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日常



「木田って基本的に子どもっぽいよな」
 週末の岡野の部屋。向かい合ってとっていた夕食の最中、唐突に口を開いた岡野に、ぼくは「何が?」と聞き返した。
 ぼくのほうこそ普段から岡野のことをつくづく子どもっぽいと感じることが多いだけに、そんなふうに言われるのは心外だった。
 岡野とは特に用事がない限り、週末を一緒に過ごすのが当たり前のようになっていた。ぼくの住んでいるアパートは会社が借り上げている寮だから、他の入居者の目を気にして、岡野の部屋にいることが多かった。
「好みが子どもっぽいんだよ。これ、甘すぎるから」
 岡野は、ぼくの作った煮物を、行儀悪く箸でさして、断言してみせた。
「まずい?」
 自分では結構いい出来だと思ったのだけど。ケータリングや出来合いのものばかりでは飽きるので、たまには自分たちで料理を作る。今日は和食と決めて、ぼくが煮物をしている間に、岡野がごはんを炊いて、魚の開きを焼いた。それにインスタントの味噌汁をつけたら、結構それらしい夕食の出来上がりだ。
「まずくはない。うまいけど、砂糖と醤油を使いすぎ。基本的に木田の好みってそうだろ」
 岡野は片方の眉を上げて答えた。
「味の濃いのが好きなんだろ。ガキっぽい味。結構ジャンクフードとか好きだもんな」
「いいよ。嫌なら無理して食べなくて」
 ぼくが煮物に手を伸ばしかけると、岡野はそれより早く器をさっと持ち上げた。
「まずいとは言ってないだろ。ちゃんと食わせろ。──そういう話じゃなくって」
 岡野はぼくの顔を見て笑った。
「木田が子どもだなーと思ってさ」
「……わけわかんねーよ」
 岡野の表情が妙に嬉しそうに見えて、ぼくはとまどってしまった。
「可愛いな」
「は?」
「こーんな甘いのをさ、うまそーに食ってんだもん。自分で『うまく出来た』とか思ってたんだろ? 木田って本当にいちいちイメージ裏切ってて可愛いのな」
「……それ、どこから『可愛い』が出てくるんだか、さっぱりわからないんだけど」
 相変わらず岡野の思考は、ぼくには謎だ。単にぼくをバカにしているのだろうか?
「子どもは可愛いだろ?」
 ほら、やっぱり。
「そうやって人をバカにするの、悪い癖だよ、岡野」
 岡野は一応は年上のぼくに対して、まったく遠慮がない。一緒にいて気がおけなくて楽なのは確かだけれど、たまにムッとする。
「バカになんかしてないって。──木田は淡白そうに見えて濃いのが好きなんだよな」
 含みのある言い方をして、岡野はにやっとスケベっぽい笑いを浮かべた。
「そういうギャップがいいって、俺は誉めてるんじゃん」
「…おまえはビョーキだよ」
 ぼくはうんざりして遮った。食事中にまで何を考えているんだか。


