ハルノウタ2 -2-翌日の昼休み、学食に行くと、萩原と薄田が一緒にいた。定食のトレイを手にした俺は、少しだけ気後れを感じながら、二人のテーブルに近づいた。 「ここ、いい?」 二人が頷いて、俺は萩原の隣に腰を下ろした。 萩原たちはすでに食事を終えたらしく、テーブルの上には北海道ツアーのパンフレットが拡げられていた。 「富良野に行きたいなあ、どうせなら」 薄田が一冊を手にとって、パラパラとめくりながら言った。昨日萩原と日夏がケンカしたことなどまるでなかったかのように、二人はいつも通りの様子だった。 「やっぱりレンタカーつきのツアーがいいんじゃないか?」 屈託のない萩原の声に、俺は何も言えず、黙って定食を食べ始めた。 薄田は、昨日なぜ萩原が日夏を殴ったのか、理由を知っているのだろうか。俺が訊けなかったことを、薄田は聞いたのだろうか。 「達也のとこに泊まるんなら、宿はいらないか」 「それは人数によると思うぞ」 「確定してんのは、誰?」 無言で飯をかき込む俺の脇で、萩原と日夏はそんなことを言い合っていた。夏休みに一緒に旅行でもするんだろうか。 「三木ちゃんって、拗ねると唇が尖るのな」 ふいに薄田が言って、にやっと俺を見た。 「な、誰が」 俺が慌てて口元を押さえるのを見て、薄田はさらに嬉しそうに噴き出した。 「かっわいー」 「おっまえ! なんだよ、それ」 憤慨して叫んだ俺を、なだめるように萩原が言った。 「北海道の大学に行ってる同級生がいるから、夏休みに行こうって話なんだ」 「…ふーん」 俺には関係のない高校時代の友だちの話か。 「三木も一緒に行くか」 萩原の誘いに、俺は首を振った。 「いや。いいよ、それは」 そんな、ヤキモチ焼きの彼女みたいな行動は、さすがに恥ずかしかった。 「金子! 日夏!」 いきなり薄田が伸び上がって大声を上げ、反射的にそちらを見ると、金子と日夏が驚いた顔で、こちらを見ていた。 薄田は二人に向かって手招きした。 「席、空いてるよ」 平然とうながす薄田に、ためらいながら、まず金子が薄田の隣に腰を下ろし、さらにその隣に日夏が坐った。俺の前に坐った金子は、困惑した表情で、俺に目配せを寄こした。 薄田は何を考えているんだろう。わざわざケンカ中の萩原と日夏を近づけることないのに。それとも、萩原は薄田に仲裁を頼んだのだろうか。 斜め前の日夏は、目を伏せていて、表情がわからなかった。ただ、長いまつげの強調されたその顔を相変わらずキレイだと思った。 「昨日、どうして萩原は日夏を殴ったの?」 なにげない口調で切り出した薄田の言葉に、俺は息を飲んで、隣の萩原の様子をうかがった。 「日夏が知ってるよ」 萩原は無表情に返した。 「ふーん」と呟いた薄田は、「日夏」と名前を呼んで彼に視線を向けた。 「日夏は、萩原に殴られるようなことしたの?」 日夏はゆっくりと顔をあげた。俺と目が合って、困ったように瞬きし軽く唇を噛んだあと、目をそらして口を開いた。 「萩ちゃんに、俺を殴る理由があるなら、そうなんじゃない」 その言葉を聞いて、萩原が日夏を睨みつける。 「日夏」 反射的に俺の口からたしなめるような声が出てしまったが、日夏は俺を見なかった。 日夏は、「俺、本気だから」と萩原に言った。 「半端な気持ちなら、萩ちゃんに、俺の邪魔をする権利はないと思う」 まるで裁きの天使のように整った顔で、淡々と日夏は告げたが、どこか必死さが感じられた。 俺は、声に出さず「日夏」と呟いた。金子のようにはしゃぐことは滅多になかったけれど、俺は日夏を明るくて屈託のない後輩だと思っていた。 萩原は日夏に応えず、黙って椅子を引いて立ち上がった。 「薄田。俺もう行くから。北海道の話は、また後でな」 「そうか。またな」 薄田はあっさりと手を振った。 「萩原、待って」 俺は食べ終えたトレイを急いで返却口に戻して、萩原を追いかけた。薄田は、テーブルに残っていた。 一緒に学食を出たところで、俺は萩原に訊いた。 「日夏の言ってたこと、どういう意味?」 謎かけのような日夏の言葉が、萩原にはわかっているのだろうか。