勝算-2-宮沢はふっとため息をついた。 「今すぐ返事をくれなんて言わないから、少しオレの話も聞いて」 促されて、ぼくは再び腰を下ろした。 「オレだって、よくわからないんだよ」 テーブルを挟んだぼくの向かい、元の位置に坐った宮沢が言う。新しいタバコを取り出して火をつけた。 「見てるだけでよかったって言っただろ。男同士で別に付き合うとかそういうの考えたことなかった。だけど、尚美ちゃんやあの人といるところ見ていたら、オレ、やっぱり君島が好きなんだって気がついた」 宮沢は真面目だとあらためて思った。誠実で正直で真っ直ぐで。 「オレ、覗き見なんかするつもりじゃなかったんだよ。ただ久しぶりに会ったのに、クラス会で君島は尚美ちゃんに独占されてて、全然話せなかったのが、残念だと思ったんだ。本当言うと、あの人と君島の雰囲気がちょっと…なんとなく気になったのも事実だ。だから、二人が駐車場に入って行ったのを見て、カラオケに行かないで待ってた。それで、なかなか出て来なかったから…」 様子を見に来て、ぼくらのラブシーンを目撃したというわけか。宮沢は二本目のタバコもすぐに灰皿に置いた。 「遠かったし暗かったから、見間違いかとも思ったんだ。だけど、もし君島がゲイなら、男でもいいんなら、オレじゃダメか? あの人じゃなく、オレを好きになってくれないかな」 「宮沢」 宮沢はどうしてこんなに真摯なのだろう。色の抜けた髪をかきあげ、困ったような真剣な眼差しでぼくを見つめる。 どうせ男と付き合うなら、杉本さんより宮沢のほうがいいのかもしれない。見た目だけはエリートタイプだけど、考え方が常軌を逸している、宇宙人みたいな杉本さんより、見た目は少しいい加減に見える宮沢のほうが、本当はずっとぼくを大事にしてくれるだろうということがわかっていた。 でも。 ぼくは宮沢とセックスすることが想像できない。かっこいいと思うし、男としての色気もあると思うけど、宮沢と自分が抱き合うというイメージが浮かばなかった。 「ごめん、宮沢」 ぼくは首を振った。 「ぼく、宮沢のこと、そんなふうに考えたことなくって」 宮沢は苦笑した。 「いいよ、わかるよ。だから、これから考えてほしいんだ」 真剣な目でぼくを見つめた後、宮沢はふっと表情を崩した。 「でも、今日はもうこの話はやめようか」 プルを引き開けた新しいビールをぼくに渡して、宮沢は「友だち」のスタンスに戻った。 他愛のない話でぼくを笑わせようとする宮沢。見慣れたにこやかな表情。告白してきた時の真っ直ぐな目にはドキドキした。 杉本さんも一回くらい好きだって言ってみせればいいのに。 宮沢と何気ない会話を交わす頭の片隅で、ちらっとそんなことを考えた。尚美ちゃんを見たときの杉本さんの顔。あれって絶対嫉妬だよな。 いつも優位に立って、ぼくを翻弄している杉本さんに、好きだと言わせてみたい。 目を開けたら、まるで馴染みのない景色だった。クエスチョンマークが浮かんだのは一瞬で、ぼくは慌てて起き上がった。 宮沢の部屋。ぼくはベッドに寝かされていた。服は着たままだ。床の上に毛布をかぶった宮沢が寝ていた。 時計が九時を回っているのを見て、きゅうっと胸が痛くなった。杉本さんをすっぽかしてしまった。 「宮沢。宮沢、起きて」 必死で揺り動かして、ぼんやりと宮沢の目が開いたところに、ぼくの携帯が鳴り出した。 ――あんた、今どこにいるの? 杉本さんだと思って出た電話は、姉からだった。 ――今朝、家に友だちから電話があったわよ。昨夜約束してたのに、携帯も繋がらないってすごく心配してた。何やってたのよ? 杉本さんて人、相当あせっているみたいだった。