快晴の土曜日-1-
目が覚めたら十時を回っていた。
一限目はさぼってしまったことになるが、二限目にはどうにか間に合うと思った。すぐに起きて着替えて車を出せば。今日は朝飯抜きか。 「…腹が減ったような気がする」 布団にくるまったまま呟いてみたら、すかさず腹が鳴った。 台所になんかすぐ食べられるようなもの、あるのかなあ。 うだうだ考えていて、はっとした。今日、何曜日だ? 「まずい」 今日の一限は、臼井と一緒だった。 頼み込んで一緒にしてもらった数少ない一般教養。呆れ顔が目に浮かぶ。早く思い出せば、臼井の顔を見に一限に出たのに。 オレがボーカルとギターをやっているバンド、ジラフでベースを担当している臼井は工学部なので、めったに同じ授業を取れなかった。 夏前はキーボードの高見にからかわれるくらい出席率がよかったのに、前期の試験をパスした途端、気が抜けたかもしれない。 仕方がないので、とりあえずベッドを出て台所に行った。 食器棚の上に隠すように置いてあるコーンフレークの箱を見つけて牛乳をかけて食べる。多分朋美のだろう。バカだね、あいつは。自分がチビだから、高いところに置けば隠したことになると思っているのだ。 妹の朋美は、近頃ダイエットとか言い出してコーンフレークを買ってくるのだが、それをオレが食べてしまうので怒っているらしい。 しかしこのコーンフレークは全然甘くない。こんな不味いのをよく食べる気になるよ。冷蔵庫に残っていたブルーベリージャムを混ぜたら少しはマシになった。 不味いコーンフレークのせいで、気づいたら二限目にも間に合わなかった。 どうせなら臼井と待ち合わせてお昼を一緒に食べればよかった。 そう考えたら急に学校に行く気がしなくなってしまった。午後の授業は全部学科関係だから、臼井とは別だ。 臼井は今日は何限まで取っているんだろう。三限、空いてるわけないよな。 思いついて軽音楽部の部室に行ってみることにした。臼井じゃなくても高見か奥田がいるかもしれない。他の連中でもいいけど。 せっかく足を運んだのに、部室には鍵がかかっていた。ちぇ、もうすぐ学祭だってのに。 ロッカー室に鍵を取りに行くのは面倒だから、学生食堂のほうに足を向けた。あいにく学食にも知っている顔がなくて、隣の生協で雑誌を立ち読みして時間をつぶした。 しばらく生協にいたが誰にも会わないまま、そろそろいいかと思って臼井のアパートに向かったら、まだ臼井は帰っていなかった。 買った雑誌があるので読みながら、ドアの前に座り込んで待つことにした。 「小日向、お前、そこで何やってんだよ!」 日が暮れる頃になってようやく帰ってきた臼井は、オレを見るなり咎めるような声を出した。 「臼井を待ってたに決まってんだろ。なんで怒るんだよ、オレが何時間待ったと思う?」 鍵を開けようとする臼井の顔を、横から覗き込んだ。 「バカ。人の部屋の前に何時間も座り込んでんじゃねえよ。アパートの人に怪しまれるだろ」 「大丈夫だよ。ちゃんとコンニチハ、つって挨拶したもん」 オレの言葉に、臼井は「バカ」と呻いた。 オレを見ようともせずさっさと部屋に入る臼井の背中に、オレは口をとがらせた。 「なんだよ。だから合鍵くれって言ってんじゃん」 オレたちは恋人同士なのに、どんなにねだっても臼井はオレに合鍵をくれない。 おかげでオレは何回部屋の外で臼井の帰りを待ったことか。今はいいけど冬になったら地獄だぞ。 部屋に入った臼井は振り向いてオレを睨んだ。 「いいか、小日向。オレはそういうのは嫌なんだ。お前もオレも独立した一己の人間だろ? 馴れ合いたくない」 「かわいくねーな」 本当に臼井はかわいくない。最近つくづくそう思う。 例えば。オレは臼井を抱き寄せてキスした。ぎゅっと唇を押し付けて舌で何度ノックしても、臼井は口を開かない。 諦めて目を開けたら間近に睨む臼井の目があって、がっくりした。それで意地になって上唇を吸ったら、突き飛ばされた。 「かわいくねえ!」 