夏の地図-2-
夏季休暇にオレは帰省しなかった。バンドの練習とライブがあり、アルバイトもしていたから、帰る時間がなかったのだ。夏休みが始まる前にあゆみにそう電話すると、
―じゃあ、私、学祭のときに行こうかな と言った。本当は夏休みにあゆみのほうから来てほしい気持ちもあったが、まさか受験生を呼びつけるわけにもいかない。第一忙しくて帰省できないのだから、来てもらっても相手ができないかもしれない。そう思って諦めた。 夏の間、ほとんど毎日のようにジラフのメンバーと会っていた。何度かオレのアパートで一晩中飲んだりもした。奥田の家だけでなく、高見の家にも小日向の家にも行った。弟が受験生ということで小日向の家には一度しか行かなかったが。弟は小日向とは正反対で優秀だという話だった。妹の朋美ちゃんには会った。中学三年生だから彼女も受験生のはずだ。 「臼井は、オレのだからね」 いきなりそう紹介する小日向に呆れた。 「朋美は気が多いから釘刺しとかないと。可哀そうにこいつ、奥田にも高見にも振られてるんだぜ」 「だって朋美ちゃんてば、一度に友だちと三人分のラブレターくれるんだもん」 奥田がそう言って苦笑する。朋美ちゃんは真っ赤になって抗議した。 「もォそんなことバラして、尚ちゃんのイジワル!」 顔立ちは似てないが、人懐っこくて照れ屋っぽいところが小日向に似ていると思った。 あれから小日向は時々オレのアパートに泊まるようになっていた。あゆみに会えない代わりと思ったりはしなかった。小日向と抱き合うことが不思議と心地よかった。オレはつきつめて考えることをせずに目の前の心地よさに浸った。 十月の学祭では、軽音楽部は連日交替でライブを行うことになっていた。夏季休暇が終わるとその打ち合わせなどで召集がかかることも多くなった。ある日、昼休みを利用した部会に顔を出すと、部室には先輩の滝口さんが先に来ていた。 「臼井、早いな」 「滝口さんこそ」 「オレ、今日は午前中の授業なくってさ。ヒマだからここで雑誌、読んでた。どうせみんな遅いぞ」 滝口さんが肩を竦めてみせる。確かに軽音の連中は、時間にルーズな奴が多い。その筆頭が小日向だ。一年生のくせに一番最後にやってきたりする。 「とうとう臼井は小日向につかまっちゃったんだなあ」 滝口さんがしみじみした口調で言った。 「え?」 「去年の県のフェスティバル、オレ、実行委員だったんだよ」 そういえばスタッフの中に大学生のバンドが混じっていた覚えがある。 「あ…、そうなんですか? すみません、知りませんでした」 オレが謝ると、滝口さんは「ハハ」と笑った。 「あれから小日向は、ずっとベースが欲しいって騒いでてさ。なんか小日向ってほんと何でも思い通りにしちゃう感じだよな」 確かにそういうところがある。オレはちょっと笑った。 「臼井っておとなしいのな」 「そういうわけでもないんですけど」 最近そんなふうに言われることが多くて驚く。小日向を基準にしているんだろうか? あっちが変わっているだけなのに。 「臼井も曲作るんだって?」 「それ…」 滝口さんは、本当に頼れる先輩という雰囲気で、オレはこのところのモヤモヤを相談したくなった。 「迷ってるんですよね。オレなんかの曲やるより、小日向の曲だけで十分だと思うし。なんかオレの曲はジラフらしくないって感じで」 「ん?」 「なんか、やっぱりオレは後から入ったし。オレが入る前にジラフって完成してたっていうか」 「それはちがうよ」 滝口さんはたしなめる口調になった。 「臼井はちゃんとジラフのメンバーだよ。小日向たちだって臼井のこと頼ってるよ。…実は、オレたちが臼井にサポート頼もうとしたら、小日向に取るなって怒られたんだ。