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昨日よりちょっと-1-



 ぼくには多少低血圧の気があるらしい。あまり朝には強くない。無理に起こされると不機嫌になってしまうことがある。その起こし方自体が気にくわなければ最悪だ。
「木田、木田」
 始まりはよかった、多分。夢うつつの耳元に囁かれる低い声。掠めるように触れてくる唇も決して不快ではなかった。正直に白状するなら心地好いとさえ感じていた。
「…っ!!」
 続けてされたことに、ぼくは息を飲んで勢いよく飛び起きた。
「て、めえっ!」
 いい気持ちでまどろんでいる時に、そういうところを触られて無理に目覚めさせられたのは、完全に不快だった。
「あれれ?」
 睨みつけた視線の先は、半笑いでぼくを見ている男、岡野。
「マジでムカツク」
 心の中に浮かんだことがそのまま声になって零れた。岡野の眉が少し上がる。
「木田ってそんな言葉使うんだ?」
「ふざけんな、バカ。あー、本気で頭来た。そんな起こし方、あるかよ」
 言葉を選ぶことなく投げつけたのは、寝起きで頭が働かないせいか、それだけ気のおけない相手だからか。
 不機嫌にガリガリと頭を掻くぼくに、岡野はお構いなしに覆い被さって来た。
「なあ、しよ」
「できるか。仕事に行けなくなる」
 長い腕に巻き込まれまいと、肘を突っ張った。
「有休使えばいいじゃん。どうせいっぱい余ってんだろ。組合から勧告いくぞ」
 事実、入社一年目に有休を一日も消化できなかった件で労働組合に上司を巻き込んで説教されたことのあるぼくに、岡野は痛いところをついてきた。
「うるせーよ」
「木田、マジで言葉、ヘン。低血圧だなー」
 揃えた指ですくうようにぼくの前髪をかきあげた岡野が、年下のくせに年上ぶった笑い方をした。
「うるさい」
 ぼくは布団を引きかぶった。ちらりと確認した時計は六時前。なんて時間に起こしやがったんだ。うー、ムカツク、ムカツク。胸の内くり返しているぼくに岡野は無神経に囁いてきた。
「なあ、木田。ちょっとだけ。一回だけ。せっかくだからさ」
「昨夜、散々やっただろう! 週末しかしないって決めたよな?! なんでそう堪え性がないんだ、お前」
 しつこい岡野に防護壁代わりにした布団の中から文句をつけた。
「木田が誘ったんだろ」
「誰が誘うか」
 むかついて布団から顔を出したところを、待ち構えていたようにキスしてきた。ぼくはぐっと歯を噛みしめて岡野の舌の侵入を阻止した。
「なんだよ。まだ時間あるだろ」
 アホタレ。時間じゃなくて身体の問題だ。すでに半分腰が抜けてるんだ、くそー。
「週末じゃなきゃ無理だって言ってんだろ。お前、ぼくを殺す気なんだろ」
 強い調子で非難したところで鉄面皮の岡野にはどこ吹く風。
「ちがうだろ。俺が取り殺されるほうだよ。ほら、なんだっけ、そういうお化け、いるだろ。雪女?」
「知らねえよ」
 普段のぼくが絶対しないような勢いで言い放ったが、岡野は気にする様子もなかった。
「いるって。若い男に取り憑く女の幽霊。精気を搾り取るの」
「誰が女の幽霊だ。お前、大概にしとけよ」
 やりたい放題やった挙句、精気を搾り取るお化け扱いとは何事だ。
 もともと岡野と付き合い始めたのだって、ぼくにしてみれば強姦されたようなものだ。だけど、岡野がゲイなら、のこのこ部屋について行ったぼくにも落ち度があったんだと考えて諦めていた。例えば女の子が一人暮らしの男の部屋に入ったらOKと取られる可能性があるように、岡野はぼくがその気だと勘違いしたのかもしれない。


 金輪際、アフターファイブのデートなんかするもんか。
 おかしな感覚の残る身体で出社したぼくは、すでに何度もくり返している決意を再び固めていた。
