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ハルノウタ3 -2-





 翌日の金曜日には、俺が夕方からバイトがあって、日夏は授業だったので、俺のバイト先に近い駅で待ち合わせて、バイト先の人に教えてもらった、できたばかりという居酒屋に行くことにした。居酒屋と言ってもしっかり食事もできるらしく、早い時間から混んでいるという話だった。
 玄関を入って店の中を見回した途端、奥のテーブルに見知った顔を見つけて、足が止まった。
 堀口。
 同じ大学の数人の女子と一緒だった。
 女の子たちは相当酔っている様子で、それぞれに上半身を揺らしながら大声でしゃべっていた。すでに長い時間いるらしく、空いたグラスが下げられずにテーブルの端に残っていた。
「本当に最悪なのー、三木の奴。本当、信じられない!」
 足を止めた俺を不思議そうに見た日夏は、堀口の口にした俺の名に気づいたらしく、テーブルの女の子たちに目を向けた。
「てゆーか、堀口って度胸あるよね。三木ちゃんち行ったんでしょ。なかなか押しかけて行けないって、普通は」
「女としては難しいよね」
 女の子たちにからかわれた堀口は、むうっと頬をふくらませた。
「私だって必死だった」
 ぶすくれたまま呟く堀口に、向かい側に坐っている子が苦笑する。
「三木ちゃんがびびるのもわかるよー」
 真新しい店の中は満員のようで、空いている席はないらしかった。両手一杯に生ビールのジョッキを抱えた店員が、忙しそうに俺たちの脇をすり抜けながら、おざなりに「少々お待ちくださいませ」と声をかけて行く。
「だいたい奥手そうじゃん、三木ちゃん。真面目っぽいし」
「いきなり押し倒した堀口も悪かったと思うよ」
 周りで目配せを交わす女子たちに、堀口は叫んだ。
「だってさー、全然わかんないんだもん」
 堀口は悔しそうに拳でテーブルを叩いた。
「本当に鈍感なの。私がさー、ずっと、ずうっと好きだったのに、本気なのに」
「堀口ー」
 隣の女が、堀口の肩を抱え込み、そのまま彼女の頭を「ヨシヨシ」と言いながら撫でていた。
「本当に好きなんだよ」
 堀口は泣いているように見えた。
―本当に好きなんだよ。
 その言葉はまっすぐに俺の耳に届いた。
 俺はどうして堀口を女として見られないなどと言ってしまったんだろう。口が悪いけれど、飾らない性格で、本気で俺のことを好きだと言ってくれた女の子。俺は、堀口の気持ちを少しもわかっていなかったんだ。
 いきなり強い力で手をつかまれて、驚いて横に立つ日夏を見上げると、日夏は「出よう」と言って、俺の手を引いて店の外まで連れ出した。
「日夏」
 日夏は店の外に出ても無言のまま、俺の手を握って歩いた。その横顔は、泣きそうな目で、怒ったように口元を引き結んでいた。
 俺も何も言えないまま、日夏に手を引かれて歩いた。
 やがて、人のいない小さな公園まで来て、日夏は足をゆるめた。そのまま中に入っていく。公園の奥の、通りからは木々に視界を遮られた小さなスペースで、日夏はようやく俺の手を離した。
 わずかな灯りに浮かぶ、日夏の不機嫌そうな顔を、俺はただ見つめた。
 ふいに距離が縮まって、日夏の腕が俺を抱きしめていた。まるでしがみつくように。
 それから日夏は少しだけ腕の力をゆるめた。俺たちはほぼ同じ身長だから、俺の顔の至近距離に日夏の整った顔がある。
「揺れないでよ」
 日夏は言った。息が、唇にかかった気がした。甘く湿った日夏の息。
「三木ちゃんを、本当に好きなのは、俺だよ」
 かすれた声が耳に届くと同時に、俺は日夏にキスしていた。それは本能的な行動で、俺は何も考えていなかった。考えられなかった。
 ただ、その瞬間の日夏が、本当に愛しかった。だから、キスした。
「俺も」
 キスの合間、日夏に囁く。
「俺も日夏が好きだ」
 ごめん、堀口。俺が好きなのは、日夏なんだ。女の子じゃなくても、日夏が好きなんだ。
「三木ちゃん」
 日夏が、確かめるように俺の髪をかき上げて覗き込んでくる。俺は額をつけて日夏の目を見返した。
「好きだよ」
 いくらキスしても気持ちには全然足りなくて、もどかしい思いで、俺は日夏の唇に自分のそれをくり返し押しつけた。