いつのまに、萩原と日夏の間に、何があったのだろう。 萩原は足を止めて、俺を見た。 「ごめん。それは、三木に言うことじゃないんだ」 「萩原」 ショックを受けた俺に、もう一度「ごめんな」と言って、萩原は行ってしまった。 真面目な顔で謝られたことが、俺には余計ショックだった。 夕方になって、俺のアパートを堀口が訪ねてきた。 「来ちゃった」 似合わない甘え口調でシナを作る堀口に、俺は冷めた声をかけた。 「何の用事だよ」 らしくもないオンナノコっぽいワンピースなんか着て、何のつもりだろう。 「用事がなくちゃ、来ちゃダメなの?」 言いながら靴を脱ぐ堀口を、俺は止めようとした。 「ダメってことはないけど、勝手に上がるなよ」 「いいじゃん」 堀口は俺の制止をさらっと流して、俺の脇をすり抜けて部屋にあがった。 後になって考えれば、俺はきっちり止めておくべきだったのだ。堀口を部屋に上げてはいけなかった。 「お邪魔しまーす」 ずうずうしく部屋に上がり込んで、座布団に腰を下ろした堀口に、俺はため息をついて、ウーロン茶を出した。 「何か話があるわけ?」 「ううん、別に」 堀口はしれっと言って、部屋の中を見回した。堀口の意図を図りかねて、様子をうかがう俺の前で、堀口は居心地が悪そうにワンピースの裾をいじっていた。着慣れないモンを着るからだ。 「三木ちゃんは今、何してたの?」 「何って、別に。来週の英語の予習だよ」 「三木ちゃんの部屋って、何かフツーだね」 「悪いか。つか、初めてじゃないだろうよ、ここ来たの」 一年の冬にクラスの数人で鍋をやった時に、堀口も来たはずだった。バカみたいに飲んで、うるさかったのを覚えている。 「初めてじゃないけど。初めてみたいなもんだよ」 すねたような顔で堀口が俺を見る。 「わけわかんねえ」 俺は、呆れてウーロン茶を飲んだ。 「三木ちゃんさあ、今、好きな人いるの?」 堀口は顎を引いたまま上目遣いで俺に訊いてきた。 「うるせーなあ。振られたばかりだって知ってんだろ」 俺が毒づくと、堀口はテーブルを回って俺のそばに近づいた。 「私、三木ちゃんを好きだって言ったでしょ」 「な、なんだよ」 危機感を覚えてあとずさりしようとしたが、狭い部屋の悲しさ、俺の後ろにはベッドがあった。 堀口は息がかかりそうなくらい傍にすり寄ってきた。 「三木ちゃん、私と付き合ってよ」 「だから、それは無理だって」 俺は精一杯顔をそらして言った。堀口は自分が襟ぐりの広いワンピースを着ていることを忘れてるんじゃないのか。その角度、かなり胸元が危険なんですけど。 「なんでよ? 三木ちゃん、私のこと嫌いなの」 食い下がる堀口を、俺はとにかくなだめようとした。 「そういうんじゃなくて」 堀口に対して、そういう意味での好きとか嫌いとか考えたくないんだよ。 「今、好きな人がいないんなら、私と付き合ったっていいじゃない」 だから、顔が近いってば。俺はキスしてしまいそうな距離にある堀口から、必死で顔をそむけた。 「堀口。俺、おまえのこと嫌いじゃないけど、でも、おまえと付き合うって気持ちにはならな……うわッ!」 言い聞かせている途中で、堀口の手が、俺の……服の上からだけど、その……俺のに、触れて、俺は悲鳴に近い叫び声を上げた。 「な! 何やって……堀口!」 綿パンの上から、堀口は、俺のものを手の中に包み込んだ。 「ちょっと、やめろよ!」 「私のこと、女に思えないとかそういうこと言うなら、一回エッチすればいいでしょ」 言いながら堀口が、キスを迫るように顔を近づけてくるので、俺は上半身を逃すのに精一杯で、なかなか堀口の手を外すことができない。 「何言ってんだよ。やめろってば。……う…」 刺激を受けて、わずかながら反応し始めていた。自分が情けなくて涙が出そうだ。 「感じる?」 顔をそむけた耳元に、堀口が囁きかけ、俺は加減する余裕もないまま、力任せに堀口を突き飛ばしていた。 「やめろって、言ってんだろ」 転がって「イッターイ」と声をあげた堀口は、懲りずに俺の腰にしがみついてきた。 「試しにしてみようって言ってるだけじゃない。