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昨日よりちょっと-2-



 話があるという川合さんからのメールを受けて、ぼくは彼女と夕食を食べることになった。噂になっている時期だけに、会社からは離れたレストランで落ち合うことにした。
 オーダーを済ませた後、川合さんは困ったような曖昧な笑みを浮かべ、グラスの水を一口飲んでから口を開いた。
「最初に伝言です。祥子が木田さんに謝りたいそうです。噂、聞きました?」
 川合さんに訊かれて、ぼくは問い返した。
「岡野とぼくと川合さんの話?」
「やっぱり聞いてますか」
 ため息混じりに呟いた川合さんにぼくは苦笑して「少し」と言った。
「会社で、祥子と私がしゃべっているのを誰かに聞かれちゃったみたいなんです。祥子、勝手に木田さんと岡野くんが私を取り合ってると勘違いしてて。絶対木田さんにしろ、なんて大声出してたから。なんだかすごい噂になっちゃってほんとびっくり。木田さんが人気あるからなんですよね」
 相変わらず自分の人気には気づいていないような川合さんの台詞。
「ぼくじゃないよ。川合さんのこと狙ってる奴多いから、そのせいだと思うな」
 実際のところぼくの人気などというものは川合さんたちの思い込みだった。ぼくが会社で話をするのはそれこそ川合さんくらいのもので、独身の女の子たちにはまともに相手にされていない。大勢で騒いでいるような時には冗談としてファンだなどと口にするコもいたが、一対一で告白されたことさえなかった。
「みんな勘違いするんですよね」
 川合さんはテーブルに並べられた食器を指でなぞり始めた。口元に自嘲するような笑みがあった。
「うん?」
「私、猫かぶりだから」
 俯いて小さく笑う。
「そうじゃないよ」
 ぼくは驚いて否定した。川合さんが自分をそんなふうに捉えているのが意外だった。もっと屈託のないコだと思っていた。猫をかぶったところで騙される奴なんてほんの少数のはずだし、彼女の人気はそんなところにはない。
「私、木田さんが好きです」
 川合さんは唐突に顔をあげて、真っ直ぐな目を向けてきた。
「え、えっと」
 いきなりの告白に咄嗟に言葉が出ずまごつくぼくに川合さんはふふふと笑った。
「岡野くんも好き。だって二人とも私のこと対象外ですもんね。余計な気を使わなくて済むから楽なんです」
「川合さん」
「ね? 私って性格悪いんですよ。だからみんな騙されてるんです」
「そんなことないよ」
 ぼくには川合さんの性格が悪いとは思えない。
「木田さんて優しいですね。岡野くんも木田さんのそういうところが好きなのかなあ?」
 なにげない独り言のような呟きをうっかり流しそうになってから、驚いて訊き返した。
「あの…」
「気づいてませんでした? 岡野くん、きっと木田さんのことを好きなんですよ。本当にホモかどうか知らないけど、岡野くんが好きなのって私じゃなくて木田さんの方だと思う」
 ごく当たり前の話のように川合さんは言う。
「どうしてそう思うかっていうと」
 冗談のような口調で続けた。
「私が岡野くんを好きだから」
 ピンク色の唇から小さな舌先をのぞかせて「言っちゃった」と笑う。
「だから岡野くんが私なんか気にしてないの、ちゃんとわかっちゃうんです」
「どうして岡野なんか」
 思わず言っていた。どうして岡野なんか好きなんだ、ぼくは?
