BACKFANTASIA




ハルノウタ4 -1-





 気前のいい先生はチャイムより早く講義を終えるから、二限終了のチャイムが鳴り始めるとほぼ同時に、学食にはにわかに人が流れ込んでくる。空いているうちにテーブルの一つを陣取っておいた俺が入り口の方に目を向けていると、見慣れた顔がひょこっと現れた。
 とっさにテーブルの天板近くまで頭を伏せたのだが、時すでに遅し。
「三木ちゃん!」
 気恥ずかしいほど通る声を響かせて、金子が駆け寄ってきた。
 当然のように同じテーブルに荷物を下ろし、カウンターに並びに行く金子の背中を見送って、俺は「あーあ」とため息をついた。
 待ち合わせしてるんだけど。
 口には出せなかった言葉を胸の内で呟いて、チェッと舌打ち。
 定食のトレイを手に金子が戻ってくるのと、俺の待ち人がやって来たのとは、ほとんど一緒だった。
 俺を認めて、軽く笑みを浮かべて近づいてきた日夏は、テーブルにたどり着く直前、視界に入り込んできた金子に、足を止めた。
「あれ、日夏」
 金子は日夏を見て、けげんそうな表情を作った。
「何か用事があるって言ったじゃん。なんで学食来てんの?」
「…回転寿司、行くんじゃなかった?」
 唇を尖らせるようにして、日夏が金子に訊ねる。
「日夏が行けないって言うからさ。学食でいいかと思って」
 言いながら、金子は俺の前の椅子に腰を下ろし、
「何、日夏の用事、なくなったの?」
 と訊ねた。
「うん。台無し」
 日夏が憮然として答える。
「ほらー。だから回転寿司行けばよかったんだよ。三木ちゃんも一緒に。ね、三木ちゃん、知ってる? スーパーの先に出来た回転寿司。けっこう評判いいんだよ」
 何も気づかない様子で言い募る金子に、俺たちは目配せを交わし苦笑した。
「ランチサービスやってるって聞いたから、さっきの授業で日夏に行こうっつったのに、断るんだもん。三木ちゃんがガッコ来てるって知ってたら、三人で行けばよかったのにな。今度行こうよ」
 俺は金子にあいまいな頷きを返し、立ち上がった。
「カレー、買ってくる」
「えー、三木ちゃん、早くからいたくせに、なんで先に買っておかないの? 列、混んじゃったじゃん」
 待ち合わせしていた日夏が来たら、学食じゃなく外に行くのもいいかなと思ってたんだよ。てゆーか、オマエ、馬に蹴られるよ、金子。
 俺と一緒に注文の列に並んだ日夏が「どうする? 三木ちゃん」と耳元に囁いた。かすかにコロンが鼻腔をかすめた。日夏の使ってるコロンはいい匂いだと思う。
「学食やめて、どこか食べに出る?」
 日夏の提案に、俺がチラッと金子のいるテーブルに視線を走らせると、金子は脳天気に手を振ってきた。ため息。
「今日は、しょうがないだろ」
 目線で金子のほうを示すと、日夏も同じようにため息をついた。
「ちぇー、遼太のヤツ。誰でもいいから誘って、勝手に回転寿司行ってくれればよかったのに」
 日夏は、金子のことを名前で呼ぶんだな、とふと思った。
「ん? 何?」
 目ざとい日夏が訊いてきたので、俺は首を振った。
「いや、なんでもない」
「何か言いたそうな顔したよ、今」
 日夏がすっげー優しい声で言うから、俺はちょっと恥ずかしくなってもう一度首を振った。
「してない。なんでもない」
「三木ちゃんてー、なんか仕種が……」
 軽く吹き出した日夏が、言葉を探すように途切らせて、指先で俺の前髪に触れた。
「…時々、仕種が、子どもっぽいよね」
