高見は冷蔵庫の缶ビールを取り出して、一つをぼくに放って寄こした。自分の分はサイドボードに置き、ベッドの上に大の字に倒れこんで、あーあと大げさなため息をつく。
「俺、まずったよなあ。小日向も可哀そうっちゃ、可哀そうか」
 打ち上げの王様ゲームで、王様になった高見がキスを命じたら、佐竹と臼井に当たってしまったのだ。ギャーギャーわめきたてる小日向を無視して、臼井は佐竹にキスをし、切れた小日向が高見に殴りかかって大混乱になった。それで小日向を可哀そうと言える高見はずいぶん度量のある奴だと思う。
「ぼくはさすがに佐竹が気の毒だけどね」
 缶ビールのプルを押し開けながら呟くと、高見は腑に落ちないという顔を向けてきた。
「は? 佐竹?」
「仮にも告白したことのある相手に、ああも平然とキスされたら傷つくだろう」
 ぼくは言ってビールを呷った。臼井は時々無意識に残酷なことをしてみせる。
「あれ、そう? オレだったらラッキーと思うけどな。つーか、佐竹は本気なのか? 臼井、なあ…。オレにはわかんねえな。ホモ的な魅力があるんだろうか」
 ベッドの上をゴロリゴロリと転がりつつ高見は呟いた。惰性でビールを出したものの、すでに打ち上げで散々飲んでいるから、これ以上飲む気はないのかもしれない。
「そういや奥田はなんだかんだ言って臼井がお気に入りじゃんか。あやしいんじゃねえの?」
 ふいに思いついたというように高見は上半身を起こした。ニヤニヤとからかいの笑いを浮かべる高見に、ぼくは平然と返してみせた。
「残念でした。ぼくは臼井にキスできるよ」
「臼井にキス?!」
 高見の裏返った声が部屋の中に響く。
 ぼくはニンマリと笑い、高見の鼻先で人差し指を上下に振った。
「あ、高見、できないだろ? それって臼井を意識してんじゃないの。高見のほうがあやしいな」
 小日向が臼井に惹かれる気持ちを、ぼくはなんとなくわかる気がするし、本当は高見だってわかっているんじゃないかと思う。それをわざわざ「わからない」と主張するところが、高見が臼井を意識している証拠のように思えた。
「な、なんだよっ。そうだ、奥田こそ、昔、小日向にキスされてマジ切れしたことあんだろ。そっちこそマジで小日向が好きだったりして」
 ムキになった高見の反撃に、ぼくは真面目に考え込んだ。
 確かに中学生のころ、小日向にふざけてキスされたことにぼくは本気で腹を立て、しばらくあいつと口を利かなかった。
「…そう、なのかなあ」
「ええ?!」
「いや、今は絶対ありえないけどさ、昔、小日向に反発してたのは、そういう気持ちもあったかもしれないなと思う」
 ぼくは、小日向の作る曲には無条件で受け入れざるを得ない魅力があると信じているけれど、それでもあいつの言動のいい加減さには度々苛立っていた。今になって考えれば、その苛立ちは小日向に対するコンプレックスだったのだろうと思う。

 バンドを始めたのは中学二年の時だ。小学校からの友人である高見に誘われてやることになった。その時、高見と同じクラスの小日向を紹介された。最初のメンバーは高見と小日向の他に、ベースともう一人ギター兼ボーカルがいた。その二人とは高校が別になっていつの間にか疎遠になってしまった。
 初めて小日向と顔を合わせた時のことは今でも忘れない。
―うわ、ちっちぇえ。
 ぼくを見たとたん、小日向はボソッと呟いたのだ。小声で聞こえないとでも思ったのだろうか。
 中学生になって周りの友人たちの背がどんどん伸び出して、一人取り残されているような焦りを感じていた時期だけに、その言葉はグッサリとぼくの胸をえぐった。
 小日向のほうは当時すでに170センチ近い長身で、女の子たちに騒がれるような存在だった。勉強も運動もそこそこできて、明るく屈託のない性格だったから、それは当然だったかもしれない。
 自分の顔が見る見るこわばるのを感じたが、小日向はまったく気づきもせず無邪気に笑いかけてきた。
―奥田って女の子みたいに可愛いのな
 その日のうちにぼくは高見に小日向を嫌いだと告げた。
 当時ぼくは、小日向がぼくを格下と見なしていることを、奴の態度の端々に感じていた。あいつは、特に子どもの頃はそういうところが露骨で、年上の相手などには人見知りしてみせたりする一方で、年下にはつまらないちょっかいをかけてからかったりしていた。単純な小日向にとっては、身体の小ささだけでぼくを年下と同類の扱いをするのに十分な理由になったのだ。そしてぼくはそんな扱いを甘受できるほど大人ではなかった。
 ぼくの小日向への苛立ちを高見は知っていて、度々気を使ってくれているのが感じられたが、小日向自身はまるきり気づいていなかった。それこそ、平気で冗談のキスなんかしてくるほどに。
 もしも小日向の音楽にそれほどの魅力がなかったら、ぼくはさっさとバンドなどやめていただろう。少なくとも別の仲間を探したはずだ。けれどあいつのバックで演奏している間は、そうした鬱屈がどこかに消えてしまった。ぼくの刻むリズムの中で小日向が歌いギターを弾くのが、単純に誇らしく感じられた。
 中学を卒業して、高校、大学に上がり、身長が伸びてくるにつれて、ぼくは小日向へのコンプレックスを忘れ始めた。音楽だけでなく小日向のキャラクターの魅力を認められるようになった。それは逆にぼくが小日向を対象化できたことを意味していた。
 ぼくは中学生の頃の自分の気持ちを今ではリアルに思い出すこともできない。だから小日向を好きだったんだろうと言われたら、そうかもしれないと頷くしかない。

 高見は慌てたように立ち上がり、サイドボートのビールに手を伸ばした。
「やめようぜ。あいつらがホモだからって、こっちまでおかしくなってどうする」
「高見は健全だよな」
 思わずクスリと笑ってしまうと、高見は上目遣いに睨んできた。
「バカにしてんのか?」
 バカになんかしていない。
「うらやましいと思うよ」
 ぼくは高見の健全さを本気で尊敬すらしているくらいだ。高見がいなかったら、いくら小日向の音楽に魅力があったとしても、こんなに長くこのバンドが続いていたとは思えない。
「…やっぱバカにしてんだろ?」
 健全な高見は、ストレートな誉め言葉に戸惑ったような表情になったので、ぼくは笑ってしまった。
「半分くらいはね」
「ちくしょう」



END






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