 ぎゅっと力をこめて抱きしめてくる日夏の身体の中心に硬いきざしがあった。
「日夏」
 その名を呼んだ俺の口の中に、日夏の舌が入ってきた。腰を擦り付けられて、俺の身体も応えるみたいに変化した。唇をつけたまま、日夏が俺に訊く。
「どうしよう?」
「うん」
 答えにもならない俺の頷きに、日夏は少し笑った。俺たちはお互いを確かめるように相手の背を撫で合った。
「俺、三木ちゃんのこと、すごい好き」
 頬と頬をつけたままで聴く日夏の声は少し遠かった。硬い下半身を触れ合わせて抱き合っているというのに、不思議と穏やかな気持ちだった。
 わずかな風が吹いて、頭の上の木の葉が鳴った。夜の匂いがした。日夏は、身体を離して俺の顔を覗き込んできた。
「三木ちゃんの部屋に帰る?」
「うん」
 アパートに帰るために駅に戻って電車に乗った。改札口も構内も電車の中も今の俺たちには明る過ぎて、気まずい思いをしながら、それでも気分は高揚していた。目を合わせることができなくて、時々盗み見るのが精一杯の日夏の横顔が、とにかく愛しかった。
 部屋に入って靴を脱ぐのもそこそこに、俺たちは再び抱き合ってキスした。
「ねえ、好きだよ」
 それしか言う言葉をなくしてしまったかのようにくり返す日夏がおかしくて、可愛くて、俺はクスクスと笑った。
「どうして笑うの?」
 訊く日夏も笑っていた。笑ったまま、俺のシャツのボタンを外し始める。手慣れた仕草で進んでいく日夏に、俺はどう応えるのが自然なのかと考えてしまい、対応に困った。ぎこちなく俯いた俺に、下からキスをしてきた日夏は、俺の腰を抱くようにして後ろに回した手でシャツの裾をジーンズから引き出した。
「日夏」
 裾から入ってきて直接肌に触れた日夏の腕を、反射的に押さえてしまう。日夏は、反対に俺の手首をつかんで、そのまま自分の肩に回させた。
「好きだよ」
 まっすぐに目を覗き込まれて、ゾクッとした。
 日夏は残っていたボタンをすべて外して、俺のシャツの前をはだけた。温かい唇が顎をたどって、首から鎖骨に降りてくる。手の中にある日夏の肩が下にさがっていく。どうしよう。くだけそうな腰は日夏に支えられて、俺は、かろうじてその場に立っていた。
「あっ」
 左胸に吸いつかれて、思わず声を漏らした。へたり込みそうになって、まるで覆いかぶさるように体重をすべて預けてしまうと、日夏の肩に力が入るのを感じた。それでも日夏はそのまま俺の身体に唇を這わせ続ける。
「や。ちょっと、日夏」
 息があがって、うまくしゃべれなかった。
 日夏は俺の胸を舌先で刺激しながら、尻を強く揉んできた。
「あっ」
 信じられないくらいの快感に、どうしようもなく膝が崩れ落ちてしまった。さすがに支えきれなかった日夏も一緒に床に倒れこんでくる。
「いったー」
 二人して声をあげて、気恥ずかしい思いで笑みを交わした後、先に立ち上がった日夏が手を差し出してきた。
 手を引かれてベッドに向かうにも、足が借り物になったみたいで歩がうまく運べなかった。前をはだけているシャツの端が歩みにつれて触れるだけで、敏感になっている肌が粟立った。
 日夏は掛け布団をはがして床に落とすと、俺をベッドに座らせた。自分は中腰になって、左手で俺の顎をとらえて上からキスをしてくる。右手を襟元に入れてきた日夏の動きに協力して、俺はシャツを脱ぎ捨てた。
 俺をベッドに横たわらせた日夏は、自分のTシャツと綿パンを脱いで、俺の上に重なってきた。俺は日夏の裸の肩を抱き寄せた。
 そのまましばらくお互いの心臓の音を聴いていた。
「好きだ」
 思わず漏らした俺の言葉を合図に、日夏が身じろぎし、再び唇を合わせた。開いた口から舌が入ってきて、歯列をなぞる。含まされた唾液をそのまま受け入れた。
 腰に回った日夏の手がジーンズと下着を一緒に引き下ろして、俺の欲望を露わにした。じかに握られて、俺は日夏にしがみついた。
「やだ」
 うっかり放った子どもっぽいセリフとは裏腹に、日夏の手の中で俺の欲望はさらに硬くなった。
 反射的に逃げかけた俺の口を、日夏の唇が追ってくる。
「三木ちゃん」
 口の中に吹き込まれる熱い囁き。