「バカって言えるから」
「え?」
「岡野くんには思ったままを口にできるんです。バッカじゃないの、とか平気で言えちゃう」
 川合さんの言葉に思い当たることがあって、ぼくは素直に頷いた。
「うん」
 あいつはいつも自然体で、何も考えてなくて。だからこっちも何も考えなくてよかった。気負うことなく向き合える相手だった。
「木田さんも、岡野くんのこと、好きですか?」
 ストレートな川合さんの問いをぼくは肯定した。
「うん」
 例えば恋愛でなくて友情でも。ぼくはあいつを好きで、何をされても許してしまう。そして何の根拠もないのに、あいつはぼくが何をしても許してくれると信じていた。いきなり怒りを向けられることなど考えてもいなかった。
 川合さんはほっとしたように息をついた。
「よかった。お願いです、木田さん、岡野くんに連絡を取ってください」
 テーブルの上、身を乗り出すようにして。必死な顔をする川合さんはやっぱり可愛かった。
「あの、私、失敗しちゃったんです。岡野くんも祥子と似たような誤解してて、説明しようとしたんだけど、うまく言えなくて。もう私からの電話には出てくれなくて、メール送っても多分読んでもらえてないみたい」
「連絡って、だって、あいつは怒ってて、その理由さえ言わないんだよ」
 ぼくは困って目をそらした。理由がわかるなら謝ってもいい。いきなり連絡が途絶えて、殴られたのでは、どうしていいのかわからない。
「岡野くんは、木田さんと私の仲が良いと思って拗ねてるんだと思います。だから木田さんが連絡してあげれば機嫌が直るんじゃないですか」
 そうなのだろうか。川合さんの推測に後押しされて、ぼくはその場で携帯を取り出した。岡野がなぜ怒っているかわからないのに、ぼくからは連絡できない。半分意地のように考えていたから、川合さんに頼まれたという口実は渡りに舟でもあった。
 ワンコール鳴るか鳴らないかで耳に当てた携帯からブツッと音がした。
「切られた」
 呆然と川合さんに告げると、彼女は目を丸くした。
「うそ」
「岡野、ぼくからの電話にも出る気ないんだよ」
 向こうから拒否されるなんて。経理課で無視されたことを改めて思い出した。心のどこかで、あの時は周りに女の子たちがいたからなどと自分への言い訳を用意していた。ぼくから手を伸ばせばすぐに届くのだと思っていた。
「木田さん」
 ショックを受けているぼくに川合さんがきっぱりとした声を出した。
「明日、何か予定ありますか? 岡野くんの家に行ってちゃんと話してきたいんです」
 次の日は土曜日で、ぼくには何の予定もなかった。岡野とつき合い始めてから、週末を一緒に過ごすのが当たり前になっていた。それもあいつからの誘いがあったからこそだったのだ。


 翌日の土曜日。岡野のアパートに向かう電車の中は、家族連れなどでそれなりに混んでいた。ぼくは並んで立っている川合さんに切り出した。
「あのさ」
「はい?」
 見上げてくる川合さんは身長何センチだろう? 例えば抱くなら腕の中きれいに収まるサイズとか。岡野はどうしてそういう点に違和感を感じなかったんだろう。ぼくと岡野では、多少はぼくのほうが背は低いかもしれないが、体格的にそんなにちがいはない。
 一度指摘したら岡野は「下から見上げてる奴ってあんまりわからないんだな。俺には木田がちっちゃく見えるぞ」などと嘯きやがった。
 ぼくは軽く咳払いして、早口に囁いた。
「あのさ、ぼくと岡野、一応、その、付き合ってるんだ」
 ぼくたちの関係を川合さんに黙っていることが後ろめたくなっていた。彼女なら変な受け止め方はしないだろうと思った。
「え? ええっ?!」
 思わずといった感じで大声をあげた川合さんは、ぼくの情けない表情に気づいて取り繕うように口に手を当てた。
「あっ、その、ごめんなさい。そうだったんですね」
「そう」
 としか言い様がない。
「なあんだ、そうだったんですか。じゃ、私お邪魔じゃないですか。今日、来ることなかったんですね」
