暴走



 週休日の前日のせいか、職員室は日直の今井を残していつもより早く空になっていた。来週から定期試験が始まるとあって、部活の生徒たちも五時前に練習を終えているらしい。すでに体育館の鍵が戻っていることを確認した今井は、誰もいなくなった職員室に念のため施錠してから、校内の巡視に出た。
 一階の教室から順に回り始める。すっかり日がのびてまだまだ明るかったが、どの教室も見事に無人だった。早く下校したとしてもその全てが試験勉強をしているとは限らないが、それにしても熱心なことだと今井は苦笑を洩らした。自分が高校生の頃はどうだっただろうかと考えるが、まるで記憶がないというのは、それが昔のことだという証拠なのかもしれない。
 二階、三階と上がって行き、最上階の四階まで来た時、話し声を聴いた。
「おーい、まだ残っているのか?」
 そう声をかけながら、今井は三年の教室のドアを開けた。中にいたのは、二人の男子生徒だった。窓際の中ほどの席に古谷が座っており、その前の椅子に寄りかかるような形で篠田が向かい合っていた。ドアのほうに視線を向け、今井の顔を認めた途端、二人がチラリと目配せを交わしたことに、今井は気づかなかった。
「あっれー、今井センセー」
 殊更に明るい声を上げたのは、古谷だった。
「どうしたの?」
「どうしたの、じゃないだろ。戸締りして回ってんだよ。お前たちもさっさと帰れ」
「先生、当番なんだ?」
 篠田に訊かれて、今井は彼に目を向け「ああ」と頷いた。
「お前ら、何か用があるんだったら、これから特別棟を見てくる間だけ猶予してやるから、早く済ませろよ」
「あ、もう帰る、帰るよ」
 譲歩してみせた今井を遮るように古谷はガタガタと音をさせて席を立ち、篠田を促した。
「先生、これから特別棟の見回り?」
 同じく身を起こした篠田の言葉に、古谷が
「それ、危ないよな。先生、一人で?」
 と言い出した。
「おいおい。学校で暴漢でも出るって言うのか?」
 今井は苦笑いした。
「わっかんないじゃーん。もう校舎に誰もいないぜ。助けてもらえない」
「お前ら、俺を脅かしてどうすんだ」
「俺たちが一緒に行って護衛してやるよ。なあ、篠田?」
「何を企んでる?」
 今井は笑いながら言った。少しだけ不審を感じたものの、もともと古谷は人懐こい生徒なので、ただの気まぐれなのだろうと判断した。今井のいるドアに近づいて来た古谷は「さあ」と今井の肩を押すようにして促した。古谷と篠田に挟まれる恰好になった今井は、歩き出しながら左側の篠田を見上げた。
「どうしたら、そんなにでかくなるんだ?」
 篠田は黙って笑みを見せた。古谷は一八〇センチを軽く超えているようだったが、それより幾分低いとはいえ篠田も今井から見れば長身と言えた。
「毎日牛乳飲んでるんでーす」
 右側から古谷がおどけてみせる。いつも一緒につるんでいる古谷と篠田は、校内でも目立つ生徒たちだった。生徒会や部活で活躍しているわけではなく、成績もそこそこという程度だったが、何かと話題になっていた。女子生徒たちにも人気があるらしい。真面目とは程遠い古谷は、なぜか教師たちに受けがよくて、屈託のない性格のせいか声をかけられることが多く、コンビを組んでいる篠田を伴ってしょっちゅう職員室にも出入りしていた。今井は、担当している英語部の女子生徒が、彼らの担任である女性教師は露骨に古谷を贔屓していると憤慨してみせるのを聞いたこともある。
 今井は古谷たちのクラスの英文リーダーを受け持っていた。古谷はどの授業でもそうなのだろうと思うが、時々授業を中断させるような行為に出ることがあった。本気でしかるようなものではなく、たいてい苦笑して許さざるをえなかった。
 篠田は、古谷と較べるとおとなしく見えた。古谷と組んで他愛のない悪戯を企んでいるようなときには声をかけやすい雰囲気だったが、篠田が一人だけのときには声をかけるのをためらわせるものがあった。それでも今井は篠田を好ましいと感じていた。授業中、真っ直ぐに見つめてくる篠田の視線は心地好かった。古谷のように打てば響くような反応を返すわけではなかったが、ちょっとした冗談に篠田の口元がほころぶのを見るのは、今井のひそかな楽しみでさえあった。