何かあったら絶対連絡くれとまで言われたんだから。クラス会じゃなかったの? 「わかった。ちょっと行き違いがあって。ぼく、自分で連絡取るから」 いつまでも続きそうな姉の問いかけの途中で、遮るように電話を切った。 「宮沢、悪い、今すぐ送って行ってほしいところがあるんだ」 寝起きの宮沢を追い立て、ぼくは彼の車で、杉本さんのアパートに駆けつけた。 チャイムを鳴らすと、すぐにドアが開いた。 開口一番とにかく謝った。 「ごめん。友だちの家にいて、いつの間にか眠っちゃってて。ごめん」 怒鳴られることも覚悟していたのに、杉本さんは拍子抜けした顔で「参ったな」と言っただけだった。左目の下に一本深い皺が刻まれていて、ひどく疲れているように見えた。そんなに心配してくれたのだろうか。そういえば杉本さんは休日出勤していたんだった。 謝りようがなくて、黙って見つめていると、杉本さんはニッと笑ってみせた。 「盛り上がりすぎてオールにでもなったのか。オレ、ちょっとシャワー浴びるから、コーヒーでも飲んでな」 「うん。ぼくもシャワー借りていい?」 ぼくは昨日の服のままだった。 「じゃあ、先にベッドで待ってるからな」 口の端を持ち上げて二ヤッと笑われ、ようやくいつもの杉本さんらしくなって、「バカ」と返しながら少しほっとしていた。 ぼくがシャワーを浴びて出てくると、杉本さんは眠っていた。もしかしてぼくを待って、昨夜は全然眠っていないのだろうか。携帯の着信履歴は、朝の五時から始まっていた。クラス会が盛り上がっていると思って、そんな時間までかけるのを遠慮したんだろうか。「らしくないよな」と少しおかしくなった。 ぼくは横向きに眠る杉本さんの顔のほうに回って、床に坐りベッドに手をかけて、覗き込んだ。 寝顔ってなんだか可愛い。規則正しい寝息が聴こえている。 ぼくは立ち上がり、そっと杉本さんの脇に横になった。杉本さんの身体の間に身を潜り込ませてみる。同じボディーシャンプーの匂いがしていた。 人の肌に触れている心地好さの中で目が覚めた。至近距離に見慣れた端整な顔。無意識に笑みがこぼれてキスをした。 そこで下半身の異常に気づいた。 絡み合った足の間が、もう痛いほどになっている。 「寝ている間にこういうことすんの、やめようよ」 くっくと喉の奥で笑っている杉本さんを睨むと、しれっとした表情で返された。 「それはこっちの台詞だよ。目が覚めたら君島が抱きついてんだもんな。挑発したのはそっちだ」 「なんで、カーテン閉めないんだよ」 どうせ杉本さんには何を言ったって無駄だ。どっちにしろするはめになるんだから、余計な抵抗なんかしない。そう決めて、早くカーテンを閉めろと促した。西向きの窓から傾きかけた陽射しがまともに入ってくるのが眩しいのに、杉本さんは首を振った。 「せっかく昼間にするのに、暗くすることないだろ」 「何言ってんだよ、変態」 舌打ちして、自分で閉めようとしたぼくを、杉本さんが押さえつけた。 「明るいほうが、君島の表情がよく見えるからな」 「そんなの、いやだ」 「君島、いやだって口癖だろ? ワガママな証拠だよ」 身をよじるぼくの肌に、杉本さんの唇が這う。 「杉本さんが、ぼくの嫌がることばかり思いつくんだろ」 「君島が可愛いから、つい泣かしたくなるんだ」 意地悪く囁かれて、ぼくは反撃することにした。そういつもいつも泣かされてたまるもんか。 「杉本さん、尚美ちゃんに嫉妬したでしょ?」 「尚美?」 「昨日一緒にいたコだよ。可愛かったでしょ。ぼく、アプローチされてたんだよ」 愛撫する杉本さんの頭を抱え込んで、耳たぶを軽く噛んだ。そう口にした途端、いきなり後ろに指を突き入れられて「あっ」とバランスを崩した。 