「なんだよ、それ?」
 俺が肩をぶつけると、日夏は笑った。
「いや、いい意味で」
 日夏はなだめるように俺の腕をつかみ、耳の中に声を吹き込んできた。「可愛い」
「バッカ!」
 俺は真っ赤になって、その耳を押さえてしまった。
 あははと声を立てて笑う日夏。うらめしげに睨みつけて、でも俺の目の前で無造作に晒されている喉の線をキレイだと思ってしまう。


 世の中に、馬に蹴られることが運命づけられている人間がいるとしたら、そのうちの一人は、まちがいなくおまえだ、金子。と、俺は心の中で毒づいた。金子には悪気がないことはわかっている。でも、邪魔なんだ。俺の幸せの邪魔をするなーと大声で叫びたい。
 日夏のアパートに連続で泊まっていた俺が帰るって言ったら、今度は日夏が俺の部屋に来て、それでも今日の夜は二人ともバイトがあるから、それぞれの家に帰ろうってことになって、なんとなく別れがたくて、俺たちは今日最後の講義をさぼって図書館にいた。
 講義の前に、院生の論文が掲載された雑誌をチェックしていくと言った俺に、日夏がついて来た時は、単純に嬉しかった。ずっと一緒にいたというのに、講義を1回休んでも離れたくないなんて、自分でもどれだけだと苦笑いしたいところだけど、現実にはそんな余裕はほとんどなくって、とにかく俺は日夏のそばにいたかった。
 そして、図書館のブラウジングコーナーでパラパラめくっただけではチンプンカンプンの論文を、俺はすぐに放り出してしまった。
「ちぇー、本人に解説してもらわきゃ俺の頭じゃ理解できねーかも」
 思わず呟くと、雑誌を持っていた俺の手に、手を重ねて日夏が誌面を覗き込んだ。柔らかい前髪が頬をかすめてドキドキする。
「分野ちがうんでしょ? 俺が読んだらもっと理解できない」
 日夏は笑い交じりの声で言いながら、俺の耳に不意打ちのキスをした。
「ばっ!」
 思わず雑誌が手から落ちた。
「三木ちゃん、耳弱いよね?」
 キラキラ光るような目で、俺の顔を確認する日夏がかわいくて、俺は弱々しく反論した。
「ちがうだろ」
 こんなとこでそういうことされたら、びびるんだっつーの。さいわい他に人の姿は見えないけれど。
「今のは、日夏が……」
 言いかけた俺の肩に腕を回して引き寄せた日夏が再び耳元に唇を寄せてくる。
「そうだね。俺が、三木ちゃんの耳が好きなんだ」
 エロっちいセリフに、カーッと顔に血がのぼってしまう。無邪気そうな顔つきで、そういうこと言うな。
「だから、こんなとこでそういうの、困るだろ」
 文句は口先だけで、俺は日夏を押しのけることができない。
「うん、ごめん」
 しれっと謝った日夏は、今度は俺の髪をひっぱってくる。
「おまえはー」
 その手をつかむと、握り返された。目が合って笑いかけられれば他愛なく崩れて、俺は日夏の肩に額をつける。あー、ちくしょー、そうだよ、俺は日夏に触れられるのが嬉しいよ。
 ぽんぽんと軽く頭をたたかれて、俺は顔を上げた。
「あほう」
 間近にあった前髪に手を伸ばしてクシャクシャとかき混ぜると、日夏は子どもっぽい表情で嬉しそうに笑った。
 そこに、「あれー」と声がかかって、俺は慌てて日夏から距離をとった。
「めっずらしー。三木ちゃんと日夏じゃん」
 貸し出しカウンターのある上階から降りてきたのは、金子だった。
 大学の図書館なんて、お互いに普段はめったに足を踏み入れることもない場所のはずなのに、どうしてこういう時には鉢合わせするんだろうなあ。俺は大きくため息をついた。