オレはわめいた。臼井は冷たい表情で肩を竦めた。 「かわいくなくて結構。夕飯どうすんだよ、食べに行くのか?」 「…臼井、オレのこと嫌いなのかよ」 じわっと涙が浮かんだ。臼井の口がへの字になる。 「オレだけが臼井を好きで、臼井はオレなんか好きじゃないんだ」 「どうしてそうなるんだよ、もー」 怒ったような困ったような顔で、臼井が唸る。 「臼井が冷たいから」 「冷たくしてるわけじゃない。オレと小日向は根本的に考え方がちがうんだと思うよ。オレ、お前みたいに「小日向はオレのもの」とか思えない」 「それってオレのこと好きじゃないってこと?」 オレが言い募ると臼井はヤケクソのように声を張り上げた。 「だからあ、そうじゃないだろ。考え方、ちがうんだよ。ちがうのに好きだから困るんじゃないか」 「ほんと?」 自分でも現金だとは思う。真っ赤になった臼井はひどくかわいく見えた。 「臼井、オレのこと好き?」 顔を覗き込むと、さっと横を向かれてしまった。 「そう何度も言えるか、バカ」 「臼井って、かわいくないよな」 オレがしみじみ呟くと、臼井はムスッとした。 「小日向、オレの言ってること、わかってないだろ。オレはいっつも小日向に振り回されてんだよ」 「だって、それって臼井がオレのこと好きだから、だろ?」 「アホタレ。もー知らねえ」 「じゃあ夕飯食いに行こうよ」 オレが提案すると臼井は「しょうがない奴」と苦笑した。 臼井は不思議な奴だ。いつもニコニコ笑っているかと思うと、時々憎たらしいくらい頑固になる。 そういえばオレは臼井から好きだなんてまともに言ってもらったことがない。だから不安になっていじめたくなるってわからないんだろうか。 近くのファミレスで食べて、臼井のアパートに戻った。 玄関を入って靴を脱ぐのももどかしく抱きしめてキスしようとすると、臼井は口の前に手をかざして拒んだ。 「明日の英語の予習、まだなんだ」 「キスするだけだろ」 「ダメ。小日向は信用できない」 「予習なんか、授業が始まる前にやれば十分だよ」 そう言うと、臼井は眉を上げてみせた。 「オレは小日向みたいに頭よくないから、ちゃんとやらなきゃダメなの」 「イヤミな奴」 「コーヒー淹れてやるから」 ポンポンと頭を叩かれて、子供扱いにムッとした。 臼井、そういうことすると泣かしちゃうぞ。 密かに決意して、おとなしくコーヒーを飲んで待った。 臼井が淹れてくれたコーヒーは、インスタントだけど砂糖もクリームもたっぷり入っていてうまい。 オレはコーヒーはたいていストレートで飲むけど、インスタントの場合は甘くしたほうが好きだ。臼井も同じで、そんな他愛のない共通点に嬉しくなる。 ふと新しい曲が浮かんだ。 「臼井、メモ用紙ちょうだい」 鼻歌まじりで、書き留めていく。 「♪つれないキミ」 臼井がちらりと顔を上げてオレを見た。笑いをこらえるような表情。 近づいて軽く頬にキスすると「バカ」と言って英語のテキストに視線を戻した。 その横顔に笑みが浮かんでいて、オレは幸せな気分になる。 三十分くらい経ってようやく臼井がテキストを閉じたので、オレは臼井に抱きついた。 勢いのまま引き倒す。 「うわっ、危ないだろ」 「へっへっへー」 押さえつけてキスしようとしたところに電話が鳴った。 無視すればいいのに、臼井は起き上がってオレの腕から抜け出し受話器を取った。 「はい、臼井です。…さ、佐竹っ?」 電話に出た臼井が動揺した。サタケ? 「久しぶりだな。よくオレの電話番号わかったね」 懐かしさを滲ませる臼井の声。佐竹って誰だよ? 「知ってる。おめでとう。雑誌、見たよ。こっちから連絡しようと思ったんだけど、佐竹、オレのこと、怒っているような気がして」 雑誌云々でようやく思い出した。 佐竹って臼井がやっていた前のバンドのボーカルじゃないか。 高見たちは結局臼井に、佐竹が出ている雑誌を教えたんだな。 つい先日のことだった。 