「君島は、もう女の子相手じゃ満足できないくせに」 フフン、と口の端に意地悪な笑みを浮かべて、杉本さんは、ぼくの中をかき回し始めた。 「それとも、女の子にも指でこんなふうにしてもらう?」 身体の奥、ポイントを刺激されて、ぼくはのけぞった。 「あああ…」 ぞくぞくするような快感が背筋を伝って這い上がってくる。ローションを垂らされ、二本に増やされた指がぼくを広げていく。 杉本さんは下からぼくのふくらはぎを掴むようにして足を押し広げた。指をくわえ込んだそこが杉本さんの視線に晒される。明るい部屋の中でとらされた屈辱的な恰好に、身体が熱くなった。 「いやだ、こんなの、やめろよ」 「指だけじゃ足りないだろ。”欲しい”って言ってみな」 指を引き抜き、代わりに熱いものを押し当てて、杉本さんが囁いた。嬲るように前を刺激してくる。呼吸が荒くなった。 ちくしょう。負けるもんか。 「お、女の子じゃなくたって…、ぼくには、あ…、好きだって、言ってくれる奴、いる…んだから、杉本さん、じゃ、なくたって」 瞬間、杉本さんの手が止まった。 「…したのか?」 「え? 何…」 「他の奴と、しているのかっ?!」 形相が変わっている。それは本気の顔だった。下手したら殺されそうな迫力。身が竦み、例えではなく確かに一瞬心臓が止まった。 だけど。 勝った。 恐怖の後で、じわじわと満足感が押し寄せてきた。 「…杉本さん、ぼくのこと、好きだろ?」 ぎりぎりと睨んでくる瞳に焦点を合わせて、ぼくは言い放った。 いいように泣かされて、ぼくはいつでも杉本さんに敵わない。知りたくもなかった快楽を教えられて、それなのに杉本さんが飽きるまでの関係だと言われていた。欲情するということは、それなりに好意を持っているからこそなんだろうと思ってはいたが、いつでも余裕の態度を取られると、疑いたくもなった。愛情なんてほんの少しで、杉本さんが男のぼくを抱く理由は、好奇心や征服欲がメインだとしたら、そんな奴に抱かれて感じてしまう自分があんまりみじめな気がする。 でも今、杉本さんは本気で嫉妬してみせた。押さえ切れない笑みがこぼれた。 「君島」 眉をひそめ困惑してぼくを見つめた杉本さんは、気まずそうに視線を上にそらした。 勝利に酔うぼくは、手を伸ばして彼の頬を挟み、こちらに向けさせた。 「ねえ、杉本さん、ぼくを好きなんだろう」 にっこり笑って見せると、杉本さんは、ふうっと大きく息を吐いた。諦めたように苦笑し、ぼくの唇を指でなぞった。 「そう。好きだよ、君島」 囁く声は、低くて色っぽかった。杉本さんはそのまま深く口付けてきた。舌が絡まり唾液を飲まされる。 「ふ…、あ」 それはあまりに深い口付けで、ようやく唇が離れたときには、すっかり腰に来て、視界もかすんでしまったような感じだった。ぼーっとした目で見上げた先で、杉本さんはニヤッと不敵な笑みを浮かべたようだった。 「認めるよ、君島。オレはおまえが好きだ。だから他の奴にはやらない」 再び後ろに杉本さんのものをあてがわれた。じらすようにじりじりと侵入してくる、その熱。 「あ…、ああ、ぼく、他の奴となんか…してない、よ」 欲しい言葉を手に入れて、ぼくはあっさり手札をバラした。それなのに。 「信用できないな」 全て入り込んだところで、杉本さんは言ってのけた。 「何?」 串刺しにされたまま、ぼくは嫌な予感を覚えて杉本さんを見上げた。 「ちゃんと満足させないと、オレは君島に逃げられそうな気がする」 「何、言ってんの?」 杉本さんの指が、つとぼくの頬を撫でた。 「あうっ」 始めはゆっくりと。杉本さんがぼくの中で動き始める。