「いや、川合さんに言われなかったら、ぼくは岡野のとこに行くつもりなんか全然なかったから。あいつが何を怒ってるのか、よくわかんないし。実は川合さんに飲みに誘われる前から連絡がなかったんだよ」
「私、岡野くんは片想いで悩んでるんだと思ってたんですけど」
 言いかけて川合さんはふふっと笑った。
「岡野くんが悩むって似合わないですね」
「悩んでないよ、あいつは。勝手に怒ってるんだ」
 思わず呟いたぼくに、川合さんはやけに楽しそうな笑顔を見せた。
「何?」
「仲がいいんだなーと思って」
「何言ってんの」
 ぼくが呆れてみせると川合さんはえへへと笑った。なんだか妹のような可愛さがあった。


 すでに馴染んだはずの部屋の前に立ち、川合さんがチャイムを鳴らすのを後ろで見ていた。誰何もなくあっさりとドアが開いた。不機嫌そうな顔を覗かせた岡野は、ぼくと川合さんを認めるなり、さらにムッとした表情を作った。
「何しに来たんだよ?」
「話、聞いてもらおうと思って。上がっていい?」
 言いながら川合さんが玄関を入りかけると、岡野は川合さんを押し出してドアを閉じようとした。
「話なんか聞かねーよ。帰れ。二人で押しかけてくるなんて無神経な奴らだな」
「入れてよ、もー。何考えてんの」
 川合さんは閉ざされかけたドアに素早く足先を挟んだ。
「入れてくれないなら、ここで騒ぐからね。恥かしいのは岡野くんだからね」
 無理に内側に入り込んで、意外な力でドアを押しながら、川合さんは脅迫めいた台詞を口にした。
「ちょっと、木田さん、手伝ってください!」
 川合さんに叱りつけられたぼくが近寄りかけた途端、岡野は力を抜いたらしい。
「きゃあ」
 悲鳴をあげて川合さんが倒れ込んだ。コンクリの床に片膝をついて半ベソをかく。
「ひっどーい。危ないでしょう」
 岡野は川合さんに手を貸しもしなかった。慌てて彼女を支えようとしたぼくを仁王立ちで睨みつけた。
「俺は、俺のものじゃない木田なんて大っ嫌いだよ。勝手にやってろ。俺には関係ないから」
 ぼくは唖然として岡野を見上げた。それ、だだっこの台詞じゃないのか。
「岡野くんって本当すごいよね」
 膝をついたままの恰好で、クスクスと川合さんが笑い出した。
「もうかっこいい。大好き」
「何言ってやがんだ」
 眉をしかめる岡野を、立ち上がった川合さんは腰に手を当てて見上げた。
「木田さんも岡野くんが好きだって。だから、話聞いてよ」
 強気の川合さんのおかげか、ぼくたちはどうにか岡野の部屋に入れてもらうことができた。川合さんは岡野に対しては、ぼくの知っている彼女とは別人のようだった。
「岡野くん、私と木田さんのこと誤解してるでしょ。私、木田さんに教えてもらったの。二人、つき合ってるんだって?」
「なんで川合に言う必要があるんだよ?」
 岡野は面白くなさそうにぼくを見た。どうしてこんなにぼくに対してきつい態度を取るんだろう。今までと一八〇度もちがう対応を受けて、正直なところ辛いと感じてしまった。
「なんでって」
 口ごもるぼくに岡野は言い募った。
「川合なんか関係ないだろう? それとも木田にとっては関係あるんだ?」
「ひどい。本人目の前にしてよくそこまで言えるわね、岡野くん」
 川合さんの非難に岡野はむっとしたように口をつぐんだ。川合さんが「ほんとにもう」とため息をつく。
「岡野くんって、ほんと子供だよね。やきもち妬きの子供」
 川合さんにそう言われてみれば岡野が子供っぽく見えてきて、ぼくは息をついた。少し気持ちに余裕ができてくる。
「そうよ、私なんか関係ないわよ。岡野くんが勝手にやきもち妬いただけでしょ。それで関係ない私まで無視するなんて最低」
 岡野はふてくされたように唇を尖らせていた。まさに保母さんに諭されている幼稚園児だった。見ているうちにおかしくなってきて、ぼくは川合さんと一緒に笑い出してしまった。
「何笑ってんだよ」
 文句をつけてくる岡野に先刻までの威圧は感じなかった。
「お前ら二人して俺を笑いに来たのかよ」
