青空のベンチ-2-


 軽音楽部の追い出しコンパの二日後、小日向は交通事故に遭った。その知らせを聞いて、一瞬目の前が真っ暗になったが、結局のところ左足の骨折だけで済んだとわかり、安堵した。交通事故というのも自爆で、スクーターで道路脇の水田に突っ込んだという。それでも慌てて高見と奥田と一緒に見舞いに行くと、ベッドの上で小日向はさすがに青い顔をしていた。
「オレ、治ったら教習所通うことにした」
「懲りねーな」
 高見が呆れて言う。
「ちがうよ。原付が嫌になったから、車にするんだ。臼井も一緒に教習所、申し込もうぜ」
「そんな金、ないよ」
 仕送りだけじゃやってけないからアルバイトをしてるんじゃないか。
「じゃあ、免許取れたら、ドライブに連れてってやるよ」
「誰が小日向の運転する車になんか乗るか。命がいくつあっても足りねえ」
 ひやかす高見に、元気なく笑う小日向にちょっと胸が痛んだ。オレはしたことがないけど、骨折って痛いんだろうな。おとなしくベッドに横たわった小日向に優しくしてやりたくなった。
 けれど小日向がしおらしかったのは、一週間が限度だった。一日中病院のベッドで退屈してるのはわかるが、毎日見舞いに来いと要求されるオレのほうが、災難に遭った気分だ。それはとてもできない相談だったから適当にあしらっていたが、見舞いに行かなかった翌日にはしつこく拗ねるのであやすのが面倒だった。
 小日向の家は両親とも働いているので付き添っていられないらしかった。病室で一緒になった母親に「いつもありがとう」と挨拶されてなんだかあせった。
「ウチの家族は薄情だから臼井がいなかったらオレどうしていいかわかんねーよ」
 脇から小日向が茶化してポカッと頭を叩かれていた。
「あんたが入院なんかするから余計なお金がかかっていっぱい働かなきゃならないんでしょう? 音楽にばっかりお金使って。ただでさえ行彦と朋美の入学準備で大変なのに」
 小日向の弟と妹はこの四月にそれぞれ大学と高校に進学する。優秀と評判の弟は関西の有名大学に見事合格したと聞いた。ちょうど忙しい時期だから家族もなかなか面会に来られないのだろう。
 小柄な割には活動的に見える母親は一しきり世間話をすると、オレに「尚人はワガママだけどよろしくお願いします」と言って先に帰った。その姿がドアから消えるか消えないかのうちに小日向が「なんか結婚の挨拶みたいじゃん」などと言うので、オレも奴の頭を叩いてしまった。
「イッテー。怪我人に何すんだよ」
 小日向が喚いて、同室の患者たちの笑いを誘った。
 ある日、午前の授業が休講になったので、見舞いに行くと六人部屋には小日向しかいなかった。みんな検査やら診察やらで戻ってくるのは昼近くだという。嬉々とした表情で話す小日向を見て、嫌な予感に「帰ろうかな」と考えた。
「ねえ、キスして」
 ほら、きた。オレは仏頂面を作った。
「病院で何言ってんだよ?」
「いいだろー。オレは可哀そうな怪我人なんだぜ?」
 自分で言うなよな。最初のオレの同情を敏感にかぎつけたのか、小日向は何かというと「オレは怪我人だ」と甘えてくる。オレはわざとらしいため息をついて、小日向の口に唇をつけた。軽く触れるだけのつもりが、しっかり舌を入れられた。ようやく解放されると唾液が糸を引いて、オレは慌てて口をぬぐった。やりすぎなんだよ、バカ。睨むオレを上目遣いに見上げて、小日向は言った。
「口でしてくんない?」
「何言い出すんだ、バカ! できるか!」
 オレは驚き、声を荒げた。傍若無人にもほどがある。いや、病室は今たしかに無人だけど。
「ずっとしてないし、臼井の顔見てるとムラムラしてくんだよな」
「いいよ。じゃあ、これからは見舞いに来ねえ」
 本当に呆れたやつ。
「なんだよー。オレ、怪我人だよ? サービスしろよ」
 だだっ子じゃないんだからさ。
「…手で我慢しろ」
 仕方なく低い声で提案すると、小日向はにっこり笑って布団をめくった。痛みに顔をしかめながら身体をずらしてベッドのスペースを空ける。
「はい」
「なんだよ?」
「隣に寝て」
「なんでっ。手でしてやるっつってんだろ!」
「だからここに横になって」
「あーもー」
