ハルノウタ4 -6-そして、カラオケボックスで披露された金子のブッチャーズは、得意どころではなかった。音程は取れないわ、緩急もデタラメだわ、あまりのメタメタぶりに、聴いている俺は居たたまれず頭を抱えそうになった。 ところが、友だちの女子高生たちがきゃっきゃと笑い転げる中、知沙乃ちゃんだけは真剣な顔で金子のどうしようもないブッチャーズを聴いていた。さらには金子を助けるように小さく歌詞を口ずさんでみせている。 金子が曲の最後まで歌い終えると、知沙乃ちゃんは一人パチパチと拍手した。 「ごめん」 金子は知沙乃ちゃんに謝った。知沙乃ちゃんが小さくかぶりを振る。 なんてイイコなんだろう。 それを見ていた俺は、二人のやりとりに猛烈に感激してしまった。知沙乃ちゃんは本当にイイコだ。どうしても金子と付き合ってほしいと思った。金子ならば誰よりも知沙乃ちゃんを大切にするはずだ。知沙乃ちゃんのよさを誰よりもわかっているのが金子のはずだから。そして金子のよさを知沙乃ちゃんに知ってほしいと強く願った。 俺は「金子、サイテー!」と声をあげて、金子の肩に腕を回した。 「おまえ、全然歌えてないじゃん。これはさあ、本物聴かせてあげないとダメだよ。知沙乃ちゃん、一緒に金子をブッチャーズのライブに連れてってやって」 金子の肩に腕を回したまま俺が知沙乃ちゃんに向かってそう言うと、知沙乃ちゃんは素直にこくんと頷いた。 「本当?」 とたんに金子が目を丸くして俺の腕から抜け出し、知沙乃ちゃんの顔をのぞき込んだ。知沙乃ちゃんが恥ずかしそうに笑う。 よっしゃーと叫びたいくらい嬉しくなって、ふと横を向いた俺の目に、日夏が映った。日夏は俺を見ていた。なんとも言い難い目をして。愛おしそうな、優しい目で俺を見ていた。 「やっぱり金子くんて、ちいちゃんを好きだったんだ」 「ねー」と言いながら女の子たちは顔を見合わせた。 すっかり日の落ちた帰り道。金子は今度こそ知沙乃ちゃんをバイクで送って行き、残りの俺たちはとりあえず駅に向かった。 「あいつ、かなりアピールしてるようなこと言ってたのに」 俺は呆れて言った。全然伝わってなかったんじゃねーか。俺たちの前でだけ、知沙乃ちゃん、知沙乃ちゃんと口にしてただけなのか。 「そうなんじゃないかなって、あたしは思ってたけど」 「金子くん、みんなに親切で優しいから」 肝心の知沙乃ちゃんに何も言えないままバイト先の誰彼かまわず優しくして回る金子の姿が見事に想像できて、俺は日夏と顔を見合わせて苦笑した。お調子者のくせに、バカで不器用。金子の想いが叶ってよかったと心から思った。 駅で解散して帰っていく女の子たちを見送ると、日夏は「送るよ」と俺に言った。送ってもらうほどの距離ではなかったが、俺は「うん」と頷いた。もう少し日夏と一緒にいたかった。二人だけで。金子と知沙乃ちゃんのように。 「金子、本当によかったよな」 俺が言うと、日夏は「そうだね」と笑った。 「三木ちゃんのおかげだって、今頃きっとすごーく感謝してるよ」 「でもさ、本当のところ俺が余計なことしなくたって、知沙乃ちゃんだって金子の気持ちわかってたんじゃないかって思う」 俺の言葉に頷いた知沙乃ちゃん。きっと彼女はわかってたんだ。 「だから」と日夏は真面目な表情で俺を見た。 「だから、三木ちゃんが背中を押してあげなかったら、ずっとあのままだったような気もするんだ」 「あー、うん」 確かにそんな気がして、俺は笑った。金子がきちんと告白したら、知沙乃ちゃんはすぐOKしてくれたはずなのに。 「金子って、本当バカだよな」 バカで可愛くて、本当にイイヤツ。 「三木ちゃん」 日夏が笑わずに俺の顔を見るので、俺は少し困って目をそらした。 「…何?」 小さな声で訊ねると、日夏はふっと息をついて「ううん」と首を振った。 日夏は、俺に決して触れない距離を保って、隣を歩いていた。それでも俺は、夏の夜の中に、日夏の匂いやかすかな体温を感じていた。黙っていても、二人でいることが嬉しかった。 できるなら隣を歩く日夏と手を繋ぎたかった。腰に手を回して抱き寄せたい。