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失くした地図 -4-



 朋章はレストランを予約していた。征司たちにやや遅れてウェイターに案内されてやって来たのは、シンプルなワンピースをまとった若い女性だった。「初めまして」と鮮やかに微笑む美しい女性。
 こんな瞬間の来ることを、征司は予想していた気がした。朋章の紹介したい人というのは婚約者だろうと漠然と覚悟はしていた。だから現れたその女性に臆することなく微笑みかけることができた。
 朋章の大学の先輩だという若菜は、女性にしては長身に見えたが朋章と並べば絵になるはずだった。細いフレームの眼鏡が理知的な印象だった。
「若菜さんは俺の一つ上だから、征司くんより三つ下だね。今、博士課程にいるんだ。今週、征司くんの大学で研究会をやってるって聞いてない?」
「聞いたような気がする」
 曖昧に答える征司に若菜は笑顔を向けた。
「同じ専攻してる人たちの交流会だから、そんなに大げさじゃないもの、ご存じなくて当然です。毎年やってるんです。今年はそちらの学校が担当で」
「学部がちがうと全然情報が来ないから」
「そうですよね。それで、せっかくこっちに来るから朋章の顔を見ようと思って」
 征司に頷き、若菜は朋章に視線を移した。朋章はわずかに唇をとがらせた。
「若菜さん、いつも強引なんだよな」
「強引なのは、朋章でしょ。忙しいから時間が合うかわからないよ、とか嘯いてたくせに急にそっちから誘うんだから」
「無理ならいいよって、俺は言ったよ」
「すぐそういう言い方する。ね、朋章ってまるっきり子どもみたいですよね?」
 クスクスと笑う若菜は、朋章が可愛くて仕方がないという様子に見えた。そして朋章のほうも若菜の前では肩の力を抜いて屈託なく笑っていた。二人の間には姉と弟のような親しさがあった。
「たった一歳上なだけなのに、どうしてそんなに年上ぶるかな。オバサンって言ってほしいの?」
 生意気な口を叩いてみせる朋章は、それが本来の姿なのだろうと感じさせた。もう征司の前では見せることのなかった態度。
 若菜は楽しげな様子で、わざとらしく眉を顰めた。
「失礼な子ね、お姉さんでしょう」
「たいしてちがわないよ、一歳くらい」
「そうね、年齢じゃないわよ、性格じゃないの。朋章は子どもっぽい性格なのよね」
 二人の会話から取り残された征司は曖昧な笑みを浮かべてワインを口に運んでいた。それに気づいた朋章と若菜が取り繕うように征司に話しかけてきた。
 もういい、と征司は思った。
 征司に婚約者を紹介したのは、おそらく朋章なりの誠意なのかもしれない。あんなことをした相手だからこそ、謝罪と許しを乞う意味をこめて、現在の恋人に引き合わせたのだろう。
 けれど征司は、征司の知らない朋章の世界を見せつけられていると感じてしまっていた。朋章は自分の手の届かないところに行ってしまったのだと思い知らされた。
 征司はひどくみじめな気持ちでその晩餐の席にいた。


 昼休みも終わりかけの学食は空いていた。学部の後期試験も済んで春休みに入ったようで、構内における学生たちの姿もまばらになっていた。この時期は用意される定食の数も少なめになり、征司がカウンターに着いた時には、ほとんどに終了の表示がされていた。唯一残っていたカレーライスを頼んだ後、何気なく見渡した視線の先に見慣れないグループがいた。もちろん征司が大学内のすべての人間を知っているわけではないが、それでも他所の人間というのはなんとなくわかった。その中で背の高い細身の女性が目に止まった。
 若菜のほうでも征司に気づき、仲間のテーブルを離れて近づいてきて、にっこりと親しみのある笑顔を見せた。
「上野さん、こんにちは。これからお昼ですか? ここに坐っても?」
 征司は頷き、自動販売機のコーヒーをおごった。
「ありがとうございます。午後は眠くなっちゃうから助かるわ」
「研究会のほうはどうですか?」