 オレはしぶしぶ隣に入り込んだ。ったく、誰か戻って来たらどうするんだ? 小日向のパジャマに手を入れる。オレを抱き寄せようと身をひねって、小日向は悲鳴を上げた。
「いてえ」
「バカ、動くからだろ」
「だからもっとこっち来いってば。キスしたいんだよ」
 おざなりに顔を寄せると、小日向は自由になる手でオレの頭を押さえつけた。むさぼるように吸ってくる。小日向の手がオレの下半身に触れたので、慌てて腰を引いた。
「ちょっ、オレはいいよっ」
「なんでだよ? オレだけ?」
「オレは怪我人じゃない」
 小日向はしつこかったが、オレは断固として拒んだ。冗談じゃないぞ。こんな病室でされてたまるか。他人のものに触るのにも本当は抵抗がある。こんな明るい病室では尚更だ。だけど、オレの手に平気で委ねる小日向をかわいいと思う気持ちも確かにあった。自由のきかない小日向に、少しだけ優位に立てた気分。
 オレが入り口の洗面台で手を洗っていると、同室の人が付き添いに車椅子を押されて戻ってきた。「こんにちは」と挨拶をして顔が赤くなってしまった。別にバレてはいないと思うんだけど。
 そんなことがあって、少し気まずくて、次に見舞いに行くまで二日間空けてしまった。
 二日後の夕方に高見と奥田と一緒に病室を覗くと、小日向の姿がなかった。トイレだろうか? そう思って少し待ったが、戻ってくる気配はなかった。高見と奥田は見舞いに持参したマンガを読み始めた。もう夕方だったので「こんな時間に診察でもないだろうし」と、高見と奥田を病室に残して、オレは一人で小日向を探しに出た。ロビーや屋上を覗き、建物の外に出た。中庭のベンチに小日向はいた。ぼーっと空を見上げている。
「こんな時間にこんなとこに座ってると風邪ひくよ」
 オレが声をかけると、ゆっくり振り向いた。ふいにその目から、ぽろっと涙がこぼれ落ちて、オレは驚いた。隣に座ったオレを抱きしめるようにして、小日向は呟いた。
「…臼井が死んだら、どうしようかと思った」
「はあ?」
 突拍子もない台詞。
「臼井が交通事故に遭ったり、病気になったりして、オレの傍からいなくなることを考えたら、すごく怖くなったんだ」
「事故ったのは、小日向だろう」
 またバカなことを言い出して。一人で何を考えていたんだか。やっぱりヘンな奴と笑いながらも、いじらしさを感じた。
「オレ、臼井がいなくなったら生きていけない」
 小日向がぎゅうっと抱きついてくる。冷たい身体。いつからこんなとこにいたんだろう。
「バカだな」
 なんだか優しい気持ちで、オレは囁く。春の夕暮れは、何もかもがぼんやりと滲んでいる。そのせいだ、感傷的な気分は。それでもオレは、小日向に出会えたことが、こうして隣にいることが、奇跡的に思えて、切ないような幸福な気分に浸っていた。



 小日向は四月半ば過ぎに退院した。だがしばらくは松葉杖の生活が続く。大学に来るのも面倒がるので、新学期の講義の履修から世話を焼くハメになった。同じ学部の高見が履修届の用紙をもらってきてくれたので、退院祝いと称して集まった小日向の家で、三人がかりで履修を考えさせた。足に怪我をしたせいで二階の部屋には上がれない小日向は、客用の和室をあてがわれていた。
「パンキョウ、臼井は何にした? おんなじのにしよう」
「あ、オレ去年入門とったやつの応用が多いから無理かも」
「すっげー臼井って意地悪。学部違うんだから、パンキョウくらい合わせろよ」
「どうせ小日向、授業なんかほとんど出ないだろ」
 高見に言われて、小日向はムッとしたように唇をとがらせた。
「だから臼井と一緒なら出るよ」
「嘘つけ」
「それより小日向、あと何単位必要か、自分でわかってんの?」
 奥田に訊かれて小日向は首を傾げる。どうしてこいつはこう人に心配をかけることばかりするんだろう。呆れたことに去年小日向は半分近くの単位を落としていた。二年で一般教養の単位を終わらせるためには学部の必修、選択も合わせると、ほとんど全ての時間に授業を受けなければならないことになった。小日向には絶対に無理だと知りつつオレたちは履修届だけは出させることにした。
 その翌日。
―なんかねー、朋美が臼井にお願いがあるんだって。
 いきなり電話をかけてきた小日向は、すぐに妹の朋美ちゃんと代わった。
―もしもし、臼井さん?