 夕食を終えて、岡野が食器を片付けている間に先にシャワーを借りた。ぼくが出た後に入れ替わりで岡野が入る。
 タオルで髪を乾かしながら、つけっ放しだったテレビをふと見るとドラマがやっていて、わりと好きな女優が出ていた。
 連続ドラマの途中の回からではストーリーも人間関係も把握できないまま、なんとなく彼女を見ていると、いきなり画面が切り替わって、お笑い芸人が絶叫していた。
 突然のことに驚いて振り返ったら、風呂から出てきた岡野がリモコンを手に、ぼくを見ていた。
「急にチャンネル替えるなよ。ぼく、あの子けっこう好きなのに」
 文句をつけたぼくに、岡野はふんと鼻を鳴らした。
「木田って女好きだよな」
 今さらながら岡野の口癖発見。いつもいつも「木田って」と言い出してはぼくに難癖をつけてくるんだ。困った男だ。
「しかもつまらなそうな女ばっか。趣味が悪いの」
 いちいち嫌な言い方をする。
「どこがいいんだか、俺には全然わかんねー」
「別にいいよ。岡野にわかってもらわなくたって。それにぼくはそんな別に彼女のファンってわけでもないし」
 たまたま点けっ放しだったから見るともなく眺めていただけで、彼女目当てに番組を観たわけではない。岡野は再びドラマにチャンネルを戻した。
「今、木田はデレーッとしたアホ面で見てたぞ。好きなんだろ、こういうつまらなそうな女」
 好きな女優だけに、そこまでけなされると頭にくる。
「うるさいな。岡野にどう見えようとぼくには彼女がつまらなくは見えないんだよ」
 反論したぼくに、岡野はさらに言い募ってきた。
「どこがいいんだか言ってみろよ」
「どこって……」
「この女のどこにそんな魅力があるって言うんだよ」
「清楚だし、可愛いじゃないか」
「見た目? このくらいの女なら他にいっぱいいるだろ」
「いないだろ、めったに」
 めったにいないほど可愛いから芸能人なんじゃないか。
「それに性格もよさそうだし」
 ぼくの言葉を岡野は鼻先で笑った。
「バァッカ。テレビで見てるだけで性格までわかるかっつーの」
「だから、ぼくは、よさそうだって言った。よ、さ、そ、う。性格が“いい”とは言ってない」
 見るからに性格が悪そうな顔をしている岡野は、見た目通り性格が悪いと思うけれど。つまり性格は顔に出るんじゃないか。
「だいたいそんなこと言うなら岡野がいいと思う女優は誰なんだよ。岡野とぼくは趣味がちがうだけだろ。趣味がいいとか悪いとかそういう言い方よくないよ」
 たしなめると、岡野は「やれやれ」と言いたげに肩をすくめて見せた。
「木田って本当に無神経だよな」
「は?」
「無神経っていうか鈍いっていうか。アレだろ、木田の感受性って、あっちのほうに集中しちゃってるから、人の気持ちがわからないんだ」
「あっちって……」
「あっちはあっち」
 どうして岡野の話は常に下ネタへと向かうんだろう。
「バ…バカか、おまえ」
「木田ほどじゃねえよ」
 くだらなさに赤面したぼくに、岡野はしれっと返してきた。
「ぼくほどじゃないって……」
「木田ほどバカで無神経な奴はそうそういないよな」
 ずいぶんな言い草じゃないか。
「恋人と一緒にいる時に、他の女をほめるような奴をバカっていうんだ。そのくらいわかれよ」
 男同士で簡単に恋人なんて自称してしまう岡野のような奴こそ、そうそういないと思う。だいたい他の女と言ったって、岡野は女ではないだろうに。
 胸のうちで悪態をついているうちに、もしかして――と、ふいに頭に浮かんだ考えがあった。
 もしかして、岡野は実は「女」になりたいのだろうか。
 元々岡野はゲイではなかったはずで、ぼくと出会ったのがきっかけだとか言っていた。だから段々開眼してきて、今度は抱かれるほうになりたくなっても不思議はないかもしれない。大体ぼくみたいな男を相手にしている時点で、そっちの可能性が低くはない気がする。ぼくは中性的な美少年とか、そういうレベルではないから、そんなぼくを岡野が相手にしていることには時々疑問を感じていた。岡野が女役もしてみたい願望を持っているのだとしたら、ぼくを選んだのも納得できるような気がしなくもない。
「もしかして、岡野って本当は下になりたい?」
「は?」
 岡野はポカンとした表情で俺を見返した。こうしてあらためて見ると岡野は案外キレイな顔立ちをしている。
「その、さ……ぼくたち、どっちも男だし……本当は、岡野も下を経験してみたいのかなと思って。男と女とちがって同じ男同士なんだから、別に役割が決まってるわけでもないんだし」
 口にしづらい内容をぼくがモゴモゴ言っているうちに、初めは呆気にとられていた岡野の顔が徐々に笑いに変わっていった。
「木田ってサイコー!」
 声をあげて岡野は笑い崩れた。
「サイコーにヘン!」
 ゲラゲラと笑い転げている岡野を眺めているうちに、だんだん怒りが沸いてきた。
 この野郎! こっちは真面目に考えているのに、失礼にもほどがある。
「むかつく」
 笑いすぎて出たらしい涙をぬぐっている岡野に、ぼくは言葉を投げつけた。
「こっちが気を遣ってやってんのに、笑うなんて失礼だろ」
「気、気を遣うって……」
 岡野は息も絶え絶えといった様子だった。だから、笑いすぎなんだよ。
「男同士で一方的なのがおかしいと思っただけだよ。──だから、笑うなってば! 頭くんな、もー」
 軽く殴りつけたぼくの手を押さえて、岡野は訊き返してきた。
「下ってさ、変わってあげなきゃ申し訳ないと思うくらい気持ちいいんだ?」
「は?」
「そうだよな。木田は、いつもすっごい感じてるもんな」
「……」
 しみじみと言われて、顔にバーッと血が集まった。そう意味で言ったんじゃない。
「でも、木田ってさー、女にもそうやって訊くの?『抱かれたい?』って」
「……」
 岡野の指摘はいつも思いがけないわりに痛いところをついてくる。
「ムードなさすぎじゃん、それ」
 身の置き所がないとは、まさにこんな状況のことだろう。黙り込むしかないぼくに、岡野は言いたい放題だ。
「どうせなら、言葉で確認するんじゃなくて、実行してくれよ」
「え?」
「木田、俺のこと抱ける?」
 何かをたくらんでいるような、どこか挑戦的な顔で、岡野はそう言った。