「実は今日の午前中でだいたい終わったんです。講義を聞いてるだけでしたからね、何度か居眠りしてしまいました」
「そんなふうには見えないけれど」
 若菜にはなんでもテキパキとこなしていくような印象があった。
「あら、私、どこでもすぐに眠っちゃうんですよ。朋章に聞いてください。逸話はいくらでもあります」
 征司には二人の親密さを強調されたように感じられた。俯き、スプーンでカレーをかき混ぜながら、どうでもいいことのように訊ねた。
「いつ結婚の予定なんですか?」
「え?」
 若菜は言われたことが理解できないというように軽く目を見開いた。征司は顔を上げて確認した。
「朋章と結婚する予定なんでしょう?」
「ええ? やだ、ちがいます。私が朋章と結婚?」
 征司の問いに若菜は派手に噴き出してみせた。
「ちがいますよ、ほんとにただの友人です。やだ、そうなんですか、私、朋章とつき合ってると思われてたの? ああ、なんだ、じゃあ見込みないですね、残念」
 クスクスとさもおかしそうに笑い転げる若菜に征司は呆気に取られた。
「私、朋章に素敵な人を紹介してあげるって言われてたんですよ」
「え?」
 若菜を朋章の婚約者と思い込んでいた征司には、最初、若菜の言った意味が伝わらなかった。やがて朋章が恋人候補として若菜と引き合わせたことに思い至る。あの夜の征司の言葉を受けて恋人を世話することが、朋章なりに考えた結果だったのだろう。朋章は昔の過ちを償う方法を探しているのだと悟った。
 今の朋章に征司のつけいる隙はなかった。
「本当に素敵だと思ったのに、朋章の恋人と思われていたなんて」
 笑いが止まらないらしく、若菜は椅子の上で身をよじった。しばらくしてようやく笑いを納めた若菜はいたずらっぽく征司を見つめた。
「私、本当に全然見込みがないかしら?」
「見込みって、だって、そんなことを言うなら、俺なんかより朋章のほうがいいんじゃないですか」
 若菜のあまりに真っ直ぐな視線に気圧されて、征司は口ごもった。若菜はあっさりと首を振ってみせた。
「私は、朋章みたいな子どもっぽい人はごめんだもの」
「でも今なら少しは大人になったんじゃないかな」
 征司は朋章に自分など足元にも及ばないほど大人の態度を取られていると思ったが、若菜は首を傾げてみせた。
「そうかしら? 私にはさらに子どもっぽくなったように感じられたけど」
「それはあなたに甘えているってことだと思うよ」
 征司は朋章の慕う相手が、自分ではなく若菜であることに淋しさを感じていた。朋章の婚約者が若菜ではなかったことは、征司に安堵よりも失望を与えた。朋章には恋人以外にもこうして信頼できる存在があるのだ。自分など朋章にとって何の意味ももたない存在だと宣告されたような気がした。
 若菜は肩を竦めた。
「どっちにしても上野さんには相手にしてもらえないのね、残念だわ」
 若菜はあけすけな性格のようだった。見切りをつけるのが早く、征司に対しては朋章を介した知り合いのスタンスでいくことに決めたらしかった。
「でも、いきなり結婚の話なんてされたら、朋章の病気、まだ治ってないのかと思っちゃいますね」
「病気?」
 訊き返した征司に若菜は少し困ったような表情を作った。
「大学の時、朋章は「結婚しよう」が口癖だったんですよ。つき合う前から「結婚、結婚」て言ってたから、ちょっと女の子たちに敬遠されてたくらい。せっかくのルックスも台無し。つき合い始めると本気で実家に連れて行くって言い出してたし」
 朋章が昔から結婚を望んでいたと知らされて、征司はややショックを受けた。もしかしたら征司との確執から平凡な幸せを望むようになったのかもしれないが、とにかくそれが朋章の望みであることだけが確かだった。そうして今、朋章はその望みを叶えようとしている。征司の知らない相手と新しい生活を築こうとしているのだ。
 若菜の研究会の仲間が学食を出ようとして合図を送ってきた。応えて立ち上がった若菜は思いついたように征司を誘った。
