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うまくは言えないけど



 バイトもない休日の夕方。一人で優雅な時間を過ごしているところにチャイムが鳴った。ドアを開けるとスーツを着込んだ大学の同級生、岸谷が立っていた。俺は驚いて問いかけた。
「お前、どうしたの、その恰好」
 よく見れば岸谷は花束まで抱えている。そんなに大きくはないが、赤いバラが何本かと、よく見かけるが俺は名前を知らないちっちゃい白い花がいっぱいくっついた、オーソドックスな花束。
 岸谷はしばらく無言で、俺をまじまじと眺めていた。こいつのこんな目つきには、いい加減慣れた気がする。入学当初から岸谷は俺の台詞を聞いていないようなところがあった。まともな返事が返ってくるのは、二回に一回あるかないかだ。半年も経てばそういう奴なんだと認識するしかない。
 俺は根気強く岸谷がしゃべるのを待った。
 やっぱり岸谷ってハンサムだよな。しゃべるとどうにもずれている感じがするけれど、黙ってそんな恰好して立っている姿は、雑誌のグラビアみたいじゃないか。
 そんなことを考えながら見とれていると、岸谷は唐突に口を開いた。
「…ジャージ」
「は?」
「どうしてジャージ着てるんだ?」
 部屋にいた俺は、トレーナーにジャージのズボンをはいていた。高校生の時の学校指定の体操服。緑色に黄色の線が入っていて、見た目はおそらくよくないんだろうけれど、生地は丈夫だし、はいていて楽なのだ。
「なんだよ、これは俺の部屋着だよ」
 岸谷の言葉に、非難するような響きを聞き取って、俺は困惑した。
 自慢じゃないが、俺は着る物には頓着しない。十九年生きてきて、いまだに自分で服を買ったことさえなかった。俺の服のほとんどはお袋が買ってくるし、たまに姉から恵まれることもある。その話をした時、大学の同級生どもは大袈裟にのけぞった。


「がー! 顔のいい奴は得だよな」
 空き時間の学食。十月に入ったばかりだというのに、何を血迷っているのかコートを買う相談を始めた奴らが、俺に「どんなのにするんだ?」と聞いてきたので、「母親が送ってくるだろう」と答えたのが発端だった。
「柿原、まさかいまだに母親に服を選んでもらってんのか?」
 加藤が「信じられん」という表情で確認してきた。
「選ぶも何も、買ってくるのを着るだけだろ。たまにサイズ合わなくて困るけどな」
 同じサイズでもメーカーによって微妙に大きさが違うらしい。大きい分にはいいんだが、小さい服は肩が凝る。それでもTシャツくらいなら我慢して着てしまうこともあった。
「柿原、お前、それは詐欺だ、詐欺」
「何が詐欺なんだ?」
 言われた意味がわからず俺は問い返した。
「柿原が着てるとなんでもそれなりにオシャレに見えるんだよ」
 栗原が言う脇から、加藤が口を出す。
「柿原、入学したばっかりの頃の自分のアダ名知ってる? マネキンだよ、マネキン」
「マネキンって…。なんだ、そりゃ?」
 マネキンなどと呼ばれる理由が思い当たらない。マネキンってデパートとかに置いてある女の人形だろう。あれって男もあるのか。
「身体は細いし、色は白いし、まさにそう見えたんだよ」
「人間じゃないみたいでさ。実際俺も初めて見た時は感動したよ。こんな奴もいるんだなあって」
「まさか中身がこんなだとは思わないもんな」
 しみじみ呟く大川の言葉を俺は聞きとがめた。
「こんなってどんなだよ?」
 加藤が一言で言い捨てる。
「変人」
「おい」
 思わず低い声が出た。
「変人は言い過ぎだけどさ、柿原は変わってるよ」
「我が道を行くって感じだよな」
 たかがコートを買う話に乗らなかったからと言って、すぐこれだ。たまたま意見が違うくらいで変人扱いされたのではたまらない。
「その頭もさあ、ただのズボラなんだろ」
