すべての季節が過ぎ去っても ─23─

|| 臼井

 国道沿いのホテルの看板に気づいた小日向は「寄っていこうよ」とハンドルを切った。
「バカ。何もあんなとこ」
 オレの抗議に小日向は横顔のままニッと笑った。
「ウチまで我慢できねー。あせってスピード出し過ぎて事故ったらシャレになんねーじゃん」
 迷いすら見せずにスタスタと部屋に入った小日向は、我慢できないなどと嘯いたことなど忘れたように「ラブホって基本的に女の子向けだよな」と言いながら、うろうろと歩き回っていた。ほったらかしのオレは所在なくドアのそばにつっ立ってそれを見ていた。痩せた広い背中。棒みたいな長い脚。こいつは自分が父親になるってことをどう受け止めているんだろう。そしてオレは。
 少女趣味なドレッサーの前でバカみたいに百面相をしていた小日向は、おもむろに振り向き「そろそろいっかな」と呟いて、オレの腕を引きベッドに坐らせた。
「何が?」
「入り口とかに防犯カメラ付いてるかもしれないじゃん。男同士で入るとこ見られてたら止めにくるかと思ってさ。途中でやめんのはシャクだからさー、ちょっと待ってみた」
 オレのシャツのボタンに手をかけながらいたずらっぽく笑う。
「それより臼井、石鹸の匂いしてるよ。車ん中けっこう匂ってさ、我慢できなくなった」
「ん」
 耳を軽く噛まれて、オレは曖昧に返した。誰のせいだと思ってるんだ、バカ。
 鼻先を押しつけて首筋あたりを嗅いだ後、顔を上げた小日向はじっとオレの顔を見つめ、かすかに唇を歪めて、抱きつくようにオレの身体に腕を回した。
「臼井がそんな顔してんの、オレのせいだよな」
「…そんなって、どんな?」
 声にならない声で聞き返す。
「うまく言えない」
 唇を合わせてきた小日向は、オレを引き寄せるようにしてベッドに倒れこんだ。
「ごめん」
 唇を離し、オレの髪を長い指ですきながら、小日向は情けない表情で囁いた。
「オレは臼井が好きだ。好きだから守ってやりたいんだ。なのにオレ、どうしてこんなに余裕ないんだろうな。ごめんな」
「何を謝ってるんだ」
 オレは少し困って呟いた。
 笑っていろよ。おまえはいつでも正しい。他の誰が否定しても、オレは小日向が確かな答えを持ってるって知ってるから。それが世間で通用しない答えでもいいんだ。オレにとっては小日向の示す答えこそがすべてだから。
 小日向はオレの額に唇を落とし、腰を押し付けてきた。
「なんかすげー切ない。切ないんだけど、したい。自分でも浅ましいって思うよ」
 湿ったその声が滑稽で悲しくて愛しい。オレは小日向のシャツの裾から手を入れて、じかにその背を撫でた。筋張った堅い感触。情けないくらい痩せている。
 目を合わせた小日向はちょっと笑い、キスをくり返しながらオレのシャツを脱がしにかかった。はだけた胸元にそのまま吸いついてくる。ジーンズの布越し太腿に当たる熱。
 小日向への気持ちは自分でもわからない。そして小日向の気持ちもオレにはわからない。わからないまま、みんなを傷つけお互いを傷つける。
 小日向はジーンズに手をかけてオレのものを引き出した。握りこまれて息をのむ。合わせた唇のすき間から小日向の笑い混じりの息が吹き込んできた。わずかに身を起こした小日向は一方の手でオレの肩を押さえ、見下ろした。
「これがあるからオレは臼井に馴染めないんだと思う」
「バ…ッ」
 微妙に指を動かされて、オレの顎が上がった。
「う…」
「でも、これがあるからオレは臼井に惹かれるんかなあ」
「こ、のバ…カ」
 無垢な子供みたいな顔つきでアホなことを言う。快楽を引き出す指とのギャップがオレを混乱させる。
