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STEP -1-



「亘(わたる)!」
 駅前のデパート。五階と六階を繋ぐエスカレーターの途中で、下りに乗った俺を呼びとめたのは、上っていく加賀くんだった。
 大学の同級生だが、元は同じ高校の一級上の先輩だった。高校でそれなりに目立つタイプだった加賀くんの顔を、俺のほうは一方的に知っていたが、親しくなったのは大学に入ってからだ。
 入学式で俺に声をかけてきたのは、高校で隣のクラスだった敦志。敦志と加賀くんが部活の先輩後輩だったおかげで、俺と加賀くんは知り合った。
 慣れないうちはうっかり「先輩」と呼びかけては「先輩はやめろよ。"浪人"て呼ばれてるみたいだ」と文句を言われていたが、さすがにしょっちゅう一緒にいて二年目ともなれば「くん」付けも慣れたものだ。勉強もスポーツもそつなくこなし、女の子たちに騒がれて目立っていた「加賀先輩」と俺が、大学では友だち同士になるなんて、人生ってわからないものだと思う。
 エスカレーターを五階で降りると待つ間もなく加賀くんが下りのほうを駆け下りてきた。長い足で勢いがついてるから、エスカレーターのステップが壊れるんじゃないかと一瞬心配になった。びゅんと効果音つきで俺の目の前に着地する。
「うっわー、亘だ、亘。すっげー偶然な」
 俺の肩に腕を回して、加賀くんは大げさなくらいはしゃいだ声を出した。時々加賀くんは俺に対してこんな態度を取る。「亘って変わってるよ」というのが加賀くんの口癖だった。まるで珍獣扱い。こっちには何が変わっているのかよくわからなかった。
「何、買い物?」
 目ざとく俺の持っていた袋に気づいた加賀くんは「何買ったん? 何、何?」と言いながらそれを俺の手から取り上げた。なんだかやたらテンションが高い。
 休日の午後、俺はガールフレンドとの待ち合わせまでに時間があったので、CDショップを覗いてきたところだった。
「あー、なんだよ。これ、俺持ってるよ。言えば貸してやったのに」
 最近流行っている洋楽バンドの新譜が視聴コーナーにあったからつい買ってしまったのだが、確か人気が出るよりずっと以前に加賀くんがこのバンドを好きだと言っていたのを聞いた覚えがある。
「年末くらいに来日するって噂なんだよな。したら亘、俺と一緒に行かない? な、これからどっかでお茶しよ」
 CDを差し出しながらニコニコと笑いかけてくる加賀くんに俺は謝った。
「あ、ごめん。俺、これから待ち合わせ」
 まだ彼女と言っていいのか微妙な相手とのデートの約束。少しは緊張していたし、本当のところ加賀くんとお茶するほうが気楽でよかったが、まさかドタキャンできるような約束ではない。
 俺が断ったとたん加賀くんは唇を尖らせた。
「えー、マジ?」
「うん、ごめん」
「ちぇ、残念。せっかくタイミングばっちりだったのにな」
 加賀くんは「じゃあな」と手を振ってエスカレーターの向こうに消えた。


 チェーン展開をしている居酒屋のサービス券が期限ギリギリだったので使ってしまおうと、週明け早々に大学の仲間たちで飲みに行くことになった。メンバーは加賀くんと敦志、それに敦志と同じアパートの信也と古河くんだった。一年のときからたいていこの五人でつるんでいる。
「そういや亘、彼女とはどうよ?」
 形ばかりの乾杯の後、口火を切ったのは古河くんだった。
「どうって?」
 突然の質問に箸を止めて訊き返すと、古河くんはニヤッと笑ってみせた。
「もうヤった?」
「バカ」
 俺は呆れて首を振った。一見女の子にも見えるくらい可愛い顔立ちをしてるくせに、古河くんは下品だ。古河くんも一つ年上で加賀くんと同い年なのだが、俺は彼をあまり年上と意識したことはない。本当は加賀くんだって高校時代を知らなければ意識せずに済んだんだろうけれど。
