匿名会社の保養所を使って行われる入社三年目の研修には懐かしい顔ぶれが揃っていた。それぞれの配属先が決まってから、今日まで一度も顔を合わせることのなかった相手も多かった。だが会わなかった期間など同期の気安さで簡単になかったものになり、研修の間、俺たちは学生時代のような楽しさの中にいた。 研修の最終日。懇親会と称したドンチャン騒ぎを終えて、割り当てられた部屋に戻ったものの、俺はなかなか寝つけなかった。同室の奴らが酔いのせいで高いびきをかき始めて、ますます眠れなくなる。 冴えた目で天井を眺めているうちに風呂に入りたくなってきた。寝返りを打つたびに、宴会で髪に沁みついた煙草の匂いが鼻をつく。俺は自分では吸わないから余計に気になった。 保養所の入浴は午前0時までと制限されていたが、シャワーを使うくらい許されるだろう。そう考えてこっそり部屋を抜け出した。 ロビーを通り過ぎる時、休憩コーナーの自販機のところで誰かが煙草を吸っているらしい気配を感じたが、わざわざ確認することもないから、黙って通り過ぎた。 脱衣所で服を脱ぎ始めて、そういえばコンタクトをしていないな、と気づいた。 俺はかなり目が悪いから、こういう場ではコンタクトをしたまま風呂に入ることが多かった。それをうっかり部屋に置いてきてしまった。 多少危険かもしれないが、どうせ一人だから誰にも迷惑はかけないとすぐに見切りをつけた。 おそらく宴会前に使われたきり誰も入ってなかったのだろう、時間の経っている浴室の床のタイルは足の裏に冷たかった。 保養所の浴場は、真新しくて清潔そうなのはありがたいが風情が足りない。ろくに見えもしない目で、とりあえず文句をつけてみた。 近くの鉱泉を引き込んでいるというが、無機質なクリーム色に統一されていては、ちっともそれらしくなかった。 身体を洗っていると、ふいにガラス戸を引き開ける音がして、ひんやりとした空気が流れ込んできた。 顔を向ければ、ぼんやりとした肌色のかたまりが現れた。 「灯りが廊下まで洩れていたから、脱衣所のほうは消しといた」 「え? あ、ありがとう」 何気ない言葉で近づいてくる相手に、とりあえずお礼を言ったものの、裸眼の俺にはそれが誰かの判別ができなかった。 「目が覚めちゃって」 隣に腰掛けた相手に、言い訳のように呟く。相手が誰かわからないだけにどう会話してよいのかわからない。しかたなく訊ねた。 「えーと、誰?」 「え、わからないのか?」 するとひどく驚いた声が返ってきた。これは多分かなり親しい相手かもしれない。ただ、この研修のノリで普段よりも親しい口調で話している相手もいるから断定はできなかった。 「ごめん。俺、すごく目が悪くって。コンタクトしてないと、ほとんど見えないんだ」 「ふーん。この距離でわからないんだ」 「真面目に至近距離じゃないとわからない。誰?」 重ねて問う俺に、相手は答えず低く笑った。 「誰だと思う?」 「わからないから訊いているのに」 俺はちょっとイライラして呟いた。 「背中流してやろうか?」 後ろに回られると意外と体格がよさそうなのがわかった。近視の目にはシルエットが細く見えるのだ。決して太ってはいないが、俺の肩をつかむ手も力強い感じだった。 「なあ、ほんとに誰?」 身をよじって覗き込もうとしたら、さっと顔を反らしながら、俺が振り向けないように押さえつけてきた。 クスクスとおかしそうに笑う奴の髪が首の後ろに触れた。 「本当にわからない? 全然見当もつかない?」 「わかんねーよ!」 からかうだけの相手に腹が立ってきて、言い捨てた途端。 「ひっ!」 いきなり泡だらけのまま性器を握られて、身体が硬直した。 相手は無言になってゆるゆると手を動かす。 「ちょ、と、何、すんだよ? そ…んなとこ、洗ってくれなくて、いいよ」 俺のあせり声に頓着せず、手は明確な目的を持って、俺を追いつめてくる。 「ちょ、や、やめろよ」 ただの悪ふざけにしても相手が誰かわからないのが恐怖心をあおった。 「…俺が誰だか当てたらやめてやるよ」 咽喉の奥にからんだような声。 男は、背後から俺の身体をしっかりと抱え込んで、もう片方の手で胸のあたりを撫で始めた。 緊張して硬く尖った乳首を爪先でこね回す。ビクンと身体が跳ねた。 