 特別棟は、ほとんどの部屋に施錠してあるので、廊下の窓から異常のないことを確認するだけだった。それでも上の階から順に一応は全ての部屋を見て回る。その間じゅう古谷は、今井の持っている鍵の多さに大袈裟に感心したり、懐中電灯の明かりを顎の下に当ててみせたりして騒いでいたので、今井は何度も篠田と顔を見合わせて苦笑した。
 一階まで来て、一番奥の保健室わきの非常口から繋がっている体育館に向かい、きちんと施錠されていることを確めた。外は夕闇が漂い始めていた。
「あ! 先生、そこに誰かいるッ!」
 校舎に戻る途中、古谷が植木の陰を指差し、突然大声をあげて脅かそうとした。今井は「バカ」と言い捨てさっさと中に入った。
「ちぇー。でもさ、俺たちがいなかったら怖かったでしょ?」
「阿呆、大の男が何を怖がるって言うんだ?」
 今井は呆れたように首を振って、非常口に施錠しようと二人に背を向けた。体育館との通路として使われ日中は常に開け放されているためか、そのドアはいつも立て付けが悪く施錠が大変だった。無理に押さえつけるようにして鍵をかけようと苦労している今井の背に、ふいに重いものが被さってきた。
「バカ、やめろよ」
 また古谷がふざけているのだと思った今井は、たいして気にも止めなかった。ようやくガチャリと鍵がかかる。その時、篠田の声が今井の上に降った。
「先生、好きです」
 今井は驚いて肩から前に回された篠田の腕を見た。
「な…に?」
 身をよじると、すぐに腕は外され、今井は篠田と向き合う形で立ち尽くした。古谷は廊下の先の離れた場所にいた。
「俺、先生が好きなんです」
「お前、篠田、ゲイなの?」
 咄嗟に何を言ってよいかわからない今井がそう訊ねると、篠田は唇を歪め、黙って今井を見つめた。今井は混乱した。
「ごめ…、俺、ゲイじゃないし。それにお前、生徒だし。悪いけど、俺…」
 しどろもどろに言葉を紡いで、今井は逃げ出すように足早にその場を立ち去ろうとした。古谷の顔も見ずにその脇を通り過ぎようとした時、ぐいと腕をつかまれ引き止められる。
「今井先生、それはないんじゃないの?」
 古谷が苦笑いの表情を浮かべていた。
「篠田は、本気であんたのことが好きなのにさ。それじゃ、あんまりつれないだろ」
 今井はつかまれた腕を振り解けなかった。急に古谷に対して恐怖を感じた。古谷は今井の腕を背中にねじり、篠田のほうに押し出すようにした。
「篠田、こいつには口で言ったってわかんねえよ。…やっちまえよ」
 今井は耳を疑い、かすれた声を上げた。
「な。バカなことはよせ」
「ほら、篠田。今井先生は、お前の気持ちなんか全然わからないんだぜ。バカなことなんて言われちゃってさ」
 古谷に挑発された篠田が意を決したように近づいて来る。今井は必死でもがいたが、背後で羽交い絞めにしている古谷はビクともしなかった。
「よせ、篠田、よせ!」
 叫び続ける今井の顎を篠田の手が捕える。唇が押し付けられた。今井は目を見開き、近すぎて焦点の合わない篠田の睫毛を眺めた。それは一瞬で、篠田はすぐに離れた。
「もう、いいよ」
 苦しそうに俯く。
「これで、諦める」
 今井はほっとしながらも、篠田の様子に心が痛むのを感じた。
「そんなわけにいくかよ?」
 古谷が怒りを含んだ声で言った。
「てめえ、篠田。本気なんだろう? 簡単に諦めるなんて言うな! そんな半端なことで泣かされた瑞希の気持ちはどうなるんだ」
 責められた篠田は眉をひそめて、古谷を見返した。
「そんなんじゃ俺は許せねえよ!」
 古谷は叫び、篠田を睨んだまま今井の耳元に口を寄せ囁いた。
「先生、こいつはね、あんたが好きになったからっつって、俺の妹を泣かしたの。可哀そうにあいつは何も悪くないのに、捨てられて傷ついたんだよ。だけど篠田はあんたに本気みたいだから、しょうがないと思うしかないよな。妹がそういう目に遭ってるのに、篠田が諦めるって言ったからって、俺は「はい、そうですか」なんて頷けないんだよ」