 小日向は自分もジーンズを脱ぎ捨てて腰を密着させた。無意識にしがみついた腕にシャツが触れて、グシャグシャにしてしまう前にオレは「上も」と言った。察した小日向がじれたようにシャツを脱ぐ間に、オレは膝下にまとわりついていたジーンズを蹴り下ろした。あらためて口づけを交わす。
 オレの頭を抱え込んだまま、小日向はもう一方の手で後ろを探り出した。
「ん」
 もぐり込んだ指に抑えきれない喘ぎを漏らしてしまうオレを、茶色の目が見ているのを感じた。
「臼井、ちゃんとこっち見て」
 閉じたまぶたの向こう側で声がする。かろうじて開けた薄目で窺えば、満足げな表情にぶつかった。
「カワイイ」
 オレの頭の中で意味を結ばない音声。オレ自身よりもオレの身体を知っている小日向。それだけは確かだ。
「いい?」
 オレに答える余裕などあるわけないのは承知だから、返事を待たずに身体を入れてくる。
「あッ……あ」
 覚悟を決めるより一瞬早く衝撃がきて、オレは反射的に小日向の腕に爪を立てた。かすかに顔をしかめた小日向はオレの片足を押し上げ、さらに腰を進めてきた。
「う……あ……」
 閉じられない唇を吸い上げられて酸欠になりそうだった。
「ふ」
 唇が離れ、オレは小日向の肩に腕を回し、顔を横に向けて浅い呼吸をくり返した。至近距離、小日向の息が頬にかかる。
「気持ちいい?」
「ん」
 揺すられて漏れた声が肯定に響いて今さら赤面した。小日向の指がこめかみや頬にかかった髪をすくいあげる。
「オレのものだよな」
 あらわになったまなじりに唇を押し当てて囁き、小日向は腰を使い出した。
「オレのものだろ。臼井、おまえはオレのものだ」
 仰け反った耳元、うわずった声でくり返す小日向が愛しくて切なくて涙が溢れる。


「やっぱりそっちのほうが気持ちいいだろ?」
「あ?」
 ようやく息がおさまってきたころ、いきなり言われた言葉が理解できなくて聞き返すと、小日向の指が下まぶたをすっとなぞった。
「泣くくらい、気持ちいいんだろ」
「何言ってんだ、バカ」
 あらためて指摘され、オレは慌てて背を向けた。小日向はそのまま後ろから抱きしめてきた。
「オレさー、臼井が好きだから奉仕してあげてるんだよ。臼井が気持ちいいこといっぱいしてあげたい」
 肩に唇をつけ、回した手で胸や腹を撫でてくる。そういえば小日向はミサオちゃんに向かってサービス精神がどうたら、とアホなことをほざきやがったんだった。
「てめえ、勘違いしてんだろ」
 オレは小日向の手を払いのけて向き直り、小日向を仰向けに押さえつけた。
「オレは男だからな」
「知ってるよ」
 小日向は言いながらオレの下半身に触れた。
「でもさ、臼井は、オレのこと抱きたいほどは好きじゃないんだもんな。しょうがないよ」
「はあ?」
 思いもかけない台詞に素っ頓狂な声が出た。小日向は身体を反転させ、再び上になってオレのものを握った手をゆるゆると動かし始めた。
「ちょ……」
「コレってさ、臼井の頑固さの象徴だよな」
 頭を下げて、先端にチュッとキスなんかして。
「臼井って絶対にゆるぎなく男じゃん。すげーと思うよ」
「てめえ、本気でオレのこと男だと思ってんのか?」
 じゃあさっきしてたことは何だ? 男相手にためらいなくそういうことできる小日向のほうが「すげー」んだよ。
「そうだよ。思ってるよ。だから男としての臼井がオレを好きじゃないってことがくやしいんだ」
 小日向は低い声を出した。
「オレは臼井のこと滅茶苦茶にしてやりたい。いつも我慢できない。だけど臼井はオレに対してそういうふうには感じないだろ。抱くんだったら女の子のがいいんだろ」
「…女の子だってオレは滅茶苦茶にしようなんて思わない」
「ごまかすなよ」
「ごまかしてないよ。なんだよ、いきなり」
「臼井はミサオに嫉妬しなかったじゃん」
「な」
 呆れて見返せば、唇を尖らせたガキみたいな表情。
「…嫉妬はした」