「上野さん、今日は忙しいですか? 私は今日向こうに帰るので朋章が駅まで見送りに来てくれることになってるんです。よかったらご一緒しませんか」
 征司は頷いた。
 夕方、新幹線の駅で待ち合わせた征司と若菜は朋章が来るまでカフェで時間を潰した。
 若菜は、会話の時に必ず相手の目を見るのが癖のようだった。何かを言うたびに相手が聞いていることを確認せずにはいられないのか、真っ直ぐ征司の目を捉えて話した。眼鏡越しの視線は理性的で媚を含まなかった。そのせいかあまり異性を相手にしているという感じがしなかった。若菜は今まで征司が知っていた女性とは異質に思えた。朋章が信頼を寄せる女性。
 朋章の望むとおり、若菜とつき合ってみようか。ふとそんな考えが征司の頭をよぎった。それが朋章を解放することになるのなら、結局は自分も楽になれる気がした。
 やがてやって来た朋章は、若菜と一緒にいる征司の姿を認めて顔を強張らせたように見えた。
「二人、仲良くなったの?」
 からかうつもりが失敗した表情で確認してきた朋章に、若菜は笑った。
「残念ながら上野さんは私と朋章がつき合ってると思ってたんだって。いまだに結婚、結婚って言ってるんでしょ。その病気を治さないと、朋章こそ恋人できないわよ」
 悪態をつく若菜に朋章はあからさまにほっとした表情になった。
「若菜さんに言われちゃおしまいだよ。こんなに色気のない人も珍しいよね。あんまり気の毒だから塩を送ったのに」
「バカね」と朋章をこづいた若菜は征司を振り向いた。
「私たち、ずっと前に賭けをしたんです。どちらが先に結婚するか」
 若菜の言葉に笑った後で、ふと征司は気づいた。朋章は結婚が決まっているのではなかったか。
「でも朋章は…」
 言いかけた言葉の先で、朋章が固まっていた。自分の失態を悟った、途方に暮れた幼い表情。
 若菜を新幹線のホームで見送った帰り道、征司は朋章のアパートに寄った。
「もう、ダメだよね」
 部屋に入るなり、朋章はぽつんと呟いた。



「もう、わかっちゃったよね、征司くん」
 征司には朋章が何をわかっただろうと言っているのか、とっさには見当がつかずにいたが、朋章は征司の答えを待たずに早口に囁いた。
「嘘、なんだ。結婚するっていうの、嘘」
 宏信も若菜も知らなかった朋章の結婚相手は、やはり実在しなかったのだ。
「どうしてそんな嘘」
「そう言えば征司くんが安心すると思って。警戒しないで会ってくれると思ったんだよ」
 思った以上に朋章が征司を気遣っていたことを征司は知った。その朋章に対して甘え、勝手な苛立ちをぶつけてしまった自分の態度を情けなく思い返す。
「友だちになりたかった。征司くんが許してくれるなら昔みたいに、普通に友だちとしてつき合っていきたかった」
 友だち。朋章の望みと自分の気持ちはどこまでもずれていくんだな、と征司は思った。
「そんな理由で朋章は結婚したかったのか? 大学の頃からの口癖だって、若菜さんが言ってた」
 確信が持てずに征司は訊ねた。結婚話は嘘だったとしても朋章が結婚相手を探していたのは事実で、それが征司との関係を修復する手段と考えてのことだとしたら、朋章をバカだと思い、そしていじらしさも覚えた。
 征司の言葉に朋章は拗ねてふてくされたような顔になった。
「それは、ちゃんと女の子とつき合えるんだって征司くんに見せたかったから。大学の頃は、安心させたいって気持ちよりも見せつけたい気持ちのが強かった。征司くんが俺のことなんかなんとも思ってないんなら、俺だってちゃんと恋人作れるって、意地になってた…」
 言葉の途中で朋章はだんだんと俯いていった。
「いろいろ、本当、複雑だったんだよ」
 俯いた陰で、独り言のように呟く。
 しばしの沈黙の後、顔をあげた朋章は泣き出す寸前の歪んだ表情をしていた。
「でも俺のこと、許さなくていいよ」
 朋章は征司の肩をつかんで、身体を遠ざけた。
「許さなくていい。許さないで。俺、やっぱり征司くんが好きだ。どうしてもダメなんだ。だから…許さなくていい」