 俺はごく普通の坊主頭だ。とりたてて言われるほどのものではない。子供の頃からずっと同じだった。高校に入ったばかりに、少しは色気づいて髪を伸ばしたこともあったのだが、毎朝の寝癖直しにうんざりし始めていた時に、家に来た客に「お嬢さん」と呼びかけられたのをきっかけに坊主刈りに戻った。今となっては、十五歳くらいでは性別が曖昧なのも無理はないと思えるけれど、当時は女に見られるなんてことを非常に気にしていたのだ。額や頬に髪がかかるうっとうしさに耐えがたかったせいもある。
「柿原みたいにキレイな顔してると、ベリーショートもオシャレに見えるもんな。ずるいぞ」
「オシャレ、オシャレって、さっきからしつこいな。お前らだっておんなじような恰好してるだろ」
 言われるほど俺はキレイな顔などしていない。そんなに顔がいいんだったら、もっともててもいいはずだ。実際はロン毛の加藤もパーマをかけている栗原も、そう変わりがあるとは思えなかった。
「だから頭くんだろが。柿原だの岸谷だのを見てると素材の差ってのをしみじみ感じてしまうわけですよ」
 栗原がその場にはいない岸谷の名前を出した。大川、加藤、岸谷、栗原、そして俺=柿原の五人は、学籍番号が縁でつるむようになった同級生だった。
「岸谷! あいつこそ変人だ」
 俺は断言した。俺はともかく岸谷がルックスの点では学内でも上位に位置するのは認めざるをえないが、岸谷こそは紛うことなき変わり者だった。ところが俺の言葉に周りの連中は顔を見合わせた。
「いや、岸谷はそんなに変わってないよ」
「変わってんだろ! 俺どころの比じゃねえよ、岸谷は」
 俺は岸谷を天然ボケだと睨んでいる。見た目は俺よりもずっと正統派のハンサムだが、どうにもやることがぬけていて、俺にとっちゃ突っ込みどころのありすぎる奴だった。面と向かって話しているのに、ぼーっとして返事をしなかったりするのだ。俺は岸谷に何度同じ言葉を繰り返させられているかわからない。
「てゆーかさあ、岸谷は柿原といる時はちょっと変だよな」
「うん、柿原がいないときは普通だ」
「俺のせいだって言うのか?」
 俺が唇をとがらせると、大川が唸った。
「うーん。柿原のせいっていうか、岸谷は柿原が苦手なんじゃないの」
「いや、きっと岸谷は真面目だから、柿原みたいな奴にどう接していいか、わからないんだよ」
「いきなり鼻を触らせろとか言うしな」
「なんだよ、加藤だって前に俺が「触ってみたい」って言ったら頷いたじゃん」
 岸谷の鼻は、日本人には珍しいくらい真っ直ぐに通っている。まるで定規で引いたみたいだと常々思っていた。一度俺が「岸谷の鼻筋を指でなぞりたい」と言った時に、加藤も「そうだな」と相槌を打ったはずだ。
「まさか本当に言うとは思わなかったんだよ。それも唐突に、前後の脈絡なく」
「岸谷、固まってたよね」
 口々に言われて、俺はむっとして口をつぐんだ。たまたま話している時にあの鼻が目に付いたのだ。ちょっと触ってみたいと言って何が悪い。本当は岸谷の唇にも触れてみたい。ものすごく形がいいから気になるのだ。プラスティックみたいな触感だったりして。しかし唇に触らせろと言うのはさすがにエッチくさい気がして、遠慮したんだぞ。俺は常識人じゃないか。
「タラシの岸谷のどこが真面目なんだよ」
 俺は思いついて言ってみた。岸谷には「タラシ」のアダ名がついていた。
 なにしろ岸谷は、ゴールデンウィーク明けの五月くらいに立て続けに女の子を数人食っちゃって、総スカンくらったりしているのだ。ルックスがいいから出来た芸当だけれど、あんまり続けざまのことだったので、女の子たちに大顰蹙を買って、今では誰にも相手にしてもらえない。
「あれは、なんだったんだろうなー」
 大川が首を傾げてみせる。なんだったんだろうな、じゃないだろ。タラシだよ、タラシ。狙ってたケイコちゃんまで食われて、泣いたのは大川だろう。
「岸谷、謎の暴走だよな。どう考えてもタラシって岸谷のキャラクターとはちがうだろ」
「お前ら、本当にバカだよな」