軽音の部室で、ロック雑誌をめくっていた高見が突然大声を上げた。 「あー! これ、佐竹って、これ」 開いたページをオレたちにつきつけてくる。 高見が指差した先には、やたらドアップの男の顔が写っていた。 「『関西のニューフェイスはモデル出身のクールビューティ』?」 ゴシック文字のコピーを読み上げて首を傾げたオレの手から、奥田が雑誌を取り上げた。 「あ、もしかして臼井の?」 臼井の名前に慌てて訊ねる。 「臼井の何?」 「高校ン時やっていたバンドのボーカルだよ。電話かけたことあるだろ」 そういえば高校の頃、臼井の連絡先を聞きそびれたことがあった。 ボーカルは佐竹って名前だったんだっけ。UKバンドのコピーをやってたんだよな。 「へえ。あいつ、デビューしたんだ」 言いながら奥田が記事を読み始めた。 横で高見が口を出す。 「ファッション雑誌のモデルもやってるみたいだな。すごいハンサムだもんなァ。第一、これだって他の奴らとは写真が違う」 後ろの方の新人紹介のページだけど、他のバンドのページは、メンバーが並んで立っている写真だったりするのに較べ、佐竹の顔のドアップは確かに目立っている。 「一人でやってんのか?」 オレが覗き込むと、奥田が頷いた。 「そうみたい。『高校の時、一緒にやっていた奴に振られてから、他の奴とやる気はなかった』って。これ、臼井のことじゃないかなあ」 「臼井は知ってるのかな? 佐竹がメジャーになったこと」 高見が言い、奥田も首を傾げた。 「どうだろ。そんな話、したことないね。もしかして知らないのかも」 「そんなの、オレらが教えることじゃないじゃん」 オレはなんとなく面白くなくて、そう言った。 昔、臼井の隣で歌っていた奴。オレが初めて臼井を見たのは、二人が寄り添って演奏している姿だった。 でも、臼井は今はオレの隣にいる。 「小日向、それってやきもちか?」 やれやれと言いたげな高見の口調が気にいらない。 「うるさいよ。臼井は今はジラフのメンバーなんだから、昔のバンドなんか関係ないだろ」 ムカムカして、オレはそのまま軽音の部室を出たのだった。 きっとあの後、高見たちは臼井に雑誌を見せたに違いない。余計なことをしやがって。 「え、今月の? うん、いいよ」 臼井の電話はなかなか終わらなかった。 「わざわざこっちに来るの? オレが東京に行こうか?」 なんだ、なんだ。雲行きが怪しいぞ。 オレはそわそわと臼井の様子を伺った。 こちらに横顔を向けた臼井が、甘えるような表情をしているように見えて、面白くない。 「ほんとに? 嬉しいな。楽しみにしてる。電話ありがとう。じゃあな」 話は終わったらしいのに、臼井は受話器を手にしたまま、しばらくぼんやりしていた。 むかついたオレがそばににじり寄って行くと、ふと思いついたように番号を押し始める。 おい、オレを待たせていることを忘れてるんじゃないだろうな。 「もしもし、あゆみ?」 「てめえ、臼井、いい加減にしろっ」 臼井がかけた相手の名前を聞いて、さすがに頭に来たオレは、臼井の肩越しに手を伸ばして電話を切ってやった。 「わっ、小日向、何すんだよ!」 あっけに取られた顔で臼井が見上げてくる。 「こんの、鈍感ヤロー。オレの前であゆみに電話するってどういうことだよ?」 あゆみは、臼井の元の彼女だ。 結局臼井はあゆみを振ってオレを選んだのだが、あゆみは今年から隣町にある女子大に入学してきて、夏前くらいからオレたちのライブにも度々顔を出すようになっていた。 当然オレとしてはかなり気にしていたが、当人たちはトモダチ関係のつもりらしい。 すぐにまた電話が鳴り出し、臼井がすかさず取った。 ―もしもし? 臼井くん、さっき電話くれなかった? 臼井の持っている受話器越しに、あゆみの声が聴こえた。 「あゆみ、ごめん。後でかけ直す」 取り上げようとやっきになるオレの手を避けながら、臼井が素早く返事をして受話器を置いた。 「小日向、何、怒ってるんだよ?」 