 ぼくは今、同じ会社の岡野と付き合っている…んだろうな、やっぱり。自分でもどうしてこういうことになったのか、よくわからないのだけれど。
 年下の岡野はどうにも社会人としての自覚が希薄なタイプだった。
 男同士で寝るということはぼくにはかなり負担になった。身も蓋もない言い方をしてしまえば、もともとそういう機能のないところに突っ込まれるんだから、楽なはずはない。仕事にも差し障りがありそうで、週日はできるだけ避けたいと思っていた。
 岡野のほうはまったくお構いなしだった。気が向けば週明けでさえ平気で誘ってきた。
 一緒に食事をするだけ、部屋で飲むだけ、そう言いながら最後は必ずすることになった。挙句に。
―木田が誘ったんだ
「クソバカタレ!!」
 口の中で呟いただけのつもりが、声に出してしまったらしい。向かいの席に坐る田村が驚いた顔を上げた。
「荒れてますねえ、木田さん。何かあったんですか、珍しい」
「ああ、うん。ちょっとな」
「木田さんがそんなふうに言うなんて、よっぽどのことでしょ」
 田村に言われて、ぼくは苦笑した。
 たいして自慢にならないが、ぼくは滅多に人を罵ったりしない。なのに岡野といると頻繁に「バカ」という言葉が口をついた。
「いや、別にそういうんじゃないけどさ」
 軽く返すと田村はハアと大げさなため息をついてみせた。
「ぼくもね、いつも木田さんを見習わなきゃと思ってんですけど、つい顔に出ちゃうんですよ。内緒ですけど、昨日うっかり客の前で顔しかめちゃったんですよね。営業失格だな、ほんと」
 いきなり愚痴り始めた田村をなだめるハメになった。
「まあそういうこともあるよな」
「理不尽なこと言われると、ついね。中山さんと一緒だったんで帰りはずっと説教だし。木田さーん、今度飲みに行きましょうよ。最近忙しいみたいですね?」
「そうでもないけど」
 今のところせっぱつまった案件もなく、だからこそこんなふうに田村の愚痴にもつき合っていられた。
「仕事じゃなくって、プライベートで」
 落ち込んでいると思った田村は簡単に立ち直ってみせた。
「彼女ができたって噂が立ってますよ。ぼく、お姉さまがたに真偽確認を仰せつかってるんです。どうなんですか?」
 彼女じゃなくて彼氏だよ。とは言えずぼくは曖昧に笑っておいた。


 平日の誘いを断っていたら岡野は電話攻撃に出てきた。最初はとりあえず飲みに行こうなどという誘いだったから、仕事が終わらないと口実をつけて断っていた。
―じゃあ、終わったら泊まりに来いよ
 露骨な台詞は「バカ」と一蹴した。
 そんなやりとりを何度かくり返したら、逆に誘われる頻度があがってしまった。毎日、それも何回も携帯が鳴る。必然的に無視する回数も増えた。
 追われれば逃げる、というつもりではなかったが、結果としてそうなっていた。
 うっとうしさの半面で、駆け引きのできない奴だなと可愛らしさも感じていた。
 でも、そう思えるのは余裕のある時だけだった。
 連日の電話攻撃にいい加減うんざりし始めたところに、上司も同席している接待の場にまでかかってきた時には、さすがに叱りつけた。
―毎日毎日かけてくるなよ。こっちにだって予定があるんだ。後で電話するから
 そう言って携帯を切ると、それっきり何の音沙汰もなく週末を越えてしまった。少しは気になっていたものの、仕事が始まってしまえばそれどころではないのが現実で、ぼくは次の週末が来るまで放っておくことにした。


「木田さん、今夜空いてませんか?」
 同じ課の川合さんがそう声をかけてきたのは、岡野からの電話がないまま、一週間が経とうとしていた火曜日のことだった。