「なんで? 二人とも授業ないの?」
 ひょこひょこ近づいてきて、当たり前のように向かいのソファに腰を下ろした金子は、テーブルに放り出してあった雑誌を手に取った。
「何これ。すっげ難しそう。三木ちゃん、読むの?」
「読まねーよ!」
 俺は金子の手から雑誌をひったくって、棚に返しに行った。
「なんだよー。三木ちゃん機嫌悪くない?」
 背中にかけられた声に、しかめ面で舌打ち。たった今、悪くなったんだよ。俺にはおまえが邪魔なんだ、金子。俺の幸せを邪魔するな。
「それより、これからカラオケ行かない?」
 雑誌を置いてきた俺が日夏の隣に戻ったところで、金子が言い出した。
「はあ?」
「知沙乃ちゃんがブッチャーズ好きなんだって」
「意味わかんねー」
 悪態をついて横を向いてみせたところで、金子は少しもこたえる様子がない。
「だから、練習させてよ。ブッチャーズ、マスターすんの、俺」
「カラオケかよ? だっせー。せめてギターでも習え」
「ギターもいいけど、時間かかるでしょ。まずは知沙乃ちゃんとカラオケ行きたいし」
「おまえの場合、ちゃんと誘って約束してから練習しても遅くねーよ」
 金子の片想い話を、俺たちはずいぶん長い間聞かされてきた。その進展のなさにはあきれるばかりだ。
 俺のイヤミに金子はニヤニヤ笑って返した。
「そういうこと、三木ちゃんにだけは言われたくないなあ」
「うるせ」
 おまえは知らないだろうが、こっちはとっくに幸せなんだよーっだ。
「そうだ、知沙乃ちゃんの友だち頼んでカラオケ合コンやる?」
 金子は、いかにも名案を思いついたとばかりに、余計なことを言い出した。
「人をダシにすんなっつの! だいたい俺は無理、高校生」
 高校生なんて俺には年齢のギャップがありすぎる。本音を言えば、今は日夏以外は無理という心境だ。
「とりあえず、せっかくだから薄田と萩ちゃんに声かけよ」
 止める隙もあらばこそ、携帯を取り出しながらそう言った金子は、薄田の番号を呼び出したようだった。
 俺たちのいたブラウジングコーナーの奥から、着信のメロディーが鳴り響いた。


 金子が自分の携帯を耳に当てたと同時に、聴き慣れた着メロは、俺たちの座るソファからは陰になっていた席で流れ出し、薄田が立ち上がった。その後ろに萩原の姿も見える。
「えー、何、そこにいたの? ぐうぜーん」
 目を丸くして問いかけた金子の頭を、近づいてきた薄田が無言でパシッとひっぱたいた。
「いてー! 何すんだよっ」
 二人は、いつからいたんだろうか。
 俺と日夏がここでふざけていたのを、萩原たちは見ていたのか。
 訊けない俺の代わりのように、金子が訊ねる。
「てか、いたんなら声かけてよ。二人でそんなとこ隠れて、何してたわけ」
「…イイコト」
 薄田が無表情に呟いて、それから、困ったように片眉を上げて、萩原のほうをチラッと見た。
 俺は、萩原の顔を見られなかった。


 隣をうかがうと、日夏は、まっすぐに萩原を見ていた。それは俺が焦るくらいひたすらまっすぐな視線だった。
 薄田が日夏と萩原の間を遮るようにして、ソファに腰を下ろし、金子に声をかける。
「金子が、似合わない図書館にいるってことは、高市さんのを調べに来たんだろ? 俺、次なんだよな。続けて俺のところまでやっとけ」
 高市教授の授業の話に話題をそらした薄田に、何か感じたらしい金子も調子を合わせてしゃべり出した。