 言いながら古谷は、後ろから今井のシャツのボタンに手をかけた。
「何をするんだ!」
 今井は慌てて、服を脱がしにかかる古谷を押しのけて逃げようとした。
「篠田!」
 今井を押さえ込んで、古谷が篠田を怒鳴りつけた。
「見せてみろよ、お前の本気。簡単に諦められるような気持ちじゃないんだろう! こいつにわからせてやりたいって思わないのかよ」
 はじかれたように篠田が動き、二人がかりで今井の服を剥ぎ始めた。
「いやだ! やめろッ。お前ら、何をしようとしてるか、わかってんのか」
 今井は声をあげて抵抗したが、ただでさえ体格で負けている相手が二人がかりでは敵うはずもなかった。篠田が引きちぎるように外したネクタイの端が、古谷に腕を封じられている今井の頬を打った。シャツが開かれ、アンダーシャツをつけていない肌が外気に曝される。
 篠田の手がズボンのベルトにかかり、今井は悲鳴を上げた。
「いい加減にしろよ。冗談じゃ済まないぞ」
「冗談なんかじゃ、ない」
 篠田の目が熱を帯びていた。下着ごとズボンを引き下ろされ、今井は羞恥に顔を背けた。全裸にされた今井を古谷が引きずり立たせ、全身が篠田の視線に曝された。
「ちゃんと見ろよ、篠田。こいつは男だよ。それでも好きだって言えるんだろう?」
 篠田の両手がそろそろと伸ばされた。魅入られたような動きだった。今井の耳の後ろに触れ、頬から顎に移り、首筋を伝い、胸を這う。胸の突起を親指で押さえられ、今井は自由にならない身をよじった。
「やめッ」
 手は留まることなく、そのまま脇腹を撫で、腹から下半身に触れた。今井は驚きで息をのんだ。始めはおずおずと戸惑う様子だったが、次第に篠田の手に力がこもった。
「やめろ。やめてくれ」
 快楽が引き出されそうになって、今井は慌てた。唇を噛み首を振って抵抗するが、身体は意志を裏切った。
「あ、あ、あ」
 今井の変化に、背後の古谷がフッと笑うのがわかり、身体がますます熱くなる。足に力が入らず立っていられないのに古谷に吊り下げられたような恰好が苦しかった。
 半開きで喘ぐ今井の口に吸い寄せられるように篠田が口を寄せた。舌が差し込まれる。
「ん、んうっ」
 歯をなぞり舌を絡ませながらも、篠田の手は休むことなく今井を翻弄した。制止の言葉を発しようとした今井の口から唾液がしたたった。
 今井は自分の身に起こっていることが信じられなかった。男子生徒の手で高められ、悶えている己の浅ましさ。
「先生、好きなんだ。俺、本気で先生が好きだ」
 篠田が熱のこもった声で囁いた。すっとその手が今井から離れ、彼は自分のベルトを外し始めた。篠田はすでに興奮している自分の下半身を引き出すと、今井の足を抱え上げようとした。古谷がそれをとどめる。
「あー、やっぱ、いきなりは無理じゃないの。そこの水道に石鹸かなんかあるだろ」
 頷いた篠田が廊下の中ほどにある水飲み場に向かうと、今井は本能的な恐怖を覚えて渾身の力で暴れ始めた。さすがに古谷も抑え切れなくなり、腕の力が緩んだ。振り解いて逃げようとした今井を古谷は引き倒し、リノリウムの床に体重をかけて押さえ込んだ。
「ちょっと、先生。往生際が悪いなあ。処女膜があるわけじゃあるまいし、いいだろ」
「ふ、ふざけるな。お前、自分のやっていることがわかってんのか」
「もうここまで来たら、やめるわけにいかないって。篠田、早く来いよ」
 横たえられた今井の頭のほうに回った古谷は、今井の肩と腕の付け根を膝で押さえ、足首をつかんで引き上げた。屈辱的なポーズをとらされた今井は、全身を朱に染めた。
「離せ、離せえッ!」
 その叫びは泣き声に近かった。曝された秘所に、篠田が濡らして泡立てた石鹸を押し付ける。ひやりとした冷たさに今井の身体が緊張した。擦りつけられるヌルヌルとした感触が気持ち悪くて、今井は泣きたくなった。ゆっくりと篠田の指が埋め込まれた。
「…ッ!」
 古谷の手がしっかりと足首をつかまえていて、逃げることもできない。頭を振りたて、形をなさない抵抗を試みる。わずかに動かせるのは腰だけで、抵抗しているはずが自分で刺激を受けるはめになった。身体の中で感じる篠田の指。うまく呼吸ができず、浅く息をくり返すと、まるで喘いでいるようだった。