 岡野のベッドはシングルで狭く、あまり頑丈そうでもなかったから、ぼくが泊まる時はたいてい床に直接布団を敷いた。
 風呂上りで、前髪を下ろしてTシャツを着ただけの岡野は、少し幼く見えた。その前で膝立ちになっているぼくを見上げてくる視線のせいかもしれない。
 ぼくは「好きだ」と囁いて、岡野の唇に自分のそれを押し付けた。
「木田」
 重なった唇から伝わる、声になっていない岡野の声。
 ぼくより多少体格はいいけれど、年下の男なんだよな。生意気で、無神経で。
 Tシャツを脱がしにかかったぼくに、岡野は素直に従った。上半身を露わにした岡野の肩を押して、布団に仰向けに倒す。柔らかさのないなめらかな男の身体。
 上にのしかかりキスを落として、隙間から舌を差し入れた。岡野の舌を絡めとるつもりが、そのまま中から強く吸われて少し焦って唇を離した。
 下から見上げてくる岡野の瞳には、どこか面白がっているような様子が見え隠れしていた。
 岡野の挑戦的な視線に刺激されて、闘争心が沸いた。
 岡野の腕を床に押し付けながら、首筋を吸う。岡野のかすかな息が耳に届いた。鎖骨から胸へと唇を這わせながら、下半身を探れば、すでに確かな反応があった。布越しに刺激を与える。
「ん……木田」
 甘くかすれた岡野の声が、ぼくの下半身を直撃した。
「好きだ、岡野」
 左手で顎を捉えて、口を開かせる。のぞいた舌を誘い出すように舌でつつきながら唇を合わせた。下着の中に手を滑り込ませて、熱を帯びたそれに直接触れた。
「ふ……」
 キスを交わしながら、互いの服を脱がせ合って二人とも全裸になる。
 委ねられたペニスを上に向けてしごくように刺激しながら、さらに岡野の後ろを探ろうとしたぼくの手は、ふいに止められた。
「岡野?」
 不審を感じる隙もなく、身体が反転した。
 気づいた時には、ぼくの上で岡野が笑っていた。
「岡野!」
 体重をかけて押さえ込まれた身体を起こそうと反射的にもがいたぼくを見据えたまま、岡野はちらっと舌を出して唇をなめた。
「かなり刺激的だった」
「放せ」
「やだね。放したら木田は俺をヤル気なんだろ」
「おまえ!」
 ぼくはカッとして怒鳴った。利き腕が身体の下になっていて、自由に動かせない。男としての本能的な欲求を途中で遮られて、怒りと屈辱を感じて頭に血が上っていた。
 岡野はぼくの頬を両手ではさんで口づけてきたが、すっかり腹を立てたぼくには口を開く気などなかった。岡野はそのまま右手を返して指の背をぼくの顎から首筋に滑らせた。
「よせ。本気で怒るぞ」
 睨みつける視線の先には、楽しげな岡野の顔。
「もう怒ってんだろ?」
「わかってるならいい加減にしろよ」
 ぼくがどんなに低い声を出しても、岡野は動じる様子もなかった。鎖骨に当てられた掌が熱い。胸まで下りてきた岡野の指先が乳首に爪を立てた。
「う」
 声を漏らして、唇を噛む。岡野はわずかなひっかかりを執拗に弄った。
「やめろっ」
 意志に反して、身体が反応していくのを止められない。屈辱を感じてなぜかぼくは興奮していた。
「よせったら!」
 こんなはずではなかった。今はぼくが岡野を抱くはずで―─。
 身をよじり、うつぶせになって岡野の下から脱出を試みたぼくの身体を、岡野は難なく抱き起こして、後ろから抱え込んできた。
「なあ、俺のこと抱きたかった?」
 背後から耳たぶをなぶるようにして問いかける。
「放せ」
 ぼくはしびれて力の出ない指で、身体に回された岡野の腕をほどこうとあがいた。
「あ……」
 左手で胸を触りながら、岡野はもう一方の手でぼくの下半身を握り込んだ。
「これを、俺の中に入れたかった?」
 耳の中、息を吹き込むようにして囁く。
「よせ」
 熱に浮かされて、ぼくの身体からはますます力が抜けていった。
「はなせよ」
 うなだれて頭を振るぼくの首筋を岡野の唇が這う。いつものようにそこに指が押し当てられた時は、鳥肌が立ち身体が震えた。男でありながら同性に組み敷かれる抵抗が、今さらながら気持ちの中に蘇ってきていた。
「いやだっ」
「嫌なんだ?」
 岡野が湿った声で確認してくる。
「岡野!」
「もっと抵抗しろよ」
 言いながら岡野は指を入れてきた。
「そのほうが興奮する」
「あ……あ……いや、だ」
 慣れ切った様子で中を探る指に違和感を感じて、ぼくは身をよじった。
「木田」
 指が抜かれ、代わりに容赦なく侵入してきたもの。
「やめ……う」
 内側に熱が打ち込まれる。あらためてこの感覚が普通ではないと思い知らされるようだった。途中で封じられた男としての欲望が身の内で暴れていた。自分自身に犯されているような錯覚。
「…ちっくしょ……」
 呻いたぼくを抱きしめ、さらに奥に突き入れるようにして岡野が訊く。
「くやしい?」
「ふ……う、あ」
 言葉にはできず、ただ頭を振った。
 岡野は少し腰を引き、それでも繋がりは解かずに、ぼくの身体を仰向けに返した。岡野の意のままに折り曲げられ広げられる脚。岡野はぼくの表情を観察するように顔を寄せてきた。
「こうやって俺を抱こうとしてた木田を抱いてると思うと、ものすごく興奮する」
「こ…の変態」
 ののしるぼくの頬を岡野は手の甲で撫で上げ、「ちがうね」と妙に優しげな声を出した。
「ちがう。こういうの、男の本能だろ。闘争本能を刺激されて狩りの血が騒ぐんだよ」
「はな、せ……んっ、く」
 岡野は繋がった腰を強引に引き寄せた。
「無理だ。全部食い尽くしてやる」
「あ、あ、あ」
 ぎりぎりと全身をきつく絡め捕られて得る快楽が、ぼくのプライドを傷つける。
「いや、だっ」
 抵抗は封じ込められて。
「絶対に逃がさない」
 岡野のまなざしに捉えられて堕ちていく。


