BACKBBSFANTASIA




打算


 新幹線のホーム、発車のベルが鳴り響く。乗り込んだ列車の乗降口に立ち「じゃあね」と手を振る彼女。それでもドアはなかなか閉まらず、半端な笑みが気まずい感じだった。ようやくドアが閉まり、ゆっくりと動き出した列車が遠く彼女を連れ去ってしまうと、思わずため息が洩れた。
 ぎこちない二日間だった。二ヶ月ぶりの逢瀬。ベイサイドのホテルを予約していたのに、彼女は生理だった。「ごめんなさい」と謝る彼女を責めるわけにもいかず、優しくしようとすればするほど不自然な空気が流れた。
 勝手だとわかっていたが、セックスできないなら会う意味がない気さえしてしまった。たまっているわけじゃなくて、その逆。彼女と会わないでいる間、ぼくは反自然的な快楽を得ていたから、きちんと普通のセックスをして、確認したかった。ぼくは男として正常だと。
 遠距離恋愛の彼女がいながら、ぼくは杉本さんという男に抱かれていた。そして初めはひどく違和感のあった行為に慣れ始めている気がして怖かった。
 杉本さんは、いかにも仕事のできるエリートらしい外見をしているし、表面上は誠実で信頼できる人間のようで、まさかそんな人が強姦まがいの行動に出るとは想像もつかなかった。こんな関係になってみると、彼はぼくの考える一般常識からはかけ離れた考え方をする人だった。普段はそうした様子の片鱗も見せず、そつのないエリートぶりで、ぼくといる時だけ化けの皮が剥がれた。ぼくはそんな杉本さんに呆れながら、逆に気のおけない相手のような錯覚さえ覚えていた。
 最近では、週末を当たり前のように一緒に過ごしている。昼間、そういうことを考えずに杉本さんと付き合うことは、正直に言えば楽しくさえあった。営業マンだけあって、杉本さんは話題が豊富だし、例えばニュースや映画の感想でも意見が合うことが多く、話が尽きない感じだった。お遊びのスポーツをすれば同性相手だから手加減など考えなくて済み、負けてくやしがっても充足していた。就職してから疎遠になっている友人たちの代わりを手に入れた気分だった。
 本音を言えば、ぼくは杉本さんを友人とランクしたいのだ。彼と寝るより彼女を抱いて満たされたかった。
 彼女と過ごした二日間、ホテルのディナーでも、ロマンティックなはずの夜景にも、ぼくたちの間にはよそよそしい雰囲気が横たわっていた。今日の午前中に入った美術館では、「疲れたから」と休憩コーナーで休んでいて展示を見ない彼女を、ぼくは労わることができず、苛々してしまった。
 一人、帰りの電車に揺られながら、ぼくは考え込まざるを得なかった。セックスだけじゃなく、彼女との付き合いに限界を感じていた。
 今回、はっきりわかってしまった。ぼくは彼女といる時に演技している。自分を偽るなんてそんな大袈裟なことじゃないけれど、不機嫌だとか怒りだとかマイナスの感情を隠そうとしている。必ずしもそれは成功しているとは言い難く、ただぎこちない沈黙を招くだけにすぎないのに。杉本さんといる時にはそんな必要はなかった。嫌なことはすぐに表情に出てしまうし、杉本さんに「ワガママ」だと罵られても平気だった。
 どうかしている。
 ぼくは首を振った。彼女と杉本さんを較べるなんて、どうかしている。
「恋愛にはそれなりの努力が必要なのよ」
 職場の飲み会でトウトウと語っていたマキちゃんの台詞が浮かんだ。
 マキちゃんは恋愛論が大好きで、図書館にあるそのテの本をほとんど読んでいるらしい。酔っ払ってとは言え、しょっちゅう講釈されているぼくは、彼女にとっては対象外の存在なのだろう。
「相手を思いやる気持ちが大切なんだから。自分がされたくないことはしちゃいけないし、してほしいことをしてあげるの。求めるばかりじゃダメなんだからね」
 マキちゃんの言うことが理解できないわけじゃない。それは何も恋人同士に限らず人間関係全般に当てはまることだろう。マキちゃんの言葉は正しい。けれどそんなことを大上段に唱えながらする恋愛というものは、ひどく疲れる気がした。相手を思いやって自分を抑えて、そうして一緒にいる意味は何なのだろう。
 好きだから。
 その陳腐さに苦笑した。
「男と女だから、違う部分があって当然だし、だから分かり合う努力がいるの」
 そうなのだろうか。ぼくは異性を理解するのが面倒だから、同性の杉本さんを求めているのか。違うな。すぐに自分で否定する。ぼくにとっては彼女などより杉本さんのほうが宇宙人だ。理解云々以前に異常者としてカテゴライズしている。
 多分、ぼくは杉本さんに恋愛感情なんかないからこそ、一緒にいてラクなんだ。気を使う必要なんかない相手だからこそ。
 無理やりそう結論づけた時、電車は駅に着いた。
 そしてぼくは杉本さんに電話をかけ、夕食に誘った。駅から杉本さんのアパートまでは車で十分程度の距離だから、一人でファミレスあたりに入るよりマシだ。そう考えながら、それが言い訳にすぎないような気持ちにもなった。