 俺は呆れて首を振った。あれだけ変わっている岸谷を差し置いて、俺を変人扱いするんだから、こいつらこそ変人だと俺は思った。



 俺は何の用でやってきたのかわからない岸谷をとりあえず部屋にあげた。あいつらに岸谷は俺を苦手なのだと言われてから、俺なりに気を使って、なるべく岸谷にはかまわないようにしていたのだが、岸谷から押しかけてくるとは思わなかった。
「なんでジャージなんだ」
 部屋の中央につっ立ったまま、岸谷はくり返した。
「しつこいな。いいだろ、一番楽なんだから。家にいるときにどんな恰好してようと大きなお世話だ」
 家の中じゃなくたって、他人に服装に文句をつけられる筋合いはないと思うが。
「着替えろよ」
「はあ?」
 岸谷が着ているのは、入学式の時のスーツでもあるんだろうか。ブランドものなのか、量販店のスーツなのか、俺には判断できないけれど、きっちりネクタイまでしめて花束を手にして、小難しそうな表情をしている岸谷は、言ってる内容さえマトモなら、かなりかっこいい。
「着替えてくれ」
「どこか行こうって言うの?」
 着替えてくれの一点張りでは埒が明かないと、俺が訊ねても岸谷は首を振るだけだった。
「ちがう」
「なんなんだよ?」
「そんな恰好してる奴には言えないから、頼む、着替えてくれよ」
 俺が女だったら、懇願するような眼差しにクラクラきちゃうぞ、多分。台詞の聴こえないサイレント映画でもあれば完璧だろう。
「何言ってんだか、わかんねえよ」
 岸谷をまともだと言った連中は、こいつの言っていることがわかるんだろうか。
「とにかく着替えろよ。前に着てた水色のノースリーブのシャツ、あれにしろって」
 言われて俺は顔をしかめた。岸谷がなんのつもりでそのシャツを着ろというのかわからないが、俺はあれを二度と着るもんかと心に決めている。
「バカ。やだね。あれ着たとき、おまえがなんて言ったか、自分で忘れてんだろ」
 水色のノースリーブシャツは、ゴールデンウィークに帰省したときに姉が買ってくれたものなのだが、なんとかいうブランド品らしく「高いんだからね」と何度も強調された。入学祝いを兼ねて奮発してくれたのだそうだ。その場で着てみせた俺を見て、姉はひどくご満悦だった。
「私ってセンスいーい! そのシャツあんたにすごく似合うわよ」
 姉の自画自賛には苦笑したものの、似合うかどうかはともかくとして、着るものに無頓着な俺にしては珍しく、キレイな色だと気に入りもした。
 だから夏が来て、俺はそれなりに自信をもってそのシャツを大学に着て行った。ところが一限目の講義で顔を合わせた岸谷は、しばらく無言で人のことを眺め回した挙句「オカマみたいだな」と呟いたのだ。その瞬間に水色のシャツは二度と日の目を見ないことが決定された。
「ああいうことはな、言ったほうは簡単に忘れるみたいだけど、言われたほうはずっと覚えてるんだからな」
「ちがう」
「ちがわねえよ。なんだよ、オカマみたいって。俺はあんとき、すっげーむかついたんだから」
「だから! 似合ってたから! お前がすごくキレイに見えてあせったんだよっ!!」
 真っ赤な顔になって、岸谷はバタバタと手を振り回した。花束のセロファンが派手な音を立てる。どこに持っていくつもりか知らないが、そんな乱暴に扱っていいのか。
「頼むよ。そんなんじゃ言えないから、着替えてくれ」
「…岸谷、もしかして熱でもあるんじゃないのか? かなりおかしいぞ、お前」
 普段から変わった言動をする奴ではあるが、今日はどうにも半端ではない。だいたい十月を過ぎたこの時期にノースリーブに着替えろと言い出すなんて、相当どうかしている。
「どうしてジャージなんだよ!」
 じれたように怒鳴って、花束を放り出した岸谷は部屋のタンスに飛びついた。断りもなく勝手に引き出しを開けて中をかき回し始める。
「おい、何しやがる」
 俺は警察と救急車のどちらを呼ぶべきか迷った。
「ああっ!」