「何言ってんの? そっちが俺たちのとこから始めればいいじゃん。でもさ、こっちは佐藤がある程度まとめてくれるみたい。あいつ高市さんのゼミに行くつもりらしいから。ね、萩ちゃんもこっち座ったら?」
 金子が薄田の背中越しに腕を伸ばして萩原をひっぱり、萩原は薄田の隣に座った。その陰で金子が俺に目配せを寄こす。そうか、金子は、ケンカしてる萩原と日夏を仲直りさせようというつもりなのかもしれない。日夏とこういう関係になった俺としては、萩原に対して少々気まずいんだけど。
 萩原と薄田は、金子が来る前から俺と日夏の様子を見ていたのだろうか。俺にはそれが一番気にかかった。
 思わず日夏の横顔を見ると、視線に気づいた日夏が俺を見て、少し笑った。その笑みにちょっとだけ緊張がとけた。
 別に傍からはそんな変には見えなかったかもしれない。俺と日夏はただふざけていただけなんだし。
「で、せっかくだから、これからみんなでカラオケ行こうよ」
 俺たちの顔を見回してニコニコと提案する金子に、日夏が「悪い」と謝った。
「俺、今日の夜、バイト入ってるんだ」
「あ、俺も」
 すかさず俺も便乗する。
「ええー、そうなの?」
 とたんに凹んだ声を出した金子がおかしくて、俺はぷっと噴き出した。
「三木ちゃん、何笑ってんだよ?」
 金子が唇を尖らせて文句をつけてくるので、俺はますますおかしくなってしまった。
「うん? 金子ってカワイイなと思ってさ」
 からかったつもりなのに、金子はへらっと笑顔になった。
「あ、本当? 嬉しいな」
 そう言って金子が手を差し出してきたので、つられて出した俺の手を、金子が握ってブンブンと振り回した。わけわかんねーと思っていると、隣から日夏が俺の手首をつかんで止めた。
「何やってんの?」
 と笑いながら言って、金子の手の中から、俺の手を引き抜く。
「いてっ」
 それなりに強引な力がかかって、俺は思わず声をあげた。
「ごめん」
 日夏は、引き抜いた俺の手を調べるつもりなのか、自分の前に引き寄せた。
「や、別にそんな、平気だけど」
 俺は困って、手首をつかんでいる日夏の指をそっと外した。
「そういえば」と金子が口を開いた。
「最近、三木ちゃんと日夏、よく一緒にいるよね」
 金子の言葉に日夏はしれっと返した。
「付き合ってるから」
 さりげない台詞に、俺はギョッとして固まってしまった。
 誰も何も言わない。時間が止まってしまったみたいだった。
 少しの間の後で、金子が必死の形相で笑い出した。
「アハ、ハハ、そっかー。じゃあ、萩ちゃんと耿くんもこの頃いつも一緒にいるし、付き合ってるのかな。俺がひとり余っちゃったかー」
 俺も笑わなくてはと思うのだが、顔がこわばってしまって動かなかった。
 それとも、笑わずに、きちんと言うべきなのだろうか。俺たちは本気なんだから、そう萩原たちに伝えるべきなのか。
 ごめん、萩原。俺は日夏が好きなんだ。ちゃんと女の子と付き合えなくて、ごめん。
 声に出すことのできない俺の隣で、日夏が言う。
「付き合ってるけど、まだ最後までシてないよ。ね」
 日夏の手が、俺の手に触れる。
 俺は驚いて日夏の顔を見つめた。「してるじゃないか」とはさすがに口にできなかった。初めて抱き合った日からもう何度も、お互いのアパートを行ったり来たりして、そういうことしてる。
 日夏はどういうつもりなんだろう。どういうつもりで、そんなことを言うんだろう。
