HappySongs番外─高見─


「兄ちゃん、ヒナちゃんが来たよぅ」
 下の弟の夏央が呼びに来た。ウトウトしかけていたオレが「うー」と唸るように返事をすると、ドアから顔を覗かせた夏央は、さっさと先に立って階段を降りて行った。目をこすりながら、階段を降り、玄関を出ると、小日向が赤いスポーツタイプの車の前に立って、得意げな笑みを浮かべていた。
「今日、納車になったんだ。ドライブ行こうぜ」
「あー」
 寝起きでいまいちハッキリしない頭のオレがぼんやり返事をしている脇で、夏央が小日向を見上げて「純兄ちゃんは?」と訊いた。
「今日はオレだけ」
「ちぇー」
 小日向の言葉に夏央は唇をとがらせた。一人っ子の奥田は、弟たちが珍しいらしく、ウチに来るたびにいろいろとかまってやっているから、夏央も上の公紀も奥田がお気に入りなのだ。
「なんだよ。夏央はドライブ行きたくないんだな」
 小日向が悪態をつくと、夏央は賢しげに小首を傾げてみせた。
「うーん、だって、ヒナちゃんが運転するんでしょう?」
「こいつ、ナマイキだ」
 キャーキャーと悲鳴を上げて逃げる夏央を小日向が追い回しているところに、公紀が部活から帰って来た。小日向の車のそばに自転車を停めた公紀は「奥田さんは?」と口にした。
「むかつくガキどもだな。二人揃って奥田、奥田って言いやがって。奥田は今日は来ないよーだ」
 小日向が公紀にアカンベをしてみせる。公紀はクスッと笑った。
「じゃ、あの人は? 臼井さん」
 一、二度しか顔を合わせてなくても、公紀は臼井を覚えたらしい。
「てめ、なんだよ、臼井に何の用事だよ?」
「小日向ー」
 血相を変えた小日向が、公紀に詰め寄るのをオレは慌てて止めた。中学生相手に何をやってるんだ。
「ドライブだろ、どこに行くんだ?」
「んー、別に。決めてない。試運転だよ」
「おまえらも一緒に行く?」
 オレが公紀と夏央に声をかけると、公紀はあっさり首を振った。
「ぼく、これからデートだから。それに夏央は子ども会だろ?」
「えー、ぼくもドライブ行きたい」
 夏央がさっきと反対のことを口にして、公紀にたしなめられる。
「ダメだよ。バーベキューと肝試しだって言ってたじゃないか」
 そちらも楽しみにしていたらしい夏央は、残念そうに小日向を見上げた。
「ヒナちゃん、ドライブ、後で連れてって」
「ふふん、三回まわってワンと言ったらな」
「イジワルくっさー」
 公紀と夏央が声を揃えた。小日向は小中学生と同レベルなのだ。
「あ!!」
 オレが助手席に乗り込もうとすると、小日向は突然大声を上げた。
「なんだよ?」
「助手席、臼井に最初に乗ってもらいたい」
 バカな台詞にオレはがっくりした。
「あー、そうかよ。いいぜ、オレは別にドライブなんか行かなくても。昼寝するから」
「後ろに乗れよ」
 小日向は大真面目な顔で助手席の背を倒そうとする。スポーツタイプの後部座席なんて飾りだろうが。
「冗談だろ? どうせ中古なんだから今さら関係ねえよ」
 オレは小日向を押しのけて、さっさと助手席に座ってやった。
「あ! ああ! 勝手なことしやがって! オレの車なのに」
 小日向がわめく。試運転に付き合ってやるだけでもありがたいと思え。
「ほら、さっさと発進! エンストすんなよ」
 オレは小日向の鼻先に突きつけた人差し指で、進行方向を示した。