 突然岸谷は大声をあげた。
「これ、なんだよっ!?」
 振り返った岸谷がつかんでいたのは、使いかけのコンドームの箱だった。ったく、つまらないものを見つけやがって。
「ゴムだろ、ゴム。てめえ、いい加減にしろよ」
「誰と使うんだよ?」
 額に青筋を立てて、岸谷が詰め寄ってきた。
「そんなの俺の勝手だろうが」
 それは単なる夏の過ちの相手だった。というよりも俺のほうが相手にとって夏の過ちにすぎなかったらしい。夏が終わり、彼女からの連絡は途絶えていた。
「誰と使ってるんだ、ちくしょう」
 くやしげに涙まで滲ませて、本当にこいつは狂ってるんじゃないのか。俺は今さらながら恐怖を感じ始めた。
「ちくしょう、俺が決心するのにどれだけ悩んだと思ってるんだ。それがなんでジャージでお出迎えなんだよ? 脱げよ、くそー。とにかくジャージは脱げー!」
 岸谷はとうとう俺の服を引き剥ぎにかかった。
「わー! なんだよ、どうなってんだよ。やめろー」
 床に押し倒されて、うつ伏せのまま俺はバタバタと暴れた。
「俺はなー、男に告白するって決心するまでに非常に勇気が要ったんだ。どうにか覚悟を決めて、くじけそうな心を奮い立たせるために盛装までして挑んでんだぞ。なのに相手がジャージ男じゃ浮かばれないよ」
「何言ってんだか、わかんねえよ」
 岸谷が無理やり引き下ろそうとするから、ジャージのズボンどころか、下着までずれて、尻の割れ目が見えてるんじゃないか。俺は今、かなり情けない恰好をさせられている。
「好きだっつってんだろ!」
「はあ?」
 耳元で絶叫されて、内容が脳に伝わらない。
「こうなりゃヤケだ、身体にわからせてやる!」
 俺を仰向けにひっくり返して岸谷が覆い被さってきた。
「待て、待て待て待てー」
 岸谷の顎に手を当てて、必死で押し上げる。
「ばかやろ、今さら待てるか」
 岸谷は俺の抵抗などものともせず、俺のトレーナーをまくりあげた。両手が万歳の形に押さえつけられる。岸谷の顔がドアップで迫ってきた。そのまま唇が触れて。
「んっ、んんー!」
 俺は間抜けにも、抗議するつもりで口を開き、舌の侵入を許してしまった。
 うっそだろ。俺、今、岸谷とキスしてんのか? それもマジモンだぞ。舌からんでるよ。それよりももっと問題なのは下半身だ。くっついている岸谷の下半身が固くなっている。なんでなんだー! しかもキスしながら、岸谷がその硬いモノを擦りつけてくる。やばい、やばいよ、それは。俺もそこには刺激に弱いモノを持っているんだ。
 岸谷の右手がまくりあげたトレーナーの下をさぐり始める。
「あっ、ふぅ…」
 息をしようとすると唾液が溢れて、頬の脇をつたった。それを気持ち悪いと思う余裕なんてなかった。裸の腹に岸谷のスーツが触れる感触がたまらない。
 ようやく唇を離した岸谷は、俺の腹に馬乗りになった。トレーナーが引き上げられ、頭だけを衿から引き抜いた形で袖にまとめられて、手がうまく動かせなくなった。この体勢はかなりまずい。あせる俺にかまわず、岸谷は俺の上に馬乗りになったまま、自分のスーツを脱ぎ始めた。
「な、何やってんだよっ」
「うるさい。俺が必死で考えてきた台本を台無しにしやがって」
 足をジタバタと動かしても、腹の上の岸谷には通じない。俺にまたがったまま上着を脱ぎ、ネクタイを解き、シャツのボタンを外していく岸谷の動作はいやにゆっくりと見えた。目を奪われて、抵抗がおろそかになる。最後にベルトが外され、岸谷のモノをあらわに見せつけられた。
「なんで」
 なんで、そんなんなってるんだよー。
 岸谷がズボンとトランクスを引き抜こうと腰を浮かせた瞬間に逃げ出そうと試みたが、間に合わなかった。ジャージのウエストをつかまえられ、そのまま一気に引きずり下ろされる。下着も一緒だ。
「脱がし易いのは利点だったな」
「アホー!」
 裸の身体に、一糸まとわぬ状態の岸谷がからみついてくる。どうしよう、俺。
「好きだ、柿原」