 肩に食い込んだ指が、伸ばされた腕が、震えていた。再び俯いた朋章の顔から、涙が滴った。
 征司は手を上げて、自分の肩をつかむ朋章の手を握った。びくりと大きく朋章が震える。
「朋章」
 掠れた声で呼ぶと、朋章はそろそろと顔をあげた。涙に濡れ、歪んだその表情を、征司は愛しいと思った。切ないくらいに愛おしい。
 しばらく見つめ合った後、朋章は悲鳴に似た声をあげて、征司にしがみついてきた。
「俺、ダメなんだ。ごめん、俺…ごめん。ダメなんだよ」
 体格の勝る朋章に強い力で抱きしめられて、征司は腕を動かすこともできなかった。
「俺のものだと思ってた。征司くんはずっと俺だけのもんだって思い込んでた。中学の時、征司くんのガールフレンドのことを知って、裏切られたと感じたんだ。どうせ俺のもんにならないんなら、無理やりでも想いを遂げようと考えたんだよ。一回だけでいいって」
 涙に濡れた頬が征司の耳をこする。
「だけど、身体を繋げたら、ちゃんと俺のものになったような錯覚しちゃったんだ。誰にも渡さないって。…勝手なこと」
 朋章は自嘲してみせた。腕の力が少し緩んだが、征司はじっと動かずにいた。
「本当に勝手なんだ。俺はいつも、つき合った女の子に大嫌いって言われてた。でもすぐに別の子が好きって言ってくるから全然平気だった。だから征司くんに恨まれても構わないと思ったんだ。征司くんが傷つけばいいって、復讐の気持ちさえあったんだよ」
 力の抜けた腕がずるりと征司の身体の両脇を滑り落ちた。
「俺、償いのつもりで、若菜さんを紹介したんだ。若菜さんのこと好きだし、彼女ならいいと思ったんだ。…だけど、やっぱり嫌だ」
 朋章は太腿の上に置いた手を握りしめた。
「征司くんが俺以外の人を見るのが我慢できない。俺、征司くんといるといつまで経っても大人になれないよ。宏信に言われたんだ。征司くんと離れたほうがいいって。わかってんだよ」
 朋章は、悲鳴のように声をふりしぼった。指の関節が白くなるほど握りしめた拳を太腿の上で突っ張る。
「わかってんだ。でも、ただ征司くんのそばにいたかった。大人のふりしてたら、いつか大人になれると思ってた。無理なんだよ。大人になんかなれない。征司くんが他の誰かと一緒にいるだけで泣き喚きたくなる。俺、一生大人になんかなれない。会わないほうがいいって、俺もわかってる。でも俺だけの決意じゃダメなんだ。キライだって言ってよ、征司くん。二度と会わないって、言って…」
 征司は朋章に口づけた。驚いた表情で見つめる朋章の後頭部を押さえつけて舌を入れる。これで最後だと思った。
「俺が、俺がおまえを騙したんだ」
 自分がどれだけ朋章を苦しめてきたかを目の当たりにして征司は覚悟を決めた。
 朋章の望む言葉を言ってやる。俺のエゴから解放してやる。だから最後にキスをくれ。角度を変えて何度も口づけながら征司は朋章に懺悔した。
「朋章は騙されてるだけだ。俺がおまえのことを欲しくて、優しくしたんだ。おまえが俺を好きなんじゃない。俺なんだ。俺がおまえを縛りつけてきたんだ」
 幼いおまえが無邪気に慕っていた男は、こんなふうに醜い欲望を隠してたんだ。朋章の口をむさぼりながら、征司は苦い想いを飲み下す。これで朋章は目を覚ますだろう。
「だから、おまえが好きだと思ってるのは、本当の俺じゃないんだよ。おまえに好かれたくて演技してたんだ」
 呪いを解くキスを、呪いをかけた当の本人がしている。せめて自嘲でもしなければやりきれなかった。最後に「おまえはただ暗示にかけられてたんだ」と囁いて、征司は唇を離した。
 呆然と唇を押さえた朋章は、ややあって、ふっと短く息を吐いた。
「本当の征司くんって何?」
 離れようとした征司の腕をつかんで引き寄せる。
「俺が征司くんに優しくされたから好きになったんだって本気で思ってるの。俺は怒っている征司くんも知ってる。俺がズタズタの時信じられないくらい冷たい目で見たよ。残酷な人だと思ったし、憎いと思った。それでも征司くんを好きだって気持ちは俺の中から消えてくれなかった」