臼井は今、ジラフの曲作りで忙しいからって」 滝口さんたちのバンドは今、ベースの河村さんが大学院の受験勉強のために休んでいる。でもそんな話、聞いたこともなかった。 「オレも直接臼井に声かければよかったんだけど、小日向に言っちゃったのが失敗だったよ。あいつ、独占欲強いのな」 滝口さんは苦笑してみせた。 調整の結果、学祭でジラフは木曜の午後と土曜の午前、日曜の午後に三十分ずつ演奏することになった。夏前の約束通り、土日を利用してあゆみはやって来た。土曜の演奏が終わるとオレはあゆみをメンバーに紹介した。 あゆみは特に小日向に興味を持って 「すごくよかったです」 と話しかけたが、小日向は返事もしなかった。人見知りをするのはいつもなのだが、まるきり無視というのは初めてのことで、オレは少しとまどった。 「小日向は人見知りするんだ」 仕方なくあゆみにそうフォローした。 その日はそのままメンバーと別れて、あゆみに構内を案内した。 「ジラフって、すごくいいね」 あゆみがそんなふうに言ったので、嬉しくなった。 「私、佐竹くん以外の人と一緒の臼井くんって、想像できなかったんだけど、小日向くんってすごい」 「だろ? 小日向はマジで天才だと思うよ。普段はなんか、子どもみたいなんだけど」 「あはは。そんな感じ」 小日向に無視されたことなど、あゆみはあまり気にしていないようで、ほっとした。 「あいつって、すごくおかしいんだぜ」 オレはあゆみに小日向のエピソードをいろいろと暴露して二人で笑った。その時はそれがどんなに残酷なことか、気づいてなかった。ただ小日向の話をすることが単純に楽しかった。 その夜、あゆみはオレのアパートに泊まった。 「友だちのお姉さんのとこに泊まることになってるの」 クスクスとあゆみは笑った。もうずっと小日向としかしていなかったので、不安があったのだが、無用の心配だった。柔かいあゆみの身体。腕の中にすっぽり収まるちょうどいいサイズ。女の子の甘い匂い。なんだか安らかな気分になった。 「臼井くん、好きな人できた?」 「え?」 突然の質問にドキッとする。小日向のことが頭に浮かんだ。オレの肩に頭を寄せて、あゆみは上目遣いにオレを見た。 「私たち、似てるでしょ? 隣にいて、同じもの見て、ってそういうことできない状態って、なんだか淋しい」 そんなことを言われて不安になった。可愛げがないと評されるだけあって、あゆみは冷静なところがある。オレと離れていることについて、何か考えたのだろう。 「あゆみこそ、誰か他に好きな奴、いるの?」 おそるおそる訊ねると、あゆみは小さく首を振った。 「まだ、いない」 「まだって…」 「ずっと臼井くんだけ見てるなんて約束はできない。だから臼井くんも無理しないで」 どういう意味? 訊けば果てのない議論になりそうで、オレは黙ってあゆみにキスをした。あゆみは受験生だし、こんなふうに簡単には会えない距離に情緒不安定になっているのかもしれない。 翌朝、あゆみを駅まで送ってから、軽音の控え室に顔を出すと、三人とも先に来ていた。なんだか小日向の顔色が青く見えた。気にはなったが、すぐに出番だったので、たいして言葉を交わす時間もなく慌ててステージに出た。 日曜は学祭の最終日だというのに、その日の小日向はひどかった。歌い出しを失敗して何度もやり直し、ギターの演奏も時々外した。最後の曲になると、何度か演奏を制止した挙句、高見のところに行って、何か囁いた。心配して見ていると、高見がオレを手招きした。 「歌えないんだってさ」 「歌えない?」 「しょうがないから、臼井、おまえの曲やるぞ」 いきなり言われてオレは首を振った。 「無理だよ」 オレが小日向と同じステージで歌う? 