 その日、午後に予定していた訪問先から直前になって契約書の変更の連絡が入った。昼食時間を削って作り直してくれた川合さんが、新しい契約書を手渡しながら、ふと思いついたように夜の予定を訊いてきた。
「どうしたの?」
「飲みに付き合ってもらえませんか? 同期の岡野くんと野村さんと約束してるんです」
「ぼくが?」
 意外なメンバーに面食らって訊ね返す。川合さんと野村さんがいつも一緒にいて仲が良いのは知っていた。岡野は二人の同期で、なぜそこにぼくが誘われるのかわからない。
 川合さんは無理にとは言わない様子だった。
「ダメだったらいいんです」
 あっさり引っ込められて、ぼくは考えた。岡野に会うよい機会かもしれない。女の子たちが一緒なのは少しひっかかるけれど。まさか人前ではさすがの岡野もそう無謀な振るまいには及ばないだろう。
 ぼくは川合さんに「いいよ」と頷いた。
「ありがとうございます」
 嬉しそうにお礼を言われれば、悪い気はしなかった。こういう時、社内で川合さんの人気が高い理由がよくわかった。ふとした折の表情とか仕種とか。顔立ちの可愛らしさはもちろんだったが、川合さんの人気はそんなところにあった。


 駅前の洋風居酒屋に川合さんと二人で入ると、岡野も野村さんもまだ来てはいなかった。
「実は、岡野くんとショウコ、野村祥子さんとの関係がこの頃ちょっと微妙で。ただのおせっかいなんですけど」
 テーブルに案内されるなり、川合さんはそう切り出した。
「岡野くんは、祥子の友だちと付き合ってたんです。でもなんか最近その友だちのことを振ったらしくって。それはしょうがないんだけど、かなり傷つけるような言葉を使ったみたい。その子と祥子も半分ケンカになっちゃったらしいんです。岡野くん、いい奴なんだけど、無神経なとこあるから」
 川合さんはそのことで険悪になりかけている岡野と野村さんを仲直りさせようとこの飲み会を企画したらしかった。
 原因の一端を担うぼくとしては少し居心地が悪い。
 岡野に彼女がいたことは知っていて、別れると言われていたが、あまりに簡単な言葉をぼくは信用していなかった。本当に彼女と別れていたのか。岡野は思いつきだけで行動しているんじゃないだろうか。
 そんなことを考えていたぼくをどう受け取ったのか、川合さんは「ごめんなさい」と謝った。
「同期の誰かを誘えばよかったのかもしれないけど、あんまりこういう話が広まるのもよくないと思って」
 ぼくは川合さんを誤解していたようだ。もてるわりに寄せられる好意に鈍感な子というイメージがあったのだが、実際は彼女は気づかないふりをしているだけなのかもしれない。社内での恋愛沙汰を避けているふうがあった。
「木田さんなら信頼できるし、祥子も岡野くんも木田さんのこと好きだし、と思ったんです。突然無理言ってすみません」
 あんまりあっさり「好き」という言葉を使われてどぎまぎした。
「いや、ぼくもちょうど岡野と話したいことがあったから」
「岡野くんと木田さん、急に仲良くなりましたよね」
 川合さんがからかうような表情を作った。
 二人が揃うまでオーダーを待ってもらうことにしたので、手持ち無沙汰になりがちな間に、川合さんは同期の話を始めた。
 彼女たちは本当に仲が良く、頻繁に飲み会をするだけでなく昼休みなどにもお互いの課を行き来したりするらしかった。
 そんな時に川合さんと野村さんは、ぼくの話をしていたようで、岡野がなぜか興味を持って「紹介しろ」と言っていたという。
「祥子ったら、木田さんは真面目だから岡野くんみたいな人は嫌われるに決まってるから紹介できるわけない、なんて言ったんですよ」
 くすくすと川合さんは笑った。
「それが最近、岡野くん、木田さんのことは自分が一番よく知ってる、とか自慢し始めて」
 岡野の奴!