 アパートに迎えに行き、道の端に車を止めて携帯を鳴らして、杉本さんが出てくるのを待った。すぐに現れた杉本さんが大股に駐車場を横切って近づいて来るのを、ぼんやりと眺めた。沈みかけた太陽が雲の合い間から投げかける最後の光が、建物を桃色に染めている。杉本さんの歩き方は、まるで何かのコマーシャルみたいだ。かっこいいと思うのが癪で、意地悪く考えてみた。長い足を見せつけるために殊更にゆっくりと歩いているようだ。
 フロントガラス越し、目が合うとにっこり笑う。ぼくもつられて笑顔を返してしまった。営業マンだから、感じのよい笑顔を作るのなんか、朝メシ前なんだろう。わかっているのに、つい騙される。
「珍しいな、君島から誘うなんて」
 言いながら乗り込んできた杉本さんから香ったのは、いつものコロンではなくて、シャンプーの匂いだった。休日のためか髪を下ろしていてカジュアルな雰囲気。狭い車だから、シートベルトをしようと身をひねった杉本さんの右腕が、ぼくの身体に触れそうになって、少しだけドキッとした。
 新しくできたという蟹料理の店に行ったらかなり混んでいて入れず、別のトンカツ屋で夕食を取った。寿司屋のように調理台を囲んだカウンター席で、揚げ立てを食べられるようになっていて、さすがにおいしかった。
「どこか、出かけてたのか?」
 訊かれて頷く。
「うん。実は久しぶりのデートだったんだけど」
「へえ?」
 杉本さんは、眉を上げてからかうような表情を作った。ぼくはへの字の口で彼を見た。
「彼女がアレになっちゃって」
「はは。最悪だな」
 笑われて、ぼくも「最悪だよ」と返した。こんな会話を交わしていると、杉本さんは仲のよい友だちのような気になる。そして素直に嫌いじゃないと思ってしまう。
 食事を終えて、杉本さんをアパートに送ると、なんとなく部屋に上がることになってしまった。「コーヒー、飲みたくないか?」と訊かれて頷いたのが運のつきだ。
「それにしても、彼女もダメなんだったら、さっさとキャンセルすればいいのに。わざわざ新幹線使って来てバカみたいじゃん」
 コーヒーのマグカップを手渡しながら、思い出したように杉本さんが言った。
「そんなこと言ったら、ソレだけが目的みたいだろ」
 確かに考えたことだけど、頷くわけにもいかず苦笑した。
「あれ、ちがうの?」
「そんな身も蓋もない」
「彼女が来なきゃ、俺が代わりに君島とホテル使えたのにな」
 こめかみに唇を押しつけるようにして囁かれ、やばいと思った。身体が反応しかけている。ぼくは本当にゲイになったのかもしれない。
「どうして杉本さんはすぐそうバカなこと言うかな」
 抱きすくめてくるのを、腕を上げて抵抗する。コーヒーをこぼしそうになった。
「バカなこと?」
 ぼくの抵抗なんかあっさり封じて、杉本さんはぼくの手からマグカップを取り上げた。それを脇のテーブルに置き、杉本さんのキスが降ってくる。何気なく受け止めて、とんでもないことに気づいた。ぼくは今回、彼女とキスさえしていない。
「嘘だろ」
 呆然と呟くと「何?」と言いながら、杉本さんの舌が入ってきた。
 どうして、彼女とキスもしなかったんだろう。
「ん」
 どうして、ぼくは杉本さんとキスしているんだろう。