「どうしたの?」
―あのね、今度の週末、うちのお父さんとお母さん、旅行なの。それでえ、私もちょっと…友だちのとこに泊まりたいの。臼井さん、お兄ちゃんの面倒見てくれない?
 やられた。思わず渋い声になった。
「友だちって、朋美ちゃん」
 オレの言葉に、朋美ちゃんは「うふふ」と笑い声を洩らすだけだった。
―ダメ、かなあ?
 甘え声に拒否できなかった。約束の土曜日、午前中のアルバイトの交替が遅れてバスを一本逃してしまった。次のバスで小日向の家に行くと、朋美ちゃんは玄関の外に出て待っていた。オレに気づいて唇をとがらせる。
「臼井さん、おそーい。遅刻なんて臼井さんらしくない」
 まだ約束の時間を十分も過ぎていない。朋美ちゃんはかなりそわそわした様子だった。オレの知っている朋美ちゃんはジーンズが多かったが、今日はスカートで服装の雰囲気が微妙に違い、唇が赤かった。
「尚ちゃん、臼井さん来たから、私行くね」
 玄関に顔だけ入れて怒鳴る。
「尚ちゃんはまだ下の部屋使ってるの。臼井さん、お願いします」
「朋美ちゃん、泊まるって、ボーイフレンドのとこ?」
 少し眉をひそめてしまった。朋美ちゃんは、オレにとっても妹のように思っているので、親に内緒で外泊すると聞くと、あまりいい気持ちはしなかった。
「やあだ。試験勉強ですよ」
 ふふふと笑って、朋美ちゃんは「じゃあ」と手を振って駆け出した。試験勉強に薄化粧していく高校生がいるだろうか。
 玄関をはいってすぐ左手の和室の引き戸が開け放してあった。小日向は座椅子に半分寝そべるような恰好で座っていた。「苦しうない、近うよれ」などとふざけて手招きするところへ大股に近づいて見下ろした。
「おい、いいのかよ?」
「何?」
「朋美ちゃん、男のとこ行ったんだろ?」
「知らねー。いいじゃん、おかげで二人で過ごせる」
「とんでもねえ兄貴だな」
「朋美なんかどうでもいいだろ。キスしてよ」
「昼間っから何言ってんだ」
「キスもいやなわけ?」
 小日向は本当にキスが好きだ。赤ん坊のおしゃぶりと一緒なんじゃないか。
 小日向オススメのB級映画のビデオを観ている間はまだおとなしかった。意味もなくオレの足をなでたり髪をかき回したりしてはいたが。映画が終わるとすぐに小日向はオレの肩を抱いてきた。頬に唇を押し付けられる。
「なあ、しよう?」
「おまえ、そればっか」
 身をよじって眉をひそめたオレの非難に、小日向は嘯く。
「いいだろ。臼井はオレのものなんだから」
「ちがうよ、バカ。オレ、ちょっと散歩してくる」
 言い捨てて、「なんでだよ?」と追いすがる小日向を無視して外に出た。小日向の言葉に頭が混乱してくる。最近オレは変だ。適当に足を運んでいると、小さな公園に出た。中に入ってベンチに座る。
 オレは小日向の考え方には絶対同意できない。オレが小日向のもので、小日向はオレのもの。そんなふうには考えられない。そういうんじゃなくて、ちゃんとお互いに自分の足で立って、向き合うのが恋愛だと、オレは信じている。根本的な考え方がちがうのに、どうしてオレたちは一緒にいるのだろう。
 近くに学校でもあるのか、子どもの声がかすかに聞こえている。まだ春先なのに、信じられないくらい暖かい。時々強い風が吹いて木を揺らし、葉が鳴る。今まで来たことのなかった公園。小日向がいなければ、ずっと知ることのなかったはずの場所。オレはやっぱり小日向を好きなんだろうか。こんな穏やかな午後、隣に小日向がいれば完璧だと思う。実際にそばにいたら、あいつの言動に苛々させられて、振り回されるのがわかっているのに。


 日が陰ってきて肌寒さを覚えて立ち上がった。少し遠回りしてコンビニの弁当を買って帰った。家に戻ると小日向は薄暗い部屋に電気も点けずにいた。嫌味ったらしいんだよな。オレはため息をついた。無言で座敷に入っていって明かりを点けたらまぶしそうに顔をしかめて見上げてきた。
「…どこ行ってたんだよ?」
「公園」
「オレ、なんかした?」
 平気で情けない表情を見せる。悔しいくらいに素直なやつ。
「ちがうよ。…小日向が好きだなあって再確認してきたとこ」