 岡野の知っているあれやこれやが浮かんでしまい、ぼくは頬に血が上るのを感じた。
「二人、ちょっと変わった組み合わせですよね。木田さん、岡野くんにどんな話があるんですか?」
 訊かれて、ぼくは曖昧に誤魔化した。
「ああ、うん、別にたいした話があるわけじゃなくって、ぼくもしばらく会ってなかったから顔見ようかと思っただけなんだ。それより岡野と野村さん、そんなに険悪なの?」
 川合さんがわざわざ仲直りさせようとするくらいのことがあったんだろうか。
「先週、同期の飲み会があったんですよ。その時にかなり…ケンカっぽくなっちゃったんです」
 川合さんは困惑した顔になった。
「もともと祥子は木田さんが理想と言ってるくらいで、岡野くんみたいなタイプはあんまり好きじゃないっていうか、いい加減だってよく怒ってて。本人にもはっきり言ってたからそう深刻にはなってなかったんですけど、あの日は、岡野くんもなんだか不機嫌で」
 川合さんにそんなことを聞かされているところに、見慣れた長身が入ってきた。岡野は大抵の奴より頭一つ分でかいから、現れればすぐにわかる。
 入り口のところでぐるっと店内を見回して、ぼくと目が合ったとたん一瞬目を丸くした後、眉をひそめて大股に近づいてきた。ひどく機嫌が悪そうに見えた。
 テーブルの脇に立った岡野は坐ろうともせずぼくを睨みつけた。
 睨まれるような覚えのないぼくは、ぽかんとして岡野を見上げた。
「どうして木田がいるんだ?」
 岡野はぼくに目を据えたまま、川合さんに訊いた。
「どうしてって、だって、岡野くん、木田さんと仲良いじゃない」
「ちょっと来いよ」
 川合さんの台詞を遮るように岡野はぼくの肘をつかんで、引きずり立たせた。機嫌が悪いどころではなく岡野は怒っていた。そのまま店の出口に向かおうとする。ぼくは岡野が怒っている理由に思い当たらずあらがうこともできなかった。
 そこにちょうどやってきた野村さんが驚いた表情でぼくたちを見た。
「どうしたの?」
 ぼくにとも岡野にともつかず問いかける。岡野は野村さんに目もくれなかった。
「ごめん。坐って待ってて」
 ぼくは岡野に引きずられながら、野村さんにそう声をかけた。テーブルでは立ち上がりかけた川合さんが心配そうに見送っていた。
 ぼくは知らないうちに岡野を怒らせていて、それで連絡がなかったのだろうか。
 強くつかまれている腕の痛みに、今さらながらそんなことを考えた。岡野が怒ることなど想像したこともなかった。ぼくがどんなに罵ってもへらへらと受け流す奴だと思っていた。
 店を出てすぐ脇の人気ない路地で、ぼくたちは向かい合った。岡野はひどく激昂している様子だった。初めて見る怒った顔は、妙に子供っぽいようにも見えた。
「どうして、こんなところにいるんだ?」
「川合さんに頼まれたんだ。何をそんなに怒っているんだよ?」
 ぼくはわけがわからず問いかけた。岡野は答えず、ただ癪に障ると言いたげにくり返した。
「なんで川合に頼まれたら、こんなとこに出てくるんだ」
「だから、何を怒ってんのか、わからないんだけど」
 岡野の顔が歪み、ぐっと引き寄せられた。
 それは一瞬のことだった。キスされると悟った瞬間、ぼくはとっさに岡野を殴っていた。いくらなんでも往来で男とキスするのはごめんだ。
 拳が岡野の目の縁にヒットしたのを確認する間もなく、パンと乾いた音を聴いた。顔から眼鏡が外れて飛んだ。やがてじんわりと左頬が熱くなってくる。
 岡野に叩かれたのだという認識が後からやってきた。
「忙しいんじゃなかったのかよ!」
 岡野が怒鳴っていた。
「俺に連絡できないくらい、忙しいんだろう? 川合が木田のファンだってのは、知ってるよ! だからって…」
「きゃあ!」
 岡野の言葉を遮るように、路地の入り口で悲鳴が上がった。
「木田さん、大丈夫ですか?」
 川合さんと野村さんだった。
「俺、帰る」
 言い捨てて、岡野はくるりと背を向けた。
「ちょっと、岡野くん!」
 正面を遮るように立った野村さんを軽く押しのけるようにして、背の高い後ろ姿がどんどん遠ざかって行く。
 呆然と見送った後、ぼくはのろのろと手を伸ばして落ちていた眼鏡を拾った。壊れてはいない。どうせ伊達ではあるけれど。
 力任せに叩かれるほどの、一体ぼくが何をしたというのか。