「前立腺を刺激してやれよ。保健の授業でやっただろ」
 古谷が余計な指示を与えた。
「それって、どこにあるんだ?」
 困惑気味に訊きながらも、篠田は今井の中で指を動かした。
「知らないけど、付け根のあたりじゃないの」
「いやだ。抜けよ、篠田、その指を抜けっ」
 今井の叫びを無視して、篠田は今井の中を探った。やがてその個所に来て、今井の身体がビクリと跳ねた。
「ああっ」
「ビンゴ」
 古谷が面白そうな声音で言う。今井がそれに屈辱を感じるひまもなく、篠田はそこを責め立てた。それまで感じたことのない感覚に今井の身体が痙攣した。
「んっ、あ、ああ、よせ、篠田、やめてくれ」
 自由にならない四肢を強張らせて呻く。もどかしさに床に立てた指が滑る。無意識に浮かせた腰に、張りつめた前を篠田が空いている左手で、つ、と撫でると、「ひ」と喉を鳴らして今井はあっけなく射精した。
「あーあ」
 古谷にクスリと笑われるが、今井の下半身は勢いを失っていなかった。篠田が指を二本に増やした。刺激を与えるよりそこを拡げることを目的とした動きだった。
「いや、だ。やめ…、や」
 今井は目をきつく閉じ、食いしばった歯から言葉にならない声を洩らした。身体の中をうごめく篠田の指。少しずつ慣らしながら、時折前立腺を突いてくる。その度に今井は腰が跳ねるのを自覚した。
 篠田と古谷の吐く息も熱かった。二人は年上の男を征服していくことに興奮を覚えているようだった。篠田が指を抜き取り、自分のものをあてがった。押し付けられた熱に、今井の身体が緊張する。
「先生、力抜きなよ。裂けちゃうと大変だろ。篠田はあんたを傷つけたいわけじゃないんだから」
 古谷の声に、今井は目を開けて真上にある篠田の顔を見上げた。古谷と較べると極端に言葉数が少ないように思われている篠田。それでも今井は、彼が何より雄弁な目を持っていると思っていた。今井を見つめる篠田の視線に好意を見つけ、しかしその好意の種類に考えが及ばず、ただ懐かれているらしいことを誇らしく感じていた。
「先生」
「篠田…」
 応えるべき言葉をもたないままに口を開きかけた今井の中に、篠田が身体を進めた。篠田の下半身にも周到に石鹸が塗りつけてあり、そのぬめりを使って一気に押し込んできた。
「ああああっ」
 衝撃に今井の背中が反り返る。ずりあがって逃げようとするが、肩を押さえた古谷の膝が阻んだ。逃れようのない身体に篠田の熱が侵入してくる。
「やっ、やめ、し、篠田っ。んう…ああっ」
 跳ねる今井の勢いに、足首をつかんでいた古谷の左手が外れた。片足が落ちると、ますます篠田を深く咥え込んだ形になった。
「くっ!」
 古谷が右手も離し、篠田が今井の腰をしっかりと抱え込んだ。内側の異物を今井の身体は拒絶した。排除しようとする動きに締めつけられた篠田は、低く声をあげて今井の中に放った。
「うわ、篠田、それ早すぎ」
 古谷がちゃかす。篠田は射精した後も抜き取らず、萎えていた今井の前を扱き始めた。
「あ、あ、よせ」
 今井はその手をつかんだが、力が入らず篠田を止めることはできなかった。その手で今井の快楽が呼び起こされるにつれて、中の篠田も力を持ち始めた。
「先生、好き。好きだよ。俺、本気だから」
「や…、あ、は…あ」
 前を弄る篠田の手と、中に入り込んで体積を増しているものと、自分がどちらに刺激されているのかわからず、今井は混乱した。
 いつのまにか古谷が離れていたが、今井にはそのことに気づく余裕さえなかった。古谷は脱ぎ捨てられた服の間から鍵を拾い上げて近くの保健室のドアを開け、中に消えた。鍵の立てた金属音も引き戸の音も、今井にそれが何かを認識させることはなかった。
 篠田が今井の足を抱え上げるようにして腰を使い始めた。
「はっ…、はぁ…あ」
 今井の喘ぎと篠田の荒い呼吸が静まり返った廊下に響く。
「感じるだろう? 先生、俺、本気なんだよ」
 熱っぽく囁きながら篠田が何度も今井の奥を突く。その度に今井の身体を電流が走り抜けた。