 朋章は征司を見つめたまま首を振った。
「どっちでもいいよ。俺、もう本当なんでもいい。征司くんならなんでもいいから」
 そして少し困ったような笑みを浮かべて問い返した。
「じゃあ、征司くんが欲しい俺ってどんな奴? 子どもの頃の俺が欲しかっただけじゃないの?」
 征司は、自分を見つめる若い男を見返した。少女めいた甘い雰囲気など欠片も残していない朋章。征司の保護を必要とせず対等の存在として、真っ直ぐに征司を見つめる男。
「俺は、おまえが好きだよ、朋章」
 幼い頃の女の子と見紛うような笑顔も。生意気な少年の表情も。そして今、征司を見つめる男の視線も。征司は朋章の全てを愛しいと感じている自分の気持ちを認めた。


 シャワーを浴びて出てきた朋章は、先にシャワーを使った征司がベッドに坐っているのを見て、ほっとしたように微かに笑った。
「気を変えて帰ってしまうかと思った」
 征司は首を振って、着ていたTシャツを脱ぎ捨てた。隣に腰を下ろした朋章が、覆い被さるようにして征司を横たえる。
「怖いだろ?」
 朋章は仰向けになった征司の左胸に掌を置いて囁いた。
「俺も怖い。すごくドキドキしてる」
 自分の心臓のあたりを征司に押しつけるようにして朋章は泣き笑いの表情になった。
「こんなに緊張してたらさ、最後までもたないね。心臓麻痺で死んじゃいそう」
「バカ」
 征司が苦笑すると朋章はふっと息をついた。軽く上半身を起こして征司の顔を覗き込む。
「征司くん、もっとバカって言って。そんなふうに笑ってて。俺、本当に緊張してんだから。助けてくんなきゃダメだ」
「バカだな、本当に。朋章」
 征司は手を伸ばして、朋章を引き寄せた。わずかに開かれた唇の間から舌を滑り込ませる。角度を変えた瞬間に今度は朋章の舌が征司の口に侵入した。むさぼり合いながら、手がお互いの身体をまさぐり出す。
 朋章の手が征司の下着を下ろして性器を包み込み、愛撫を始めた。征司から洩れた声はそのまま朋章の口に吸い込まれる。朋章は手の中の征司に自分のものを擦り付け、一緒に握り込んだ。
「あ…」
 刺激に目を潤ませる朋章の広い肩に、征司は軽く噛みついた。
「ん」
 甘い声を上げた朋章の身体を返して、征司は自分が上になった。下着を脱ぎ捨てた征司は、朋章の通った鼻筋にキスを落とし、朋章の欲望の上に足を開いて身体を沈めようとした。
「征司くん」
 征司の行為に朋章は慌てたように上半身を起こした。身体をずらして征司を抑えて首を振った。
「そんなことしなくていい。無理にそんなことしなくても、こうして抱き合えるだけでいいと思う」
 征司は微笑んでみせるつもりが、うまく表情が作れず、ごまかすように朋章の頭を抱え込んだ。
「俺は、それだけじゃ実感できない。男と女みたいに身体を繋げないとダメみたいだ。だから朋章のことも後で抱かせてもらう。だけど今はこうしないとあの夜を乗り越えられない気がするんだ」
 朋章は征司の肩をつかみ、真意を探るように目の奥を覗き込んだ。征司は笑うことを諦めて、真っ直ぐにその目を見返した。
「怖いよ、朋章。俺はおまえと抱き合うことが怖い」
 今の体格差では朋章がその気になれば無理にでも征司を抱くことができそうだった。抱き合っていてもその不安がちらついて征司に緊張を強いた。不安を拭いさるためには、征司から朋章を受け入れるしかないと思った。
「朋章、おまえが本気で俺を好きなら、この怖さをなくしてくれよ」
 ペッティングだけでは前戯ととらえてしまうのも事実だった。身体を触れ合わせるだけでは足りないと感じるのは、男女間のセックスを基本と考えているからかもしれなかった。
 朋章は何も言わず、征司に口づけた。丹念なキスをくり返す。溢れた唾液を手に受けて、再び横たわらせた征司の奥を探った。
「好きだよ」
 征司の顔じゅうに朋章のキスが降る。征司の鼓動を聞き逃すまいとするように身体を密着させたまま、朋章は指を征司の中に挿し入れた。