考えただけでめまいがした。 「無理でもやるしかないんだよ」 押し問答する時間はないとばかりに、高見はマイクを通して「次は臼井が歌います」と宣言してしまった。キャーという女の子たちの叫びに押されて、オレは覚悟を決めた。奥田がカウントを取り、曲が始まる。相変わらず乱れっぱなしの小日向のギター。それでもオレはなんとか歌い切った。 ステージを降りると高見が小日向を抱えて奥に引っ込んだ。オレも後を追おうとしたが、何人かに声をかけられ引き止められた。 「やるじゃん、臼井!」 「小日向はなんか調子悪そうだったけど、臼井も歌うなんて、意外。かなりいい感じだったよ」 「ありがとう。ちょっと、ごめん。通して」 誉め言葉を邪険にもできず、オレは曖昧な笑みを浮かべて、彼らを振り切った。ようやく控え室にたどり着くと、パイプ椅子に座らされた小日向が青い顔でうなだれていた。 「胃がいてえ…。気持ち悪い」 シャツの胸の辺りを押さえて訴えている。 「ったく、しょうがねえなあ。帰れるか?」 高見に訊かれて、こくんと頷く。椅子の上で長い手足を持て余しているように見えた。 「オレが送っていくよ」 オレが申し出たのを高見が止めた。 「いや。奥田が送ってってやれよ。ちょっと話があるんだ」 「なんだよ? 話なんか後でいいだろう」 小日向が気持ち悪いって言ってんだぞ。オレが奥田から小日向を引き取ろうとすると、高見はオレの腕をつかんだ。 「いいから。奥田、頼むな」 「ちょっと! オレが送って行くって言ってんだろう!」 思わず怒鳴りつけてしまったが、高見はオレの腕を放さなかった。 「奥田なら車だから」 「…なんだよ、話って?」 小日向と奥田が行ってしまうと、オレはふてくされて訊いた。小日向の不調の原因を高見も奥田もわかっていて、オレだけが知らない。そんな気がして疎外感を覚えた。 「小日向は、精神的に脆いんだよ。気持ちがすぐ体調に影響するんだ」 「だから?」 高見は困ったような顔でオレを見た。 「今回の不調の原因は臼井だよ」 いきなり糾弾を受けた気がして、オレは声を荒げた。 「なんだよっ! オレが何かあいつにしたかよ?」 「しただろ、昨日」 「?」 昨日? 昨日はオレはあゆみといて小日向とはたいして言葉さえ交わしていない。戸惑いの視線を向けると、高見は小さくため息をついた。 「小日向はさー、臼井と付き合ってるつもりでいたんだよ」 「え?」 「あいつは臼井のことが好きなんだよ」 思いもかけないことを言われた気がした。思いもかけない? どうして? 小日向の口からいつも聞いていた言葉だ。だけどなぜだろう、そんなことだとは考えてなかった。 「彼女なんか連れてこられただけでガタガタになっちゃうくらいにね」 あゆみと小日向はちがう。抗議しようとしたが言葉にならなかった。小日向はオレにとって特別な奴だから抱き合うことに抵抗はなかった。でも小日向もオレも男だ。 「まあ、彼女も大切かもしれないけどさ。小日向の気持ちもちょっとだけ考えてやってくれないかな」 うなだれたオレの肩を、高見がポンポンと叩く。見上げると困ったような顔で笑ってみせた。 その時、開け放したままのドアから、ミサオちゃんの顔が覗いた。 「こんにちはー」 「あ、来てくれたんだ?」 高見の言葉に、ミサオちゃんは腕を組んで軽く睨むような仕草をした。 「何よお。気づかなかったの? なーんて、ね。終わったら打ち上げに混ぜてもらいたいな。臼井くん、かっこよかったよお」 ニコニコと屈託のない笑顔。少しだけタイプが小日向に似ているかもしれない。ミサオちゃんの可愛らしい顔を見ながらそんなことをぼんやり考える。 「小日向くんは?」 「あいつ、気持ち悪いって先、帰った。