「ちがうでしょ。岡野くんが電話に出てくれなかったんじゃない。私、岡野くんが好きだから、岡野くんが木田さんを好きなら協力してあげようと思ってたのにさ」
「おあいにく。俺は川合の協力なんかいらねえよ」
 そっけなく言い返した岡野に、川合さんは気にするふうもなく肩を竦めた。
「そうだったみたいね。二人がつき合ってるなんて知らなかった。私も余計な気を回してたみたい。でもそれなら岡野くんは何を怒ってたのよ?」
「川合には関係ないね」
「もう傷つくなあ。だから無神経だって言われるのよ、岡野くん。結局木田さんと私のこと誤解して嫉妬してただけなんだよね。みっともないと思いなさいよ」
 川合さんは岡野を軽く睨んだ。
「そんなので木田さんを殴ったのはひどいと思う。暴力をふるうなんて最低よ、岡野くん」
 川合さんの言葉に、ぼくは慌てて言い訳した。
「いや、あの、川合さん。実はぼくが先に手を出したんだ」
 今見ても岡野の目の下に微かに痕が残っていた。
「それでも。暴力に訴えるのは男として最低でしょ」
 川合さんが岡野に向かって言う。
 川合さんの考えていることを悟ったぼくは頬が熱くなるのを自覚した。ようするに彼女はぼくを「女」として見てるということじゃないのか。ぼくの表情に気づいた川合さんも「あ」という顔になって、みるみる真っ赤になった。
「やだ。私、やだ。ごめんなさい。あの、だからケンカしないで仲良くしてください」
 うろたえて口ごもった川合さんは、ややあって、はーと深呼吸した。
「ああ、もう。ヘンなこと言ってごめんなさい」
「川合、お前、もう帰れ」
 唐突に岡野が言い出した。
「邪魔なんだよ」
 身も蓋もない言い方に川合さんが抗議の声をあげる。
「サイテー、岡野くん」
「じゃあぼくも一緒に帰るよ」
 岡野の機嫌が直ったのなら、とりあえずそれでいい。ぼくがここに来たのは、川合さんの行動力のおかげだから、お礼にお茶でもおごろうと思った。
 立ち上がりかけたところに岡野の手が伸びて腕をつかまれた。
「アホ、なんで木田が帰る必要あんだよ」
「はいはいはーい。いいわよ、私は帰りますー。じゃーね」
 帰っていく川合さんを、それでも岡野は玄関まで見送った。ぼくが一緒について行こうとすると「ちょっと川合に訊きたいことがあるんだ」と遮られた。
―今日、ここに来たのは、木田が言い出したのか?
 盗み聞きするつもりはなかったのに、玄関での話し声がぼくにまで届いてしまった。狭いアパートだし、岡野がヘンに声を潜めようとしているのが逆効果なのだ。
―ううん。私が言ったんだけど
 川合さんの返事の後、少し間があって、彼女が問いかける。
―何を気にしてるの?
―うーん。なんか…、俺、木田のことよくわかんないからさ
 よくわからないのはぼくのほうだった。岡野はよくわからないぼくのことをどうして抱いたりできるんだ。
―つき合ってるくせに。なあに、煮え切らない態度。岡野くんらしくないじゃない
 その後の会話は聞き取れなくなった。最後に励ますような川合さんの笑い声が響いた。
―いいじゃないの。昨日より今日、今日より明日、ちょっとずつ理解し合っていくのが素敵なのよ
「がんばれー」という明るい声を残して、川合さんは帰ったようだった。
「川合ってあれでけっこうもててるんだよ」
 部屋に戻って来た岡野はそんなことを言い出した。川合さんがもてていることなんかわざわざ岡野に言われるまでもなくぼくでも知っている。岡野は不思議そうに首をひねって見せた。
「なんでもてるんだろうな」
「なんでって」
 本気で疑問を感じているらしい岡野にぼくは呆れた。
「そりゃ可愛いからだろう」
 考えるまでもない。男だったら、誰だってあんな可愛い子と付き合いたい。
「可愛いか?」
「可愛いよ」
 顔も性格もいい。
「木田から見ても可愛いと思うわけ?」
「どういう意味だよ?」
「木田は本当のところどっち?」
 訊かれている意味がよくわからない。
「俺と川合とどっちがいい?」