すぐに波に攫われてしまった。 「ふ…、あ、あ」 喘ぎが鼻から抜けていく。 「オレは君島が好きなんだから、他の奴が入り込む隙がなくなるくらい、君島を満足させなくちゃダメだよな」 「あ、あ、やだ」 「好きな相手に嫌だなんて言われると傷つくんだけど」 ちっとも傷ついてなどいない顔で杉本さんは嘯き、ぐいっと突き上げてきた。 「んあっ。…や、も…」 たまらず逃げようとしたら、杉本さんがぼくの腕を万歳の形に押さえつけた。容赦なく腰を使いながら、情けなく喘ぐぼくの顔を覗き込んでくる。 「どこがイイの? オレ、君島が好きだから、奴隷になってやるよ。一番イイようにやってあげるから、言ってみせて」 「バ、バカ…」 罵るぼくの腕を左手だけで押さえて、杉本さんの右手が身体中をなぞった。脇腹を撫で上げ、胸の突起をつぶす。 「はぁ…っ」 ぼくはどこで失敗したんだ? 優位に立てたはずじゃなかったのか。混乱する頭で考えても無駄だった。 「も…う、いい…。もう…、やだ、やだよ」 波に引き摺られ、いつの間にか足の立たない沖に流されてしまったようだった。波の動きに揺られるまま、かろうじて水面に出した顔を上向け必死に酸素を求めていた。 「やだって言われても逃がさないよ。オレは君島が好きだから」 ちくしょう。ぼくが欲しかったのは、こんな言葉じゃない。 「好きって…んん…っ、あう、…そんなの、好きって言わない…」 「なんだよ、まだ足りないの? こんなに好きだって態度に表してやってんのに。欲張りだな、君島」 耐え切れなくなったぼくの先端から、ふつふつと快感が溢れ出す。 「あ、あ、あ。許して」 「ちがうだろう? 好きだって言われたら、なんて返せばいいか、わからない?」 「好きッ。んう…っ、ぼくも杉本さんが好きだよ、あ、好きだから…っ、もう…」 ヤケクソで叫んでいた。 「とうとう言ったな」 できもしない遠泳を終えた気分で、ぐったりと横たわったぼくを、杉本さんは満足そうに見下ろした。 「君島は、オレが好きなんだ」 「…」 むかつくので、目を閉じて無視してやった。 「オレのこと、好きなんだよな?」 重ねて促しながら、さんざん快楽を撒き散らしてしまったものを指でつつかれて、ぼくは杉本さんをきっと睨んだ。 「先に杉本さんが言ったんだから」 悔し紛れの台詞を、杉本さんは平然と肯定してみせた。 「そうだよ。オレ、前から言ってたよな、君島のこと好きだって」 「う、嘘つき。そんなの聞いたことない」 あまりのことに、そう詰ったぼくを、杉本さんは嬉しそうに抱き寄せた。 「気にしてたんだ?」 「サイテー。杉本さんはマジで最低」 どうして、ぼくは宮沢じゃなくて杉本さんを選んだのか。 宮沢は三年間もぼくを見ていてくれたのに。宮沢なら、杉本さんのような意地悪はしない。 だけど。 ぼくは宮沢が思っているほど真面目でもおとなしくもない。あんなに真剣に告白してくれた宮沢の気持ちを、ダシに使うような奴なのだ。 だから。 ぼくには杉本さんが合っている。そういうことなのだ。 |
かくして、割れ鍋に綴じ蓋カップルの出来上がり(笑)。よしまんさまに操られたカラスさま(ミラ番7337)のリクエストです。同窓会嫉妬話。ご希望とは多少(?)内容がちがいますが。君島が煽ってどうすんの。話があちこちしてしまってごめんなさい。予定では嫉妬の相手は尚美ちゃんだけ、場所は駐車場で…(爆)、で、終わりのハズだったんだけど。無理矢理つけたタイトルに引きずられました。2001.03.26 |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||