どうしてダメなの」 しがみつかれて、堀口の胸がちょうど俺のものに当たってしまった。それを堀口はギュッと押し付けてくる。 俺はほとんど恐怖にかられて、堀口を強引に引き離した。 「痛いっ」 むき出しだった腕に爪を立ててしまったので、堀口が悲鳴をあげたが、俺は無視してそのまま玄関に走った。ドアを開けてアパートを飛び出す。 「三木ちゃん、待ってよ!」 制止する堀口の声を背に、俺はとにかく走った。いきなり変貌した堀口の気配を振り切ろうと、ひたすら走った。 息が切れて、走れなくなるまで、走り続けた俺は、やがて足を止めた。 街には、いつのまにか夜の帳がおりていた。 「どうしよう」 行く宛てがなかった。 ふと、先日泊まったばかりの日夏の部屋が頭に思い浮かんだ。 ──いつでも歓迎するよ 別れ際「また遊びに来ていいか」と訊ねた俺に、日夏は笑って応えた。 「どうしよう」 居心地の好いあの部屋に逃げ込みたかった。 一人でいたくなかった。日夏に会いたいと理由もなく思った。 結局俺は、駅まで歩いて行って、日夏の携帯を鳴らした。 「今どこにいる? 俺、今から日夏の部屋に行ってもいいかな。できれば、今夜、泊めてほしいんだけど」 すぐに携帯に出た日夏に、矢継ぎ早に言いかけた俺に、日夏は何も問わずに頷いてくれた。 ―いいよ。おいでよ 日夏の声はひどく優しく聴こえた。 そして日夏は、わざわざ駅まで俺を迎えに来てくれ、アパートに連れて行くと温かいコーヒーを淹れてくれた。 「三木ちゃん、急にどうしたの? 何かあった?」 コーヒーをカップに半分ほど飲んだところで、日夏にそう訊かれて、俺はうつむいた。 「うん。ごめん」 俺は、ぼそぼそと、たった今、女の子に迫られて逃げてきたことを話した。 俺の話を聞き終えた日夏は「本当?」と丸く目を見張った。 驚いた表情をしても、日夏はきれいだった。そんなふうに感じて、俺はなんだかほっとしていた。日夏がいてくれてよかった。 「うん。俺、情けないよなあ」 思わず大きなため息をついた俺の頭を、日夏が手を伸ばしてヨシヨシというふうに軽く撫でた。 「大変だったね」 子ども扱いされたようだったけれど、でもその手も声も心地よかった。俺は日夏に慰めてほしくて、この部屋に来たのだと思った。 堀口にされたことが、遠くなっていく気がした。白昼夢でも見たような気分だ。 「なんか、やっぱりショックだよなあ。怖かったんだ、本当に」 テーブルに肘をついて顔を伏せると、日夏の手が今度は腕や肩を柔らかくさすってくれた。日夏に触られていると、だんだん気持ちが落ち着いてくる感じだった。 「三木ちゃん。夕飯は、食べた?」 訊かれた俺が顔を上げて、まだだと首を振ると、日夏は「ピザでも取る?」と言った。 「それか、パスタくらいなら用意できるけど」 「パスタがいい」 俺の言葉に、日夏はにこっと笑って立ち上がった。 「あ、俺も手伝う」 俺がキッチンにくっついていくと、日夏は「でも、インスタントだよ」と言って、俺にミートソースの缶詰めを手渡した。 パスタを茹でて、温めたミートソースをかけただけのスパゲティーがすごくおいしかった。おいしく感じるのは、テーブルの向かいに日夏がいるからのような気がした。 日夏の頬には、まだ萩原に殴られた痕が残っていた。 「日夏が、萩原とケンカした原因は、何?」 ふと口をついてしまった俺の問いに、日夏は「え」と顔を上げた。 「日夏は、どうして萩原に殴られたの?」 萩原は教えてはくれなかった。俺には関係ないと言った。日夏にとっても、俺は、関係ないのだろうか。俺は妙に切実な気持ちになっていた。 日夏は困ったような表情になって視線をそらした後で、椅子から立ち上がった。 「ワイン、あるんだ。少し飲もうよ」 そう言って、日夏は冷蔵庫から白ワインのボトルを取り出し、グラスを二つ持って来た。器用にボトルを開ける日夏の手元を俺はじっと見ていた。しなやかなようでいて、コルクを抜くために力をこめた手は、やはり男のものだった。 白ワインを注いだグラスを一つ俺の方に寄こして、日夏は「三木ちゃんは」と口を開いた。 「どうして、俺のとこに来たの?」 「え?」 