 こいつ、意外としつこいな。答えようもなく黙って岡野の顔を見ていると、岡野の手が顎にかかって、わずかに上向けられた。
「木田ってヘンな奴」
 至近距離で囁くように言う。「どっちがだ」と言い返そうとして、近すぎる瞳に声が出ない。
「ほんとにさあ、木田はゲイなの? そうじゃないの?」
「なんでぼくが」
 ゲイなのか訊きたかったのは、こっちのほうだ。
「岡野こそ、どうなんだよ?」
「それ、悩むんだよな」
 いきなりチュッと唇を吸われた。すぐに離れて、でも近い距離に留まったまま、岡野は舌を出してチロッと上唇を舐めた。身体がズクンと疼いた。
「俺はさー、木田に誘われたんだと思ってんだけど。だから木田がゲイなんだと思って。でも誘われちゃった俺のほうがゲイだったんかなあとも思う。なんか木田に会ってスイッチ入ったような感じ。だからさ、そっちがなんかおかしなフェロモン出してんだよ」
 …おかしなフェロモンはそっちだ、あほ。ぼくが今何考えてるか、わかんないだろ。
「そのくせさ、川合なんかにいい顔しちゃって、忙しいとか言ってるくせにあいつに頼まれれば飲み会に来るんだから、ムカつくったらねーよな」
 頬をつねってくる。
「別にいい顔なんかしてないよ。同じ課だし、いつも世話になってるからお返ししなきゃと思ったんだ。それに用件はお前のことだったろ。なんでいきなり怒られなきゃならないのかわからなかったよ」
「俺、マジでたまってたもん。オアズケくらって苛々してたんだよ」
 あっさり言われて、一体ぼくはなんと応えればいいんだろう。
「じゃあどうして、ずっと連絡よこさなかったんだ?」
 思わず恨みがましい声になった。
「はあ?」
 岡野が不審げな顔になる。
「先週、全然誘って来なかっただろ」
 その前は毎日誘ってたくせにパタッと途絶えたりして、岡野のそういう気紛れな行動にはついていけない。
「お前ー、木田、それはこっちの台詞だろ」
「え?」
 岡野は呆れたといわんばかりに目をむいて見せた。
「木田が電話するっつったんだろ。だから自制してたんだろうが」
「だ、だって、岡野は人の話なんか聞かないじゃないか」
 今までそんな殊勝さの欠片も見せたことがない。
「かー、なんだよ、バッカみてえ。しつこくしたら嫌われるかと思っておとなしく待ってたんだろうが。いくら待っても連絡ないし、いい加減我慢も限界のところに、川合の頼みだったらほいほい聞いてやるのかって思ったら、もう頭に血が上った」
「そんな、いつも強引なくせに」
 岡野はいつもぼくの言うことなんか聞かないで好き勝手してるんだから、ぼくからの連絡なんか待つことないじゃないか。
「俺、真面目に悩んでたんだぜ。やっぱ顔見てないとダメだな、なんか。どんどん不安になってくんの。こっちはすげー会いたいと思ってんのに、そっちはなんとも感じてなさそうだしさ。だからまあ、かなり苛々してたんだよ。悪かったな」
 岡野はぼくの気持ちなんか考えたりしないと思っていた。マイペースで自信家で、ぼくが岡野を好きだと自覚するより先にその想いを見抜いてさえいたのだと思った。
 その岡野も不安だったというのか。
「木田、なんとか言えよ。俺、謝ってんじゃん」
「それ、謝ってるのか?」
「うん? いや、木田のせいだって言ってんのかな?」
 しれっとした顔で岡野は嘯く。
「なあ、責任取れよ」
 言いながら、岡野の指がぼくのシャツのボタンにかかった。


「木田って本当ヘンな奴。こんなに感度いいくせにしなくても平気なの?」
「何言って…、あ、あ、あ」
 気休めにカーテンを閉めたところで、昼間の部屋はひどく明るかった。ぼくの表情がよく見えると岡野はご満悦だった。
「あんまり涼しい顔してられるとさ、ムラムラしてるこっちがバカみたいで、めちゃくちゃにしてやりたくなるんだよな。俺、もしかして木田のこと嫌いなんかなと時々思うよ。少なくとも川合とつき合うなんて言われたら、とりあえず殴らなきゃ気が済まないと思うね」
「な…んで、ぼくが、川合さんとつき合…あッ…う、つき合うなんて…」