「あ…」
 身体が竦みそうになって、征司は自分から腕を伸ばして朋章の肩を抱きしめた。朋章の頬に頬をすり寄せて、異物感に耐える。
 空いている手で身体中を愛撫しながら、朋章の指が征司の中を解していく。征司は自分の呼吸が浅くなっているのを感じていた。酸素が咽喉で堰き止められて肺まで届かない気がした。
「も、もういいから。早く来いよ」
 いっそ一息にその瞬間を越えてしまいたかった。
 征司は何があっても拒否の言葉だけは口にすまいと決めていた。自分から望んだことだ。朋章を受け入れることを征司が望んだのだ。
「好きだよ。俺、征司くんが好きだ」
 朋章は征司をしっかりと見据えて腰を進めた。
「あ…ッ」
 先端がもぐり込む刹那、反射的に仰け反った征司は、それでも必死に朋章のほうに顔を戻した。
「好きだ」
 朋章の肩をつかみ、自分を見つめる瞳に囁く。
「大丈夫」
「大丈夫」
 次の台詞がかぶって、二人はふっと笑い合った。そのまま一気に朋章は征司の中に入り込んだ。
「うあッ」
 衝撃に征司の手が朋章の肩からはずれ、シーツに落ちて跳ねた。
「ごめ…」
 心配そうに覗き込む朋章に征司が頷きを返すと、朋章は左手で征司の腰を抱えたまま、右手で征司の左腕をつかみ自分の首に回した。征司が右腕も朋章の身体にかけるのを待って、朋章は腰を使い始めた。わずかに引いては角度を変えて征司のポイントを探る。
「ああっ」
 二、三度試しただけで、朋章は的確に征司のポイントをとらえていた。刺激を受けて征司が朋章を締めつけた。
「ん、征司くん」
 熱っぽい声が耳元に囁きかける。
「あ…あ…」
 揺さぶられるたびに、征司の鼻から甘い声が洩れた。呼吸が乱れてうまく息が継げずに喘いでしまう征司の頬を朋章の手が撫で、前髪をかきあげた。
「大丈夫?」
 少し息をついた征司は朋章の身体に回した腕に力をこめた。
「もっと、だ。朋章、もっと」
 俺は、欲しいものに手を伸ばすことができる。自分が何を望んだのか、ちゃんと知っている。
 朋章は征司を強く抱きしめた。腰を支えていた朋章の手がはずれると結合が深まって征司は呻いた。
「んんっ」
 それでも足りないとばかりに朋章がさらに身体を打ちつけてくる。
「征司…っ、せ…じ」
 余裕なく掠れた声が何度も名前を呼ぶ。受け止める征司はその熱に煽られて、ひたすら朋章にしがみつくしかなかった。


 朋章の部屋のカーテンは遮光になっていたが、それでも朝は、隙間から洩れ入る優しい光となってその部屋を照らした。陽射しが顔にあたって目を覚ました征司は、身を起こして自分を見つめていた朋章に気づき、笑いかけた。
 応えて笑みを浮かべた朋章の目から涙がこぼれ落ちて、征司は驚いた。
「どうしたんだ?」
 朋章が征司を抱きしめて「よかった」と呟く。
「朝が来たら征司くんがいなくなってそうで不安だった。そんなわけないってわかってたけど、どうしても考えちゃうんだ。あの時勘違いしたみたいに、今回も俺の一人相撲だったらどうしようって」
 八年前の朝、征司が傷ついた身体で朋章の腕を抜け出したことに、朋章は朋章で傷ついていたのだ。自業自得としか言いようがなくても征司は朋章をいじらしいと感じた。それが八年を経た上での気持ちの変化であることは確かだった。
「もしかして眠ってないのか?」
 微かに赤味を帯びた目に気づき、征司は指で朋章の下瞼をなぞって涙をふき取った。朋章が泣き顔のままで笑みを浮かべた。
「ずっと征司くんの寝顔見てた。キレイだった」
 征司は朋章を引き寄せて軽く口づけた。額をつけたまま囁く。
「バカだな。俺はここにいるよ。大丈夫だから、ちゃんと眠れよ。子守唄でも歌ってやろうか?」
 征司の言葉に朋章は軽い笑い声を立てた。それは征司にとってとても懐かしい笑顔だった。



END





2002.03.24up




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