「何、その、彼女って?」
 俺の隣で加賀くんが訊いてきた。あまり興味なさそうに、視線は手元のビールジョッキに落としたまま。
「いつだっけ? 結構前に合コンしたんだよ。したら、亘が気に入られちゃってさ」
「ふーん」
 加賀くんは横を向いてジョッキをあおった。
「あれ? あれれ、加賀、怒ってる? 合コン行きたかった? だって、あン時まだ加賀には村井チャンがいたから……っと、ゴメン」
 古河くんはジョッキを下ろした加賀くんにジロリと睨まれて、半笑いで謝った。
 村井さんは加賀くんが付き合っていた女の子で、二人はつい先日破局を迎えたばかりだ。加賀くんはただ「別れた」と言っただけで、俺たちの前でその原因を口にしなかった。学年では一つ上になる村井さんと加賀くんはお似合いのカップルと見えていただけに、もったいないような気がしていた。加賀くんはモテる人なので、もしかしたら他に好きな子でもできたのかもしれない。
「なんかさー、亘チャンに女の子ってヘンな気がするね。あんまり似合わない感じ」
 左隣から信也がヘロッと失礼なことを口走った。ガタイがいいくせに妙に舌足らずなしゃべり方をするから子どもっぽい印象がある。
「おまえに人のことが言えるか」
 すぐに古河くんが信也をからかい始めた。
「こないだだって、せっかく女の子が話しかけてくれてたのにロクにしゃべってないだろ」
 信也は男同士だとやたら人懐こくて傍若無人なくらいの振る舞いもするのだが、女の子に対しては遠慮がちで奥手だった。古河くんの言葉に拗ねたように唇を尖らせる。
「だって知らない人と何話していいかわかんねーもん」
「ガキ」
 古河くんと信也のやり取りに敦志が噴き出した。敦志は口数は多くないけれど人当たりがいい。高校まで俺の友人たちは似たタイプばかりだったのだが、このメンバーはわりとバラエティーに富んでいる。そしてその理由は敦志だと俺は思っていた。特に目立つことはしないけれど、それだけによい緩衝役になって間を取り持ってくれた。
 古河くんと信也が漫才のような会話を続ける中、俺は加賀くんが全然話に乗っていないのが少し気になっていた。一人だけコンパに誘われなかったら加賀くんのようにモテる人でも気に障るんだろうか。本当は敦志も彼女持ちなのだが、相手が四人というので古河くんに引っ張っていかれたのだ。加賀くんではなく敦志を選んだのは、加賀くんが入ると「バランスが悪くなるから」だそうだ。女の子が加賀くんに集中してしまうということらしい。
──いーの、いーの。どうせ加賀は女の子には不自由しないんだから
 俺たちの中でリーダー的な役割はいつも古河くんが果たしていたが、時々加賀くんとの間に微妙な空気が流れることがあった。加賀くんはどちらかと言えばマイペースなところがあってグループの中でリーダーシップを発揮するようなタイプではないのだが、やはり目立つ人なので古河くんとしてはやりづらい面もあるのかもしれなかった。もっとも古河くんが最終的に信頼しているのが加賀くんなのも確かだった。ここぞと言う時に古河くんが相談を持ちかけるのはいつも加賀くんなのだ。
 窺うように見ていた俺と、視線を感じたのかこちらを振り向いた加賀くんの目が合った。加賀くんは一瞬口を開きかけ、思い直したように黙ってジョッキを持ち上げた。


 大学の駐車場に車を置いて飲みに行った加賀くんは、俺のアパートに泊まることになった。車を持っている加賀くんは、大学や駅からは少し離れた場所にアパートを借りている。何度か遊びに行ったことのある加賀くんの部屋は真新しい2DKで、他の入居者はほとんどが既婚者らしい。対して俺のところはいかにも学生向けの小汚いワンルームで、駅にも大学にも近いから全部の部屋が同じ大学の学生で埋まっている。敦志たちのアパートも似たり寄ったりの条件だから、俺の部屋に泊まりに来るのは大体いつも加賀くんだけだ。そんなこともあって、いつもつるんでいる五人の中で比較するなら、加賀くんが一番親しいと言えた。