 日夏は自分の下着を脱いで、二人の下半身を直接触れ合わせた。
「ああ」
 どうしていいかわからなくて、俺はすがりつくように日夏の舌を吸った。日夏の手が俺の手をつかみ、二人の欲望に導く。両手を使って一緒に握りこんだら、あまりの快感に頭が沸騰しそうになった。
「ふ」
 日夏の口からもはっきりと感じている声が漏れて、俺は夢中になった。
「あ、あ」
 お互いの息がシンクロして、苦しいくらい切なくて、嬉しい。
 空いている日夏の手が、俺の尻を割って、指が中心を押し上げるように刺激してきた。
「んっ」
 そこは確かに性感帯らしく、俺はのたうちそうなくらい感じた。ちくしょう、やっぱり俺、日夏に負けている。
 一方的にやられるのは悔しいので、俺は手の中から自分の欲望を外して、日夏のだけをしごきあげた。
「ちょっと、三木ちゃん」
「いっちゃえよ」
 意地悪く囁きかけると、日夏がいたずらっぽい目で返す。
「ダメ」
 それでもその頬は赤く染まっていて、色っぽかった。
「あっ」
 手の中ではじけそうに脈打つ日夏の欲望が愛しくて、俺は手の動きを早めた。
「も、ダメだってば。三木ちゃんからだよ」
 日夏は俺の手を押さえつけて囁き、身ををよじって体勢を変えた。頭を下げて、腹に髪が触れたかと思うと、俺のものは日夏の口の中に包み込まれていた。
「ひなっ」
 喉が鳴って悲鳴に似た声が出た。起き上がろうとする俺の腰を押さえ込んで、日夏は舌を使って俺を攻めてきた。こんな感覚は初めてだった。
「や、や、ちょっと! んっ、んん」
 さっき触られた尻の中心に日夏の指があって、それも俺を追い立ててくる。
「あっ、あっ、あ」
 恥ずかしいくらいに腰が浮いた。声が抑えられない。柔らかい日夏の髪をくしゃくしゃにかき混ぜる。
「あああ」
 俺はとうとう日夏の口の中で達してしまった。日夏は俺の放ったものを手のひらに吐き出した。
「ごめん」
 俺が謝ると、日夏はクスッと笑って緩く首を振った。
「今度は俺の番。三木ちゃん、うつぶせになって足閉じてて」
 言われるままにうつぶせになると、脚の付け根というか、尻のところに、ひやりとした感触が落ちてきた。
「なに?」
「さっきの、三木ちゃんの」
 言いながら日夏の指がそこをヌルヌルと行き来する。
「いい?」
 やがて、熱く硬いものが押し当てられ、脚の付け根に差し込まれる。
「は……」
「ちゃんと足閉じてて」
「ん」
 日夏の手が俺の腰を抱えて、自分の腰を打ちつけてくる。これ、もしかして素股ってやつ?
 日夏の熱が足の付け根というか尻の間をうごめいていた。
 俺としては少々苦しい体勢だったけれど、背中で聴く日夏の息遣いが妙に愛しくて、その吐息だけで俺まで感じてしまっていた。
「あ、あ」
 はっきりと快感を伝えてくる日夏の声。これ、そんなにいいんだ? 今度、俺もやらせてもらおう。
 今度。
 ふと浮かんだ言葉に、自分でドキッとした。
 俺、今、日夏とセックスしてるんだ。初めて他人と肌を触れ合わせて、相手は他でもない日夏で。そう考えたら、ぎゅうっと胸をしめつけられるような気持ちがした。俺は今、日夏の口の中で達して、日夏のものを足に挟み込んでいる。とても不思議な気持ちだった。悲しいわけじゃないのに、涙があふれてくるような。
「ああっ」
 その瞬間、日夏が足の間から抜けて、背中にパタパタっと軽い感触が降ってきた。俺はそのままクタッと身体の力を抜いた。はーっと思わずため息をつく。
 日夏はティッシュをとって、俺の背に散ったものを拭き取った後で、横に倒れこんできた。
 額をつけて、鼻先をつけて、その次に唇が触れた。身体を向き合わせて、抱き合ったら、とてもほっとした気分になった。
「よかった」
「ん」
 クスクスと笑い合って、俺は日夏を好きだと強く感じた。きれいな顔を間近で見ていたら、涙がにじんできて、少し困った。けれど日夏の瞳も潤んでいるように思えた。
「好き」
「うん」
 俺たちはお互いに同じ言葉をくり返し続けた。



end





20081102
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