「え?」
 気恥ずかしい思いで早口で言った途端、小日向の顔がぱっと輝いた。そういう手放しな表情、よくできるよなと感心する。
「弁当、買ってきた。あっためてもらったから、さっさと食べよう」
 自分でも照れ臭くて素っ気ない口調になっているのがわかる。オレ、なんでこんなこと口にしてんだ? 即席ミソ汁を作って向かい合って食べる。時々目が合って、小日向がにこにこ笑いかけるのが、うっとうしさ半分嬉しさ半分の妙な気分だった。
 怪我のせいで二階に上がれない小日向は和室で寝起きしているらしい。食事の後、押入れから布団を出して敷いてやった。「オレはどこに寝るの?」と一応訊いてはみたが、当然のように「ここ」と指示される。
「布団は?」
「あるじゃん」
 でかい図体のオレたち二人がシングル布団一組で眠る窮屈さを想像してため息が出た。
「すごーく久しぶりだよな」
 へへへと嬉しそうに笑われて返す言葉がない。「何が?」とは訊けない。一番小さな灯りだけにして服を脱ぐ。隣に身を寄せると小日向の手が身体に触れてくる。すっかり馴染んでしまったその感触。同じように小日向の身体をまさぐると、その手をつかんで小日向は囁いた。
「上に乗ってよ」
「な、な、何だとお」
 暗闇でさえわかりそうなほど頬が赤らんだと思う。
「オレ動けないもん。しょうがないじゃん」
「だから、それはやめようってば」
 オレはその、入れられるのはあんまり好きじゃない。快楽がないわけじゃないんだけれど。どうしても屈辱を感じてしまう。
「臼井ー。せっかく退院したのに、そういう冷たいこと言う? 退院祝いだろ」
 そんなのあるか? オレはおろおろと考え込んだ。小日向の要求にどこまで「YES」と言うべきか、オレはいつも考えさせられてしまう。小日向に抱かれるのも屈辱的に感じることがあったが、自分から小日向を迎えるのは、もっとためらいがある。
「オレ、臼井が好きだから、臼井の中に入りたい」
 頬をなめるような小日向のキス。小日向の手が下半身に触れてきて、そのまま後ろに回る。
「なあ、臼井。しよう?」
 大好きなハスキーボイスで何度も囁かれて、泣きそうな気分で決意した。仰向けの小日向に上からキスを降らす。小日向が出してきた舌に舌を絡める。小日向の下半身に手を添えてゆっくり身体を沈めた。
「くっ」
 自分の動きだけで小日向を中に入れる。それがなんだか後戻りできない感じだった。痛みも快楽も自分次第だと思った。オレが小日向を選んだ。オレが自分でこんなことをしてる。
「なんか、すげーな」
 小日向が感心したように呟く。黙ってろ、バカ。
「オレ、臼井にヤラレてる気分」
「…バカ、だまれ…っ、ん…っ」
 どうにか根本まで納めた。そのまま浅い呼吸だけをくり返す。酸素不足になりそうだ。
「ちょっと。動けよ、臼井。このままじゃたまんねえよ」
 少し動きを止めただけで、容赦のない指示が飛ぶ。オレは唇を噛んだ。
「このやろう、オレがっ、どんな気持ちで…あっ」
 言葉の途中でじれた小日向にいきなり下半身をつかまれた。びくんと反り返ると小日向は「そうそう」と頷く。
「臼井が動いてくんないと、困るんだよ」
 オレは左手の人差し指を噛んで、腰を使い始めた。自分で快楽を探るのはひどい羞恥を伴った。
「ふ…っ、くっ。あ…っ」
 自分でしていることなのに、声が押さえられなくなった。小日向が手を伸ばして上半身を支えてくれる。噛んでいた左手も外して小日向の肩を押さえつけるようにつかむ。小日向も声を洩らし始めた。それはオレのリズムだった。不思議な感覚。徐々に小日向の爆発が近づいてくるのを感じた。
「アッ…、アッ、臼井」
「ん…っ、ん…っ」
 混じり合う二人の喘ぎ。
「臼井…っ、ダメ、オレもう…」
 その瞬間の小日向をかわいいと感じて、オレも達した。

 翌朝目を覚ますと、小日向の指がオレの髪を梳いていた。寝顔を見られていたことに気恥ずかしさを覚えながら、ちょっと笑いかける。
「腹、減らない?」
「パンくらいしかないぞ、多分」