「あん時さ、やっぱ彼女と待ち合わせだったんだ?」
 部屋の中に腰を下ろすなり加賀くんは言った。小首をかしげるようにして。古河くんが酔っ払うとオヤジ化してくるのとは対照的に、加賀くんは酔うと子どもっぽくなる。機嫌のいい時などはガキ大将みたいなヤンチャな言動を見せたが、今日の機嫌は少々悪そうだった。
「あ、えーと……うん」
 飲み物を出そうと冷蔵庫を開きながら頷いた俺に、加賀くんはすっと視線を外した。
「ふーん」
 新しいガールフレンドのことを加賀くんだけが知らなかったのが面白くないのかもしれないが、彼女とはまだ付き合っているとも言えないような関係だったから、わざわざ報告するのは早いと考えていたのだ。不機嫌そうな加賀くんを前にしていると、軽はずみに話題にした古河くんを無神経だと恨みたくなってくる。
 俺は少し困って「ウーロン茶でも飲む?」と訊いた。
「亘ってー、どこのホテル使うの?」
 グラスを渡そうとしたら、加賀くんはチラリと上目遣いで俺を見て、露骨な問いを口にした。
「まだ彼女とは…」
 言いよどむ俺に加賀くんが畳みかけてくる。
「まだしてないんだ」
「――うん」
 まだ付き合い始めたばかりだと言うつもりだったのに。下ネタの苦手な俺には居心地の悪い話題だった。
「でも、するつもりなんだろ」
 俺は困って加賀くんの顔を見た。
 加賀くんはみんなでいる時より一対一では遠慮がなくなる。気がおけないという意味なら嬉しくもあるけれど、それが俺に対してだけだという保障はなかった。他の奴とでも二人きりなら同じ態度かもしれず、それを確認するすべはない。ただ、そうした加賀くんの人懐こさを知ることができただけでも、同じ大学に入った俺は幸運だと思うことがあった。加賀くんの見せる様々な表情の先に、自分がいることが時々不思議な気持ちになる。いつのまにか手に入れていた友人という位置が信じがたい夢のようだと感じるのは、高校時代の距離があるからかもしれなかった。
 俺には古河くんに対するようには加賀くんを「バカ」と切り捨てるのは難しかった。
「この部屋に呼ぶ気?」
 酔っているせいか加賀くんはしつこかった。
「こうやって隣に坐ってー、適当に話なんかしちゃって」
 揶揄するように加賀くんが肩を抱いてきたので、俺は手に持っていたウーロン茶をこぼさないようにグラスをテーブルに置いた。くっきりとした二重の下の瞳がまっすぐに俺を見ていた。
「押し倒す」
「わっ」
 いきなり加賀くんは俺に体重をかけてきた。横倒しになったところで肩を押さえつけられ、俺は仰向けになった。加賀くんの手がシャツのボタンを外していく。
「加賀くん」
 いじけた子どものようなイタズラに俺はどんな反応をするべきか迷っていた。はだけた胸をさすった加賀くんの手は次にジーンズのボタンにかかりジッパーを下げた。
 上から見下ろしてくる加賀くんの顔はまだ拗ねたように口をへの字に曲げていた。
 加賀くんの身体から力が抜け、そのまま俺に覆い被さってきた。頬に加賀くんの髪が触れた。アルコールの匂いに混じって、いつものコロンがふっと香った。
 いつ、加賀くんが笑い出すのかと待っていた。
 加賀くんが笑って「俺にだけ秘密にしやがって」となじってくれたら、俺は「ごめん」と謝り「まだそんな相手じゃないよ」と言い訳できるはずだった。
「亘、なんで抵抗しないんだよ」
 加賀くんはふいに顔を上げ、困ったような表情で俺を見下ろした。
「本当に食っちまうぞ」
「加賀く…」