「…おい、どこまで行く気だよ?」
 小日向の運転する車はいつまでも国道を北上し続け、いい加減しびれを切らしたオレは、何度目かの問いを口にした。先刻から同じことをくり返し訊いているのだが、その度に小日向は「別に」と返すだけで、鼻歌まじりに運転を続けている。
「もう一時間半は経ってるよな。そろそろ戻らないか?」
 小日向の鼻歌に「きみが待ってるから」云々の歌詞が混じってきて、オレは嫌な予感を覚えた。それ、新曲か? 小日向の作る曲の九割は臼井絡みだ。しかもこの車は確実に北に向かっている。
「おい、小日向。いい加減戻ろうぜ」
「せっかくだから、**町まで行こう」
 とうとう小日向の口から臼井の地元である町の名が出て、オレは頭を抱えた。
「小日向! ふざけんなよ。どこまでドライブする気だ」
 てめえの初心者マークの運転で三時間もドライブなんて冗談じゃねえぞ。
「いいじゃん。もう二週間も会ってないんだぜ。臼井に会いたいと思わない?」
「思わない」
 オレは即答してやった。
「高見って薄情だなァ。オレは臼井の顔が見たいもーん」
 こんのバカ! 誰かこいつを止めてくれ。
「いい加減にしろ、小日向。突然押しかけたら臼井だって迷惑だよ」
「迷惑じゃないよ」
 勝手に断言した小日向は、ふいにニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「そっかー、高見はあゆみちゃんに会いたいんだよな。臼井に頼んでやろうか」
 この無神経野郎が。
 あゆみちゃんは臼井の高校時代のガールフレンドだった。臼井はあゆみちゃんと別れて小日向と付き合い出したのだが、別れてからも友だち付き合いをしているらしい。あゆみちゃんはオレたちのライブにも来てくれるようになっていた。
 オレは彼女を見かけるたびに可愛い子だと思っていたから、この夏季休暇に入る直前に合コンを申し込んだ。その時、気づいた。あゆみちゃんは、まだ臼井のことが好きなんじゃないのか。具体的に確信するようなことがあったわけじゃない。なんとなく、だ。なんとなくだけれど、その勘は当たっているような気がした。
「関係ないだろ!」
 思わず怒鳴ったオレに、小日向は大口を開けて笑った。
「あはは、照れてんの?」
 能天気な笑い声が癇に障った。
 オレはこいつの気持ちを考えてやってくれなんて余計なことを臼井に言ったんだ。だけど、それならあゆみちゃんの気持ちはどうなるんだ。あの時、臼井が迷っていたのなら、オレはあんなことを言うべきじゃなかったのかもしれない。オレがあゆみちゃんを傷つけたのかもしれない。
「あゆみちゃんは、元々臼井の彼女だろ。おまえ、全然罪悪感とかないわけ?」
 オレは小日向に訊いてみた。結果的に小日向はあゆみちゃんから臼井を奪っているのだ。それを忘れて平然とオレをからかう神経にむかついていた。
「何それ」
 ムッとしたように笑みを収めた小日向を睨みつけて、オレは言葉を継いだ。
「臼井だって男なんだから、おまえよりあゆみちゃんといる方が自然だろ」
 言い終えるより早く、小日向の大声に遮られた。
「信ッじらんねー! なんだよ、それ。無神経なヤローだな。普通言うか、そういうこと」
「どっちが無神経だよ」
 オレは怒鳴り返した。
「そっちだろ」
 小日向がいきおいよくオレのほうに指を突き出すから、ハンドルが動いて車が揺れた。超初心者が。何が「きみが待っている」だ。
「早く車戻せよ、オレ帰るから」
「勝手に帰れよ!」
「勝手に帰るよ! さっさと駅にでも降ろせ」
 売り言葉に買い言葉。中学校からの付き合いの上に、小日向の子どもっぽさにつられて、こっちまでガキくさい台詞が口をつく。
「むっかつくなー。てめえなんか乗せてくるんじゃなかった」
「こっちこそだよ! 勝手にこんなとこまで連れて来ておいて、何言ってやがんだ」
 ギャーギャーわめいている間も、車は北上を続ける。いつのまにかあと少しで**町というところまで来ていた。
 オレはようやく○○駅という標識を見つけて、小日向に叫んだ。
「ほら、駅! 駅って看板出てるよ、なんで曲がんねーんだ」
「んな急に言われて曲がれっか」
 ド下手くそ。そんなんで、どうしてこんなところまで来やがった。
 その先のコンビニまで行ってUターンし、ようやく駅への道に入った。どうでもいいが、これでオレが降りたら小日向はどうするつもりなんだろう。オレは念のため訊いてみた。
「小日向、臼井の家、知ってんのかよ?」
 小日向はチラッとオレを見た。
「**町だよ」
「そうじゃねえだろ。正確な場所がわかるのかって訊いてんの」
 まさか。
「うるせえ。高見に関係あるか。オレと臼井はちゃんと以心伝心なの。おまえなんかお呼びじゃねーよ」
 だったらなんでオレはこんなところにいるんだ。
「おまえ、まさかせめて住所の番地くらい控えてきてるよな?」
 初めて行く町だろう。
 小日向はふてくされたように唇をとがらせていた。
「うるさいっつーの」
 前方に駅が見えてきていたが、オレは電車で帰るのを諦めかけていた。小日向をここで放り出すほど人でなしにはなれない。
 駅の手前には小さなバスターミナルがあった。そしてそのベンチには見覚えのある二人が坐っていた。
「臼井だ」
 通りすぎる瞬間、思わず呟くと、小日向の目が吸い寄せられるようにそちらを見た。
「なんで」
 臼井と一緒にいるのは、あゆみちゃんだった。二人、仲良さそうに夕暮れのベンチに並んで坐っていた。やっぱり臼井にはあゆみちゃんのほうが似合うんじゃないか。まるで何かのTVCMのようなシーンだと思ったその時、ぐっと身体にGがかかった。
「小日向、バカッ」
 小日向は歩道に向かって急ハンドルを切りながらアクセルを踏み込んでいた。バカ、何をする気だ。街灯のポールが目前に迫って、オレは死ぬのかと一瞬思った。
 ガーンとすごい音を立てて、小日向の車は止まり、奴は転げ出すように車から降りていった。
「どういうことだよっ!」
 ドアを開け放したまま叫ぶ小日向を、臼井とあゆみちゃんが目を丸くして見ていた。まるで事態を把握できていない顔だった。小日向は顔を真っ赤にして一方的にわめき立てていた。
「臼井、なんで、あゆみといるんだ。オレに隠れてコソコソ浮気してんのか」
 車内に取り残されたオレは少しの間呆然としていたが、あまりのことになんだか気が抜けてしまった。
 小日向は理性も常識も持ち合わせていないサルだ。こんな奴とまともに張り合ってケンカするなんてバカバカしすぎる。
 オレはため息をひとつついて車から降りた。



END





fantasia
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