奥田が送ってったんだ」 「そうなの? 調子悪そうだったもんねえ」 そんなふうに話していると奥田が戻ってきた。ちょうど演奏が終わったらしく軽音の他の連中も控え室に入ってくる。ハニームーンのメンバーも一緒だ。 「終わったあ! 早く打ち上げ行こうぜ」 がやがやと騒ぎ立てる連中をよそに、高見が奥田に小日向の様子を訊ねる。 「とりあえず家に送った。なんか誰もいないみたいだったな」 「おい、おまえら早く片付けろ。打ち上げだぞ」 声をかけられて、オレは首を振った。 「あの、オレ、ちょっと用事あって」 「えー? 臼井くん、行かないのお?」 ミサオちゃんが不満げな声をあげる。 「小日向くんもいないんでしょお?」 「まあまあ、ミサオちゃん、オレたちだけじゃ不満?」 高見がなだめる。 「ふまーん、不満! 臼井くんの歌の話、したかったのにい」 大げさに叫ぶミサオちゃんを高見が連れ出す。奥田がオレに小声で訊いた。 「小日向のとこ、行くつもり?」 「う…ん」 オレは曖昧に頷いた。まだどうしたらいいのか、わからなかった。はっきりしないオレの態度に奥田はちょっと眉をひそめた。 「臼井が小日向を好きじゃないなら、それはしょうがないから、しばらくあいつにはかまわないでやってよ。小日向が臼井を諦められるまで」 オレはアパートには戻らずに駅に向かった。駅のベンチで小日向の家へのバスを待ちながら、オレは自分の小日向への気持ちについて考えざるをえなかった。 あゆみと付き合うことと小日向と一緒にいることは、オレの中では矛盾していなかった。 小日向への感情が何なのか、自分でもわからなかった。 小日向に恋人ができたとしても、オレはわりと平気なんじゃないかという気がしている。もちろん多少の嫉妬はするかもしれない。でもきっとあいつのノロケ話に笑うことができる。それは奇妙な確信だった。 ただ、もし小日向の隣を追われたとしたら? それは嫌だとはっきりわかった。オレに向けられる笑顔。触れる手。抱き合う身体。小日向の匂い。そういうものを失いたくはなかった。 オレにあゆみがいるように、小日向に恋人ができても、オレたちは一緒にいられる。そんなふうに考えていたオレはずるいのだろうか。 オレは選ばなければいけないのか。小日向か、あゆみを? あゆみ、ごめん。 オレは朝別れたばかりのあゆみに心の中で謝った。オレは小日向を失うわけにはいかない。ごめん、あゆみ。オレは最低だ。 ようやく来たバスに十五分揺られれば小日向の家だった。チャイムを何度も鳴らしたが、誰も出て来なかった。ドアのノブを回すと鍵がかかっていなくて開いてしまった。オレは「お邪魔します」と呟いて、二階の小日向の部屋に上がった。軽くノックしてそうっとドアを開ける。 「小日向」 そう声をかけ部屋の中に一歩入った途端、小日向がベッドから飛び出してしがみついてきた。ようやく母親に巡り合えた迷子みたいに。 「臼井、臼井」 痛いほど抱きしめられて、噛みつくようにキスされた。オレは身を竦めて嵐の去るのを待つ気分だった。 「臼井、彼女と寝たの?」 傷ついた子どもの目がオレをなじる。 「小日向」 「嫌だ。臼井はオレのものだ。彼女にはできないことをしてやるよ」 突き飛ばされて床に膝をつく。上半身をベッドに押し付けられた。後ろからのしかかるようにして、小日向がオレのズボンを引き剥ぐ。 「こ、ひなた…?」 押さえつけられた左肩が痛い。さらされた下半身が頼りなくて少し震えた。小日向の手がオレの腰を乱暴につかむ。後ろに無理やり押し込まれた。「ぐっ」と喉が鳴った。何の準備もなく性急に押し入ってくる小日向。これは罰だ。そう考えて耐えるつもりだったが、身体は勝手に逃げようとした。ずり上がろうとするのを小日向は許さなかった。