 両腕を上げさせられ、顔の脇で押さえられたまま腰を揺さぶられる。言いたいことの半分も言葉にならなかった。
「前から川合のこと誉めたりしてただろ。無神経なんだよな」
 無神経? 岡野から無神経と言われるほど心外なことはない。ぼくが反論できる状態でないのをいいことに、岡野はやりたい放題だった。
「や…ッ」
 いきなり胸に歯を立てられ、ぼくが息を飲むと、岡野は喉の奥で笑った。
「や? いや? やめろ? それ、すっげーキた。も一回言って」
 言いながら唇と舌先とでこねまわしてくる。ぼくは奥歯を噛みしめて声を洩らすまいとした。
「俺、マジで木田のそういう表情にハマってるよ。なあ、わざとやってんの?」
「ちがッ」
 声を抑えようとして、必死で食いしばっていたら顎が痛くなった。もう酸欠で死にそうだ。顔が真っ赤になっているのが自分でわかった。
「バカ、木田」
 岡野が唇をこじあけてキスしてきた。
「我慢してる顔もそそるけど、呼吸まで止められたら怖いだろ。声、出せ」
「ふ…、ぅ、あ」
 堪えていた分、タガが外れたら喉からこぼれ出して惰性がついたように止まらなくなってしまった。
「あ、あ、あ」
 岡野の動きに合わせて、あられもない声が洩れる。身体の奥まで入り込んだ岡野に翻弄され続けた。
「おか…岡野っ、も、も…もうダメ、ダメだから」
 プライドもなく息も絶え絶えに訴えたが、岡野は無慈悲だった。
「甘いよ。散々オアズケしといて、ちゃんと責任取れよな。真面目な木田は責任感強いって評判だぞ」
「も、いやだ…や、岡野ぉ」
 舌足らずになっている自分の声に耳をふさぎたい。
 ややあって動きを止めた岡野にふと息をついた瞬間、脇の下から肩を抱えられて上半身を起こされた。さらに岡野が深く入り込んで眉が寄る。
「木田、目を開けろよ」
 正面から岡野が囁いてきた。薄く開きかけた目が真っ直ぐ岡野の目とぶつかった。
「今、繋がってんだぜ、俺たち」
 露骨な台詞に睨みつけるつもりが、半端に泣きそうな表情になってしまった。
「好きって言えよ、木田」
 視線をそらして、首を振った。
 そのままさらに引き寄せられる。
「んうッ」
 刺激に耐え切れず岡野にしがみついたぼくの頬に、奴は唇を這わせた。熱っぽい吐息混じりに囁いてくる。
「なあ…聞かせて。好きだって言って。俺、木田が好きだよ。だから木田もちゃんと好きだって言えよ」
 ぼくのことをわからないとほざいていたくせに、それでどうして簡単に好きだって言えるんだよ?
 岡野みたいな奴、ぼくには理解できない。理解できない相手を好きだなんて、どうかしている。
 身体の中で脈打つ熱。ぼくを切なくさせるもの。岡野はぼくに思考を放棄させる。何も考えられない。ただ感じるだけだ。
「好きだ」
 ぼくは岡野の頭を抱え込んだ。顎に、頬に、触れる髪をくしゃくしゃと掻き回す。
「好きだよ、岡野」
「あ、やば…い……んっ」
 呟きが耳に入るより先に、身体の奥で岡野が達したのを感じた。


「木田っておかしな奴だよな」
 頭の上で独り言のように岡野が呟く。ぼくは口を利くことさえ億劫で黙っていた。岡野の指が髪をいじっているのを心地よく感じていた。
「真面目かと思えば強情だし。時々ヘンなふうに素直。俺、どうしていいかわかんねえよ」
「…うるさい」
 ぼくはかすれた声で言って、目の前にある岡野の肩口に軽く噛みついた。
 どうせ好きなようにするくせに。今さらどうしていいかわからないなんて言わせない。
「本当ヘンな奴」
 岡野は両手で頬を挟んで口づけてきた。
 真面目だとか優しいとかありがたくもないお世辞は何度か聞いたが、ぼくをヘンな奴などと言うのはこいつしかいない。そしてぼくは岡野ほどヘンな奴を他に知らない。
 長いキスの後、真正面から目を合わせて岡野はしみじみ言った。
「木田、絶対女の幽霊ついてると思うぞ」
 …あほたれ。



END





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