 気づくと床に仰向けになっていた。杉本さんに倒されたというより自分で横になったような自然さだった。
 ベッドに移った時には、すでに二人とも全裸だった。
「ローションを買ったんだ。潤滑剤ってやつ」
 当然のように足を開かされそうになって、ぼくは慌ててストップをかけた。
「中に入れるの、嫌なんだけど」
 杉本さんが片方の眉を上げて、じっと見るので居心地が悪かった。
「その…、杉本さんの、入れられると、痛いっていうか。…指、指だけ、なら」
 痛いというのは嘘だ。今は痛いと感じなくなっている。それが嫌だった。杉本さんは大袈裟なため息をついた。
「わかった。じゃあ、口でしてよ」
「え!」
 口、口って、ぼくが咥えるってことか?
「ほら」
 ベッドのヘッドボードに上半身をもたれて、杉本さんは自分の股間を指差した。広げられた長い足の間に座って、ぼくは困惑してすでに半勃ちのものを見下ろした。これをぼくが…。
 目を上げて伺うと、杉本さんは当然のように頷いてみせる。
「自分が気持ちいいようにやればいいんだから、簡単でしょ」
 ぼくは意を決してそれに口をつけた。いきなり口に含むのは抵抗があって、舌で舐め始める。しばらくして、杉本さんが満足そうな息を吐いたので、ちらりと見上げると、しっかり目があって、にやっとすけべっぽい笑みを返された。慌てて俯いたぼくの前髪をつかむようにして、顔を上げさせる。
「ちゃんと、顔見せながら、やって」
「ばっ!」
 ぼくは慌てて身体を起こした。
「そんなん、できるかっ」
「君島って、本当ワガママだよな」
 言いながら、杉本さんも身体を起こし、今度はぼくを仰向けに押し倒した。
「じゃあ、俺がやってあげるから」
 杉本さんの手がぼくのものを掴み、口に含んだ。
「あっ、や」
 ためらいもなく舌で嬲り始める。
「ちょ…と、やめ」
 押しのけようと肩をつかむと、杉本さんはぼくの目を捉えて、見せつけるように舌でそれを舐め上げた。
「!」
 よっくわかった。心理的な問題だってことだろう。どうせぼくはこの人に敵わないのだ。
「んっ、あ…」
 無意識に腰が浮く。その隙に後ろに杉本さんの指が入り込んできた。
「いやだ! だめっ!」
 なんかヌルついているのは、買ってきたという潤滑剤とかいうものを使ったのだろう。入ってくる感じで虫のようなものを想像してしまい、ぞくっとした。
「なんだよ? 指ならいいって言っただろ?」
「いや、だって…あ…、うあ、そこっ」
 げっ、やば。つい言葉にしてしまうと、杉本さんはフッと笑い、口を離してぼくの顔を覗き込んできた。
「ここ?」
「んっ」
 身体が反り返る。後ろを刺激しながら、杉本さんは空いているほうの手でぼくの下半身を握り、自分のものを擦りつけてきた。
「や、や」
 これ、気持ちいいって感じてたら、やばいと思う。思うが、しかし。
「…っ! もう、杉本さ…」
 微妙に塞き止められているのは、絶対わざとだ。中を責めている指だけ動かして、前は押さえ込んでいる。
「くっ、この…、あ、あ」
 ちくしょう、涙が浮かんできた。
「ほんと、君島っていい表情するよな」
 つくづく感心したというふうに耳元で囁かれ、頬を舐められた。
「あほう、あほ…、ちょ、も、やだっつってんのに」
「し、ちょっと黙ってみ」
 いきなり口を押さえられた。おい、この手は、ぼくのを握った手だろっ。抗議の声を上げる前に、すぐその音に気づいた。潤滑剤のせいか、杉本さんの指がぼくの中で濡れた音を立てていた。一瞬静まり返った部屋にその音だけが響いて。
「いてっ!」
 羞恥に耐え切れず、口を押さえていた杉本さんの手に内側から思い切り噛み付いた。手加減なんかできるわけがない。
「抜け、バカ」
 荒れた息のまま睨みつけた。杉本さんはことさらに刺激するような動きをさせて指を抜き取った。
「あう…」
 思わず声を洩らして、カアッと顔が熱くなった。息をつく暇もなく足を抱え上げられる。
「何すんだよっ、それはいやだって言っただろ」
 暴れようとしたら、抱え上げられた足ごと圧し掛かられてうまく動けなかった。
「だって、君島、口でしてくんなかったし」
「やった、やっただろっ」
「あれで?」
「…も一回、今からする」
「いいよ、もう。俺、こっちのがいい。痛くないと思うよ、こんだけ慣らしたら」
「いやなんだよ」
 我ながらなんだか子供の言い分のように感じてくるのはなぜだろう。
「ワガママ言うな」
なだめるようにキスされた。開かされた口から舌が差し込まれ、口の中を蹂躙する。そのまま足の間に入り込んだ杉本さんが身体を進めてきた。
「ああああ」
 押さえ切れない声が、杉本さんの舌に絡め取られる。ぐっと押し込んだところで、杉本さんは一旦静止した。それから腰を使おうとするのを慌てて止めた。
「動くなっ。動かれると、ぼく…」
「無理なこと言うなよな」
 苦笑を返して、杉本さんは容赦なく突き上げてきた。
「やっ、あ、あ、あ」
 すぐに何も考えられなくなる。
「気持ちいい?」
 くり返し何度も訊ねられ、必死で首を振った。くそ、いっそ杉本さんはAV男優にでもなったらいいと思う。少なくともぼくは彼女としてるとき、ここまで卑猥な台詞は吐かないぞ。それとも他の男たちはこのくらいのことは口にしているんだろうか。
「まだ、足りない?」
「んん…あ、も、も…、や」
 呂律の回らない舌で答えようにも、ガクガクと揺すられて言葉にならない。
「や、や…、や」
 涙が溢れ出した。熱に浮かされ、杉本さんの頭をぐしゃぐしゃとかき回した。首を抱え込み、声にならない声で「も、ダメ」と囁くと、口を吸われた。
「君島、お前、かわいいな、ほんと」
 一気に追い上げられて、目の前がスパークした。