 日夏の顔は、ちょっと悲しそうで、苦しそうにも見えた。目は俺に向けていながら、萩原たちを気にしてるみたいだった。
 その時、萩原が「三木」って、ためらうような、問いかけるような声で、俺の名を呼んだ。
 俺は、萩原の方を向くことができなかった。
「ごめん」
 口をついて出たのは、謝罪だった。
「ごめん。俺、いったんウチに寄ってからバイト行くから。もう時間なんだ。帰らなきゃ」
 言えなかった。俺は日夏が好きなんだよって、萩原に言えない。ごめん、日夏。ごめん、萩原。
 俺はその場を逃げ出した。


 こういう時に限ってバイト先のレンタルショップには来客が少なくて、レジでぼんやりと考える時間だけがたっぷりあった。
 俺がずっと彼女が欲しかった一番の理由は、もしかしたら萩原と対等になりたかったからなのかもしれない。
 大学に入って初めてできた恋人は、萩原が今も付き合っている彼女と友だち同士だったけれど、俺のほうはすぐに別れてしまった。だから萩原はずっと付き合っている彼女の話を、俺には殆んどしない。きっと気を遣っているのだろう。何度かデート中の萩原たちに偶然行き合わせたことがあるが、自分の友だちと別れてしまった俺を、萩原の彼女はどう思っているだろうと考えてしまい、萩原とも彼女ともぎこちない会話しかできなかった。
 年上の人妻と付き合っている薄田が、時々萩原に相談しているらしいことを感じていても、俺には何も言えなかった。そんなふうに萩原と話せる薄田に嫉妬めいた気持ちさえ抱いて、余計に自己嫌悪に陥ったりもした。
 俺は萩原と恋愛の話をしたことがない。萩原はちゃんと一人の女の子を大事にしてるのに、俺にはそんな相手がいなかったから。
 俺にちゃんとした恋人ができたら、萩原と対等になれる気がした。萩原の彼女のことも気にせずしゃべってもらえると思った。俺に恋人ができたら、萩原の彼女と一緒に遊んだりもできるかもしれない。そんなふうに考えたのが、恋人がほしい一番の理由だったのだ。
 日夏のことは萩原に言いづらかった。俺たちは男同士だから。自然の摂理に反しているとか、マイノリティーだとか、背徳感を覚えるのはもちろんだけど、でも本当ならば、友だちならわかってくれると思いたかった。他の誰に言えなくても萩原にだけは本当のことを告げていいはずだった。
「…けど、言えないよなあ」
 俺は思わず声に出して呟いた。
 理屈じゃなく気まずい。
 日夏が女の子だったらよかったのに。日夏が女の子だったら完璧だった。どうして日夏は女の子じゃないんだろう。女の子じゃない日夏を俺はどうして好きになってしまったんだろう。
 萩原に言えないのに、俺は日夏じゃなきゃ嫌だ。もう日夏以外の女の子を好きになんか、きっとなれないだろう。
「三木、そろそろ交代しようか。メシ食っちゃえば?」
 あまりにも店がヒマなために、奥で商品の検品と称した鑑賞をしていたもう一人のバイトが、レジにやって来た。
「あと今携帯鳴ってたみたいだよ」
 交代を頼んで奥に入りかけた背中越しに声がかかって、俺は一瞬足を止めた。
 携帯にかけてきたのは日夏かもしれない。
 日夏の声は聴きたいけれど、今は何を話したらいいのかわからなかった。日夏が女の子だったらいいのになんて、日夏にとっては失礼な話にちがいない。
 奥に置いておいた携帯を確認すると、着信は金子からだった。今は一番気楽な相手だ。ほっとしたのでそのままかけ直した。
―三木ちゃん、今どこ? もしかして日夏と一緒?