容赦なく腰を使われて、オレは悲鳴をあげ続けた。 その時間が長かったのか、一瞬だったのか、終わってみればわからなかった。唸り続けた喉の奥が痛かった。ゲホゲホと咳き込むと、いつの間にか目の中に溜まっていたらしい涙がこぼれ落ちた。小日向に見られないようにそっと腕でぬぐった。大きく息をついて、身体の向きをかえる。ベッドに背中を預けるようにして床に座り、小日向を見上げた。放心した様子で座り込んでいる。 「ごめん。臼井、ごめん」 小日向のほうが痛そうな顔をしているのを見て、「しょうがない奴」と苦笑が浮かんだ。 「…小日向が結婚決めてて大好きなやつって誰?」 訊いた瞬間、小日向の目からポロポロと涙が溢れ出して、オレはひどくあせった。 「オレ、オレは…。オレさ、臼井と愛し合ってると信じてたんだよ。ごめんな。勝手に勘違いしてて。臼井もオレのこと想ってくれてるなんて、思い込んで…た」 何も取り繕うことなく無防備に泣きじゃくる小日向。オレは思わず手を伸ばして抱きしめた。あゆみとはちがう抱き心地。つい較べてしまった。 「ちがうんだ。オレ、わかんなくて。小日向の気持ちも自分の気持ちもわからなかった」 痩せた肩の感触。 「それって、どういう?」 少し身を離した小日向がオレの顔を覗き込んでくる。茶色がかった小日向の瞳。 「わからないけど、オレにとっても小日向は特別なんだよ。好きとかそういうのは、よくわかんないんだけど」 「なんだよっ、それ?」 けげんそうな表情がたちまち嬉しそうに変わる。 「特別なら好きってことだよ。臼井もオレのことが好きなの!」 簡単に断言されてしまった。オレが決めかねている自分の気持ちを、小日向が決めるのか? その勝手な言葉に笑いがこみ上げてきた。そんなのないよな。オレ、真面目に悩んでるのに。くくくと笑うと腰に痛みが走った。ちぇっ、小日向の奴! オレはなんだかばかばかしくなって、小日向にキスした。こういうこと、考えるのって無駄かもしれない。いいじゃないか、ここに小日向がいるんだから。 その後一週間は、小日向も無理な行為には出なかった。ふざけて探るようなことをしても「痛いからやめろ」とオレが制止すればすぐにやめた。だからオレは安心して小日向と抱き合うことができた。お互いの口でいくこともした。小日向を咥えるなんてオレにはそれなりの覚悟が必要だったけど、先に小日向がしてくれたので、断るわけにもいかなかった。オレはそれで十分なのだと考えていたけれど、小日向は違ったらしい。一週間が過ぎたころ、小日向はドラッグストアの小さな紙袋を手にオレのアパートにやってきた。 「薬買ってきたんだ」 「げっ」 何の薬か怖くて聞けない。小日向は軟膏を取り出した。 「傷、見てやるよ」 「いい。傷なんか、ない」 オレは赤面して断った。小日向の奴、何を言い出すんだ。 「いいから、後ろ向けって。オレが薬塗ってやる」 「バカ!」 「オレがつけた傷だから、責任持って、薬つけてやるって言ってんだよ」 言いながら小日向はオレを横抱きにして、服を脱がせた。オレは小日向にうまく抵抗できない。塗り薬のヒヤリとした感触。はっきり言って不快だった。 「オレ、気持ち悪くなってきた」 「大丈夫だって」 言いながら、小日向はゆっくり指を入れてきた。 「ぐっ」 小日向の指は細くて長い。なのに細くない。細いとは感じない。 「いやだって。かえって痛い」 身をよじったが、小日向の左腕に腰を抱え込まれていて、うまく動けない。小日向はあやすように背中に口づける。左の肩甲骨のあたりを這う小日向の唇。探るように指を動かされて、オレは憤死しそうだった。 「も、いいって」 声があやしくなってきた。背筋を這い上がってくる気配があって、オレは怯えた。 