臼井が本当に不思議そうな顔で訊ねてきたので、オレは切れた。 「あったま来た!」 絶対泣かしてやる。 「小日向っ! ちょっと!」 のしかかって仰向けにした臼井の腹の上に馬乗りになった。 体格は同じくらいだからな。重力を味方につけて、暴れようとする腕ごと足で押さえ込む。 「やめろよ。何すんだ」 睨みつけてくる臼井の頬から顎に唇を這わせ、首筋を辿った。衿元を広げ、鎖骨を舐める。 されるままに任せて臼井が口を開いた。 「…佐竹のことで怒ってんのか? あゆみのこと?」 臼井は本当にどうしようもない奴だ。 聞きたくもない名前を並べる口を強引に塞ぐ。 「んっ。…ふ、ちょっと小日向、苦し」 「うるさいっ。臼井が悪いんだからな」 臼井といると、オレだけが臼井を好きな気持ちにさせられる。 服を脱がそうとして少し腰を浮かした途端、臼井は逃げ出そうとした。 自由になった手で肩を押しのけてくる。ああ、むかつく。 シャツを脱がすのは諦めて、チノパンのボタンに手をかけると臼井が邪魔をした。 「やめろよ。なんだよ、小日向」 半身起き上がってオレを覗き込んでくるのを無視して、下着ごと引き摺り下ろそうとしたが、うまくいかない。 「いやだっ」 臼井が慌てたように身をよじる。 しばらくもみ合ったが臼井が抵抗をやめないので、オレは唇を噛んで、臼井を睨んだ。 ちくしょう、臼井は女じゃないからか、それなりに腕力があって、力づくじゃなかなか言うこと聞かせられない。 付き合い始めた頃は、とまどいもあってか抵抗も少なくてすぐに崩れてきて、かわいかったのに。 今じゃ臼井はオレを睨み返してくる。 「小日向、どうしてこういうやり方するんだ?」 「オレばっかり。オレだけが」 涙が滲んだ。 臼井が困ったように問いかけてきた。 「どうしちゃったんだよ、小日向?」 「最近の臼井は冷たい。今日だってオレ、一限出なかったのに、知らん顔してる。臼井はオレに会えなくても平気なんだろ」 「アホ。なんだよ、ちゃんと授業に出ろって怒ればいいって言うのかよ?」 苦笑して臼井はオレの髪をかき回した。 「バカだな」と囁かれ、それは心地好かったけれど、悔しい気持ちは収まらなくて、オレは言い募る。 「臼井はオレのことなんか好きじゃないんだろう。オレの前で平気であゆみと話して」 臼井の眉がひそめられる。少し真面目な表情になった。 「ちがうだろ。あゆみとオレは友だちだよ。オレはもう小日向を好きだってことに迷ってないから」 「嘘つき。オレ、臼井に好きだって言ってもらったこと、ない」 「言ってるだろう?」 「嘘だね。いっつも『好きだと思った』とか『好きだから』とか。余計な言葉くっついてて、ちゃんとストレートには一度も言ったことがない」 そうだよ、まるで何かのついでみたいに言うだけなんだ。 「バカ。言葉なんか」 そう言って臼井がキスしてきた。舌を絡める。そのまま床に倒れ込んだ。 最初っからこうやって素直になってくれればかわいいのに。 いや、誤魔化されないぞ。 「臼井、ちゃんと言ってよ」 「何?」 オレと臼井は同じくらいの身長だから、身体を重ねると、顔も胸も腰も爪先まで、それぞれがお互いにくっつく。 「オレのこと好きだって言って。言葉にされなきゃわからねえ」 額をつけて目を覗き込むと、臼井は唇をとがらせた。 「んなわけないだろっ。好きじゃなかったら、こんなことするかよ」 「臼井って本当にかわいくないよ。一言だろ、ちゃんと言え」 キスをくり返しながら、何度も請うとようやく臼井は口を開いた。 ためらうように視線を泳がせ、また戻す。軽く咳払い。 「小日向尚人、オレはお前が好きだ」 真っ直ぐな目でオレを見て口にした途端に、臼井は真っ赤になってオレの頭を引き寄せた。 「これで文句ないんだろっ」 ぶっきらぼうに言う臼井に頭を押さえ込まれたまま、笑いがこみ上げてきた。 好きって言葉くらいでそんな照れるか、普通。 くわー、たまんねえ。すっげーきちゃったよ。 嬉しくて笑いが止まらなくなった。 