「萩ちゃんちじゃなくてさ」 日夏が何を言うつもりなのか見当がつかなくて、俺は口ごもった。 「彼女が」 「うん?」 「萩原のとこには彼女が来てるかもしれないし。萩原が、彼女んとこに行ってるかもしれない」 何より今日の別れ際の萩原の態度が気になっていた。俺が思うより萩原は俺に気をおいているのかもしれない。 それだけでなくて、堀口とのことを萩原に知られたくない気持ちもあった。 「それに、俺が逃げ出してきた相手は、萩原も知ってるコだから、もしかしたら萩原には、誰だかわかっちゃうんじゃないかと思ってさ。なんか、やっぱりそれは彼女に悪い気がする」 萩原には、日夏に言ったようには言えない。 「そっか」 日夏は、ため息をつくようにして頷いた。 「ごめんな。迷惑かけて」 「迷惑なんて思ってないよ。俺、三木ちゃんのそういう優しいとこが好きだよ。だから、耿くんや遼太のとこじゃなくて、俺のとこに来てくれたのが嬉しい」 ストレートな台詞を口にして、日夏が俺の目を覗き込むもんだから、俺は赤面して俯いた。日夏に会いたいと思って、そのままやって来てしまった自分が急に恥ずかしくなった。 「いや。だ…って、金子はきっとバイトだし。薄田も、例の彼女がいるし」 金子はファミレスでバイトをしている。片思いの知沙乃ちゃんに会えるから、ものすごく熱心にバイトに出ているのだ。 そして、薄田が付き合っている恋人は年上で、人妻だった。くわしい事情は知らないけれど、薄田なりに本気らしい様子だったから、俺たちは下手な口を挟めずにいた。 けれど、今日、日夏の部屋に来たのは、奴らの事情を考慮したわけではなくて、今のセリフはただの言い訳にすぎない。あの時、俺の頭には、金子や薄田のことなんて浮かばなかった。とにかく日夏に会いたかったのだ。 どうして、俺は日夏に会いたいと思ったのだろう。 「三木ちゃん」 呼ばれて顔を上げると、テーブルの向こう、日夏はまっすぐに俺を見ていた。 「俺、三木ちゃんが好きなんだ」 それだけで、わかってしまった。日夏の好きが、どういう好きなのか。男同士なのに、誤解のしようもなく、日夏の気持ちがしっかりと俺に伝わってきた。 「日夏」 恋はビビッと来るもんなんだって、誰かがそんなふうに言っていた。本当にそうだ。 「三木ちゃんが特別な誰かを探しているなら、俺がそうなりたい。三木ちゃんの特別になりたい」 そんなことを言われたのは初めてで、ましてこんなキレイな顔をしている奴に面と向かってそんなことを言われて、俺はどうしていいかわからなくて、言葉も見つからなくて、ただ顔に血が集中するのを感じた。 「日夏」 名前を口にするのさえドキドキした。 真っ赤になった俺と見つめ合っていた日夏は、しばらくして、軽く下を向きフッと息をついた。 「向こうで坐って飲もうか?」 日夏は言って、ワインのボトルと自分のグラスを持って、ソファのほうに移動した。俺はおずおずとその後に続いた。こういうの、慣れていないから本当に緊張する。 日夏にどう応えればいいのかわからなかった。 ソファの端に離れて腰をおろした俺のほうに、日夏は身体ごと向き直った。 「返事は今すぐじゃなくていいから、俺、三木ちゃんと付き合いたい」 「日夏」 どうしよう、嬉しい。とっさに心に浮かんだのはそれだった。 だって、こんなキレイな顔した日夏が、こんな真剣な表情で、こんな真剣な声で、俺を好きだと言ってくれて、付き合いたいと言ってくれて――なんかもうありえないだろう? ほとんど頭を抱えてしまいそうなくらい混乱していた。困惑と嬉しさの両方で。 日夏なら女の子もきっとヨリドリミドリで、下手したら男だって十分ヨリドリミドリなはずだった。なのになんで、その日夏が、俺? そんなふうに頭の一方では考えながら、俺を見つめている日夏がとにかく可愛く思えて、見とれてしまっていた。まるでテレビの中のアイドルのような整った顔をしていて、だけど日夏は、鼓動を感じられるくらい近くに、そう、ほんの少し手を伸ばせば触れられる距離にいて……。 触れたいと思った。その頬に手を伸ばして触れてみたかった。 