 ぼくに駆け寄ってきた川合さんがハンカチを差し出した。
「木田さん、血が」
 唇の端が切れていた。川合さんのハンカチを汚すのは悪いから断り、自分のハンカチを出して押さえた。口の中で微かに甘いようなしょっぱいような味がしていた。
「何があったんですか?」
 野村さんに訊かれても、ぼくにも何がなんだかわからない。
「ごめん、悪いんだけど、今日は」
 ぼくは情けない気分で謝った。肝心の岡野が帰ってしまっては三人で飲むのも気まずい感じだった。川合さんたちはこのまま飲んでいくつもりらしかったが、ぼくは先に帰らせてもらうことにした。
 野村さんと岡野の関係を修正しようとした川合さんの気遣いを壊してしまった。
 ぼくは岡野を甘く見ていた。あいつがぼくに怒りを向けることなど考えていなかった。
 岡野をどう捉えていいのか、ぼくにはわからなかった。あいつとの距離感がつかめない。いきなりズカズカと近づいてこられたから、対処の仕方が見つからないんだ。
 男の恋人なんて初めてだもんな。
 浮かんだ言い訳に自分で苦笑した。
 ぼくは女の子が相手でもあまりうまくいったことがなかった。今までつき合ったコとは、まともなケンカ一つすることなく別れていた。ぼくには恋愛に必要な何かが欠陥しているのだろうか。今までの恋人たちもぼくに対して何か怒りを感じて、でも女の子だから殴ったりできずに黙って別れたのだろうか。
 そんなことを考えて、ぼくは自分が混乱しているのを自覚した。
 ぼくが先に岡野を殴ったんだ。岡野は反撃しただけだ。今までの恋人にまで殴られることなんか考えても仕方ないのに。岡野に叩かれたことがそんなにショックだったというのか。
 ぼくは何をしてあいつを怒らせたんだ?
 ぼくはいつも他人の気分を損ねることを恐れていた。気を使いすぎて自分の卑屈さに嫌気がさすくらい。だけど岡野には何をしてもいいと思い込んでいた。
 どんなに罵っても軽く受け流すだけだった岡野が怒っているということにぼくは混乱していた。


 会社では岡野とぼくが川合さんを取り合っているという噂が流れているらしかった。岡野の言葉を野村さんがそう解釈したようだ。誰も面と向かってぼくにその話をしないところからみると、その噂はかなり信じ込まれているのかもしれない。
 マズイことに岡野もぼくも顔に傷を作っていた。ぼくは口の端を切っただけだから大して目立ちはしなかったが、岡野のほうはぼくの殴った目元がけっこう派手な痣になっていた。
 あの翌日、偶然に経理課で鉢合わせした岡野はぼくを一瞥もしなかった。経理の女の子たちに目元の痣を指摘されて、不機嫌そうにあしらっていた。取り付く島もない態度を取られると、こちらから声をかけることは難しかった。あいつがヘラヘラと笑っていたからこそぞんざいに扱えたのだと今さらながら気づいた。唇を引き結んだその横顔がやけに若く見えて知らない男のようだった。ぼくは拒絶されていると感じた。岡野はその気になれば信じられないほど冷たい表情を作れるんだ。
 これでぼくと岡野の関係が修復できなかったら、噂の信憑性はかなり増すんだろうな。誰もぼくと岡野がつき合っていたなんてことを想像するはずもない。
 ぼくは男で、岡野も男だから。
 岡野はどうしてぼくを相手にいきなりあんなことをしたんだろう。初めてだと言いながら当たり前のようにぼくを抱いた。
 冗談でなくぼくに女の幽霊が取り憑いていて、岡野には女に見えてしまうとか。いくらゲイだって普通はぼくみたいのを相手に欲情しないよな。いや、ゲイもいろいろだろうとは思うけど、岡野は丸きりぼくを女代わりにしているんだから。そういうふうにするなら、男でももっと華奢な美少年や、本当に女に見えるくらいきれいな奴など、探せばいるんじゃないかと思う。
 岡野が何をトチ狂ってぼくを抱く気になるのか、本気で疑問だった。
 最初から「好きだ」と平気で口にされて、実感のなさに鼻白む。しかも「どこが?」と問えば「顔」などと返された。
 ぼくは岡野のどこを好きなのか、自分でわからない。好きなのは確かだった。強引に抱かれて憎むこともできないのは、要するにそういうことだ。その言動に何かと苛立ちながら、一緒にいたのは、そういうことなんだ。



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