 唇に、加賀くんのそれが落ちてきた。少し離れてはくり返し押し付けられる。その意味が、俺にはわからなかった。見開いた目の先、近すぎて焦点の合わない加賀くんのまつげ。ようやく離れたこげ茶色の瞳の中に自分の顔を見つける。事態を把握できずに呆然としていた。
「いまさら歯止め利かねーよ。おまえが悪いんだ、亘」
 泣きそうな顔で囁く加賀くんが、何を言っているのか、俺には理解できない。
「やめ、やめようよ」
 かすれた声で、ようやくそれだけを呟いた。どこかで笑わなくちゃいけない。冗談だって、笑い出さなきゃ。
 加賀くんは答えず、わずかに身体をずらして、右手をためらいもなく俺の下着の中に入れてきた。
「加賀くん!」
 突然のことに悲鳴をあげた俺の口を、加賀くんは再び唇で塞いだ。抗議の声を吸い取るように舌をむさぼられる。加賀くんの手は容赦なく俺を刺激し始めた。身をよじろうとする俺の抵抗を体重をかけた身体ごと封じ込める。空いている左手が肌を這い回り始めた。
 息ができず咽喉が鳴った。俺に絡みついた熱っぽいその指は確かに同性のもので、あせるほど的確に快楽を引き出していく。そしてそれは自分のではなく完全な他人の手。
 ガールフレンドの存在を隠していたことで仕掛けられたにしては、ひどいイタズラだった。
「ふ……、ん、ん」
 喘ぎ始めた俺の口から唾液が滴ると、それをたどるように加賀くんの唇が頬から耳のほうに移っていった。
「亘、亘」
 耳元でくり返し囁かれる低い声が、俺の興奮を煽る。こんなのは間違っている。抵抗しているのは頭の中だけで、身体は快楽を求めて自然に腰が浮きかけていた。
「あ……あ……」
 理性は遠い片隅に追いやられ、俺はいつしか抵抗さえ忘れて加賀くんの手と声にすべてを委ねていた。
「亘…」
「ん…う…う……くっ!」
 とうとう俺は加賀くんの手の中に射精してしまった。とりかえしのつかない喪失感。
 達した俺よりも荒く息を吐いた後、加賀くんがもう一度俺に口付けた。
「亘」
 口の中、吹き込まれた囁き。
 俺が吐き出したものでぬめった加賀くんの手と、自分の下半身が触れ合う不快さに我に返った。
 俺は加賀くんを蹴り上げた。加減などできるわけもなく、吹き飛んだ加賀くんはくぐもった呻きを上げて身を丸めた。その隙に起き上がった俺はジーンズを押さえその脇をすり抜けた。
「亘っ!」
 部屋を飛び出す瞬間、悲鳴に似た加賀くんの叫びが耳を刺した。
 外階段を駆け下り、街灯の消えた月明かりだけの薄暗い道をあてもなく走った。つま先をひっかけただけのスニーカーが地面を捉え損ねて、ズッと滑った。バランスを崩して足をひねり、ヤバイと思った時には横転していた。
「いってー」
 俺はアスファルトに倒れ込んだまま呟いた。
 湿った、夜の匂い。
 ふいにボロボロと涙がこぼれてきた。俺はそのままそこで子どものように泣き出した。擦りむいた肱が痛くて。ひねった足首が痛くて。痛みに耐えられずに、泣いた。

 加賀くんの行動の意味がわからなかった。
 あんなことをされた俺は屈辱を感じればいいのだろうか。加賀くんに大して怒るべきなのか。
 胸をしめつける、この痛みは一体なんだというのだろう。

 何も考えずに泣き続けていたいところだったが、やがて涙は止まってしまったので、俺はよろよろと立ち上がり、近くの公園を目指して歩き出した。たどり着いた公園の水道で、俺は擦りむいた肱を洗った。少しためらった後、羽織っていただけのシャツを脱ぎ、頭を蛇口の下に突っ込んだ。首筋や肩、胸元――下半身以外加賀くんの触れたところをすべて水に曝した。加賀くんの指の痕が、火傷のように熱を持っていた。夏間近でも夜の水は冷たくて、全身の肌を粟立たせた。上半身を洗い終えてシャツでおざなりにぬぐい、そのまま濡れたシャツを身に着けた。気休めにもならないのに、きっちりボタンを閉めた。
 砂場の前のベンチに腰を下ろす。