「も、もう、いやだ。本当にいやだ」
 見開いた今井の目に涙が浮かぶ。篠田の動きは今井を昂ぶらせるだけで、解放に導かない。このまま永遠に続きそうな気さえして、今井は篠田にしがみつき哀願していた。
「許してくれ。も…う、だめだ、だめっ」
 前を握った篠田の手に自分の手を重ね、擦りたてる。羞恥よりも欲情が勝っていた。今井の動きに合わせて篠田がさらに突き上げてくる。
「ぅあ、や、やめ」
 それが快感を高めるように感じられて、今井は怯えて首を振ったが、もう後戻りはできなかった。
「ん…っ、んっ、ん」
 動きを早めていく篠田に翻弄され、今井は声を上げ続けた。石鹸と混じり合って先程中に放たれた精液の立てる音が、卑猥に響き、今井の耳を打つ。
「先…生っ」
 篠田が堪えきれない声をあげ、爆発した。
「あっ、ああああ」
 奥に熱い迸りを受け、今井は長く尾を引く悲鳴をあげて果てた。


 余韻の中で篠田がぎゅっと抱え直しても、今井は呆けた表情で彼を眺めているだけだった。
 すっかり薄暗くなった廊下でしばらく抱き合っていた二人に、ガラリと音を立てて保健室のドアが開けられた。
「終わったかー?」
 能天気な声をかけたのは、古谷だった。
「バカだよな。ここに保健室あんのに。ベッド、使えたじゃん」
 そう言いながら、二人の傍らにしゃがみ込む。
「あーあ、ぐちゃぐちゃ。中で後始末してやれば?」
 その言葉に今井は正気に戻り、自分を抱え込む篠田の腕をつっぱねようとした。
「お前ら、お前ら、とんでもないことをしやがって!」
 むずかる子供のような口調だった。
「とんでもなく、よかったんでしょ? 俺はノーマルだけど、かなりそそられちゃった」
 今井の裸の肩をつつき、ひやかす古谷から、守ろうとするように篠田が今井を抱きしめる。古谷は苦笑した。
「ほら、先生。強がったって、そのままじゃ困るだろ。保健室入って、篠田に責任取ってもらえよ」
 保健室で今井が羞恥に耐えながら篠田の処理を受けている間に、古谷は廊下を片付けているらしかった。
「先生、ごめん」
 よれよれになった服を身につけてベッドに腰掛けた今井の足元の床に膝をつき、篠田は今井を見上げた。自分を乱暴した相手だというのに、今井は篠田を憎む気になれなかった。
「…お前、友だち選んだほうがいいぞ」
 何ヵ所かほつれたシャツのボタンをいじりながら、今井は呟いた。篠田の暴挙は古谷に引き摺られたのだと考えたかった。今井は、自分は篠田を好きなのだと自覚した。それが恋愛感情なのかは判然としなかったが、こんな乱暴をされてさえ許してしまうほどに、篠田は悪くないと考えたがるくらいに、今井は篠田に好意を持っているのだ。
 篠田は困惑したように言った。
「俺、ずっと先生が好きで。古谷もそれを知ってて。だから」
 今井は自分の弱さを呪いたかった。篠田の想いも古谷の気持ちも理解できるような気がしてしまう自分が嫌だった。
「廊下、キレーにしたぞ。全然わかんないくらい、バッチリ」
 古谷がおどけながら、保健室に入ってくる。
「先生、車の鍵、貸してよ。俺、仮免受かったんだ。家に送って行くから」
 近づき手を差し出した古谷の表情に、幾分かの謝罪の気持ちを認めて、今井は不承不承鍵を渡した。
「車、回してくるから、玄関で待ってて」
 言い残し、保健室を出て行こうとする古谷の背中に声をかけた。
「ぶつけるなよ」
 振り返った古谷がチラリと笑みを見せた。こうしてたいしたことではなかったように振舞うのが、正しいことなのか今井にはわからなかった。けれど、それしかできないような気がした。篠田の手を借りて立ち上がる。身体に残る違和感に思わず顔をしかめた今井に、篠田が「ごめん」と謝った。今井は自分がすがっている生徒を見上げた。これから自分は篠田とどんな関係を結ぶつもりなのだろうと思った。簡単には答えの出せそうにない問いが、今井の胸に残っていた。



END





2001.1.27up




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