動けない俺の代わりのように、日夏がソファの上で腰をずらして近づいてきて、俺の腕に触れた。 「三木ちゃん、キスしていい?」 そんな、あらためて確認されると困る。 日夏も少しは緊張しているようで、近づいてくる唇がかすかに震えていた。俺はそれが視界いっぱいに広がる瞬間、目を閉じた。 下からやわらかく押し当てられる感触。 日夏の手が俺の頭の後ろに回って、キスの角度が変わった。 「ふ」 口をこじあけるように深くなるキスに、息が荒くなる。 「ん」 日夏の漏らす声が甘く響いて、俺はしがみつくように日夏の肩に腕を回した。 嘘みたいだ。今、俺の腕の中に日夏がいる。俺は日夏とキスを交わしている。 日夏の舌が唇を割って、歯列を探った。俺はたまらず口を開けて、その舌を口内に受け入れた。 頭の芯がじんとしびれてきて、俺は夢中で日夏から与えられる刺激をむさぼった。 唇が離れても、俺は日夏の肩に回した腕を外すことができなくて、そのまま彼の肩に顎を乗せた。日夏の手が俺の後ろ髪を梳くように撫でた。 心臓がドキドキと波を打っていて、でも、その音を日夏に伝えたかった。お互いに体重を預けるように抱き合っているのが心地よかった。 「三木ちゃん、好きだよ」 「うん」 俺も、と声には出さずに頷いていた。 日夏は両手で俺の肩をつかんで顔を覗き込んできた。至近距離の日夏の瞳は、色が薄くてキレイだった。 日夏が目を開けたまま唇を近づけたから、俺も目を開けたまま受けた。瞬きの度にお互いのまつげが触れ合う。 「は」 日夏は、左手を俺の背に回し、右手を心臓のあたりに当てた。女の子じゃないから、胸はないんだけど。バカみたいに鼓動が早くなっているから、手で触れられるのは少し恥ずかしくて、でも日夏に知ってほしい気がした。 口づけながら、日夏は探るように俺の胸においた手の指先を動かした。服の布越しでもわかったのか、ちょうど乳首のあたりを何度もひっかくようにされて、俺はびくんと震えて反射的に目を閉じた。 「や……」 制止しようとしたが、口をふさがれていたので、隙間からかすかな声が漏れただけだった。俺は日夏の身体に回した腕にギュッと力をこめた。刺激を受けて立ち上がった乳首を、日夏が布の上から強くつまんだ。 「あっ」 仰け反る俺の背を日夏は左手だけで支えていた。あえぐように開いた口の中で、日夏と俺の唾液が混じり合う。 再び唇が離れた時、その唾液が糸を引いて、俺は恥ずかしくなって日夏の胸元に顔を伏せてしまった。 ばかやろう。やりすぎだっつーの。キスってこんなふうにするんだ。経験値の差を思い知らされた気分だ。 「三木ちゃん、だいじょうぶ?」 訊きながら、日夏は俺の顔を上げさせて、額や目元に唇を押し当ててきた。 ああ、くそ。本当に慣れてやがる。きっと、例の噂も本当なのだろう。俺は上目遣いに日夏を睨んだ。 「日夏って、初体験が小学生の時だって、本当か?」 日夏は丸く目を見張った。 「いきなり、どうしたの?」 「小学生の時に、家庭教師の先生と経験したって噂、本当なのか?」 そんなん、俺、もう全然敵わないし。そんな奴とこれから対等にお付き合いしていく自信ないし。 「噂? 小学生って、何それ。そんなのデマだよ」 日夏の返事に、俺はほっと息をついた、のだが。 「俺、ちゃんと中学生になってたし。そん時、先生は、もう家庭教師じゃなかったし」 続けられた言葉に、俺はがっくりとうなだれた。 小学生の時の家庭教師と、中学に上がってから関係したという真相と、俺が聞いていた噂との間にはたいして差がないように感じられた。 いくら可愛くたって、いくら年下だって、そんな経験豊富な日夏と、付き合う自信は、俺には持てそうになかった。 せめて、ちゃんと女の子と経験してからじゃなくちゃ無理だ。 「俺、無理」 俺は唇を尖らせて、頭を振った。 「日夏と付き合うなんて、とても無理」 「ええ?」 日夏は大声を上げて、「どうして?」と顔を覗き込んできたけれど、俺はかたくなに俯いて首を振り続けた。 |
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