 携帯に出た金子に開口一番で日夏の名前を出されて、動揺してしまった。
「だ、バイトって言っただろ。休憩だよ。何の用?」
 問いかけた俺に、金子は歯切れ悪く言いよどんだ。
―あー……。あ、うん、ちょっと訊きたいんだけど、うーん、あのさ、バイト終わったらウチ来ない? 訊きたいから
「だから、何? 今休憩交代したばかりだから、少しなら時間あるんだよ」
―うーん……電話だと訊きづらい、かな。できれば会って話したい


 金子は家族と一緒に住んでいるので、バイトが終わって連絡を入れると駅までバイクで迎えに来た。すでに寝静まっているらしい家の中を、こっそり金子の部屋に上がる。
 途中のコンビニで買って来たペットボトルをしばらく手の中でいじっていた金子は、意を決したように顔を上げて、俺を見た。
「三木ちゃん」
 目を合わせた途端、困った表情になって、また下を向く。
「あのさ、あのー、三木ちゃん……」
「うん?」
 促すと、金子は視線をそらしたまま、もごもごと言った。
「あのさ、三木ちゃん。萩ちゃんのこと、本気なの?」
 訊かれた内容がわからなくて黙っていると、金子は重ねて言った。
「三木ちゃんは萩ちゃんのこと、本気で好きなの?」
「は?」
 俺が萩原を好きかって? 好きに決まってるだろ。
 即答しかけて、はたと金子の言う「好き」が違う意味かもしれないと気づいた。
「金子、おまえ何言って……」
 突拍子もない質問に呆れて言葉が出てこない俺に、金子はさらに言い募る。
「それで……それで、日夏ってホモなの?」
「ああ?」
 ますます質問の意味がわからない。金子の言う「好き」がそういう「好き」なら、俺が萩原を好きだとして、そしたら俺がホモだろう? なんで日夏がホモになるんだ?
「ちょっと待て、金子。おまえが何をどう考えてるんだか全然わかんないんだけど」
 そういえば一応こいつの前で、日夏が俺と付き合ってると言ったんだったよな。あの宣言をどう受け止めたんだ。
「だからー」と金子は口ごもり、ペットボトルのお茶を飲んだ。
「今日さ、三木ちゃんが先に帰っちゃったじゃん」
 俺は困って曖昧に頷いた。そう、日夏のいきなりの交際宣言にびびって俺は逃げ出してしまった。みんなの前で日夏を好きだと言う勇気がなかった。
「そん時、日夏が萩ちゃんに「追いかけて行かないの?」って言ったから。なんか、なんとなく……そうかなって……」
 日夏が萩原に俺を追いかけさせようとした?
 金子は俯いて爪の先でペットボトルのフィルムをひっかきながらしゃべっていた。
「萩ちゃんが動かなかったから、日夏はすごく苛立ったみたいに「行かないんなら、俺が行くよ」って。そのあと耿くんが日夏を追いかけてったみたいだけど、萩ちゃんは何も言わないで帰っちゃった」
 どうして日夏は萩原に俺を追いかけるように言ったりしたんだろう。
「だから、三木ちゃんは萩ちゃんのこと好きで、それを日夏に相談してるのかと思って」
 金子は大真面目な顔でそう言った。
「考えてみたら日夏は女の子の話なんか全然したことないし、初体験が小学校の時に家庭教師とって……もしかしてやっぱり、その、ホモなんじゃないかって。だから三木ちゃんは日夏に相談してるんじゃないかって」
「……アホウ」
 あんまりな話に、俺はそれだけ言うのがやっとだった。
「どこからそんな妄想が出てきたんだか、ほんっきで不思議だよ。おまえの思考回路は一体全体どうなってんの、金子」
 がっくりと頭を抱えてみせると、金子は「だって」と不満げに頬を膨らませた。
「三木ちゃんが本気の本気なら、俺だって、ちゃんと応援するし協力したいんだ。だから隠さないでほしい」
「だーかーら、本気の本気って萩原にか? ありえないっつーの」
 びしっと言い切った俺になおも食い下がる金子。
「だって三木ちゃんはいつも萩ちゃんのことかっこいいって言ってるじゃん」
 たしかに萩原に憧れはある。萩原は俺にあんなふうになりたいと思わせる男だった。だから俺は萩原の友人にふさわしい人間でありたいとずっと願ってるんだ。
「萩原はかっこいいよ。けど……おまえ忘れてるみたいだけど、俺は日夏と付き合ってるから。俺が好きなのは、日夏なの!」
 勢いに乗って、言ってしまった――嘘だ、勢いに乗ったフリをした。俺は日夏を好きだと言いたかった。
「え?」
 癪に障るくらい見事に、金子はぽかんと口を開けた。



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