「君島、まだ二股続ける気?」
 ぼんやりした気分で、何度も降ってくる杉本さんのキスを受けていると、彼はぼくの前髪をかきあげて覗き込んできた。
「え? 二股って誰が?」
「君島。顔に似合わずよくやると自分で思わない?」
「ちょっと待て。ぼくは二股なんか」
 ぼくは慌てて半身を起こした。
「俺とこんなことしてて、女とも付き合ってるんだから、立派な二股でしょ」
「違うだろ。ぼくが付き合っているのは彼女だけで。杉本さんは、その」
「俺は、何?」
 彫りの深い顔立ちにじっと見つめられると、圧迫感を感じて、うまく言葉が出てこない。
「…肉体関係のある友だち」
 杉本さんは盛大に吹き出した。
「君島ってすげえ。彼女の他に、男のセフレがいるんだ」
「なんだよ、そんな言い方!」
 頭に来て、枕で叩いた。
「ぼくだって、悩んでるのに。誰のせいだと思ってんだ!」
 叩きながら勢い余って杉本さんの胸に倒れ込んだら、間の枕ごと抱きしめられた。
「だから、やめちゃえばいいじゃん、向こうと付き合うの。どうせ滅多に会えないし、会ってもできないし」
 枕越しにぺロッと鼻を舐められた。ニッといたずらっぽい笑み。
「あほう! そんな問題か」
 ぼくにとって彼女は何なんだ? 杉本さんは何なんだ? ずっと会えなくてセックスもしてなくて、でも異性なら恋人なのか。そんなんじゃない。問題はぼくが好きなのは誰かだ。恋人とか友人とかの肩書きがうまくつけられず、考えるとパニックになりそうだった。杉本さんは再びぼくをベッドに押し付け、のしかかってきた。
「別に俺はいいけどね。君島が誰を好きで誰と付き合ってても。こうして抱くことさえできるんなら」
 ひどい台詞だったが、ぼくはなぜか気持ちがラクになるのを感じた。どうでもいいと突き放されたというより、あるがままを認めてくれるように思えた。杉本さんはぼくを追いつめない。今はまだこの気持ちに名前をつけなくても許されるだろうか。
 ずいぶん都合のいい解釈だと我ながら呆れる。だから、とりあえずはこう言っておこう。
「…杉本さんって、本当サイテーだよな」



END






淋しいウチのサイトに優しいカラスさまがリクエストしてくれました。うう、ありがとう。嬉しいです。なのにこんなんでごめんなさい。
サイテーなのは君島だと思うぞ。すみません、ちょっとシニカルモード入ってて。
でもっ、そんなことよりイラスト!! どう?! どうです、この二人。なんか私のヘボ小説のキャラクターのハズなのに、ウットリしちゃうんですけど。よしまんさま、ありがとう。このイラストがあればカラスさまも満足してくださることでしょう。20001107





BACKBBSFANTASIA

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送