「木田って、ほんといろんなワザ持ってるよな」
「……」
「男心をそそるシチュエーションてのを心得てるって感じ」
 ぼくは疲れ切っていて反論する気力もなかった。最中に感じていた怒りや屈辱感が霧散するほどのしつこさと激しさで貪られ翻弄され続けたぼくは、もはや口を開くことさえつらい状態だった。
 相手をしないぼくにかまわず、岡野は勝手なことを言う。
「マショウノオトコってやつ?」
「……んな言葉あるかよ」
 魔性ってのは普通は女に使う形容だろ。
「うっかりはまったら抜けられなくなるんだ。おっかねー」
 わざとらしく震えてみせる岡野にぼくは「バカ」と呟く。ぼくのプライドを傷つけるこの男を、ぼくが許してしまう理由。それをぼくたちはお互いに知っている。
 岡野は、ぐったりと横たわったままのぼくの肩の下に腕を入れて抱き起こし、顔を覗き込んできた。
 まっすぐに視線がぶつかる。岡野はヘンに神妙な顔つきをしていた。
「──本当にこえぇ」
 見つめ合ったまま、岡野は真面目な声で囁いた。ぼくはその頬に手を伸ばした。
「ばーか」
 最後の気力を振りしぼって言い放ち、目を閉じれば、バカ男の口付けが降ってくる。



END





20050822up
2005年初夏のキリ番企画。
カウンタ10000を踏んでくださった桃momo様のリクエスト。
『通勤電車』で「エッチに突入する勢いで、めちゃ甘々な2人」。
「甘々」が「えろえろ」に変換されてしまったのはなぜ……?




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