そんなふうに思った。日夏に触れてほしかった。 俺のアパートまでの距離はあっという間だった。遠回りしたい気持ちとは裏腹に俺は歩調をゆるめることもできずに黙々と足を運んだ。 離れたくないと強く思ったが、アパートの敷地に入る手前で、日夏は「じゃあ、また」と切り出した。 「日夏」と俺は声をかけた。 「あの、少し…うちに、寄ってかない?」 思い切って誘うと、日夏は一瞬呆気にとられた顔をした。 「バ、バッカじゃない」 思わずといった感じで呟いた日夏は「ごめん」とかぶりを振った。 「寄っていけない」 「じゃあね」と手をあげて俺に背を向けた日夏は、そのままくるりと身体を一回転してきてこちらを振り向いた。 その強張った、怒ったような表情に気圧されて、俺は少し後ずさった。日夏は俺の手首をつかんで、いきなり引き寄せた。 「もう、無理だよ」 俺をギュッと抱きしめて、日夏が囁いた。 「友だちなんて、無理なんだ。戻れるわけないじゃん。俺、三木ちゃんのことを友だちなんて、きっと一生思えない」 深いため息が、背中に落とされるのを聴いた。 日夏は俺の身体を放して、笑顔を見せた。 「バイバイ、三木ちゃん」 キレイな笑顔を残して、細い背中が遠ざかっていく。 「待って!」 俺はその背を追いかけて駆け寄った。 「待ってくれ」 俺の声に足を止めた日夏の腕をつかんで振り向かせる。 「ごめん。俺、日夏が好きだ」 声が震えて、いつ溜まっていたのかもわからない涙がぼとっと日夏の腕に落ちた。俺は手を伸ばして日夏の頬を両手で挟み、口づけた。 「ちゃんと、おまえとしたい。本気だから」 俺は日夏を部屋に入れて、先にシャワーを浴びた。昼間バーベキューとカラオケボックスでついた、いろいろな匂いが流れ落ちていく。少し泣きたい気持ちで、胸が苦しい。 いつか日夏がセンセイのような女性に出会うとしたら、俺は今のこの想いをきちんと刻んでおきたかった。こんなに日夏を好きだという気持ち。それを行為で証したかった。 「本当にいいの?」 俺の後でシャワーを使った日夏に確認されて、俺は何も言えず日夏の身体を抱き寄せた。 本当はすごく怖かった。やめたい、逃げ出したいという気持ちが強かった。なのに、同じくらい「したい」と感じていた。 「三木ちゃん?」 おそれるような囁き声。 「うん」 俺は腕に力を入れ日夏にしがみつくようにして答えた。 「俺、日夏としたい」 湿ったままの日夏の髪。同じシャンプーの香り。 日夏。いつかおまえがセンセイのような女性と出会うとしても、今のおまえを俺の身体に刻みつけておいて。 まるで儀式のような口づけの後で、シャツを脱ぎ捨て、俺は言った。 「指は、嫌なんだ」 日夏の顔を見ることができなくて、うつむいて日夏の左肩に額をつける。 「指でされるの、日夏が遠く感じるから、嫌だ。俺だけいかされるの嫌だ。ちゃんと、日夏のがいい」 「三木ちゃん」 日夏が力をこめてぐっと引き寄せたので、顔が上がってしまった。日夏はそのままキスしてきた。 愛しい日夏。大好きだから、おまえがほしい。 俺たちはキスをしながら身体を横たえた。お互いの欲望を擦りつけ合う。これが俺の求めていたものなんだ。 「三木ちゃん。最初だけ、少し我慢して。いきなりは無理だから」 俺のまぶたや鼻筋に唇を這わせ、日夏が困った顔でなだめるように言い聞かせてくるので、俺はしかたなく頷いた。 日夏はちょっと笑って軽いキスの後、人差し指と中指をそろえて、俺の唇に当てた。 「なめて」 とまどいながら、わずかに開いた俺の口の中に、そっと日夏の指が差し込まれる。 はじめはおずおずと指先をなめていたが、そのうち妙に夢中になって俺は日夏の指をしゃぶり始めた。味などないのに、なめ溶かしてしまいたいような気分だった。 「三木ちゃん」 やがて日夏は指を引き抜くと、そのかわりのように深く口づけてきた。キスしながら日夏が俺の足を開かせて、俺が唾液でベタベタにした指を、俺のそこに押し当てる。 「はンッ」 覚悟を決めるより一瞬早く、ぐっと中に押し込まれ、とっさに息を吐いた。唇を合わせ舌を吸いながら、指が中に入ってくる。