 濡れたシャツが肌にはりついて気持ち悪かった。
 膝の上についた腕で頭を抱えても、もう涙は湧いてこなかった。考えることを拒否した耳の中、こだましていたのは俺の名を呼ぶ加賀くんの声。


 翌日の必修授業に加賀くんは姿を見せなかった。
「加賀の奴、二日酔い?」
 加賀くんの分の出席票を書きながら古河くんが俺のほうに顔を寄せて訊いてきて、俺はあいまいに首を振った。筆跡をごまかしてるつもりらしいけれど、古河くんが左手で書いた加賀くんの名前ときたら三歳児もかくやのありさまだ。敦志が苦笑して古河くんから出席票を取り上げ、消して書き直した。
「加賀くん、亘チャンの部屋に泊まったんじゃないの?」
 信也に確認され、俺は泊まっていかなかったと答えるしかなかった。
 俺がアパートに戻ったときには加賀くんはいなくなっていて、ドアにレポート用紙にくるまれた鍵が貼り付けてあった。広げてすかして見たところで、何の言葉も記されていなかったレポート用紙は、俺に加賀くんの行動の意味を教えてはくれない。
 昨夜の出来事を話題にしたくないという俺の気持ちが伝わったらしく、三人はとりあえず追及を諦めてくれた。

 授業が終わって、学食へと向かう群れに混じって歩いていたとき、後ろから声がかかった。
「亘」
 それは小さな声であったが、俺の足をぴたりと床に縫いつけるだけの効果を持っていた。
「加賀」
 先を歩いていた古河くんが振り返ってその名前を口にし、俺の耳が正しかったことを証明した。
「ごめん! 悪かった!」
 振り返るのをためらう一瞬に、背中越し、いきなり大げさな声を張り上げられて、俺はびっくりして加賀くんの顔を見た。
「俺、なんか飲み過ぎてて、それでハメ外しちまったんだ。ごめんな、亘」
 早口にまくし立てた加賀くんは勢いよく頭を下げてきた。
「あー、加賀くん、また亘チャンになんか悪いことしたんだ?」
 信也がからかうように俺たちの顔を見比べた。「また」とはどういう意味かと俺は首を傾げたが、加賀くんはそんな信也を一瞥もせずまっすぐに俺を見ていた。
「ジョークなんだ、ジョーク。そんな怒るなよ?」
 口元には笑み。だけど、伺うような視線。
「ああいう冗談、俺は嫌いだよ」
 俺はわずかに俯いてそう呟いた。冗談だと言われれば許すしかないような気がした。それ以上の意味を俺は考えたくなかった。
「もうしないって。ごめんてば、亘。許してくれよ」
 言いながら手首をつかまれて、俺はビクッと反応してしまい、気づいた加賀くんがぎこちなく手を離した。加賀くんに触れられた腕は石のようにこわばって、俺はそれを持て余した。
「許さないほうがいいよー」
 微妙な空気に気づいているのかいないのか、信也が脇からのほほんとした声で言う。
「加賀くん、亘チャンにはワガママばっかしてるじゃん。たまにはしっかり怒っといたほうがいいって」
 わざと冗談に紛らす手助けをしてくれているのかもしれなかった。信也の言葉に俺はとりあえず笑みを作ってみせることができた。
「そうかな」
「そうそう。ちゃんと何かおわびをしてもらわないと」
 腕組みしてしかつめらしく頷く信也が滑稽で、俺は「ははは」と声を立てた。
「なんだよ、信也。おまえには関係ないじゃん」
 加賀くんがほっとした表情になって信也をこづいた。
「あー、暴力振るわれた! 加賀くん、ちょっと反省足りないんじゃない?」
「生意気なガキンチョめ。口を挟むんじゃない」
 加賀くんは信也にヘッドロックをかけ始め、俺は敦志と顔を見合わせて噴き出した。
「加賀ってば亘に何やったのよ?」
 古河くんの問いに、俺と加賀くんはそれぞれに聞こえなかったフリを装った。あれは、ただの冗談だったのだ。



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