 言いにくい気持ちを口にしたのに、小日向は気にも止めず切り返してきた。
「そうは見えなかった。優しい声かけちゃってさ」
「嫉妬してたって、だって、それは全然立場がちがうし」
「同じだろ。ほら、そうやって臼井はオレと女の子は別、とか勝手に決めてんだ。そういうことされるから不安になるんだよ」
 いきなり突きつけられた問題にオレは考え込んだ。そうなのかもしれない。小日向に対する想いがオレの中で収まりが悪いのは、男であることにこだわる自分がいるからかもしれない。抱かれていたって女の子の気持ちにはなりきれない。だからと言って小日向を女の子と同じ対象に見ることもできない。オレたちの関係にぴたりとはまるモデルが見つからないんだ。
 だけど一つだけ断言できることがある。
「オレは、小日向を好きだから、させてやってんだろ!」
 男に抱かれるなんて、プライドの傷つくこと、よっぽど相手を好きじゃなきゃ許せるわけがない。屈辱をこらえて口にした言葉に小日向は一瞬目を丸くし、ついでクスッと笑い声を漏らした。
「させてやってるって……すごい発言だね、臼井」
 オレが言いたいのはそこじゃない。アホッタレ。人のせっかくの告白を無にしやがって。
「女の子にそんなこと言われたらショックで完璧に萎えちゃうよ」
 いつも微妙にすれちがっていく互いの言葉。うまく噛み合わない気持ち。
「最初はー、ミサオも臼井も好きだから二人が喧嘩しなくてよかったって思った。思ったけどー、考えてたらなんか淋しいっていうか、つまんないっていうかー、やっぱ淋しくなってきた」
 舌足らずを装って訴えてくる小日向に、オレは諦めのため息をつき、小日向の手を押さえた。
「小日向、おまえ本当にバカだな。いいよ、もう。じゃあおとなしく下になれ」
 オレが頷いたとたん、小日向は迷うような顔になって視線をそらした。
「あー、うん。でも今はもう時間ないよ。それにオレ、あんまり慣れてないからさ、その後で運転して帰るの、つらいかもしんないじゃん」
 勝手な言い種にこっちが呆れる隙もなく、小日向はオレに舌をはわせた。
「あっ」
 知っている。どうせ小日向は下になるのは本当のところ苦手なんだ。オレのやることなすこと気に入らなくて、ただワガママ言ってみせたいだけなんだろう。見ろ、その無心に食むガキみたいな仕種。保護欲につけこんでくるずるい子供。
 見下ろすオレに、小日向はチラッと視線をよこした。
「時々自分が女の子だったらよかったのにって思う。女の子だったら無条件に臼井に愛してもらえたんだなって」
 言って小日向はそのままオレを口でくわえこんだ。
「勝手に……人を……あ……女好き、みたいに言う、なよ」
 オレはムッとして文句をつけた。はっきり言って小日向の女バージョンなんか完璧に恋愛対象外だからな。小日向が女だったらなんて想像しただけで萎えるに決まって……。
「んっ」
 吸い上げられてあっけなくはぜたオレに、小日向はもぞもぞと身体を起こした。ティッシュに手を伸ばしかけたオレに首を振って、眉を寄せた情けない表情でゴクンと飲みこみ、口元をぬぐってヘラッと笑った。
「オレ、本当、臼井を好きだからさ。臼井にしてもらってたらそのうち本気で女の子になりたくなっちゃうかもしんない。もっと臼井のこと好きになっちゃいそうな気がすんだ。きっとどうしようもなくなっちゃう。やばくなっちゃう。だからさ、臼井にオレのこと好きになってもらうためにオレが奉仕してるほうがバランス取れてんだよ」
「何が奉仕だ!」
 オレはアホ面を近づけてきた小日向の額をベチンと叩いた。こっちが小日向のために我慢してやってんだろうが。わかってない。小日向は全然わかってない。



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