 顔中を犬のように舐められ、目を開けていられない。下半身に今度は直接熱いモノが触れている。刺激されて俺のモノまで変化しそうだ。
 岸谷の舌は、顔から徐々に下に下がっていく。両手を上げさせられ、無防備な脇にまで、岸谷の舌が這った。
「や、やめ…、そんなとこ、岸谷っ」
 トレーナーの拘束なんか簡単に外せるはずなのに、うまく手が動かない。二の腕の内側を甘噛みされて、俺は身悶えた。
「岸谷、岸谷」
「柿原、俺、お前が好きなんだよ。わからないなんて言うなよ」
 言いながら、岸谷の手が俺のモノを包み込んだ。
「ひっ! あ、あ、いやだ」
 ゆっくりと揉みしだきながら、岸谷が再び口づけてきた。喘ぎが吸い取られて、俺は身をくねらせた。手首にからまったトレーナーの中で、意味もなく指を開いたり閉じたりするのが精一杯で、昂ぶっていく熱を抑えることができなかった。
「は…っ、は…っ」
 岸谷の唇が離れると、呼吸の仕方がわからなくなった。
「だ、ダメだよ、岸谷。俺、何も考えられなくなる」
「いいよ、もう。考えるな。感じろよ」
 頬に岸谷の鼻が触れた。片手が背中に回されていて、俺を抱いている。どうしたんだろう。これ、どういうことだ。いつもと違う。いつもと反対じゃないか。岸谷の手でいいようになぶられる俺。こんなの違う。
「岸谷、ああ…、俺」
 無意識に腰を浮かせていた。背中に当てられていた岸谷の手が下に滑った。
「!」
 尻の割れ目をなぞったその手は、出口を押さえた。
「ここ、使わせて」
「岸谷…」
「俺、柿原を抱きたい」
 岸谷の目が据わっていた。
「な、なん…、ダメだっ、そんなの」
 恐怖にかられて逃げ出そうとした俺のモノを岸谷が強く握った。
「痛いっ」
「俺、もう限界だよ。俺のほうがダメなんだ、柿原」
「何、言ってんだよ」
「好きだって言ってんだろ」
 俺の身体を押さえ込むように抱きしめて、岸谷の指が侵入してきた。
「く…っ、う、う!」
 きついところを無理にこじ入れてくる。
「いやだっ」
 叫ぶ俺の肩を背中から斜めに回された岸谷の片腕がしっかりとつかんでいた。
「いやだ、いやだ。岸谷ぃ」
 ついに俺は涙声になってしまった。どうして俺が岸谷に泣かされるハメになるんだ。
「俺、本当に限界なんだ。やめられない。ごめん、柿原」
「あ、あ、あ」
 俺の中で岸谷の指がうごめく。その感触。ぐいぐいと信じられないほど奥に入り込んでくる。足の先が痺れてきた。
「んあっ!」
 岸谷の指が奥のその場所に触れて、俺は跳ね上がった。勢いで俺のモノから液体が溢れた。
「ここ、感じるんだ」
 岸谷の低い声にぞくっとした。岸谷は俺の零してしまったものを指先にすくいとり、今度は二本揃えて俺の中に入れてきた。
「は…っ、…っ! …っ!」
 二本の指が俺の中で動き回る。やめてくれと叫びたいのに言葉が出ない。
「き、したに…、も…」
 もう何なのか、自分でもわからない。ただ俺こそ限界なのは確かだった。
 岸谷が空いている手で俺の足首をつかんで足を開かせた。抜き取った指で自分のモノを支えて強引に押し込んでくる。
「うぅ…あっ、あ…ああああ」
 逃げを打つ俺の身体を、足首と太腿をつかんだ岸谷の手が引き止める。
「好きだ、柿原。ずっと好きだった」
「あっ、あっ」
 ようやくトレーナーから右手を引き抜くことができて、俺は左手首にトレーナーを残したまま岸谷にしがみついた。突き上げられる熱にどうしていいかわからない。
「岸谷、岸谷」
 呪文のように何度もくり返し、その名を呼んだ。
「あ…、ふ…、岸谷、んっ、いやだ、も…岸谷」
「柿原、ん、こんなに…好きなのに、わからないなんて、言うな…よ」
 嗚咽のように岸谷は言って、俺の中で爆発した。



「てめえ、これは犯罪だからな」
 俺は岸谷を睨んで「わかってんだろうな」と脅しをかけた。コトが終わってしばらくは、あまりのことに何をどう考えていいかわからなかった。シャワーを浴びながら岸谷の手で始末されている時も、ただ恥かしさだけが先に立っていた。