「あ…っ、小日向」 「ほら、ね?」 オレの変化に気づいて、耳元で甘い声が囁く。 「も…、もう、いい。十分だろっ」 怒声をあげるつもりが、泣き声になった。感じている自分が恥かしい。 「やだって! 小日向!!」 小日向の背中をどんと叩くと、小日向はようやく指を抜いた。ほっと息をつく間もなく、そのままベッドに仰向けにされる。 「今度は大丈夫だよ」 「何がだよ?」 半泣きのまま訊き返す。ちくしょー、覚えてろ。 「オレが入れても大丈夫でしょ?」 諦めてなかったのか。 「普通に抱き合うだけじゃだめなのかよ?」 男同士で普通も何もないけどさ。 「オレはそれだけでそのつもりだったけど、臼井は違ったでしょ?」 「…」 墓穴。 「ああいうことされるの、正直言って、気分よくない。屈辱だよ」 オレが言い募ると、小日向はしれっと答えた。 「じゃあ、いいぜ。臼井が入れても」 「な、な、なん…」 「オレは、臼井と一体になりたいだけなの。臼井がやってくれるんなら、それでもいい」 オレ、やっぱり小日向に恋愛感情はないんじゃないか。小日向を抱くことなんか想像もつかない。うまく言葉が出てこないオレに小日向はニッと笑った。 「臼井ができないんだから、しょうがないよなァ?」 言いながら、オレの両足を抱え上げる。屈辱的な恰好にオレはひきつった。 「よせってば。こんなの不自然だよ」 「どうして? オレは臼井を好きだよ。好きな奴とセックスしたいって自然なことだろ」 「…オレ、わかんねえよ。小日向を好きなのかどうか。…あっ」 言葉は口づけで遮られ、下半身を小日向の手が探り始めた。 「だから、試してみようぜ」 のしかかられ、身体が半分に折られる。足の付け根に小日向を感じた。 「や、やめ…。小日向」 「痛くしない。約束する」 そんなの嘘だって。青ざめるオレを無視して小日向はゆっくり身体を進めてきた。 「くっ!」 「力、抜いて」 「無理」 涙が滲んできた。 「臼井、好きだよ」 小日向のキス。今のオレにはそれしかすがるものがない。 「は…っ」 胸の浅いところから洩れる息。小日向が少しずつ入ってくるのがわかった。拒絶の言葉も出てこない。痛みなのか不快なのかわからない感覚に支配され、オレは小日向の首筋にかじりついて、浅い呼吸をくり返した。 「大丈夫」 頬に、鼻に触れてくる小日向の唇。しがみついた指先に感じる小日向の肩の確かさ。ついにそれはオレの中に入ったらしい。小日向は動きを止め、オレの額にかかった髪を払った。 「痛くないよね?」 「…わからなっ…」 ひくっとしゃくりあげるような声が出た。 「動くよ」 「やっ」 始めは静かに小日向は動き始めた。 「いやだっ、小日向」 悲鳴をあげたのは、痛みからではなく。 「あっ、やっ…」 直に声が押さえられなくなった。ただ痛みだけを感じた初めての時のほうがマシな気がした。小日向のリズムで動かされるオレ。自分が自分でなくなる。身体のコントロールが効かない。 「んっ、んっ…」 激しくなる小日向の動きに翻弄され、オレは声をあげ続けた。汗なのか涙なのか目がかすむ。やがて小日向は短い声をあげて果て、その刺激でオレも達した。しばらく二人とも荒い息だけを吐いて抱き合っていた。そうっと小日向がオレの顔を覗き込む。 「感じた?」 「…バカ、今さら聞くな」 俯くオレの顎を小日向の指がとらえる。 「臼井は、オレのものだよ」 その言葉だけは訂正させなくちゃ。オレは誰にも隷属なんかしない。めったやたらと降ってくる小日向のキスに溺れそうになりながら、オレは心に固く誓う。 |
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