「何、笑ってんだよ」 「も一回言って」 顔をあげてねだったら、臼井は「ふざけるな」とむくれた。 「小日向、お前さっきまでの態度は演技だったんだな」 それは心外だ。 「ちがう。オレ、本当に不安だったんだから。いっつもオレばっか臼井のこと好きって言っててさ。だからもう一回くらい聞かせてくれたっていいだろ」 「い、や、だ」 ぴしゃりとはねつけた臼井を抱きしめて囁く。 「大好きだ」 佐竹からの電話を思い出したのは、翌朝になってからだった。幸せな気分のまま目を覚ましたオレは、臼井が眠っている間に朝食を準備してやった。と言っても目玉焼きにトーストだけなんだが。目玉焼きの一つは黄身が崩れて涙目みたいになってしまったから、きれいな方を臼井に渡した。向かい合って食べているうちに、ふと思い出してしまった。 「佐竹からの電話、何だったの?」 「ん? ああ、今度会うことになった。なんか雑誌の撮影で東京に来るんだって。次の日にこっちに寄ってくれるって」 なんでもないことのような口調で言っているが、嬉しさが見え隠れしている臼井の様子が気にかかった。 「嬉しそうだな」 指摘すると、臼井は素直に頷いた。 「まあな。佐竹とは卒業して以来会ってないんだ。それにオレの中ではケンカ別れのような感じだったからさ。連絡もらってわだかまりが解けたって気分かな」 やっぱり臼井って鈍感なんだ。オレはこっそりため息をついた。そんな話を聞かされるオレの気持ちってものを考えないのだろうか。 「小日向って、箸とかフォークの持ち方、ヘンだよな。子供みたい」 面白くない気分で目玉焼きをつついていると、臼井がクスクス笑いながら見ていた。人の気も知らないで。「ふん」と鼻を鳴らして、でもなんだか嬉しくて「へへっ」と笑いがこぼれてしまった。 土曜日、いつも通り奥田の家でバンドの練習をした。学祭も近いからそれなりに真剣だ。高見が午前中は用事があると言っていたので、新曲を三人で先に合わせていて、どうにか形になってきたかなという頃、高見もやって来た。 「おー、新しい曲だな」 歌詞を書いた紙を見て「うんうん」と頷く。つれない恋人が淹れてくれるコーヒーは言葉を補うように甘い、なんていう他愛のない歌詞なんだけど。 「小日向、最近ラブソング得意だな。いいと思うよ、マジで。相手が臼井だって考えるとちょっとあれだけど」 高見のひやかしに、臼井は赤くなり困ったような表情をした。 「あのさ、オレ、来週ちょっと用事があって、練習に来られないんだ」 誤魔化すように言い出した臼井の言葉に、オレはひっかかった。 「用事って何?」 「友だちが、佐竹が来るんだ」 土曜日に。土曜って次の日は休みだよな。ひっかかるぞ、すごく。しかめっ面になったオレに気づかず、高見が訊く。 「へえ。関西にいるんじゃなかった?」 「うん。あいつモデルやってるから、結構東京に出てきてるらしいんだ。で、帰りにこっち回ってくれるって」 「土曜日って、もしかして泊まるのか?」 ついつい声が低くなった。 「ああ、そうだな、多分」 平気な顔で答える臼井が気にいらない。 「二人で会うのかよ?」 「小日向」 奥田がたしなめるように口を挟んだ。 「うーん。あゆみに連絡してみたんだけど、用があるらしいんだ」 あゆみ。言うに事欠いて。そんなの、認めねえ。わめこうとしたら、絶妙のタイミングで奥田に睨まれ、言葉が喉にからまった。 「ぐ…、えーと、どうせならっ、みんなで飲み会しないか。な、高見、佐竹と話してみたいよな?」 「それ、いいな」 「そっか。佐竹に言ってみる」 「いいの? 久しぶりに会うんだろ?」 せっかく高見も臼井も乗り気になっているのに、奥田が水を差すようなことを言った。 「いい。っていうか、佐竹にみんなを紹介したい」 そう言った臼井は、夜になってとんでもないことを言い出した。 |
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