 その後、岸谷が敷いた布団に当然のように寄り添って寝た時点で「あれ?」と思った。そして岸谷の腕に抱かれ、頭を撫でられているうちに我に返ったのだ。
「岸谷、てめえのしたことは強姦だ。警察に突き出されても文句は言えねえぞ」
 岸谷は俺の豹変に面食らったようだった。眉をひそめて俺を見て文句をつけた。
「好きだって言っただろ」
「バカ。好意の押し付けが許されると思ってんのか。いきなり無理強いするなんて普通じゃねえよ。物事には手順ってモンがあるだろうが」
 手順を踏まれたら俺は岸谷に応えるつもりだったのだろうか。それはわからないが、どちらにしても今さらそんなことは考えたくもない。
「俺は、真面目に告白するつもりだったよ。だから、花まで買ってきたんじゃないか。第一、同性に告白するなんてどれだけ覚悟がいると思うんだ。半端な気持ちじゃできないから、一張羅のスーツまで引っ張り出してきたんだぞ。それをぶち壊したのは柿原だ」
「なんだとお? だいたいてめえは変なんだよ。考え方がおかしいんだ」
 俺は眉をつり上げた。男のくせに男を好きになるのがおかしいと思わないのか。スーツ着て花束抱えて告白されたって、相手が男じゃどうにもならないだろうが。
 岸谷は恨めしそうに俺を睨んだ。
「人の気も知らないで。俺がどんなに悩んでるか、柿原はちっとも考えてくれないんだよな。柿原と同じ大学に入ったのが、俺の人生最大の不幸かもしれない。最初から好きになっちゃったんだ。まともに会話もできないくらい。それなのに当のお前は俺をバカにするばかりだし。坊主頭に欲情するなんて、自分でも変態かと真剣に悩んでいたのに」
「悩む必要ねえだろ。変態だ、変態。間違いなく」
 俺が言い捨てると、岸谷は大げさにため息をついた。
「同性を好きになる以前に、よりによって柿原みたいな奴を好きって時点で俺は変態だと自分で思うわ」
「て、めー。なんだよ。ケンカ売ってんのかよ。人を強姦しといて言う台詞か、それが。さすがタラシの岸谷だよ。それでタラシのリストに俺まで加える気か」
「タラシって」
 心外そうに呟く岸谷が苛立たしい。
「女の子いっぱいタラシこんでただろ。何が最初から好きだった、だよ。春にはお前、女の子をとっかえひっかえしてたじゃないか」
 まさか俺がそれを知らないとでも思っているんじゃないだろうな。
「柿原を好きだっていうのは気の迷いだと思ったんだ。ちゃんと女の子と付き合えば、そんな気持ち消えるって信じたかった。だから、告白してくれたコたちと付き合った。でもどのコもちがったんだ。どのコと付き合っても、柿原への想いが消えなかった」
 そう言って岸谷は俺を真っ直ぐに見た。
「これは告白だよ、柿原。お前、いっつも俺のこと「わかんない、わかんない」って言ってたよな。これで少しはわかった? 俺は柿原が好きなんだよ」
 そんな目で覗き込まれて、何が言えるというのだ。いきなりまともなフリをするなんてずるい。一度抱いたからって余裕こくんじゃねえ。
「…わかんねえ。ぜんっぜんわかんねえよ」
 悔し紛れにブンブンと首を振ってみせると、岸谷は「あ、そう」と肩を竦めた。
「言葉が通じない柿原には、身体で伝えるしかないよな」
 俺の腕をつかんで引き寄せる。
「身体でなら、柿原も素直に応えてくれるもんな」
「ばっ…」
 罵ろうとした俺の言葉は、岸谷の口づけに遮られた。



END





サイト開設半年記念作品(一応)。書いてみたら季節がズレてて、一周年に回せばよかったと思いました。ショートコメディを目指したのに、ちょっと長くなってしまいました。Hがくどいからですね(爆)。それにしても柿原はこんなきかん坊のはずでは…。2001.04.16




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