「あ、あ、バカ、やめ…ろってばっ、ふ、う…」 制止の声はみっともないほどうわずっていた。 すっかり勃ち上がった俺の性器を弄ぶ手。この手の持ち主が誰かなんてもう知りたくない。 俺は前屈みになって、逃れようと試みた。まともに力が入らず四つん這いの恰好になる。 男は左手で俺のものを掴んだまま、右手を後ろに回した。尻の割れ目を辿り、その奥に指の腹を押しつけた。 「ッ!」 俺はとっさに声も出せず短く息を飲んだ。 「ここ、使ったことある?」 俺は必死でかぶりを振った。 「あるわけないか」 ため息のようにクスリと笑いを洩らして、男の指がゆっくりと中に入ってくる。 馴染みのない感触に肌が粟立った。 「や、いやだ!」 「大声出すと誰か来るよ。こんなとこ見られたら恥かしくない?」 耳の中に吹き込まれる淫靡な声。そのまま軽く耳朶を噛み、舌を差し入れてくる。 何をどう考えたらいいのかわからない。 ためらううちに指はどんどん侵入し、第二関節まで潜り込んだのを感じた。 「やめろっ」 そのまま指先が中を探り出す。内壁のあちこちを押してゆく指が、まるで生き物のようで。 「やめ、やめてくれ、いやだ」 逃れようと身体を仰け反らすと、肩が男に当たった。 「前立腺マッサージとか、したことないの? 風俗なんか全然興味ないのか?」 俺を抱え込むようにして、男が囁く。 聞き覚えのあるその声。 いやだ。俺にこんなことを仕掛ける奴が誰か、なんて今さら判別したくない。 その間も手は止まってはくれなかった。 「な、何、言って…ああっ! …い、やだっ」 中の一点を押されて、ぐんと性器が大きくなるのを感じた。 男が喉の奥で笑い、左手で俺の根本を締めつけた。 「痛い」と文句を言う隙もなく、中の指がその箇所を何度も押してきた。 「ひ、な、何、や…っ」 わけのわからない快感に支配されて、俺は身悶えた。 奥に入り込んだ指の刺激に呼応するように射精を止められた性器がビクビクと震えていた。 自分の意志と関係なく身体が男の指を締めつけて、男は「キツイよ」と笑いを洩らし、広げるように動かした。 「うあ、や…、は…離しっ」 俺は性器をつかんでいる男の手に爪を立てた。 「つ」 男は短い声をあげた。舌打ちとともに、指が引き抜かれ前も解放された。 「はあ…」 大きく息を吐き、つかの間の安堵を得た俺の両腕が後ろに回された。浴用の薄いタオルでまとめてきつく縛られる。 「いた、痛いよっ、バカ、何するんだ」 「わかってるだろう?」 平然と嘯かれて全身に鳥肌が立った。 頭と肩がタイルに押し付けられ、腰だけを高く掲げた恰好をさせられる。 屈辱と恐怖に涙が溢れた。 再び指が入ってきた。ヌルヌルと濡れた感触があった。必死で拒もうと力を入れるといったん引き抜かれ、両手で尻を揉むようにしながら、親指を入れてきた。 「やめろ」 先ほどよりも短く太い指で入り口だけを広げられている。気持ち悪さに下肢が痺れた。そのまま回すように動かされた。 「やめ、やめてくれよ」 力が抜けてゆく。その一瞬を狙いすました正確さで、男は腰を入れてきた。 「が…っ、う、ううう」 先端に入り込まれてしまっては、拒めなかった。 熱がじりじりと奥に入ってくる。俺は声を絞り出した。 「いやだあ! あ、あああ」 男の手がしっかりと腰をつかんでいた。身体中が強張る。 「力を抜けよ」 言いながら、片手が前に回った。泡の滑りを使ってもみしだく。 苦痛とないまぜになった快感に、俺は身をよじった。 「く…」 額がタイルを擦った。男がゆっくりと着実に身体を進めてくる。 「う…う…」 喉の奥からくぐもった声が洩れた。 無意識に割かれる痛みを和らげようとするのか、身体が勝手に男を引き込もうとした。 長い時間をかけてすべてが入りきった。 「あ…あ…」 閉じられない口から唾液が溢れて滴る。 俺のそこは、男をしっかりと咥え込んでいた。 手を縛っていたタオルが外されても、今さらどうにもできない。俺の手はタイルの上を力なく滑った。 そのまま男は、繋がった部分を基点にして俺の身体を回した。 「うわ…ちょ、アッ…や」 発火するかと思うような刺激は一瞬だった。 抗議さえ言葉にならず、気づけば仰向けに横たえられていた。 「目を開けろよ」 額を俺の頬にこするように近づけて、男が囁く。