俺はぎゅっと日夏の肩を抱きしめた。 日夏が強く舌を吸うので、身体に力が入らない。拒むことのできない指は、すぐに二本に増やされた。 俺は必死で日夏にしがみつき、自分からも求めるように日夏の口を吸った。口からも下からも日夏に侵攻されて、苦しいのに「もっと」と感じている自分がいる。もっと日夏が欲しい。 「もっと」 唇が離れた時、俺はそう口にしていた。 「もっとちゃんと日夏を俺にくれ」 「三木ちゃん」 日夏は俺の中から指を引き抜き、態勢を変えた。 「いい?」 身体の真ん中に押し当てられたもの。 俺は黙って日夏の首に腕を回した。こうして腕の中に日夏がいれば耐えられると思った。 日夏が俺の腰を抱えあげる。熱がゆっくりと入ってきた。 「…ッ! い、いたッ」 思わず悲鳴をあげると、日夏はすぐに動きを止めた。 「痛い?」 小さな声で訊かれてブンブンと首を振った。うながすように日夏の首に回した腕に力をこめる。 「ごめん」 再び日夏がゆっくりと腰を進めてくる。 「…ンッ、…ンッ」 歯を食いしばっているので、鼻から短い息が漏れた。 「三木ちゃん」 日夏が何度も俺の名を呼ぶ。俺は口を開く余裕がなくて、応えられなかったが、その声が俺を導いてくれるような気がした。ゆっくりと日夏の熱が俺の身体を開いていく。 俺がこれだけきついってことは、日夏自身も相当きついだろうなと思った。一緒だから耐えられる。 かなり長い時間をかけて、日夏のものはようやく俺の中に収まったようだった。足の間に日夏の身体を感じた。 「日夏」 何度も名を呼んでくれた日夏に応えるように呼びかけると、日夏は困ったように顔を歪ませて、俺の目の下に指をはわせた。 「ごめん」 それで俺は自分が涙をこぼしてしまっていたことに気づいた。俺は日夏の手をつかんで引き寄せ、囁いた。 「日夏、好きだよ」 俺は日夏を受け入れることができたことが嬉しかった。 「俺も」 日夏は短く応え、キスしてきた。最初は軽く触れ合った唇がだんだん深くなっていく。繋がったところが動いて、痛みとともに不思議な感覚を伝えてくる。 全身で日夏を感じたくて、その身体を抱きしめ、頬をすり合わせる。 「もっと」 「三木ちゃん」 日夏、もっと感じさせて。もっと俺に教えて。おまえが俺を好きだってこと。そして、俺がすごくおまえを好きだってことをちゃんと伝えたい。 身体の痛みと昂揚感で眠ることなどできないだろうと感じていたが、いつのまにかぐっすり眠りに落ちていた。目が覚めて、すぐ近くに作り物のようにキレイな日夏の顔があって、お互いの腕の中で朝を迎えるのが、こんなに幸福だというのを俺はあらためて思い出していた。もう二度と戻らないと思ったものが、しっかりとこの腕の中にある。何よりも大切なことを俺は知っている。 日夏がキッチンでお湯を沸かしている時、北海道の薄田から携帯に電話がかかってきた。俺は「今、日夏といる」と伝えた。 ―…そっか それだけで薄田にはわかったようだった。 「いろいろありがとうな」 俺が礼を言うと、薄田は苦笑した。 ―あー、そういう言葉は嬉しくないな 俺は少し困って「ごめん」と呟いた。 「北海道から帰って来たら、ちゃんと話すから。萩原にもちゃんと話す」 ―萩原に話すの? それは流血の惨事になるかもしれないぞ ちゃかしてくる薄田に、俺は静かに返した。 「話すよ。俺、萩原のこと好きだもん。ちゃんとわかってほしいから」 俺が日夏を好きなことを萩原に認めてほしいと思った。 ―じゃあ萩原と日夏が相討ちになったら、三木ちゃん今度こそ俺と付き合うんだぞ 「バァッカ」 悪態をつきながら、俺は薄田を好きだと思った。俺は萩原が好きで、薄田が好きで、金子が好きで、でもそういう好きとはちがうところで、日夏が好きだった。 (愛してる) 胸に浮かんだ言葉に、自分で悶絶しそうになった。 「どうしたの、三木ちゃん。顔真っ赤」 二人分のアイスコーヒーを淹れてきた日夏が目を丸くして、俺を見た。 |
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