 オレは起き出してシャワーを浴びて、小日向の身体をタオルで拭いてやった。オレがフレンチトーストを作っている間、小日向がコーヒーを淹れた。ガリガリと手動のミルを回すのに、ひどく真剣な顔つきをしているので、笑ってしまう。食パンを一袋全部使ってしまい、焼きながら食べた。ずいぶん甘くなったのに、小日向はそれにハチミツまでかけて食べている。フォークの握り方とか、幼稚園児みたいなんだよなあ。コーヒーを啜りながら、ニヤニヤと見ていると、視線に気づいて「なんだよ」と唇をとがらす。
 家の中にいるとまた小日向がとんでもないことを思いつきそうな気がして、リハビリを兼ねて昨日の公園に連れ出した。今日も少し風があったが、気持ちがいいくらいに晴れた日だった。風のせいで雲のない青空。
 公園の入り口で、おばあさんが二人立ち話をしている。一人の脇に空のベビーカーが置いてあった。軽く会釈して通り過ぎる。二対の目が少しだけ不審げに追いかけてきた。確かに小日向とオレは真昼の公園に似合わない。おばあさんたちはすぐにおしゃべりを再開した。ベンチに並んで座ったら、近くの砂場で遊んでいた子どもが二人、不思議そうに見つめてきた。小さいほうはまだよちよち歩きの赤ちゃん。それより大きい女の子のほうは三歳くらいか。姉と弟なんだろう。きらきらとした目でオレたちを見ている。オレは笑いかけた。
「臼井って子ども好きだよなあ」
「かわいいだろ?」
「オレとどっちが?」
「バーカ」
 小日向に口先だけで返し、子どもたちにニコニコして見せると、弟のほうがよたよたと近寄ってきて、オレのジーンズの足にすがった。小さな手。
「だめだよ。これはオレの」
 小日向がオレの上半身を抱きかかえて、子どもを見下ろす。アホか。向こうでようやくこちらに気づいたおばあさんが笑っている。おばあさんは、近寄ってきて男の子を抱き上げベビーカーに乗せて、女の子の手を取った。
「さあ、もうすぐゴハンだから、帰ろうね。お兄ちゃんたちにバイバイって」
 子どもたちは揃って小さな手を振る。手を振り返すと女の子がはにかんでおばあさんの服で顔を隠した。すごくかわいい。手を振り続けて子どもたちが見えなくなるのを見送った。
「オレたちもお昼、食べる?」
「まだいいだろー? もう腹へった?」
 小日向に言われて、首を振る。まだフレンチトーストの味が口の中に残っている。
「今日はほんとにいい天気だな」
 言いながら、小日向が手を繋いできた。乾いた、少し冷たい手。指を絡める。オレたちの他には誰もいなくなった公園は静かで、時おり風が吹き抜けて、それが心地好い。遠くのほうで車の通り過ぎる音。ふいに思う。このまま時間が止まればいいのに。小日向が隣にいる、それだけでこんな完璧な一日で、このまま全てが静止してしまえばいい。
「このまま時間が止まるといいな」
 風にあおられている、小日向の白いシャツの衿を見ながら言葉がこぼれた。
「どうして?」
 小日向は不思議そうな顔をする。
「なんか、今が二人の最高潮って気がする」
 小日向の肩にもたれるとシャツから日の匂いがした。甘い気分と切なさが混じった時間。
「まさか」
 小日向は平然と否定した。
「オレは臼井といるときはいつも最高潮だよ。臼井に出会った時だって、一緒にバンド始めた時だって、初めてキスした時だって最高潮だと思ってた。でもそんなとこで時間が止まんなくてよかったってマジで思う。今、時間が止まったら、これからしてもらえるかもしれないすごいコト、なくなっちゃうんだぜ。昨夜みたいな、さ」
 こんなとこでそんなこと言うな。オレは小日向の台詞のどこに赤面するべきかわからないまま、イタズラっ子のような小日向の顔に見とれた。
「だから、オレは明日のほうがもっと臼井を好きになっていると思う」
 小日向ってすごい。オレの頬にキスをして、小日向は続ける。
「十年後でも、二十年後でも。オレはもっともっと臼井を好きになりそうな感じだ」
 …やっぱり小日向ってすごい。



END





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