ぐいっとさらに押し込まれた。 必死で首を振った。こいつが誰かなんて知りたくない。 「なあ、松尾。俺を見ろよ」 「いや、だ」 強く拒否すると、男はいきなり激しく腰を使ってきた。内側から揺さぶられる。 「アッ、アッ」 抑え切れずに洩れた声が、まるきりのAVみたいに浴室に反響した。引き出され突き入れられる。奥の奥まで。 「松尾、俺を見ろ。おまえを抱いてるのは誰だ?」 押さえつけられた肩だけで体重を支えるような恰好にさせられていた。 重力を味方にした男がさらに結合を深めてくる。 「やっ、やめろぉ」 知りたくもなかった身体の奥にある快感のポイントを執拗に突かれた。中からの刺激を受けて性器が異様な熱を持った。 「は…あ…ッ、あ、はぁ…」 濡れた音が耳を打つ。まともな声さえ出なくなり、喘ぎだけが浴室内にこだまし続けた。 どうにもならないくらいに煽られて、涙が溢れ出す。 「ンッ…は…、や、あ、あ…ああっ」 涙だけでなく、俺はとうとう射精してしまった。たいした勢いはなく撒き散らされた精液が俺と相手の腹を汚した。 「あ、あああ、いやだ、嶋田ァ」 屈辱に耐え切れず泣き出した俺は、相手の名を口にしていた。 嶋田は一瞬動きを止め、ため息のような息をついた。 「わかってんじゃねえか」 「ふ…ぅ…、おまえ、なんでこんなこと…」 繋がったままの下半身のせいで冷めない熱に浮かされて、涙は後から後から溢れ出た。 「わかるだろ?」 力なく首を振る俺の顎を捉えて、嶋田は目を覗き込んできた。 涙の幕の向こう側、見慣れた端整な顔が歪んだ。 「わからないなんて、言わせねえよ。おまえは知ってたんだ、そうだろう?」 言いながら唾液のたまっている俺の口の中に人差し指を入れて舌を押さえた。こねるように動かし、歯列をなぞった。 「ア…ッ、んん」 差し入れられた指が口内を嬲る刺激が下半身にまで伝わる。 同性の性器を押し込まれて締めつけるように蠢く、これは本当に俺の身体なのか。 「もう…もういやだ。抜けよ、嶋田」 口の中にある指のせいで呂律が回らない。 嶋田は、引き抜いた指を俺の前髪に差し込んでかき上げた。 「松尾、おまえ、自分だけイっておいて、それはないだろう?」 言い様、嶋田は再び腰を使い始めた。 「アア…ッ、バ…、やめ、ンッ、ンッ」 リズミカルに打ちつけられる腰の動き。自分の意志と関係のないところで高められる快感。 逃れようがなかった。 「も…、やめてくれよ、嶋田ァ」 俺の泣き声に嶋田は満足そうに咽喉の奥で笑い、さらに突き上げてきた。 「ああッ」 「もっと、だろ? な、松尾、もっと欲しいだろ」 頭の中が真っ白になって、何も考えられない。この身体にたまっていく熱をどうすればいいのかわからない。 「も、やッ。や、やだ…嶋、田ッ。や、俺…や」 揺すられる動きに邪魔されて言葉にならない。 むずかる赤ん坊のような嗚咽を洩らし始めた俺に、嶋田はふいに動きを緩めた。 ゆっくりと焦らすようにグラインドされて、もどかしさに気が狂いそうになった。 射精寸前の身体があと一歩の刺激を求めていた。 「や、嶋田…も、もっと…俺、イク…あ、イきた…い、もっと、ア…、ア…」 理性を手放し、あさましく自分から腰を振りたてると、嶋田が応えるように突き上げてきた。刺激を求める場所を的確に突いてくる。 「アアッ、アアッ」 絶頂を迎えた俺は、その熱を逃すまいと強く締めつけていた。 「あああっ」 同時に俺の二の腕にギュッと爪を立てて、嶋田が果てた。 ズルリと身体から嶋田が出ていく感触に、長く切ない吐息が洩れた。 「おまえは知ってたんだよな」 俺の身体を洗いながら、嶋田は確認してきた。その低い声は、優しげに悲しげに俺の耳を打った。 「知らない」 俯いて首を振ると、下から口づけられて顔を上げさせられた。唇を割って入ってきた舌は軽く口内を探ってすぐに出ていった。 甘い痺れが残った。 「嘘つきだな、松尾」 唇が離れる刹那、嶋田が囁く。俺は黙って涙をこぼしていた。 「何を?」と訊かなかった俺は、そう、多分、知っていたのだ。 |
タイトルを「君の名は」にしちゃおうか、ちょっとだけ迷いました。20020401UP |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||